1-9 東区の山林
活動報告にて近況報告や今後の方針を書いて行っています。時折読んでいただければ幸いです。
またソーマ、アサギ、エンジの三人は第二章にて話の中心人物になる予定です。
大時空異変以降、転移して来た別世界の土地に生息していたものが繁殖した、大時空異変が起きた際に発生した特異なエネルギーの影響で元々生息していた動植物が突然変異したなどその理由は様々だが、“地球”にはモンスターが出現するようになっている。
しかし別世界からの来訪者たちに合わせてモンスター(怪物)と呼称するようになってはいるが、特殊な能力や生態、或いは巨大な体躯を持っていたとしても基本的には生物である。
街の側が各種備えをしている事もあるが、モンスターの多くはダンジョンに出現するような例外を除けば、警戒心から人里には近づこうとはせず、自然の中で縄張りを主張している。
またモンスターにも知性や体格の大小、強さの強弱は存在し、さらに近年の研究により人里から離れれば離れる程、強大なモンスターが出現しやすい傾向にあることが解っていた。
シロナたちが住んでいる桂木市は三方を山林に囲まれた盆地に存在しているが、やはり郊外より先に出ればモンスターに遭遇することになる。
ただ、東区の山林は植物が変異した動きの鈍いモンスターや、小型で草食のモンスターが多く、全体的に危険度が低かったことから、ハンターになりたての者が経験を積む場としてよく利用されていた。
勿論肉食のモンスターが出現しない訳ではなかったが、余程奥地まで足を踏み入れない限り、人数や装備を揃えていけば初心者でも十分対応できた。
その上群生しているキノコや野草は薬の原料や食用として使えるものが多く、ある程度まとめればターミナルで売却もできる。
採集だけならば奥地まで行く必要もなかったので、ハンターで無い者が料理に使う、あるいは小銭稼ぎ目的で訪れる事もあるくらいの『安全な』狩場であった。
◆
●多元歴79年 4月30日 14時31分 日本連邦 桂木市郊外 東区の山林
唸り声と共に、鈍く光る刃が迫ってくる。
跳びかかって来たのは、エッジウルフというモンスターだ。外見は端的に言えば頭頂部と前脚の側部に鋭い刃が生えた狼といった所。
縄張り意識が強く、東区の山林に出現するモンスターの中で一番被害報告が多い肉食モンスターらしい。
推定なのは名前などの情報は先ほど教えてもらったばかりのためだった。
クロノはエッジウルフを盾で叩き落す。
小さく「ギャンッ!」と声を上げ、落下したエッジウルフが起き上がる前に剣を振り下ろした。
【雷精霊の祝福】により剣に込めた魔力は雷属性を帯び、それがエッジウルフの頭頂部の刃と火花を散らす。
刃を伝って脳に直接電撃を流し込まれたエッジウルフは焦げ臭いにおいと共に動かなくなった。
「よし次……っ!」
絶命したことを確認したクロノが顔を上げると、後方で様子をうかがっていた別のエッジウルフ三頭がこちらに迫ってくるところだった。
剣と盾だけでは迎撃しきれない、そう判断したクロノは魔術の詠唱を始める。
ギリギリではあるがまだ間にあう、跳びかかって来たところを雷魔術でまとめて痺れさせようという考えだ。
「どいてろ」
「え……」
が、自分の横をすり抜けて駆けていく者がいた。
駆けていったのはエンジ・ムラカミ(村上・臙司)。
最近他二名と共に紹介を受けた、シロナの友人であり、彼女も所属している《GOC》というチームのメンバーだ。
小柄な体格にややコンプレックスを持つクロノとは対照的に、長身で大柄の体躯はただ膨らませたのではない、鍛錬の結果付いたと思われる引き締まった筋肉で覆われていた。
エンジはその肉体から発揮される強靭なバネにより、自重を感じさせない速さでエッジウルフに迫る。
クロノを襲おうとしていたエッジウルフたちは逆に向かって来るものがいることに驚き、体勢を崩してその場につんのめる様に動きを止めてしまった。
「ムゥンッ!」
エンジは駆け寄った勢いを乗せ、動きの止まったエッジウルフを蹴り飛ばした。
まともにくらった中央の一頭は首をへし折られ、叫び声をあげることも出来ずに吹き飛ぶ。
エンジは更に、仲間が一瞬でやられたことに混乱した様子の二頭の首元を鷲掴みにすると、両腕で吊り上げてしまった。
