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ロープレ!  作者: 熊出
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そして、道は続いていく2

 レポートを書いている最中、八葉は机の上に置いてあるパネルフォンに視線を落とした。

 告白の返事は、未だにできていない。

 試しに恋愛をするのもありだと、有彦は言う。けれども、八葉はそんな器用なタイプではない。


 悪い相手ではなかった。優しくて穏やかで、皆から好かれているような人だ。

 なら、試しに話に乗ってみるのもありなのかもしれない、と八葉は思う。パネルフォンを操作し、彼の名前を連絡帳から表示させる。


 通話ボタンを押そうかとも思ったが、返事はまだ思いついていなかった。

 その時、パネルフォンが音を鳴らした。新太からの電話の着信があるようだった。


 八葉はしばし考えこんで、彼と通話することにした。パネルフォンの画面をタッチして耳に当てる。


「もしもし」


「久しぶり」


 八葉は、心が和むのを感じていた。何度も、何度も、この耳で聞いた声だ。ゲームの世界で、現実の世界で、八葉に優しく接してくれた青年の声だ。


 勝手に離婚をして、ログインしなくなって、彼は怒っているかと思っていた。

 けれども、思いの外、彼の口調は穏やかだった。


「どうしたの? 急に」


「いや、久々だし、話したくってさ」


「そうだね。皆がどうしているかとか、聞きたいかな」


「ねえ、八葉」


「なあに?」


「会えないかな。就職祝い、みたいな感じでさ。八葉を祝いたい」


 ゲームをやめても、こんな風に誘われるとは思ってもいなかった。八葉は、少し戸惑ったが、断る理由も思いつかなかった。


「良いよ。日付と場所はどこ?」


 さっきまで悩んでいたのが嘘のようだ。

 八葉は、心が弾むのを感じていた。



++++++++



「私はずっと、シンタさんに憧れているんだと思っていた。けど、違ったんです。私が憧れていたのは、シンタさんとヤツハさんの関係なんです」


 ククリは、そう告白した。


「なんでも話しあえて、いつも励まし合ってて、お互いのためなら無茶な夜更かしもできる。そんな二人の関係が、羨ましかったんです。私じゃきっと、その代わりにはなれない」


