深夜組に混ざりたい!1
それまでは週一更新だったのですが、今回はずいぶん遅れてしまいました。
今日中にこれを合わせて三回ほど投稿させていただこうと思います。
「よう、夕方組の諸君。集まってるじゃないか」
それまで酒樽に座って動きを止めていたシズクのアバターが、そう言うなり左右の足を前後に振り始めた。
仕事から帰って来たらしい。
いつもの、アメノシズクの溜まり場だ。
「お仕事お疲れ様です」
ククリが微笑んで言う。それを皮切りに、周囲にいる如月、吹雪丸、キヅも挨拶をした。
「いや、そんな疲れてもないんだけれどね。職業柄腰にくるけど、残業とかないから」
「介護職、でしたっけ」
如月が言う。
「そ。シフトできっちり分けられてるからねー」
「精神的に大変でしょうね」
「まあ、相手によるかなあ。慣れればそこまででもないよ。職員間の人間関係のほうが面倒臭い感じ」
「そういうものですかー」
「如月さんは今は専業主婦?」
「ええ、まあ。寿退社という形になりました。溜まってた有給も消化させてもらっちゃいました」
「寿退社かー。いや、めでたいことだよ。結婚式はしたの?」
「いえ、まだ……。二人ともそういうの、あんまり興味ないんですよね」
「旅行はー?」
「海外旅行、行きましたよー。写真見ます?」
「見る見る」
大人組が会話に没頭し始めた。
如月の目の前に透明なパネルが浮かび上がり、そこに写真が次々に表示される。
「僕達も良いですか?」
吹雪丸が言う。
「良いよー。皆で見よう」
如月が微笑んで言う。
五人はパネルに映った海外の写真を、しばし眺めて語り合った。
その時、溜まり場の中央に光が走り、人の形を成した。
「こんにちはー」
八千代だ。五人がそれぞれ挨拶を返す。着物姿の彼女は、下駄を鳴らしながら歩いて行く。
「他のギルドの友達と遊ぶ約束ができたので、ちょっと出かけてきますー」
「おう、楽しんでこいよー」
「ええ。深夜になったらまただべりに来るんで、よろしく」
八千代は無邪気に微笑んでみせると、去って行った。
「八千代ちゃんって、レベルそんなに高くないけど、イン時間は長いよね」
キヅが興味深げに言う。その疑問に答えたのは、シズクだ。
「色々なギルドに所属してるみたいだし、話を楽しんでる時間が長いんじゃないかなあ。だべりメインのプレイヤーなんだろうと思うよ」
ククリには、八千代よりも気になることがあった。
「あのー。深夜組の皆さんって、どんな会話をなされているんですか?」
MMORPGのプレイヤーの接続時間はまちまちだ。
昼にしかログイン出来ない人、深夜しかログインできない人、日によってログイン時間が違う人、色々といる。
だから、どうしても滅多に顔を合わせない人間や、溜まり場が自分の知らない雰囲気に包まれる瞬間というのは出てくるのだ。
「そういや、ククリちゃんは高校生で、予習とか宿題のために早めに落ちるんだっけ」
シズクが、ふと気がついたように言う。
「ええ。だから、深夜の空気って知らないんですよね。シアンさんとも八千代さんともあんまり絡みがないですし」
「そっかー。そうだよなー。深夜の空気は味わえないか」
「この前は怪談してましたよね」
「そうそう、あれは面白かった」
如月の言葉に、シズクは笑い声を上げて返した。
「シンタくんが自分の番が近づけば近づくほど青ざめて行ってねー」
「案外、アドリブに弱い人ですよね。真っ直ぐというか」
その時、自分が傍にいればシンタを励ませたのにな、とククリは思う。
「TRPGやった時もそうだったんだよ。シンタくんは本当にアドリブに弱い。就職して一発芸でも強要されたらどうなるのかって考えるとお姉さんは心配でなんないよ」
そう言って、シズクは苦笑する。
「TRPGもやってるんですか?」
「ああー、うん。ヤツハが気合入れて色々な設定作ってきてさ。皆で付き合ってみようって話になったわけ。あと、皆で別ゲーのテニスやったこともあったなあ」
