深夜組に混ざりたい!2
「今日も頑張るんだ?」
シズクが意外そうな表情になる。
夜の路地裏だ。表通りにはゲーム世界の日が差し、大勢の人々が歩いて行っている。
路地裏には深夜組のメンバーと、ククリが、輪になって座っていた。
「はい、私も深夜組に混ざりたいんです」
力一杯そう言ったククリだった。
「そう、夕方と変わったことはやってないんだけどなあ。ねえ、ヤツハ」
「そうですねえ。夕方は夕方で狩りに行くし、夜には夜で狩りに行くし」
「……だよね、うん。あんたは本当鉄人だわ」
呆れたようにシズクは言う。
「今はその自由を謳歌するんだね。働き始めるとそうはいかないぞー」
と、人生を皮肉るように言うのはシアン。
シズクがそれを見て、悪戯っぽく微笑んだ。
「いや、あんたも十分廃接続だけどね」
「かな?」
「だよー」
「ならそれで良いや」
シアンはあっけらかんとしている。
「で、今日は何する?」
シアンの言葉に、一番に反応したのはヤツハだった。
「今日、私、やりたいことがあるんで抜けても良いですか?」
「やりたいこと?」
シズクが戸惑ったような表情になる。
「どうも、極秘裏にクエストが追加されたらしいんですよ。それを攻略しに行きたいなと」
「そういう時は、一緒にクリアしようぜって言うもんだぜ」
そう言って、シアンがククリの肩を抱く。
「それで良いよね、皆」
シズクが周囲を見渡す。
「前人未到のクエストをクリアする。良い響きじゃない。お前は付き合うよな、グリム」
「師匠に言われなくても参加しますよ。ヤツハさんのやりたいことなんだから」
「じゃあシンタは参加するだろうってことで、八千代とククリはどうする?」
「参加します!」
ククリは勢いよく手を上げていた。
「八千代も参加しますよ。面白そうです」
「じゃあ、それぞれ一応メインキャラで集まろうか。クエストとはいえ、戦闘があるかもしれないからね」
「私はヒーラーで良いわ。ヒーラーいないと困るでしょ」
と、シアン。案外、パーティー構成を考えているらしい。
それに異論を呈したのがシズクだった。
「シアンは騎士で良いよ。レベルそっちのが高いから、私がヒーラーを出す」
「シズクがそう言うなら、騎士持ってくるよ。移動が多少面倒臭いな……」
「プルートゥーの剣鬼が味方。これ以上の援軍はいませんね」
「そのあだ名は恥ずかしいからやめろと言っただろうグリム」
シアンは本当に苦い顔だ。
「俺もヒーラーで行きます」
「騎士メインじゃなかったっけ、シンタ」
「今となってはヒーラーのほうがレベル高くなっちゃったんで……」
「あー、付き合ってる相手が相手だものなあ」
シズクの言葉から、皆の視線が一点に集る。
それを受け止めたヤツハは苦笑交じりの表情になった。
「そう、人を元凶みたいに言わないでくださいよ。就職活動もしてるし、廃接続もそう長くは続きません」
「ごめんなさい、私、騎士しか使えません」
ククリは、恐る恐るそう言った。それも、周囲から比べればレベルが劣る騎士だ。
「八千代と組めるから丁度良いね」
八千代が微笑み顔で言う。
「ありがとう、八千代ちゃん」
「どういたしまして、ククリちゃん」
この瞬間、自分は八千代と友達になれる気がした。
深夜に起きているかいがあったというものだった。
各々、キャラクターを用意して、クエスト攻略に向かった。
最初に話しかけるのは、王城にいる衛兵の姿をしたノンプレイヤーキャラクターだ。
「最近、街の中で異様な匂いを嗅いだものがいるという。どういうことなのだろうな」
衛兵は、何度話しかけてもその台詞しか言わない。
「これでイベントスイッチが入ったと見て良いでしょう。どこかで普段と違った台詞を聞かせてくれるノンプレイヤーキャラクターが出現したはずです」
ヤツハが、目を輝かせて言う。
「街のどこかにいる、匂いに関する台詞を発するノンプレイヤーキャラクターか。それを探せば良いわけだね」
シズクが言い、ヤツハが頷く。
「面白いじゃないか。一番最初に見つけてやろう」
いつもと違ってワンピースに麦わら帽子姿のシアンが、帽子のつばを掴んで位置を調整しながら言う。
「全員で一緒に行動するのは効率が悪いね」
とはシズクだ。
「組み分けしましょう。怪しい情報を掴んだら、パーティー会話で遠距離声掛けをするってことで」
ヤツハが言う。今、ここにいるメンバーは同じパーティーに入っている。この場合も、遠距離感で会話をすることが可能なのだ
「そうだね、そうしよう」
シズクが、組み分けをしようと口を開く。
そこに、ヤツハが割って入った。
「シアンさんとグリムくん、シズクさんと八千代ちゃん、シンタくんとククリさん。私は慣れてるので単独行動で。こんな感じでいかがでしょう?」
「……ヤツハがそれで良いなら良いけど」
シズクは、少し戸惑ったように言う。
「寂しくなったらパーティー内会話モードで話しかけろよー」
シアンがからかうように言うので、ヤツハは苦笑した。
「単独行動は慣れてるのでそこまでは。再合流楽しみにしてますよ」
シンタは、ククリと顔を見合わせた。
彼は、穏やかに微笑んでいる。
「……まあ、ってことらしいからよろしく」
「よろしくお願いします!」
ククリは、頬が熱くなるのを感じながら、頭を下げた。
「じゃあ、行きますか師匠」
「だな。私達が一番乗りだ」
「八千代ちゃん、行こう」
