深夜組に混ざりたい!3
傷ついたノンプレイヤーキャラクターは、全てを語った。自分があの家に住む魔術師の弟子ということ。師匠が死んだ妻を蘇らせるために悪魔を召喚しようとしていること。
後は、地下室への封印となっている魔法陣を解くだけだ。
今、パーティーは二手に別れている。
街の中で新たなノンプレイヤーキャラクターを探すチーム。
そして、部屋の中の本を探すチームだ。
今回も、ヤツハはシンタと自分を別々のチームへと配置した。
ククリは一生懸命に部屋の本を読み漁った。
魔法陣には数字を入力する必要があるのだが、その数字が見つからない。
気が付くと、シンタも隣で本をめくっている。
その一体感は、ククリにとってとても幸福なものだった。
「あああっ」
シズクが叫んだ。
「そうだ、ここ調べ忘れてる」
シズクはそう言うと、壁に駆け寄って肖像画を手にとった。
額縁からその絵を抜き出し、その裏を見る。
不可解な文字で書かれた名前のようなものと、数字が書かれている。
どうやら、生年と没年のようだった。
「暗号は奥さん絡み。ベタだよねえ」
そして、パーティーは再び一堂に会した。
魔法陣に、シズクが数字を入力していく。すると、それは破片となって砕け散り、地下への階段が現れた。
七人はその階段を降りていく。
先頭がシアンとグリム。そこにククリ、シンタ、シズクが続く。最後尾は八千代とヤツハだ。
長い螺旋階段だった。その下、床の中央に、薄っすらと青い光が輝いているのが見える。
それは、魔法陣の光だった。
「……私を止めに来たのか」
魔法陣の前に、本を片手に持った男が立っていた。
「ああ、そうだ」
シズクが、淡々と言う。
「そうか、ならば仕方ない。召喚は半ば成功している。その影響か、私の身には、大悪魔の力が流れ込んでいる……」
「ヤツハ、マジックシールド唱えて!」
シンタはそう言うと、シアンとグリムすら追い抜いて駆け始めた。
「邪魔者は排除する、絶対にだ!」
そう言って男は立ち上がり、掌をククリのパーティーに向かって差し出す。その中央に、赤い魔法陣が輝き始めた。
それにシンタが聖水をかけると、魔法陣は音を立てて砕け散った。
グリムとシアンが、シンタを追い抜いて男に向かって斬りかかった。
男の両の手が宙を舞う。しかし、切られたその断面から、太く赤く滑った腕が生えてきた。
光の壁がグリムとシアンを包む。ヤツハのマジックシールドだ。それを見届けると、シンタは後退してヒーラとしての活動を開始した。
炎の矢が幾重にも降り注いで、光の壁が割れて、グリムとシアンにダメージを与える。
それでも、二人の刃は男の胸を貫いていた。
男の体が、大きく盛り上がっていく。人の皮を脱ぎ捨てて、その下から巨大な赤い悪魔の姿が現れる。
「よくぞ生け贄を捧げてくれた」
悪魔は嘲笑うように言う。
「これで我の力の一部が現世に舞い戻ることができた。後もう一歩だ」
「そうは行くかっ!」
グリムとシアンが剣を振るう。
それよりも速いスピードで、悪魔は腕をふるっていた。
二人は吹き飛び、ヒーラー達の無防備な姿が顕になる。
地下室ごと焼き尽くしそうな火炎の息を悪魔は吐く。
それを、シンタが手に持った銀の盾が跳ね返した。
悪魔は驚嘆したような表情になる。その体に人の体ほどある氷柱が次々に降り注いだ。
ヤツハの魔法は止まらない。次から次へと氷柱が矢となって降り注いでいく。
戦列に復帰したグリムは盾を構え、シアンは両手剣で敵にダメージを与えることに集中する。
全身に傷を負った悪魔が姿を変えた。背中に黒い羽が生え、こめかみには角が生えていく。
「おい、グリム。回復アイテムは十分に持ってきたか?」
「師匠こそ、防御装備は?」
「そうか、なら、勝てるな」
シアンは満足気に言って、敵にダメージをさらに与えていく。
「防御装備は?」
グリムが再度訊いたが、シアンは鬱陶し気に言い返した。
「今はダメージソースの一員となるよ。後から着込むさ」。
「ヤツハさん、次から次へ撃っちゃってー」
八千代がそう言って、詠唱速度短縮の法術をヤツハにかけていく。
「持久戦になってもこっちはヒーラー三人。即死スキルも無さそうだ。押し切るよ!」
シズクが叫ぶ。
「はい!」
「おう!」
「行きます!」
「倒そう!」
様々な声が重なった。
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悪魔は地面に倒れ、消えていった。
七人はなんとも言えない表情で、悪魔が消えた一点を見つめていた。
シンタが聖水をかけると、部屋の中央で青く輝いていた魔法陣も消えてしまった。
「よほど奥さんが大事だったんだね……」