「シンタくん、上手かったですねえ」
「あの子、反射神経凄い良いみたい。サッカー続けてたら良いとこまで行ってたんじゃないかなあ」
「深夜組って楽しそう……」
思わず呟いてしまったククリだった。
「休日前に深夜組になってみたら?」
「部活もありますし、親の目も厳しいし……一人暮らし、憧れます」
「結構めんどいよー、一人暮らし。家にいたらお母さんのありがたみに気がつく」
と言うのは、キヅだ。
それでもククリは、深夜組になってシンタと遊びたいのだ。
気になっていたことを、ククリは訊ねることにした。
「深夜組って、シズクさんとシアンさんと八千代さんとシンタさんとヤツハさん?」
「あと、グリムもいるねー。たまに如月さんもいる」
「楽しそうだなー」
ククリの深夜組への憧れは高まるばかりだ。
「皆いつ寝てるんだろうと思いながら付き合ってる」
如月が苦笑交じりに、遠慮のないことを言った。
「大学生組は講義の取り方次第かなー。私は夕方にちょっと仮眠取ってることが多いね。シアンとヤツハは鉄人だと思う」
「卒業単位足りてるって言ってましたしね。あの接続時間で驚異的です」
ヤツハの接続時間は夕方から深夜までにまたがっている。たまに平日の昼に接続していることもある。このギルド一番の廃接続と言えるだろう。
「そうなのよ。ヤツハの単位だけ不安でならなかったんだよね、私」
「けど、要領が良い子ってそんなものなのかも」
「そうだよねー。上手くやってるんだろうなー」
「シンタくんはそこら心配ですよね」
「うん、あの子はちょっと心配だ。サブマスターとして、ゲームでリアルを放棄する子は出したくないからなあ」
「けど、楽しいですもんね。皆で夜更かし」
如月が苦笑交じりに言う。
「そうなのよねー。この前皆でお酒飲もうとしたらグリムが、もうシアンとだけはお酒は飲みたくない! って言い出して」
「あれはおかしかったですねえ」
深夜のノリを知らないククリ、吹雪丸、キヅは話題に入れない。
それに気がついたのか、シズクは話題を変えた。
「まあ、深夜組には深夜組の楽しみ方があるってわけ。夕方組は夕方組で楽しもうよ」
「ですね」
如月も、状況を把握したらしく、シズクの言葉に同意する。
けれども、ククリの深夜組への憧れは心のなかにくすぶったまま残っていた。
++++
「あれ、今日はそろそろ寝る時間じゃない?」
夜の溜まり場で、シンタがそんなことを言った。
如月も、時計に気がついたらしく、口を開く。
皆、溜まり場に座り込んで、輪を作っていた。
「そうだよ、ククリ。勉強する時間って言ってたじゃない」
「今日は私は、深夜組に混ざるんです!」
ククリは胸が不安と期待で一杯になるのを感じた。
もしも親にバレたら、大目玉を食らうことになるだろう。
シンタも、如月も、シズクに視線を向ける。彼女は悪戯っぽく微笑んだ。
「まー、良いんじゃない? 明日土曜日だし。予定がなければ」
「明日は部活も休みです! 全然行けます!」
「深夜の溜まり場へようこそって感じだね」
ヤツハが、いつもの穏やかな口調で言う。
「つっても、特別なことをしてるわけじゃないんだけどなあ」
シズクが、苦笑交じりに小指で耳の裏をかく。
「けど、怪談をしたり、TRPGをしたり、テニスしたり、お酒を呑んだり、楽しんでるって聞きました」
「うーん……。期待しすぎてるな。正直、高校生に夜更かしさせるのもサブマスターとして悩ましいけれど」
「八千代さんだって夜更かししてるでしょう?」
「……思えば、あの子は年齢不詳だわねえ」
噂をすればなんとやらで、八千代が溜まり場に戻ってきた。彼女は皆の作っている輪に入って、座る。
「ただいまー。今日はいつもより人が多いですねー」
「うん。今日は私、夜更かしするって決めたんだ」
