引退騒動2
それから、また二週間の時間が流れた。
「ククリさん、狩り行かない?」
「いえ、今日はやめておきます」
シンタの誘いを、ククリは断っていた。
「ええっ、駄目かー」
シンタが、残念そうに言う。
「ほんっとうにごめんなさい。ちょっとしばらく、狩りは休憩したくって」
「そっか。なら仕方ないな。野良パーティー篭るか……」
そう言って、シンタは去って行った。
ヤツハとククリは並んで、インターネットブラウザを起動している。
「狩り、休むの?」
ヤツハが、穏やかな表情で問う。
「ええ、ちょっとだけ」
ククリは、苦笑顔でそう返す。
「そっか。そういう時間も、必要かもね」
そう語るヤツハも、最近狩りをしている姿を見ない。自分達は似たもの同士なのかもしれない、とククリは思う。
ヤツハは、画面に熱中しているようだ。
「なに見てるんですか?」
「掲示板。実録、本当にあったギルドの怖い話ってスレッド読んでるの。」
「なんですかーそれー」
「面白いよー。恐怖、ネットストーカーとか、狂気、ギルド狩りの収入を着服するマスターとか、そういう感じの話がたくさん書いてあるの」
それはまた濃いのを読んでいるな、とククリは思う。
「週刊誌の煽りみたいですね?」
「ちょっと狙ってみた」
悪戯っぽくヤツハは言う。
それまでは、シンタと過ごしていて時間が経った。それからは、ヤツハと過ごしていて時間が経つことが増えた。
ヤツハは普段はネットサーフィンをしていることが多かったが、たまにクエストへの挑戦を企画して、ククリを誘ってくれた。
四季は変わり行く。春も半ばが過ぎて、夏が近付いて来ようとしていた。
溜まり場では、新生活の話題が増えた。最初は戸惑いが感じられたそれに、今では慣れが感じられるようになった。
そんなある日のことだった。心の中の迷いが、急に断ち切られる瞬間があった。心の隙間に何かがすとんと収まったような感覚があった。
「そろそろ、久々に狩りでもしようかな」
ヤツハと並んで座って、ネットサーフィンをしていたククリが言う。
「やる気、出てきたの?」
「ええ。ちょっと、色々吹っ切れたかなって」
「そっか。それは、何よりだと思う」
ヤツハは、穏やかな表情で言う。
「あー、シンタさんはまだ経験値分配できるレベル帯にいるかなあ」
「……どうだろうねー。結構熱心に篭ってるみたいだからねー……。あんな焦らなくても良いと思うんだけど」
呆れたようにヤツハが言う。
「だから、ヤツハさんはレベルを上げ辛くって溜まり場にいるんですよね」
「ご明察。元々、ネットサーフィンが好きなのもあるけどねー」
苦笑して、ヤツハは答える。
「まあ、野良パーティー、行ってきます」
そう言って、ククリが溜まり場を後にしようとした時のことだった。
溜まり場に光が走って、人の形を成した。それは、形を変えて、気まずげな表情を浮かべた如月の姿に変わっていた。
ククリは唖然とする。そして、苦笑した。このタイミングが、なんとも彼女らしいと。
「恥ずかしながら帰ってきました……ちょっと様子見に」
如月が言う。
「うん、恥ずかしいと思うならね、毎回引退なんて言わなきゃ良いんだよ。休止って言えば良いんだよ、きゅーし」
「いやー、毎回辞める時は気分が盛り上がっちゃってさ」
「いや、辞めてないよね。こうやって戻ってきてるんだしさ」
「ククリは厳しいね?」
「何回も引退詐欺やられてたら厳しくもなるよ!」
思わず、声を大きくしたククリだった。
「皆もそうなんだからね! 恥だよ恥、キサちゃん! 私まで恥ずかしいよ!」
「すいません……」
如月は項垂れて、返す言葉もないようだ。
「皆、いつものことだって流してくれるよ。ほら、いなくなった時も言ってたでしょ? 来月にはどうせ戻って来るさって」
「ヤツハさん、フォローになってるんだか傷口えぐってるんだかわかんないよ……」
如月は苦い顔で言う。
「ごめんごめん」
「で、勘を取り戻すために、久々に狩りたいんだけど……。まだ組めるレベルにいるかな、ククリ」
如月が申し訳なさげに言う。
やっと、彼女のことを気にしないことにしようと思いかけていたのに。そんなことを、ククリは思う。
「キサちゃんは、ほんっとうタイミング悪いよね……」
「どういうこと?」
「たまたま、たまったま私がサボってたから、キサちゃんと経験値を分け合えるギリギリのレベルで止まってるんだよね」
「おおー、私ってタイミングの良い女!」
(人の気持ちも知らないで……)
そんなことを思ってしまうククリだった。
「いや、今から丁度狩り再開しようと思ってたんだけどね?」
「なら丁度良いや。私がいるじゃない? どこへでも狩りについて行くよ!」
見捨てようかな、と何度も思った。
彼女のようなタイプは距離を置いて眺めているのが丁度良い。近くにいれば疲れるだけだ。それは良くわかっている。
けど、話していて気が合う友達ということは、事実なのだ。
だから、彼女が引退して、組めるレベルを離れようとするたびに、ククリは一歩を踏みとどまってしまう。
今度は見捨てよう。次こそは見捨ててやろうと思いながら。
「仕方ないなあ、もうキサちゃんで良いよ」
「キサちゃんで良いよって何さ」
「正直、シンタさんのほうが良い……」
「なにそれ、ジェラシーなんですけど」
「嫉妬できる身分?」
「できませーん」
賑やかに話し合いながら、二人は溜まり場を出て行った。
「ねえ、二人でレアアイテム手に入れて、お互いの装備を強化しようよ」
ククリは、弾んだ声で言う。
「うん、かまわんぞ」
偉そうな物言いに、ククリは一瞬だけむっとしたが、彼女らしいと思ってつい笑ってしまった。
余談
「で、キサちゃんは今回はなんで引退してたの?」
「あーリアルで結婚してー、生活も変わってさー」
「貰い手あったんだねー、良かったね!」
「……うん、ゲームの知り合いに話しても私の印象ってそうだわな?」
それから数年後、リアルの結婚では如月より苦労する羽目に陥ることをククリはまだ知らない。
面倒見の良さと忍耐力が仇になった形だった。
次回、厄介者のワルツ(予定)