閑話7 セロとリンネのその後の話
そこは、賢者の塔の中だった。細い石造りの道を、リンネは走っていた。
「退いて退いて退いて!」
リンネは悲鳴のような声を上げる。駆けているその背後には、複数のゴーレムが迫ってきている。
しかし、リンネの前に立ちふさがるセロは両手を腰に当てて、退こうともしない。面倒臭げにリンネを見ている。
「良いから俺の横に正確に並べ。この位置が、後衛もアイスストームの範囲内に収まる絶好の位置だ」
「並べって、ミスったらそっちに敵が流れる……」
「この程度のダンジョンで俺が死ぬかよ」
セロは冷たい視線を向けてくるだけで、身じろぎ一つしない。
なら、望み通りにしてやろうじゃないかとリンネは思った。もしもモンスターがセロに流れて彼が倒れたら、その時はその時だ。
リンネは、ブレーキボタンを押して足を止めた。丁度、セロと並んだ位置だった。
少量のモンスターがセロに狙いを移したが、彼は気にした様子もなく、殴られながらもリンネにヒールを唱え続けている。
そのうち、魔術師の詠唱が完了し、氷の嵐が敵を飲み込み消滅させた。
「ほら、ぼやぼやしてないでさっさと次の釣りに行け」
そう言って、セロは移動速度上昇の法術をリンネにかける。リンネは言われるがままに、次の釣りへと向かった。
あの男のタフさは、騎士である自分より上なのではないかとリンネは思う。ヒットポイントはリンネのほうが上だろう。しかし、装備の防御力に差があり過ぎるのだ。
結局、彼は廃人で、リンネは一般人ということなのだろう。その間には格差がある。
セロが新たに聖職者を作ってリンネのギルドに入ってきたのは、黒井事件が終わって数週間も経った頃のことだった。
町中で彼はリンネを見つけて、ギルドに入れてくれと申し出てきたのだ。
最初は低レベルだった彼も、三週間程度でリンネと並ぶレベルになっていた。なんでも、知り合いの補助を受けたらそうなったのだそうだ。
レベルの上がる速さも、廃人と一般人の間には差があるものらしい。
レベルで追いつかれた時、リンネは思わず訊いてしまったものだった。
「……うち、ライトユーザー向けのギルドなんだけど、なんだってここに?」
「今度一緒に狩ろうとか言ってただろう。だから、付き合ってやろうと思っただけだ」
セロはぶっきらぼうに、そう言うだけだった。ヤツハに対する態度とはまるで違うな、とリンネは呆れてしまった。
そして、時間は今現在に戻る。
リンネとセロと、彼の友人である魔術師は、三人で座って休憩をとっていた。
「で、遊んでて楽しいかな?」
「つまらんな」
セロははっきりとそう言った。もう一人の魔術師に聞こえないように、一対一の対話モードだった。
「俺の装備じゃ中級レベルの敵はあまりにも弱すぎる。殴られてもほとんどダメージが入らんしな。スリルが足りんよ。これじゃあただの作業だ」
「トークを楽しむとか、色々あるでしょう?」
「これ、レベルを上げて敵を狩るゲームだぜ。トークとか狩りの意思疎通に必要な分で十分だ」
この辺りの認識が、ヤツハに気に入られなかった原因のような気がするが、彼はそれを改める気はないようだ。
ただ、以前と違う面もあった。彼は溜まり場で、色々な相手に助言をするようになったのだ。
セロは高レベルキャラ持ちということで、色々なギルドメンバーに相談相手として打って付けと見られているのだ。それは、彼自身が自己紹介で自分をそう売り込んだせいもあった。ヤツハだけが狙いの嫌な奴、として見られていたアメノシズク時代とは大違いだった。
例えば、こんなことがあった。
「セロさん、今のレベル帯で行ける狩場を探してるんですが……」
まだ布の服を着ている少女が、恐る恐るといった感じでセロに質問した。
背後では、頑張れと応援している声がある。
ぶっきらぼうで、いつも仲間の輪から微妙に離れているセロを、恐ろしいと感じている人もいるのだろう。
セロは、淡々と口を開いた。
「火属性武器持ってなかったらエンチャンター知り合いに作ってもらえば? それで黒蜘蛛の巣に行けば一発だよ」
この世界ではエンチャントと呼ばれる行為が二種類ある。プレイヤーが使うスキルによって、一時的に武器を強化したり、属性を付けたりするエンチャントと、ノンプレイヤーキャラに頼んで永続的に武器や防具に特殊効果をに付けてもらうエンチャントだ。
エンチャンターとは、前者を主に行うキャラクターだった。
「セロー。私達は気軽に高レベルエンチャンターなんて用意できないんだよ」
リンネは、慌てて口を挟む。
「なら、火属性武器を買えるように金を貯めることだな。ノンプレイヤーキャラの特殊効果エンチャントには使えないが、ダメージが通りやすくなる。まあ高レベル火属性武器は手が届かないだろうが。黒蜘蛛相手にする程度の火属性武器なら貸してやっても構わんぞ」