「残念、私は付き合えない。明日起きて旦那の弁当作らなきゃいけないからです」
そう言って、如月は立ち上がる。
「徹夜すれば良いじゃない」
「あんた、面倒見が良いですって面して結構無茶を言うよね。寝ると言ったら寝る」
そう言うと、如月のアバターは光となって消えていった。
とたんに、ククリは心細くなる。
シンタとヤツハとシズクとは仲が良いククリだが、それ以外のメンバーとはあまり絡みがないのだ。如月には是非傍にいて欲しかった。
シアンとグリムが溜まり場に入ってきた。
「おいーっす」
「こんばんはー」
二人の挨拶に、全員が挨拶を返す。
「お、珍しい子がいるじゃん。今日は夜更かしして良いの?」
「ええ、今日は良いんです」
「そっかそっか。夜更かしを覚えて不良への第一歩を踏み出そうぜ」
シアンは悪戯っぽく微笑む。
「シアンさーん、ククリを悪の道に引っ張り込もうとしないで」
シンタが庇ってくれた。それだけで、ククリの心は弾むのだった。
「お前の嫁はヤツハだろ。嫁の心配だけしてろ」
そう言って、シアンは悪戯っぽく微笑んで、輪の中に入って座り込んだ。グリムも、その横に座る。
「じゃあ今日はどうするー?」
「狩り行きたい」
シズクの質問に、シアンが返す。
どうやら、この二人が深夜組の中心らしい。それを、ククリは認識する。
「師匠。ククリちゃんが珍しくいるんだから、もっと別の案を……」
「つーても、怪談もTRPGも暴露話もテニスもやっちまったからなあ。何かネタあるか?」
「たまにはゲームの話で良いじゃないですか」
「それはいつもやってるだろー?」
「あの、私に遠慮しなくて良いですから。狩り、行っても良いですよ?」
「ククリちゃんも混ぜて狩りに行こうって話のつもりだったんだけどな」
「ああ、なるほど」
グリムが、安堵したような表情になる。
「レベル差はどうするんです?」
とは、八千代だ。
「私達上級レベルが敵釣るから、二人で別パーティー組んで魔法ぶち込めば良いだろ。こっちが盾になってそっちのレベリングを助けるわけ」
「それは、悪いですよ」
思わず、そう口にしたククリだった。
「久々に、四人で狩りに行くのも良いかもしれませんね」
ヤツハが、不意にそんなことを言った。
「俺は置いてけぼりかよ」
シンタは苦笑する。
ヤツハの言う四人とは、シズク、シアン、グリム、ヤツハの四人なのだろう。
「八千代ちゃんとククリさんがいるじゃない。両手に花だよ」
ヤツハは、悪戯っぽく微笑んで見せる。
「八千代はかまいませんよー。シンタさんをいじって暇を潰します」
「あ、私も大丈夫です」
ククリもそう口にしていた。
シンタと仲良く話せるなら、それが危険を犯して夜更かしをする何よりの報酬だった。
「じゃ、行く?」
「行こうか」
「じゃあ、準備してきます」
四人が慌ただしく準備を始める。そして、数分も待たずに、彼らは冒険に旅立ってしまった。
後に残ったのは、八千代とシンタとククリだ。
「なんか、この時間帯だといる人も全然違うんですねー」
「社会人と暇な大学生の時間帯だからね。ククリにはちょっと早いんじゃないか?」
からかうようにシンタは言う。
「私だって、もう結婚できる年齢なんですよ? 夜更かしぐらいできます」
「夜更かしは癖になるからやめておいたほうが良いなー」
八千代が薄っすらと微笑んで言う。
「気が付くと会話してたら三時過ぎ、なんてなって真っ青になったことが何度あったか」
「けど、しちゃうんですね、夜更かし」
「楽しいからねー、皆と話すの。私、あちこちで話して楽しんでる」
「八千代さんって、色々なギルドに所属してるみたいですもんね」
「うん、そうだよー。シンタくんもククリちゃんもここ一筋だっけ」
「一番遊んでるヤツハがここだしな」
ククリは、胸が締め付けられるのを感じた。
最初からわかっていたことだが、シンタはヤツハに対して一途なのだ。