「はーい。そういえばサブマスターとペアで行動なんて珍しいですよねー」
「ねー。意外な話とか聞けそう」
各々、その場を去っていく。
最後に、ヤツハと、シンタと、ククリが残った。
ヤツハは先に行った人々の後を追おうとして歩き出して、一度だけ振り向いた。
「ククリちゃん」
その声は、ククリにしか届かぬように設定されているようだった。シンタは、気がついていない。
「シンタくんのこと、よろしくね」
そう言って、ヤツハは微笑んだ。
その微笑みの意味がわからなくて、ククリは颯爽と去っていくヤツハの背を見送ることしかできなかった。
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「首都と言っても、結構広いよな」
シンタが言う。
巨大な闘技場や格闘場を軽々と収納する程度には、この街は広い。
「とりあえず、皆の向かってないエリアを探してみませんか?」
「そうだな、そうしよう」
ククリは心音が高鳴るのを感じた。二人であてもなく街中を歩く。これではまるでデートのようだ。
「宿屋とか酒場に行ってみようかと思うんだ」
「宿屋と酒場、ですか」
「情報が集まるならそういう場所じゃないかなって」
「戦いの情報はそうかもしれないけれど、井戸端会議の主婦の方がこういうのは強いかもしれませんよ?」
シンタは硬直した。
「うーん」
彼は唸り、沈黙がその場に漂う。
ククリは慌てて、口を開いた。
「とりあえず、両方当たってみましょうよ」
「そうだな。時間はまだまだあるし」
そうやって捜索を開始した二人だが、ノンプレイヤーキャラクター達の会話に気になるものはない。
気が付くと、エッグの時計が四十分ほど経過していた。
「そもそも普段からノンプレイヤーキャラクターの会話を拾ってないから、変化があっても気がつかないかも……」
シンタは弱気になっている。
「それはありますね」
一々、狩りに関係のないノンプレイヤーキャラクターの台詞を覚えている人間など稀だ。
ヤツハならば、記憶しているかもしれない。そう思ってしまったククリがいた。
役に立ちたかった。ヤツハほどじゃなくても、力になれるところを見せたかった。
「そうだ。路地裏を見て回りませんか? 匂いと言えば、路地裏です」
「そうだなー。後は路地裏ぐらいだな。疲れてないか、ククリは」
「大丈夫ですよー。元気に満ち溢れてます」
「そっか。休憩したくなったらいつでも言えよな」
この優しさが彼の一番の長所だとククリは思う。
アドリブに弱いかもしれない。けれども、気遣いのできる人なのだ。
「じゃあ、行きましょうか」
二人は街の路地裏に入っていった。
日差しの差し込む表通りとは違い、薄暗く湿気が強そうな裏路地が二人を包む。
そうやって十分も歩いた頃だった。
ある民家の裏に、ノンプレイヤーキャラクターを見つけた。
「おい、あんた、何やってるんだ?」
シンタが話しかける。
「お、あんたも匂いを嗅ぎに来たのか?」
ノンプレイヤーキャラクターはそう言った。
クエストが、一歩先に進んだ。そんな感覚が、ククリの中にあった。
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一度、メンバーは匂いのする建物の前に集まった。
まず、ヤツハが口を開く。
「最近、奥さんを失った魔術師がいるって話すノンプレイヤーキャラクターがいました。多分あれ、イベントスイッチです」
「あ、武器屋に新しいノンプレイヤーキャラクター増えてたよ。鍵屋だって言ってた」
とは、シアンだ。
「そういやボロボロに傷ついたノンプレイヤーキャラクターが街の入口付近にいた。けど、何も話してくれなかった」
とは、シズクだ。
「多分、全員イベントスイッチになってると思うんです。順番に話しかければ、この異様な匂いをする建物に入れるようになっている」
ヤツハの言葉に、各々が頷く。
しかし、鍵屋は王宮の命令を取ってくれば匂いのする建物の鍵を作ってくれるという話になったが、傷ついたノンプレイヤーキャラクターは口を噤んだままだった。
「何かイベントスイッチが抜けてるんでしょうね……多分、重要キャラだと思うんだけど」
ヤツハが考えこむように言う。
「とりあえず、建物の中に入ってみましょうか」
各々頷いて、作った合鍵で匂いのする建物の中に入った。
そこは、どこか花の香りで満ちた部屋だった。そんなナレーションが筐体から流れる。
本棚がいくつも並び、机の上には乱雑に本が重ねられている。壁には、女性の肖像画が飾られている。
部屋の中央には魔法陣が輝いていた。
「この中から、当たりの本を探すのか」
シアンが、呆れたように言った。
「机付近の本である程度情報が掴めるかもしれません」
ヤツハは、そう言って机の傍に近づいていった。
そして、そのタイトルの数々やメモを見て、一瞬言葉を失ったようだった。
「悪魔との契約、死者の蘇生、大悪魔デネゼバル……。そんなもの召喚されたら、街が混乱に陥ります」
「なるほど、今回はそういうストーリーってわけか」
シズクが納得したように頷く。
「全員、この本とメモをチェックしてください。それがイベントスイッチになっていると思うから。そしたら、傷ついたノンプレイヤーキャラクターのところに行きましょう」
ヤツハの言葉に、各々頷いた。
クエストは、佳境に入ろうとしていた。




