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1 お寺にて

読んでくれる、あなたに感謝します。

さて悪魔・悪しき者は、尊師に髪の毛がよだつような恐怖を起こさせようとして、尊師に近づいた。そして、次々と大きな岩石を山頂から尊師に向かって突き落とした。(サンユッタ・ニカーヤ)



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



わたしの心はもやもやして、少しでも気をゆるめると怒りがわき起こってくる日々を過ごしている。

実家でともに暮らす両親からはことあるごとに、結婚は? これからどうするのか? としつこく言われ、今日も


「あなたも女の子なのだから、そろそろ良い人はいないの?」


「三十歳もこえて、なにをのんびりしているんだ。今後の計画はどう考えているんだ」


などと、母や父に言われて、休日でのんびりしたいと思っていたのに、たまらず外に散歩に出かけてきたのだ。


ーーそんなこと言われなくてもわかってる。


わかっているから、婚活パーティーやらお見合いなどやっている。それでもうまくいかないのだからしょうがない。周囲の人が勝手に結婚相手を決めてくれた時代がうらやましい、と思う今日このごろだ。

私生活だけでなく、仕事でも楽しいことはない。会社の上司も後輩もアホなのだ。それなりの給料もらっているからつづけているが、毎朝出かけるときはとくに憂鬱だ。


さらに許せないのは、もう一年も前のことになるのだが、小学校のころから付き合いのある親友に裏切られたことだった。彼女は自分のお店を持ちたいと、洋食屋をはじめた。そのとき彼女はわたしにお金を貸してくれと言ってきた。わたしは彼女にぜひ成功してほしいと、二百万円を貸してあげた。

二年間、彼女はがんばって店をきりもりした。わたしも応援していたのだが、残念ながら経営にいきづまり廃業してしまった。この時点でお金は貸したお金はあきらめるしかないな、とそんな気分だった。

彼女から電話で連絡をしてもらったとき、ひどく落ち込んでいて心配だった。


「……また連絡するから」


そう聞いたのを最後に、彼女はわたしの前から消えてしまった。

こちらから電話しても彼女の携帯は解約されており、アパートへ出向いてみたが、もうそこには住んでいなかった。


しばらくすると彼女の弁護士だという人から手紙がきて、彼女は自己破産するので貸した金額を同封されている用紙に書いて借用書といっしょに郵送するようにというあまりにも一方的な通知であった。


バカにしないでよ! と思った。廃業してしまったのはしかたない。お金を返せないのもしかたないだろう。だったら直接会いに来てお詫びするのが筋ではないか。

わたしは間違っていないし、文句を言わねば気が済まない。そう思って、友人の実家へ行って彼女のお母さんに彼女に合わせてくれと言っても「ごめんなさい。ごめんなさい」というばかりでどうしようもない。

わたしも弁護士に相談してみたがいい返事は返ってこない。結局のところ、わたしが知ったのは法律というものは、わたしのような人間を守るためにはできていない。要領よく利用したものが勝つようになっているということだけだった。


思い出すとまた腹がたってきた。もうなにもかも、わたしをいらだたせるために存在しているようだ。


気持ちを落ち着けて嫌なことを思い出さないようにと視線を周囲に向けた。

わたしは細い田舎道をとくに目的地もなく歩いていた。車はたまに走っているが、歩いた人に出会うことはなかった。

たいして大きな町ではない。ちょっとしたスーパーと百円ショップの並んだ買い物をするところから離れたら人はほとんどいない。

そのスーパーを遠くから眺めながら歩いていくと今いる道よりもさらに細くなった道が左手にあった。別に知らない道ではない。むかしはよく通った道だった。移動するのに車を使うようになってから使わなくなった道だ。もう何年も通っていない。


曲がってその細くなったみちを久しぶりに歩いた。すぐに上り坂になり、そこを進んでいくと小さなお寺があった。


「そういえば、お寺さんがあったなあ」


わたしはむかしの記憶から思い出した。見たことがあるだけで入ったことはなかったはずだ。どの宗派のお寺かも当然知らなかった。この町は浄土真宗がおおいのでここもそうなのだろうか?


門は開いていた。入ってもいいのかな、と少しためらいながら、入り口から一歩、二歩と足を踏み入れる。

見栄えのしないお寺だった。鐘もあるのだが、勝手に鳴らせないように叩く棒の部分が天井に貼り付けられるよに吊るされていた。


「だれもいないお寺なのかしら?」


そう口にだすと


「ええ、普段は誰もいない寺ですよ」


と返事が返ってきた。


返事されるとは思ってなかったので、少しおどろいて声をしたほうを見てみると、そこにはかなり年配のやさしそうな表情をした男性が白い袋を持って立っていた。


「失礼しました。おどろかすつもりはなかったのです。ちょうど今ここで、草抜きをしたり落ち葉を拾ったりしていたのです」


落ち着いた声で右手に持っていた袋を少し持ち上げた。半透明の白い袋から拾ったと思われる落ち葉が入っているのが見えた。


別の意味でもおどろいていた。実をいうとわたしはその人のことを知っていた。知り合いというわけでもないし、会って話をしたことのある人でもなかったのだが、彼はこの町ではちょっとした名士である人だったからだ。テレビに出演したこともあるので顔も知っていた。

市内で比較的大きな会社を経営する社長で、町内でもいろいろな役をこなしたことがある。

市会議員はだれだれを応援しているという情報が入ってくると、わたしでもその人に投票しておこうかなあと思うぐらいの影響力をもった人物だ。


やさしく温かみのある雰囲気に身をつつみ、警戒心を抱かせることもない。さすがひとかどの人物だと思わせるなにかを持っているのをひしひしと感じる。


どうしようかと思ったが、「社長さん」と呼んでみた。彼の苗字にさん付けで呼べるほど親しくないし、先生と呼ぶのもおかしいだろう。会社社長の肩書きを持っているのだから、そう呼ぶのはそれほど失礼ではないはず。


「ああ、私のことはご存知でしたか」


そう言って社長さんは自己紹介してきたので、わたしも名乗って同じ町内に住んでいて、たまたま散歩の途中でここに寄ったのだと伝えた。


「まあ、どうぞ」


社長さんがうながすので、わたしは門のところから本堂の方へ向かって彼について歩いた。

社長さんのはなしでは本堂の空気の入れ替えのため戸を空けているのだそうだ。そこから中を見るとがらんとしていてなにも置いてない。住職がいないので、本尊などは盗難にあったりするといけないので置いてないそうである。


「でも、なにもないとお寺らしくないので、管理者の方の許可をもらって仏さまの絵が描いてある掛け軸を飾らせてもらっています」


県内の骨董屋で社長さんが安く買い求めたものだそうだ。


「私は見ての通り今日はお寺の掃除です。住み込みの方がいなくて、同じ宗派のお坊さんが隣りの県から数ヶ月に一度くるだけなのです。ほっとくと雑草がのびたりして荒れてしまうのです。

檀家というわけではないのですが、ここの最後のご住職だった方にいろいろお世話になりましてね。その縁でこうして掃除だけでもと思い、たまに来るのです」


「ご住職の方とお知り合いだったのですか?」


「ええ、本当にあの人にはお世話になったんですよ」


そう言ってむかし話をしてくれた。そのはなしは私の人生に影響をあたえることになるのだが、今はそのことに気づいていなかった。


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