二頭のエッジウルフは空中でジタバタともがく。
「馬鹿兄妹!」
「ハーイ、エンジさん! 今行きますよ~」
「何で嬉しそうなんだ妹……。まあいい、さっさと片付けるぞ」
エンジの呼び声に応え、クロノの両脇をすり抜けていったのは双子のアイハラ兄妹だ。
青みを帯びた髪と眼をした、眼鏡をかけているのがソーマ・アイハラ(相原・蒼馬)。
暗緑色の髪が毛先に行くにつれ、浅葱色に変色していくという特徴的な髪色をした少女がアサギ・アイハラ(相原・浅葱)だ。
二人はエンジが吊り上げたエッジウルフにそれぞれ駆け寄ると、手にした自身の獲物を叩きこむ。
アサギは喉に鎌――ハルパーを突き立て、一気に引き抜いた。
ソーマは胸部に手にした、銃という名前だと聞いた魔道具を押し当てた。
声にならない叫びと、パンッという軽い音と共に、二頭のエッジウルフはビクリと体を震わせた後絶命した。
「ふん……」
「これで最後かな兄さん?」
「残った数匹は逃げたか。兄弟が蹴り飛ばした奴がボスだったみたいだな」
エンジが両腕の死体を放り捨てる。
アサギとソーマの声に周囲を見渡せば、遭遇時20頭余りいたはずの群れは殆どが倒されていた。
クロノは先ほど雷撃剣で仕留めた以外に数頭切り捨てていたが、残りはエンジたちが三人で倒してしまっていたらしい。
「皆手慣れたものだな」
「ま、俺たちチーム組んでから何度もシロナに頼まれて素材採取に来ているからな。こうゆう奴らは散々狩って来たからもう慣れたよ」
「ボクと兄さんは幼なじみだけど、昔からシロナちゃんは人使いが荒いんだよね……。でもクロノ君の力もカッコイイね! 電気がビリビリ~って! エンジさんもそう思うでしょ?」
「来訪者の中には転移してくるとNAROUとは逆に力が発揮できなくなるってケースもあると聞くが、クロノはそうじゃなかったみてぇだな。まぁ前衛が増えるのは良いことだ。うちのチームじゃここしばらく俺だけだったからなぁ」
ターミナルにて長い手続きを終えてから三日。
クロノはシロナの所属する《GOC》のチームメイト三名(ソーマ、アサギ、エンジ)と共に、桂木市の東に広がるこの山林を訪れていた。
因みにシロナは現在ここにはいない。
その理由とは、
「しかしシロナのやつ、まさか正式な指名依頼で自分の家の清掃とか出すか? しかも自分のチームに自分で出して自分で引き受けやがって」
「確かにあれは無ぇな。しかし元はと言えばソーマ、お前の発言が原因だろうよ。『せめて金か何か発生すれば話は多少違う』ってな」
「まさかあの時聞こえていたとはね……。しかも確かに報酬は出るけど、ボクらってチームで受けた報酬はチーム用に作った口座に入れる様にしているもんね。口座の管理をしているのはシロナちゃんだし、結局シロナちゃんは支出無しっていう」
「その上本人は今日来ていないしな。自分たちに丸二日片づけを手伝わせたと思ったら、今度は素材採取に行って来てとは……」
そう、三日前シロナはターミナルから回復薬製造の依頼を引き受けたが、同時に依頼を出してもいた。
その依頼と言うのが「自分の家の清掃手伝い」であり、先ほどソーマが言ったように自分で依頼を出して自分で引き受けるという方法でチームメイトを巻き込んだのであった。
ちなみにクロノがソーマたちと初めて(召喚された際意識を失っていたので、クロノにとっては初めてだ)顔を合わせたのも、指名依頼が入ったと聞いてアサギリ邸に集まり、依頼内容を聞いて唖然としていた時だったという何とも締まらないものだった。
もっとも掃除を通じて苦労を分かち合った結果、短時間で皆と打ち解けることが出来たのは良かったが……。
ともあれ、昨日までである程度カタギリ邸の片付けは終わったところのだが、今度は「後は魔術に関わる部屋だから自分でやる。だから皆は素材採取に行って来て」とシロナに言われ、四人は回復薬製造の原料となる素材採取の為、今日は朝からこうしてやって来たという訳だった。
「しかしエンジ、自分は東区の山林は『安全な』狩場だと聞いていたが?」
協力して周囲に倒れ伏しているエッジウルフを解体している傍ら、クロノはエンジに聞いた。
元の世界では騎士として剣を振るっていたクロノだ。
