鉄板パーティーに入れない!2
狂信者の研究所は、首都から徒歩十分程の距離にある。
道中の会話は、酷く盛り上がった。
「中級ダンジョンなんて、行くの初めてで」
騎士が照れ臭げに言う。
「私も初めて。お互いヒットポイント低そうだけれど、長生きしようね」
武道家が、励ますように言う。
「殲滅間に合うかなあ。ちょっと未知数ですね」
狩人の一人が冷静に言う。
「集めなければ大丈夫だよ。十分行ける」
そう太鼓判を押すのは、希月だ。
なんだか、懐かしかった。
昔は希月と、こんな風に色々な初級ダンジョンに向った。彼女の下調べはいつも完璧で、茶虎はそれに引っ張りまわされて色々な冒険をさせられたものだ。
全ては、過去の話だった。
茶虎の覚悟は、緩いではいなかった。この狩りが終わったら、相方を解消しようと申し込むのだ。寂しいけれども、希月にとってはそれが一番だとしか思えない。
そして、こんなゲームは、辞めてしまおうと思った。
八人は狂信者の研究所に辿り着いた。レンガ造りの壁が、所々血で汚れている。
「行くよ」
希月が言って、扉を開ける。
前衛三人が、その扉の中に滑り込んで行った。
ダンジョンの中は、巨大なゾンビが待ち構えていた。その手には鉈があり、容赦なくプレイヤーへの致命傷を狙ってくる。
茶虎も、騎士も、剣を手に装備した。後衛陣が、弓に矢をつがえる。
茶虎はゾンビの剣を避け、逆に相手の腹部を切り裂く。軽打だが、敵をひきつけてさえおければ良い。
その時、矢が放たれた。敵の脳天に、何十本もの矢が突き刺さる。
ゾンビは呻き声を上げて、鉈を振り回した。
「横、もう一匹沸きました!」
希月が言う。確かに、パーティーの横手にもう一匹ゾンビが現われている。
これは終わったかな、と茶虎は思う。
その時、武道家が新たに現われたゾンビに向って駆けて行った。そして、相手の振るった鉈を両手で挟むことによって受け止め、へし折る。
「上手い!」
希月が上機嫌に褒める。
しかし、予断はまだ許されない。戦闘は続いていた。
そのうち、八人は、研究所の小部屋に辿り着いて、休息を取リ始めた。
「中級ダンジョンってスリリングで楽しいー」
武道家が言う。
「一歩間違えれば決壊するスリルがありますね」
騎士も同意する。
「そんなこと言って、皆攻撃を避けてるじゃない」
希月が、褒めるように言う。
意外と狩れるものだな、と茶虎は戸惑っていた。ならば、退魔師が鉄板パーティーに入れない理由はなんだろう。その原因が、丁度部屋の前を横切っていった。
それは、駆ける騎士だ。その背後に、ゾンビや怨霊の群れをぞろぞろと引き連れていく。
大量に集めて、魔術師によって瞬時に殲滅する。それが経験値を稼ぐ上で、もっとも効率の良いやり方なのだ。そのため、ヒットポイント係数に優れ、耐久力と移動力を高めた騎士が重宝されるのだ。
一匹二匹をちまちまと狩っている自分達は、可愛らしいものだと茶虎は思う。
狩りをしているというより、遊んでいると言ったほうが正しい。
それにどうしてか、悪い気がしない茶虎がいた。すぐに、罪悪感が胸に沸く。自分は、希月に無駄な時間を使わせているのだと。
けれども、当の希月は上機嫌だった。
「下層、行こうか」
明るい口調で、彼女はそう語る。
何が楽しいのか、茶虎にはわからない。今通っていったような、経験値を稼げるパーティーにお前は参加できるのだろう? なのに、何故それをしない? 茶虎の心の中に、戸惑いが浮き上がる。
「下層って、危なくないんですか?」
「むしろ、上層のほうが危ないかな。今みたいに、沢山集めて倒すパーティーがいるから、新しく発生する敵が多い。下層だと、障害物が多くて走るパーティーはいないしね」
「そう言うことなら、下層に行きますか」
騎士が言う。
「どうせなら、ダンジョンの全部を見て回りたい」
武道家が声を弾ませていう。