 ククリは、言葉を続けた。


「だから、そんな関係を簡単に手放しちゃ駄目ですよ。シンタさんにとって、ヤツハさんが特別だって、私はもう知っている。だから」


 天を仰いだククリの表情は、見えなかった。


「二人で、帰って来てください。二人は私にとっての、理想のお兄さんとお姉さんだから」


 ククリはそう言って、一人で去って行った。

 そして、僕と八葉は現実世界で会っていた。

 観光名所をめぐり、最後に夜の食事を取る。


「……この店で本当に良いの?」


 疑うように八葉が言う。

 周囲には、着飾った大人しかいない高級料理店だ。

 テーブルの上にはフォークやナイフ、スプーンが使う順序に並べられている。


「就職祝いだからね。少しぐらい奮発するさ」


「……無理しちゃって」


 呆れたように八葉は言う。けれども、悪い気はしていないようだ。


「こういうお店、映画とかだとよくあるよね。お店側に仕込みを頼んで、料理とかに指輪を仕込んでおくの。そんなプロポーズのシーン」


「期待されても、そこまで金に余裕はないなあ」


「期待してるんじゃないよ」


 慌てたように八葉は弁解する。


「ただ、そういうシーンたまに見るよねってだけの話。それぐらい、私にとっては縁遠い場所だったから」


「喜んでもらえて嬉しいよ」


「もやしで作れる格安料理、教えてあげようか?」


「……見栄を張ってるのはお見通しか」


「そりゃあ、毎日話してたからね」


 ヤツハが、水を飲む。

 しばしの沈黙が、二人を包む。


「皆、八葉のことを心配してる」


「ログインは減るって言ったよ。そういう切り口の話、やめようよ」


「いや、困ったな……傍にいるのが当たり前すぎたから、だから……」


「だから?」


 八葉が、面白がるように僕を見る。返事が思いつかず、僕は思わず黙りこんだ。

 しばし、沈黙が流れた。それを破ったのは、僕自身の言葉だった。


「ゲームを始めた時さ。いつも、八葉がいた」


 僕の言葉に、八葉は頷く。


「受験勉強頑張ってる時も、八葉のメールが励みになった」


「うん、なら良かった」


「大学に上がってからも、沢山の時間を一緒に過ごして、色々な冒険を一緒にこなしたよね」


「……今となっては、懐かしいね」


 八葉は、苦笑する。

 その脳裏には、数年分の、色々な思い出が蘇っているのかもしれない。


「だから、今更、八葉がいない生活なんて考えられないんだ」


 店員が、オードブルを持ってきて二人の前に並べた。

 八葉の表情が、少し強張る。引き止められていると感じたのかもしれない。


「……相談とかなら、メールを送ってくれればいつでも乗れるよ? 誘ってくれれば、こうやって遊びにも行けるし」


 八葉が、気を使うように言う。


「そんな話じゃなくてさ……」


 僕は、黙りこむ。

 八葉は、戸惑うような表情だ。その表情が、徐々に真顔に変わっていく。

 八葉も、僕が何を言いたいかわかったのだろう。


「これからも、八葉と一緒にいたい。社会人になったり、色々な壁があるだろうけれど、八葉と一緒に乗り越えて行きたい。駄目かな」


「それって、つまり……」


 八葉の目が泳ぐ。


「そういうこと?」


 沈黙が場に流れた。ただ首を縦にふる。それだけのことに、今までの人生で感じたことのない勇気が必要とされた。

 これで拒否されたなら、僕は八葉の友人ですらいられなくなるのだ。


「二人で、帰って来てください」


 ククリの声が脳裏に蘇る。

 僕は、気が付くと、ゆっくりと頷いていた。


「そういうこと」


 八葉が、黙りこんだ。

 二人共、オードブルに手もつけずに、見つめ合っていた。

 八葉は呆然とした表情で。僕は、真剣な表情で。


「多分、色々な困難があるんだと思う」


「う、うん。まず、その場合は遠距離恋愛になるしね」


「けど、二人で考えて、その先の道に行きたいんだ」


 沈黙が流れた。

 八葉が俯いて、黙りこんだ。


「ごめん、嫌だった?」


 僕は、慌てて席を立つ。


「違うの」


 顔を上げた八葉は、苦笑していた。


「同じようなことを、この前他の人に言われたの。その時は、違和感を覚えて、仕方がなかった」


 八葉の手が、ゆっくりと机の上を進む。僕は、その手に自らの手を重ねていた。

 八葉の手は、白くて、滑らかで、ほのかに温かかった。


「新太くんに言われたら、違和感がないの。不思議だよね」


 八葉は微笑んでいる。

 僕も、つられて微笑んだ。


「遠距離恋愛だから、きっと大変だよ」


「就職先は、そっちで探すよ」


「そう簡単に行くかなあ。新太くんは就職活動舐めてるよね」


「……正直、実感はわかない」


「けど、そうだね。用事がなくてもメールが送れるようになるのは、良いかも」


「うん。行こう。二人で、行けるところまで」


 二人の手は重なっていた。

 まるで、この直後に待ち受けている一時的な別離に逆らうかのように。



++++++



 季節は巡った。

 冬が再びやってきた。


「先輩、雪、降ってますよ」


 ある女性社員が、そう言われて顔を上げる。眼鏡を掛け、長い髪を後ろでまとめ上げた小柄な女性だ。職場の椅子に座ったまま、窓の外に視線を向ける。

 確かに、窓の外を見ると、雪が降っていた。


「クリスマスにまで残業とは難儀ですよね」


 後輩の軽口に、女性社員は淡々と答える。