「ククリちゃんは?」
「付き合い増えると、キサちゃんや皆と遊ぶ時間も減っちゃいそうで」
「なるほどねー。皆付き合い色々あるからなあ」
「八千代さんは大変じゃないんですか? あちこちに付き合いがあって」
八千代は虚空に視線を向けて、しばし考えこんだ。
「……大変って感じたことはないなあ。むしろ楽しいよ。色々な友達が増えるからね。別のギルドに飛び込んでみて、一緒に盛り上げてくのは凄い楽しい」
「そういうものですか」
「そういうものです。ヒーラーだと、どこに居ても困らないからね」
なるほど、こんな人もいるのだ、とククリは思った。
様々なギルドの助けとなって活躍する人。そんなプレイスタイルもあるのだと思った。
「じゃあ、固定の相方とかは作らない方針なんですねー」
「居た時期もあったと言えばあったけれどねー」
「痴情の絡み?」
シンタがからかうように口を挟む。
「いやあ、面倒臭くなっちゃいまして。相方になるって、相手に気を使おうってことだと思うから。シンタくんもせいぜいヤツハさんに面倒臭いと思われないようにすることですね」
シンタは反論の言葉を失ったようで、素直に頷いたのだった。
「気をつけます」
「そこで素直に頷くのがシンタくんですよね」
八千代は楽しげに言う。
「あんまからかわないでくれよ、八千代」
「シンタくんはいじられるのが好きなんでしょ? 私はそれを助けてあげてるんですよ」
「勘弁してよ。そう思ってるのは八千代だけだ」
「いやー、結構皆、シンタくんはいじられ属性だと思ってる気がしますけどね」
シンタの姿は、夕方の姿とは少し違っていた。夕方には頼れる兄貴分のように思える彼だが、夜のメンバーには敵わないようだ。
「夜のメンバーってどんな感じなんですか?」
ククリは、思わず気になって訊ねていた。
「んー。そうだねえ」
「皆、仲良くやってるよ。狩りしたり、話したりで」
「八千代はそういう曖昧な話じゃないと思いますよ」
からかうように八千代が言う。
シンタは、不服気な顔になる。
「じゃあ、どんな話だよ」
「それなら説明させてもらうと、まとめ役がシズクさんとシアンさんの二人。同年代の悪友二人って感じで息がぴったりです。参謀役がヤツハさん。いじられ役がシンタくんとグリムくん」
「……女性比率が高いと負けるよ」
シンタは苦笑顔だ。
その日は、シンタと八千代と話して夜が過ぎて行った。
「シンタくん、廃人プレイしてるけどリアルは大丈夫なんですかー?」
「言うほど廃プレイしてないよ。レベル追いつかれてるし」
「あの四人は接続時間帯が廃なんじゃなくて、狩り方が廃だから参考にならないですよ」
「八千代こそログイン時間が長いようだが?」
「八千代は要領良いですからねー。上手くやってるんですよ」
「思ったんですけど、八千代さんって何歳なんですか?」
シンタをいじってはこそいれど、敬語を使っている彼女は、実際は何歳なのだろう。そんな疑問が、ククリの頭に浮かんだ。
八千代は悪戯っぽく微笑んだ。
「八千代は八千代だよ。それ以上でもそれ以下でもない。中の人なんていないんだよ?」
「電脳世界の妖精かよ」
シンタは苦笑交じりに言う。
「その呼び名、良いですね。貰いました。今日から私は電脳世界の妖精ってことで」
「……実際、座敷童みたいな奴だよな、お前」
「シンタくん、妖精と妖怪は違います。八千代は妖精のほうが可愛くて良いかな」
シンタと八千代は随分と仲が良いようだ。
ククリは、それについて行こうと必死に頑張って、気が付くと寝入っていた。
目が覚めると、眼前に看板が立っているのが見えた。
あんまり無理しないように、シンタより。と書いてある。ククリはその看板を、無言で握った。
結局、あまり話せなかった。それが悔いとなってククリの中に残った。
けれども、まだ全てが終わったわけではないのだ。