その一言で、懐かしい記憶が蘇った。
「二階行こうぜ!」
ダンジョンの中で茶虎が言う。まだ装備もろくに整ってなかった、初心者の頃の話だ。
「無理だよ。まだ時期尚早」
希月が、困ったような表情で返事する。
「けど、覗いてみるだけでも楽しいじゃん? 俺は見てみたいな、新しい場所。新しい敵」
「……はーあ。今日はデスペナ喰らって解散か」
希月が、溜息を吐く。しかし、その表情は笑っていた。
「行こうか、二階」
「ああ、行こう、二階。そのうち、二人で世界中の色々なダンジョンを回ろうぜ」
なんで今更、そんな記憶を思い出すのだろう。
戸惑いと躊躇いが、茶虎の心を満たした。
「さ、行こうよ茶虎。前衛は君だ」
希月が言う。
その一言に、どれだけ胸が躍ることだろう。茶虎は立ち上がって、前を歩き始めた。
下層は、不気味な雰囲気に満ちていた。部屋中に配置された本棚。地面に落ちた本と血と、描かれた魔法陣。
それらは、危険な場所にいるのだという実感を茶虎達に与えてくれた。
戦いは順調だった。敵の数も確かに少なく、茶虎達のパーティーにはそれが合っていた。
そのうち、自然と連携が取れてくる。横に沸いて現われた敵に対処するのは武道家。適切な補助法術を振りまくのは希月で、ヒール担当はもう一人の聖職者。希月の本は紙束となって自由自在に空を飛び、盾にも目隠しにもなってみせた。
茶虎と騎士は敵から味方を守る壁でもあり、アタッカーの一人でもあった。
次から次へと、ゾンビは倒されて行く。
鉄板パーティーからあぶれた人間達だ。ゆっくりした進行とはいえ、それはほど良い緊張感に包まれた時間だった。
茶虎のレベルが、上がった。実に、数週間ぶりのレベルアップだった。
「おめでとう!」
「おめー」
「おめでとうございます」
「良かったね」
皆が祝福の声を上げる。
希月も、微笑んで口を開いた。
「ノルマに、一つ近付いたね」
「ああ……吃驚した」
自分でも驚いていた。中級ダンジョンの経験値の良さにも、皆で未知のダンジョンを踏破する楽しさにも。
いつからだっただろう。鉄板パーティーに引け目を持って拗ねていたのは。いつからだろう。経験値効率に縛られて、相方に引け目を持ったのは。
手を伸ばせば、こんな近くに、楽しい冒険はあったというのに。
けれどもそれは、茶虎の最後の冒険でもあった。最後になって気がつくなんて、皮肉な話だった。
そのうち、八人は熊のように大きな黒い人型の敵と遭遇した。
「あれ? あいつ、見たことないです」
騎士が言う。
「このダンジョンで一番強い敵よ。そして、キーになるのはあんただから、茶虎」
そう言って、希月は微笑む。
「どういうことだよ?」
「あの敵に関しては、茶虎は殲滅に回って。騎士さんと武道家さんが相手をひきつける。良い?」
「了解しました」
「わかったよー」
「あいさ」
前衛三人組は、微笑んで役割分担を受け入れた。
武道家と騎士が駆け出す。騎士が剣を振り、驚愕の声を上げる。その剣は、相手の装甲に阻まれて弾かれたのだ。
「私の剣が、通らない……!?」
それは矢も同じようだ。大量の矢が、敵に降り注いでは弾かれて行く。
殲滅に回れと、希月は言った。
(つまりそれは、神の加護を受けた俺の攻撃なら通るってことだろ、希月)
茶虎はそう考えて、スキルを使うことにした。茶虎の周囲に、神々しく輝く剣が六本浮かび上がる。それは、空を飛んで、敵の黒い体に突き刺さった。
剣が消え、後には傷口が残る。
「傷口、狙って!」
希月が言うよりも速かった。熟練の狩人達は、力を一点に集中した光の矢を、敵の傷口へと放っていた。
三本の矢が傷口を通過して、相手の体の内部を突き刺す。苦しみに敵が体をうねらせる。
茶虎の周囲に再び六本の剣が浮かび上がる。そのうち二本を取って、茶虎は駆け出す。
逃げようとする敵の側面に回りこみ、武道家が肘うちをした。それは、敵の固い装甲を無視して、内部にダメージを与えたようだった。相手の動きが鈍る。