ヤツハがしみじみとした口調で言う。
「報酬、凄いよ」
そう言って、シアンが上機嫌の表情で、赤い兜を手に持つ。それはあの悪魔の角と酷似した装飾がある兜だった。
「効果はなんです?」
「火耐性が強い。これ、バランスブレイカーになるんじゃないかな」
シアンはしみじみとした口調で言う。
「これ、オークションにかけようよ。確定ドロップじゃないと思うんだ。高値が付くよ」
「異論がなければそれで」
シズクが言い、周囲を見渡す。異論はないようだった。
そして七人、帰路についた。
ヤツハは先頭を歩き、シズクとシアンと一緒に談笑している。
ククリは気が付くと、またシンタと隣り合って歩いていた。
「楽しかったね」
シンタが言う。
「ええ、とっても」
ククリは微笑んだ。
今日はいつもよりも、シンタや、深夜組のメンバーと親しくなれた気がした。
「ククリちゃんもすっかり深夜組に馴染んだね」
八千代が横に並んできて、微笑んで言う。
彼女とは親しい友達になれる。改めてそう思ったククリだった。
「そうだねー。私、ボス戦初めてで、見てるだけでも興奮したー」
「シンタくんのこと、よろしくね」
ヤツハの声が、脳裏に蘇る。
違和感の残る言葉だった。今だって彼女は、シンタの横に並ぼうとしない。
それが、何か不吉なことを示しているようにククリには思えたのだ。
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「街に敵モンスター達が接近中!」
そんな声が首都に響いたのは、一週間後の夜のことだ。
「新しいイベントかね?」
シズクが、怪訝そうな表情になる。
シアンが不敵に笑って立ち上がる。ワンピースに麦わら帽子姿の彼女の手に、両手剣が現れる。
「来るっつーんなら迎え撃たないとね。グリム、行くよ」
「了解です」
グリムも立ち上がる。
「シンタもたまには騎士で来いよー」
シアンが言う。
「良いですけど、ヒーラーはどうするんです?」
「私が出そう」
シズクも、そう言って立ち上がる。
「私はお留守番してます。皆、頑張って」
そう言って、ヤツハは苦笑交じりに手を降った。
「また、でしゃばりじゃないかとか気にしてるのか?」
「ううん、そういうんじゃないよ」
「ヤツハはそう考えそうだけどな」
ヤツハは強い力を持っている。それをひけらかすことを、彼女は避けがちだ。
「シンタくん、無理強いは禁物よー」
シズクはそう言って、二人の間に割って入る。
「行こうか」
その声に従って、その場にいたシアン、グリム、シズク、シンタは歩いて行った。
「街の中央の大樹に集まってくださいー。スピリタスが防衛チームを組みまーす」
叫びながら歩いて行く人々がいる。スピリタスのメンバーなのだろう。
シンタ達は素直に、それに従うことにした。
街の中央の大樹の前には、スピリタスの女帝リヴィアが立っている。
「これから北門南門西門にメンバーを振り分けます。できれば指示に従ってほしい」
リヴィアの指示によって、あっという間に三通りの軍が出来上がる。
「ここは私達の街だ。頑張って守りきりましょう」
リヴィアは淡々と言う。
「おう!」
百を超える声が重なった。
そして、シンタは気が付くと、どういうわけかリヴィアと並んで軍の先頭を歩いていた。
「……なんで俺、この配置なんで?」
「歌世が目をつけたって腕、見てみたくてね」
リヴィアの顔には、勇ましい笑みが浮かんでいる。目の前のトラブルが楽しいと言わんばかりに。
「今日はお目付けの幹部連中は別部隊に組み込んでやった。好き勝手暴れられるってわけ」
なるほど、自身を前線に置いたのもそのためか。納得したシンタだった。
「……突出しすぎないでくださいよ。死んだらかなり恥ですよ」
「舐めないでほしいな。貴方こそ早々に死んでがっかりさせないでよ」
そして、シンタ達は門の外に出た。
大量のモンスターが、歩いてくるのが見える。
「隊列、崩さないでください。後は各々自由に」
リヴィアが淡々と言う。
「おう」
数十の声が重なる。
そして、敵との決戦が始まった。
リヴィアの戦いは圧巻だった。歌世顔負けのスピードで次から次へと敵の急所を断っていく。鍔迫り合いになっても敵を押し切り、囲まれても一度に敵を切り倒し、その戦いぶりに、シンタは舌を巻いた。
歌世はどうやってこの化物に勝てたのだろう。この世界で一番有名な騎士は伊達ではなかった。
シンタは一体一体を丁寧に倒すだけだ。オークに振り下ろされた棍棒を回避し、敵の腕を断ち、急所を貫く。
そのうち、混戦になり、リヴィアとシンタは背中を預けあって戦っていた。
「急増の軍ではこうなるか」
