少し特別な夢
━━あれから3年が経った。
俺は、地元を離れて、都市が近くにある大学に入学した。都市に近く土地代の安いこの場所は個人的にかなり気に入っているのだが、親は遠いからという理由だけでこの大学に入学することを認めてくれなかった。それで親とは喧嘩し、今では連絡すらとってない。
結局、俺は自分の意見を押し通し、親を無理矢理納得させ、現在に至る。まあ、納得してるというのは、微妙だが....
そして、今‥‥
太陽が容赦なく照りつける中、俺は風を全面に浴びながら目的地まで飛ばした。
「もしかして、もういるかな」
夏の日差しが肌を焼いていく。嫌にベタリと張り付く汗が出てくる。セミの声が夏の暑さをより引き立てている。飛ばしたおかげで、予定より5分早く着いた。
駅の一角にある駐輪場に自転車を置き、足早に待ち合わせ場所へと向かった。駅の中はクーラーが効いていて心地良かった。
待ち合わせ場所である、駅の中の大手カフェチェーンの店内は、オシャレな雰囲気を出している。のんびりと時間を潰すにはもってこいの場所だと思った。俺は、先にエスプレッソを頼んで待った。
待ち合わせの時間まではまだ10分とある。彼女が来るまでの間、携帯と腕時計を交互に見ながら過ごした。”彼女”とは、出会って3ヶ月になるだろうか、彼女の名前は”神楽坂 華絵”といい、右も左も分からない頃は、本当にお世話になった。今でもお世話になっているのだが....
* * * * * * * * * * * *
だんだんと新しい生活に慣れてきた頃。彼女は、「アパートの生活には慣れた?」と先輩面でいいながら、俺が止めに入るのも虚しく無理矢理部屋に上がりこんできた。
「おじゃましまーす」
おじゃまって分かってんなら帰ってほしい...頼むから.....
俺のリビングまでは、一方通行だから絶対に避けては通れない台所がある。そして、俺は自炊が苦手ときた。料理だって、親がついていないと危ないくらいのものだった。玉ねぎの皮の剥き方だって知らないし、包丁の握り方だって自信ない。
(ホント、勘弁してくれー)
それからの後の展開は、流れるように早かった。
「うわっ!カップラーメンばっかり。ご飯は、栄養良く食べなきゃダメだよ!」
と、案の定驚いた顔で言われた。でも、彼女が俺の体調を気にしてくれたことがとても嬉しかった。
「だったら、私があなたに栄養のあるものをお届けしてあげよう」
小柄な身体を精一杯に反りながら偉そうに見せた。それからは、毎日のように夕食をお供させてもらっている。この慣れない町での生活をいつも面倒見てくれて、優しく接してくれる、そんな華さんが、好きだった。
そして、そんな日が続いたある日、
俺が、バイト先から帰ってくると、華さんが俺のアパートの部屋のドアに寄りかかっていた。西の地平線に近づいた太陽が、彼女の長く艶やかな黒髪を照らし、風でその髪は、手入れの行き届いたことを象徴するようにさらさらと揺れていた。
-俺はあの時には、確実に落とされた-
そして、彼女は俺のほうを真っ直ぐと向き直り、
「大翔くん、私ね。あなたをこれからも支えていきたい。あなたが心配なの....私だって、しっかり者じゃないけど..がんばるから...だから......」
彼女は今、どんな顔をしているのだろう。逆光で表情は分からなかったが、反射した太陽の光が、彼女の目をキラキラと煌めかせていた....
* * * * * * * * * * * * *
「ごめん、待たせた?」
気が付くと彼女は、申し訳なさそうな顔をしながらテーブルと椅子の近くに立っていた。
「いえいえ、今きたところですから、、というより、座りませんか?」
彼女に無理な心配をさせないように笑顔で言った。手で席に座るよう促した。
「嘘付き、その飲み物...半分まで減ってるから!」
彼女は、クスクスと口元を隠しながら笑っていた。あ、良かった。無理な心配はさせなかった、だけどすごい....凄い観察力だ。
「じゃあ、私も飲み物買ってくるね」
「はい」
小柄な身体の彼女でも、身長は165cmあるように見える、赤のフリルティーシャツに、紺のロングスカートで夏らしい格好をしている。 ん?んん?あーはいはい。サンダルで身長を盛っているのも見てとれる。
「っっ!!」
(しまった。勝手に人の身体をジロジロ見てしまった。しかも、女性の!!!)はい、すみませんでしたー。心で必死に謝っていると、注文を終えた彼女が向かい側に腰かけた。
「では、今日の予定を決めましょうか」
「え!?無計画!!いやいや、ないでしょ!いや、無計画とかないから!!!」
ん?無計画ってないのか?無計画ってダメなのか?
彼女は、当たり前だと言わんばかりの凄く驚いた顔で、手と首を横に器用に振っている。
「はい?」
(デートって二人で行きたいとこ決めあって、成り立つものじゃないの!!まず、そもそもデートって何をする?どこに行く?行ったとして、彼女と会話が盛り上がらなかったらどうする?)
いきなりデートの心配をしてしまった。今までデートなんかしたことがなかったから、俺はこれからどうしたらいいかよく分からなかった。悩むことばかりで頭の整理がおいついていかない。
というより、女子と出かけることがあまりにも少ない俺にとってはあまりにも重すぎると思う。まあ、ここは無難に攻めるとしよう。
「では...この後は映画でも見に行きますか」
「さんせい!....でも、今何やってるのか分かんない」
「それなら」
携帯で調べ、机の間に置くと、彼女は食いつくように見始めた。時々うーんとかえーとか唸っている。
「まあ、なんでもいいですよ」
ガタン!
「だったら! この、”◎△$♪×¥●&%#”がみたい!」
発音の問題?そういうタイトル?全然聞き取れない。興奮しているかも影響しているのだろうか、
「はい?」
「だから、◎△$♪×¥●&%#だって!!」
(・・・・うん、よくわからなかった。)
彼女の声が一回目より強まった。さすがにもう一回はしつこいか。
「それの上映時間は何時?」
彼女は、そのなんといっているのか理解できない映画をサッと調べて見せてくれた。
「あっ!もうほぼ時間ないじゃないですか!」
「ホント!大変、急がなきゃ!」
飲みかけだった、エスプレッソをゴクリといい音が出るくらいの勢いで飲んだ。彼女も、さっき頼んだばっかなのにーと不満を口にしている。
彼女が飲み終わったのを確認してから、レジへと向かった。レジでは、髪を後ろにまとめた、清楚感の溢れる店員さんがお客様をもてなすような笑顔で立っていた。
「お会計は、別々になさいますか?それともご一緒になさいますか?」
「ご一緒で」
「いいよ大和くん、今日は先輩が驕ってあげる」
またか、小柄な身体を精一杯反りながら偉そうに言った。
「いや、俺が...」
「あー、大和くん。武士に二言はないよ!!」
なんかもう先輩のキャラが分かんなくなってきた。いつから武士になったんだろう。先輩も得意げになっている。今聞くのは、流石に気が引けた。
「ありがとうございます」
-こうして初デートは始まった。