そして、茶虎は飛び上がり、黒い敵を一刀両断にしていた。
「かーっこ良い」
武道家が言う。
「やるじゃないですか」
騎士が褒める。
そして、黒い敵が消えた後には、一個の赤い宝石が落ちていた。
「ちょ……これって……」
希月が、感嘆したように言う。
「ばいばーい、またねー」
「また遊びましょう」
「楽しかったよー」
「次はもっと下層まで行きたいな。また募集立ててくれよ」
八人は、首都に帰って、敵を倒して得たアイテムを売り、分配した。
口々に言いながら、パーティーは解散して行く。
そして、後には茶虎と希月が残った。
「楽しかったね」
希月が言う。
「ああ、楽しかった……」
茶虎も、久々に、冒険したという気持ちだった。
「中級ダンジョンって言っても、効率出そうとしなければ、なんとか生き残れるもんなんだよね」
「……ああ」
「いつからだろうね。茶虎が、新しいダンジョンに行こうって言わなくなったの。あれだけ新しい場所、新しい敵を求めていた貴方が、つまらなさげに町を眺めるようになったの」
退魔師というのは、とにかく中途半端なのだ。
前衛としては、壁役に特化して育成された騎士に敵わない。
けれども、鉄板パーティーみたいに敵を集めなければ、ある程度戦える。
ヒーラーとしては、補助スキルを持ち魔力を伸ばした聖職者には敵わない。
けれども、ヒーラーの補助役としてならいないよりはマシ程度の活躍はできる。
後衛としては、火力特化の魔術師にけして敵うことはない。
けれども、相性の合う敵に痛打を与えることはできる。
いつからだろう。経験値効率ばかり意識して、自分を縛ってしまったのは。周囲の声を気にして、自分の職を卑下するようになったのは。
希月は、いつだって、昔と変わらないスタンスで、茶虎を待ってくれていたのに。
「本当は、今日、狩りが終わったら、相方解消しようって言おうと思ってた」
希月が、目を見開いて絶句する。
「けど、違ったんだな。いつだってお前は、経験値効率なんて考えずに俺を待っててくれた。拗ねてたのは、俺だった。世界は、何も変わってはいなかった。昔と一緒だ。知らないダンジョンへ行くのは、楽しい。希月と狩るのは、楽しい。そんなことすら、忘れてたんだな、俺は」
「酷いね、茶虎は」
掠れた声で、希月は言う。
「せっかく私は、君と二人で行けそうな新しいダンジョンを探してたのに。君は勝手に一人で諦めて、勝手に一人でドロップアウトしようとしてた」
「……うん、悪かった」
「退魔師の君に、あのダンジョンはうってつけだと思うんだ」
希月は、茶虎の耳元に口を寄せて、囁いた。
「ねえ、レベルを上げて、二人であこに篭ろうよ」
茶虎はなんだか照れ臭くて、頬が熱くなってしまう。
「できるかな?」
「マジックポイントに気を使いながら行けば、なんとかなるよ。上層は横沸きが多いから、下層かな。ねえ、茶虎。いつか言ったよね」
「ん?」
「この世界で、色々なダンジョンを二人で回りたいって」
「うん」
「今も私、その言葉、覚えてるから」
こんな貴重な相方を、どうして手放そうなんて考えたのだろう。
茶虎は、希月を抱きしめていた。
「ごめん。もう狂信者の研究所しか行けなくても、上級ダンジョンに行くにつれてついていけなくなっても、ずっと希月と一緒にいる」
希月は、茶虎を抱きしめ返した。
「本当はね、茶虎が遠くに行きそうで、怖かった。だから、今回のプラン、必死に、必死に考えたんだ……」
希月は、穏やかな声で言う。
「もう絶対、お前を手放そうなんて思わない」
茶虎は、希月と心が通い合うのを感じていた。
イグドラシルの世界は、日に日に広がっていく。そこを攻略する最適なパーティーも、常に分析され続けている。
けれども、鉄板構成から外れても、楽しめないという道理はなかった。
次回 溜まり場の待ち人