腕に自信が無い訳では無いが、転移して来てからしばらく剣を振っていなかった。
東区の山林のモンスターは危険度は低く『安全だ』と聞いたため、今日は採取ついでに“地球”のモンスター相手にカンを取り戻せるかと思っていた。
しかし今日はエッジウルフの群れを含めて妙に殺気立ったモンスター達に遭遇し続けており、とても『安全』とは言い難かった。
「その筈なんだが……妙だな。オイ情報担当、何か情報無いのか?」
「情報担当じゃなくてリーダーな。今調べているからちょっと待て」
聞かれた側のエンジも違和感を抱いていたのか、首を傾げるとソーマへ話を振る。
ソーマもそれを予想していたようで、スマホ型のハイフォンを操作していた。
エッジウルフの解体作業があらかた終わった所で(肉は不味く、毛皮もゴワゴワしていて需要が無いため、刃部分を骨から取り外し、心臓から魔石を抉り出せば済む)調べがついたらしく、ソーマが皆を集めた。
「12時の定期更新でターミナルから情報が上がっていたみたいだ。三日前から東区の山林で新種モンスターが出現、それによる被害が出ているって注意喚起が出ていたみたいだな」
「新種? そいつの所為で本来奥地に生息しているはずの肉食モンスターがこの辺りまで来ているって事か」
「どうも奥地に時空境界線の歪みが強い所が出来たらしい。元々来訪者が転移して来るぐらいこの街の周囲が不安定になっていたからな。どこかの別世界にでも繋がってそこから現れたのかもな」
「兄さん。その新種って一匹だけなの? 山林のモンスターがこれだけ殺気立つなら結構強いモンスターなのかな?」
「情報が錯綜しているのかあまり詳しく載って無いな。写真とかもアップされてないし、目撃者の証言したモンスターの姿についても結構まちまちだ。ゴブリンみたいな亜人タイプって話も有ればイノシシみたいだったってやつもある。『真っ黒な姿をしていた』って共通した特徴はあるらしいが……」
「何だそりゃ? 同じ種類の群れがまとまって転移して来たって訳でも無えのか?」
「判らん。取りあえず好戦的なモンスターのようだな。証言の殆どが襲われた被害報告だ。迂闊に奥地に入った来訪者のグループが全滅したらしいと情報にある」
「ふーん。今日はたまたま現れなかったってことなのかな? でもそれなら用心したほうがいいよね」
ソーマの話を聞き皆は辺りを警戒し始めた。
その一方、クロノはソーマの語った話のある単語を聞いて嫌な記憶を思い出していた。
「真っ黒な姿の……モンスター?」
元の世界で散々苦しめられてきた、魔女の使役していたモンスター。
皮膚や体毛のみならず、眼や牙、口腔内を含む全てが漆黒に染まった姿が頭をよぎる。
しかし、皆には身の上は語っていたものの、その辺りの細かい所までは話せていない。
クロノが昔を思い出している間に、ソーマ達は話を進めていた。
「妹、素材の集まり具合はどうなっている?」
「ん~と、シロナちゃんに頼まれた量には少し足りないかも。代わりにモンスターの素材はたっぷりだね。新種のは無いけど」
兄に訊かれたアサギが身に着けていたポーチ(シロナによって<宝物庫>の魔術が付与され、収納量が見た目以上に上がっている)を確認していた。
「そうしたら今日は一旦採取はここで止めにしようぜ。どうやらターミナルが明日から本格的に調査をするらしいし、俺らが無理して妙な新種モンスターとドンパチする必要はないだろ」
「それもそうだな。だがシロナの奴に頼まれた素材はどうすんだ?」
「不幸中の幸いだ。今日倒したモンスターの素材をターミナルで売り払って、それで足りない分を買うとしようぜ。あとはレンさんからクロノ用のハイフォンの準備が出来たって連絡が入っていたから、それもついでに取りに行っちまおう」
そう言ってソーマ達は街へと続く山道へ歩き出す。
クロノもやや遅れてその後ろをついて行った。
「……いや、まさかな。シロナもあの女がこの世界に来ている可能性は低いと言っていたし」
以前シロナが話してくれた『海』と『島』、そして『船』に例えられた世界を渡る難しさ。
それを思い出し、クロノは胸中に浮かんだ不安を振り払うと距離が離れてしまったソーマ達に追いつくべく足を速めた。