表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/13

9月の始まり

 某市立中学校には表立って語られない歴史がある。校史では僅かに触れられる程度だが、生徒のみならず保護者や職員も語り継いでいるという。本来ならば不祥事として抹殺されかねないが、あまりに危険な事件だった為、再発せぬようにあえて伝えているらしい。


 その事件は昼日中の学校の中、百名以上の生徒が二手に別れて争うという異様なものだったそうだ。二人の生徒を中心として、対立していた二つの陣営がある事を切欠にして激突し、怪我をした者は数十名、中には入院した者もいたとされる。


 この事件以降、目立った対立は起こらなくなったものの、影響はいまだに続き、それぞれの陣営の後継者達がそれぞれの立場でこの事件を解釈している。


 そもそも生徒が二つに割れるほど対立する事自体、充分に異常事態である。これは中心となった生徒が掲げる理想が異なったのが(どちらが正しいかは別として)原因と共通に認識されている。


 しかし事件の直接の切欠そのものは双方異なり、またそこまで異常な状況を作り出した責任は互いに相手が負うべきだとしている。


 何にせよ、当時の学校は二つの陣営により緊迫した状態であったことは疑いようが無い。そこでは様々な逸話、無責任な後輩達が伝説と呼ぶ事件が日常的に起こっていた。


 今となっては真偽を確認しようもないが、やはりそれぞれの陣営において脚色を加えられながら伝えられて行く。


 そんな逸話の中に一人の男子生徒が登場する。


 彼の独立した逸話は無く、それどころか名前すら伝わっていない。脇役程度の生徒にすら名前が付与されているのに、である。にも関わらず彼は節目となる出来事に登場し、双方の陣営に否定的に語られる。


 逸話の中には、後になって加えられたものも多い。前述の彼の活躍は、そのあまりに常軌を逸した行動から作り話、下手をすれば怪談とすら見做される。


 だが彼に関する逸話を作り話とするならば、名前が与えられないのが奇妙な点である。それどころか、何故こんな馬鹿げた話がいまだに伝わっているかが不可解となる。


 彼の逸話は全体と比べれば極微量にすぎず、その内容もまた荒唐無稽ではある。しかしそこに幾許かのリアリティを感じさせる。


 このリアリティゆえ、今までの生徒達は脚色することなく伝えてきたのではないだろうか。例え冗談にせよ、名前を付けられない忌まわしさが彼には有る。


 だが此処で一つの疑問、或いは恐怖にぶつかる。彼が真実、実在するとしよう。ではこんな事が出来る彼は、一体何者なのだ。





「そこの男子生徒、止まって下さい!」


 朝の校門前、天気予報では穏やかと表現していた天気に似合わない声が響いた。


「ん? 俺のことか?」


 いきなりの上に具体的な内容が男子生徒だけとあって、自分のことかと見渡す生徒が俺も含めて十名近く。そんな中、一人の女子生徒がワイシャツを着崩していた二人組の男子生徒の近づくと説教を始めた。


「校則では節度ある服装をすることになっています。あなたの格好はとても節度ある姿とは言えないので、ただちに直して下さい」


「ちょっと待ってくれよ。まだ暑いんだし、少しぐらいだらしなくしたっていいじゃないか」


「暑かろうと寒かろうと校則には従うべきです。それに暑さを感じている生徒の全てが、そのようなだらしない格好をしているわけではありません」


 俺もそう思う。こちとら本当に暑く感じているのを我慢してちゃんとした格好をしているんだ。面倒くさいんだか、カッコづけだか知らんがもっとマシな格好をするべきだろう。


 世の中の多数派がそう考える、つまりは正しいとされることを言われたら素直に従ったほうが絶対に得だと俺は思うが注意された生徒+似たり寄ったりの格好のもう一人、はそうは思わなかったらしい。


 嫌だね、馬鹿な奴は。長いものに無条件に巻かれろとは言わないが、せめて行動の結果ぐらい考えて欲しいね。こんなのが若さの特権だとかほざくなら、一回どこかの紛争地域にでも行って自分がどれだけ恵まれているか思い知るべきだな、全く。


 その上で社会の常識だとか良識とか呼ばれているモノに逆らうなら、それはそれで評価していいと思うんだが。


 そんな俺の考えなど露知らず、まあ知っていたらそっちのほうが不気味なんだが、二人は女子生徒に食って掛かっていった。


「どんな格好しようが俺らの自由じゃねえか」


「そうだ! だいたいどんな権利があって、俺らに文句をつけてんだよ!」


 本当に馬鹿だな。たかだか中学生にどんな自由があるって言うんだ? 百歩譲って私立なら親の金や自分の成績を盾にある程度の裁量権が与えられるかもしれないが、ここは公立だ。基本的に親と教師に従うべきだろう。


 しかし、こんな奴らでもマシなことを言えるようだ。確かにあの女子はどんな権限で校門の前でこんなことをしているんだ?


「私は風紀委員です」


 ふうきいいん? ああ、風紀委員か。漢字は判ったが、そんな委員会があっただろうか。


 ようやく気付いたが、確かに『風紀』と書かれた腕章をしている生徒がそこの女子生徒も含めて周囲に五、六人いる。と言うより校門を包囲していないか?


「私達は生徒会によって認められた権限により、校内の風紀の取り締まりをします」


 文句を言った二人に睨み付けるが如く視線を合わせ、


「今日以降、校内において校則に違反する行動をとった場合、風紀委員による指導を受けてもらいますので、よく記憶しておいて下さい」


 よく通る声で、ある者には信頼を、ある者には憧憬を、ある者には嫌悪を、ある者には反発を覚えさせるその台詞を告げたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