そう言って、リヴィアは苦笑する。そして、襲い掛かってきた狼を一撃で真っ二つにして、シンタに声をかけた。
周囲を見るに、リヴィアが少し突出しすぎているだけの気がするが、それは言えないシンタだった。
「キャラクターの技量値はいくつかな」
リヴィアが、淡々と訊く。
「三十程度です」
「それでその急所命中率か」
「丁寧にやっているだけです」
「混戦の中ではそれが難しい」
リヴィアは淡々と言いながら、また敵を倒していく。彼女が剣を振るうたびに血の雨が降るようだった。
「わかっているのかな」
リヴィアが、さも不思議そうに言った。
「君、天才だぞ。低レベル帯でネルソン以外に遅れを取らなかったという話を聞いた時からイメージしていたが、間違いではないと今日確信した」
「なんですか、急に褒めて」
「ヒーラーとしての腕は知らない。しかし、対人戦なら君は歌世クラスのプレイヤーになれる。私は、そう言っているんだ」
シンタは、目の前に飛びかかってきたヘビ型の敵を真っ二つにして、一瞬動きを止めた。
「スピリタスに来ないか、シンタくん」
永遠に追いつけないと思っていた、歌世クラスのプレイヤーになれる。それは、酷く強烈な口説き文句だった。
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「ってことがあってさ」
水族館の椅子に座って、水槽の中身を見ながら、新太は呟くように言っていた。
「良いんじゃない?」
隣りに座る八葉は、穏やかに微笑んでいる。
「良いって、何がだよ」
「スピリタスに入るのも」
「馬鹿言えよ」
新太は苦笑する。
「俺はアメノシズクが好きだ。移籍する理由がない」
「けれども、新太くんには才能がある。それは歌世さんも言っていたことだよ。だから、歌世さんは君に声をかけた」
「……実感、わかないな」
「シズクさんも言ってた。大悪魔戦の時もそうだったけれど、君のゲームにおける直感力はとても優秀だって。それは前衛に必須なものだよ。ヒーラーなんてしていたのは、遠回りだったのかもしれないね」
「……俺は、八葉とのんびりできていればそれで良いよ。対人なんて、考えてない」
「そうも、いかなくなるんだよ」
八葉は、俯いて淡々と言った。
「私、やーっと就職決まった」
「おお、おめでとう」
新太は素直に喜んだ。八葉が就職活動に頑張っていたことは、新太も知っていたのだ。
「今まで通りにログインできなくなる」
「些細なことだよ。グリムとシアンさんだって上手く一緒に遊んでるじゃないか」
「……聞いてほしい話があるんだ」
新太は、八葉の顔を見た。八葉は前を向いているが、真剣な表情だった。青い光が、その表情を照らしている。
「今度ね。私のレベルじゃ受けられないクエストが実装されるって聞いたの」
「……レベル、上げに行くのなら、止めないけど。そりゃ、ちょっとは会えなくなるけれど」
「まあ良いかって、思っちゃったんだ」
沈黙が漂った。
イグドラシルの世界のストーリーを追うことが八葉の楽しみだった。その楽しみから、彼女は離れようとしている。
思い返すのは、歌世が突然いなくなってしまった時のことだ。彼女も、ゲームに飽きてしまっていた。
八葉もそうなってしまったのだろうか。それを訊ねたいが、答えを耳にするのが恐ろしくて口から出てこなかった。
「キリが良いと思うんだ。この辺りが潮時だよ」
八葉は言って、立ち上がる。
「新太くんの傍には、ククリちゃんもいる。スピリタスに行くって選択肢もある。ただ、私が傍にいられなくなる。それだけの話なんだよ。新太くんの未来は、いくつもの道に恵まれている」
「シアンさんは社会人でも上手くやってるよ」
「うん。だからさ、その情熱が今の私にはないんだ。引退することはないと思う。けど、歌世さんみたいになるんじゃないかと思う」
沈黙が、場に漂った。
「離婚しよう、新太くん」
八葉は、躊躇いがちに、ゆっくりと、そう言った。
「タイムアップだよ、新太くん。夢を見る時間は終わった。私は、ゲームは辞めないかもしれない。けれども、リアルに帰るよ」
新太は、何も言えなかった。
八葉の決意が硬いことを、悟ってしまったからだ。
最初からわかっていたことだ。
ネットゲームには出会いがあれば別れもある。いつかは最期の瞬間が、身に降りかかってくるのだ。
次回予告
「わかった、私の気持ちの正体」
「結構あっさりしたもんだな、離婚って」
「困ったな……傍にいるのが当たり前すぎたから、だから……」
『そして、道は続いていく』
バッドエンドにするつもりはないです。
少し緩い感じのオチになると思います。
出来れば来週には投稿したいのですが、少なくとも今月中には仕上がっていると思います。