「クリスマスなんて今年はただの平日よ」


「けど、クリスマスですよ?」


「間違っているようね、佐藤くん。今日は平日。そして私達には仕事が残っている。それが全て」


 女性が淡々と言う。


「先輩って少しは可愛らしい発言ができないんですかね」


「だから上司にも可愛くないって言われてるのよ。作業に戻るわよ」


 淡々と言って、女性は再び机に向き直る。

 女性は、自分を表に出すのが苦手だった。今だって建前ばかりで、クリスマスぐらい遊びたいと喚きたいような気持ちが内心にはある。

 しかし、そういった自分を人に見せることに抵抗があるのだ。


 それを見せられるのは、女性にとってオンラインゲームの世界の中だけだった。

 オンラインゲームの世界では違った自分になれる。だから、彼女はログインすることを辞めはしない。

 女性のパネルフォンが鳴る。グリムからメールが届いたようだ。それを手にとって開くと、ゲームの画像が添付されていた。

 ギルド、アメノシズクの仲間達が、ゲーム内の雪景色の中でスクリーンショットを撮ったようだった。


「……まあ、クリスマスぐらい早く帰りたいわよね」


 ぽつり、と呟くように女性は言う。唇の端が持ち上がっているのが、自分自身でもわかっていた。


「そうでしょ? 先輩も話がわかるなあ」


「そのためにもはい、作業作業」


 顔から笑みを消すと、女性は淡々と作業に戻った。



+++++++



「今更だけど、あれで良かったのかね?」


 イグドラシルオンラインの世界、酒場裏の路地裏で、シズクは言った。

 酒樽の上に乗って、左右の足を前後させている。


「良かったんですよ。収まるところに収まって。シンタ兄さんも、ヤツハお姉さんも」


「まあ、あんたらしいわ」


 ククリの言葉に、如月が言葉を返す。


「結局あれ以来ヤツハはまた廃接続になったし、何か罪悪感があるわ」


「新入社員になったらしばらく接続は収まるのでは?」


「そうなるだろうけどねー。第二のシアンになりそうな気がしてならない。無茶して体に影響でなければ良いけれど」


「大丈夫ですよ。ヤツハお姉さんは鉄人なんでしょう?」


 からかうようにククリは言う。


「ま、そうだけどね。私には真似できないや」


 おどけた調子で、シズクは言う。


「あの二人、ログインしないねー」


「今日はリア充は外で遊ぶ日ですよ」


 ククリの言葉に、シズクは苦笑した。


「それはそうだ。ああ、私にも出会いがあればなあ」


「活かすんですか?」


「それもまた面倒臭いんだよなあ。親には早く結婚しろってせっつかれてるけどさ」


 ゆったりとした雰囲気の中で、溜まり場のクリスマスは進んでいく。


「あの二人、上手くやってるのかなあ」


 そう言って、シズクは天を眺めた。

 空からは、雪が降ってきていた。



+++++++



「はい」


 そう言って、僕は八葉に小箱を渡した。

 夜の街を、二人は歩いている。


「開けて良い?」


「うん」


 箱を開けた八葉が、目を輝かせる。それを見ただけで、僕はここ数ヶ月のバイトの疲れが癒されたような気分になった。


「わあ、イヤリング」


「八葉の誕生石がついてて、四葉のクローバーをモチーフにしてる。四葉が二つで八葉。ぴったりでしょ」


「うん、ありがとう。大事にする。それじゃあこれ、私から」


 そう言って、八葉は僕の首にマフラーをかけた。


「手編み?」


「うん、手編み」


「ありがとう。ずっとこれ使うよ」


「汚くなったら新しいの編むよ」


 そう言って、八葉は苦笑しながら歩く。


「今度、うちの親が会いたいって」


「ああ、うちの親も会いたいって言ってる。お兄ちゃんがばらしちゃったんだよね」


「……なんだか緊張するなあ」


「うちは普通の家族だよ」


「問題があるよな、一つ」


「問題があるね、一つ」


 二人は立ち止まり、顔を見合わせる。


「なんで遠距離に住んでる二人が恋愛に至ったかをどう説明するかだよな」


「……オンゲで出会ったとは流石に言う勇気がないよね」


「友達の紹介ってことでどうだろう」


「今のうちに細かい設定を考えておかないとね」


 そんなことを言い合いながら、二人の夜は更けていくのだった。

 八葉の表情が楽しげなので、自分は幸せなのだと僕は思う。

 全ては、いつかは終わる世界から始まった。

 僕らは、それを隠し続けるだろう。

 けれども、けしてあの世界のことを忘れはしないだろう。


 僕らは騎士であり魔法使いだった。色々な魔王や盗賊団を退治し、色々な街の困っている住人達を助けてきた。そんな、夢の世界の思い出を、けして手放さずに胸にしまっておくだろう。

 そして、自らの道の先へと歩いて行く。

ここまでのお付き合いありがとうございました。

思いのほか、長い作品になりました。

そのうち、余り物でショータイム(n3398cn)という倉庫的な作品内でロープレ!を振り返った文章や番外編をアップするかもしれません。


次回作は、召喚術師が現代社会を駆け回る現代ファンタジーです。

以前書いた、ランクEのクリティカルヒッターに似た作風になると思います。

そんな調子でぽんぽん書いてるので、またネトゲネタを書く日が来るかもしれません。その時はまた付き合ってやってくださると幸いです。

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