「本当ですか?」
相談者が、目を輝かせる。
「ああ。精々それで金を貯めるんだな」
「ありがとうございます!」
相談者は武器を受け取ると、意気揚々と狩場に向かって行った。
「……あんたにとっちゃよく知らない相手でしょ? 貸しちゃって良いの?」
「返って来なくても特にダメージないからな。どうでも良いよ。あれを百本買っても俺の資産はなくならん」
セロは、どこか投げやりにそう言った。
また、こんなこともあった。
「セロさん、相談したいんですけどー。最近レベルが伸び悩んでて」
「防具を整えてトリオかカルテットで狩ってみろ。鉄板パーティーは安全性を考慮して人数を増やしすぎてる面がある。少人数で狩ったほうがレベルは上がりやすい」
「わかりましたー」
なんだかんだで、頼られてる男だよなとリンネは思う。それが、アメノシズクにいた時との大きな違いだった。
そして、賢者の塔の狩りが終わり、翌日がやってくる。
セロはログインすると、リンネを見つけて声をかけた。
「さ、今日も狩りの訓練に狩りに行くぞ。今日も立ち止まる位置の判断とか、敵のキープの甘さとか、改めて貰うからな」
「一緒に遊ぼうとは言ったけれど、鍛えてくれとは言ってないんだけれどなあ」
リンネは苦い顔をするしかない。
「鍛えないと一緒に遊ぶことも不可能だ。今の俺がやっているのは遊びじゃなくて作業だからな。速やかに遊べるレベルまで上がって貰わないと困る」
「……まあ、良いんだけれどね」
この男は、人脈が広い。だから、いつもすぐにレベルの合う後衛を見つけてくれる。
装備に整ったヒーラーと後衛と組める。それは、レベルを上げるには理想の環境ではあった。
++++
その日も、狩場は賢者の塔だった。
セロは到着するなり、宣言した。
「じゃ、そろそろ補助輪を外すぞ。俺、普通に中衛やるから。自分で止まる位置を判断しろ」
「後衛の立ち位置だってその都度変わるのに、臨機応変に? 数歩間隔で?」
リンネは疑わしげにセロを見る。
「それぐらい、やってもらわないと困るんだよ。基本技術だ。歌世みたいなことをやれとは言ってないだろう?」
それを言われると、リンネは弱い。圧倒的な速度で動き回る騎士を制御しきる女も、世の中にはいたのだから。
リンネは駆け回って、ゴーレムを集める。そして、セロ達に向かって駆け始めた。
後衛の姿が視界に映ったその時、理想的な立ち止まるポイントが、見えた気がした。リンネは、そこに向かって駆け込んだ。
リンネの盾や鎧に沢山の岩の拳が振り下ろされ、それで減少したヒットポイントを回復するためにセロのヒールが飛ぶ。後衛の魔術の詠唱が完了する。氷の嵐が、敵を飲み込んで消滅させた。
「……それで良いんだよ、やるじゃないか」
セロが、初めて感心したような笑顔を見せた。
リンネも、思わず微笑んでいた。自分が上達したという、明らかな達成感があった。
しかし、彼の表情はすぐに硬質なものになる。
「ほれ、立ち止まってないでさっさと次の釣りへ行け。サボってる暇ねーぞ」
「はいはい、わかりましたよ」
言い捨てて、リンネは駆け始める。面白くはなかったが、悪い気はしなかった。
その日の狩りは、セロは心なしか上機嫌に見えた。
そんな調子で、セロとの日常は過ぎていった。レベルは、目に見えて上がっていった。
++++
それは、春も半ばを過ぎた頃のことだ。シンタとヤツハの結婚式が終わって、しばらくの時間が経っていた。
セロは溜まり場で、五人ほどのギルドメンバーに囲まれていた。彼らの真剣な表情に、帰って来たばかりのリンネは思わず息を呑み、慌てて両者の間に入った。
「なに、どうしたの? この人、ちょっと偉そうだけれど悪い人じゃないでしょう?」
セロを囲んでいた人々は、はっとしたような表情になり、慌てて表情を緩めた。
「誤解です。私達は、お礼をしたいな、と」
「お礼?」
セロは、戸惑うような表情で言う。
セロを囲む人々は、思い思いに口を開く。その中には、あの、火属性武器を借りた少女もいた。
「セロさん、相談したらなんでも答えてくれるし」
「装備を借りてお世話になった奴もいるし」
「皆、なんだかんだで助けられてるなって思って」
「それで、プレゼントを」
集団の中央にいる女性が、包装された箱をセロに押し付けた。
「つまらないものだけれど、それじゃ、私達は行きます。反応怖いんで、私達が行った後で開けてくださいね」
そう言うと、集団は蜘蛛の子を散らすように逃げていってしまった。
セロは戸惑った様子で、箱の包装を解いていく。中には、青く輝く鉱石が入っていた。武器や防具の特殊効果エンチャントをノンプレイヤーキャラに頼むために必要な触媒だった。
それを使えば、武器や防具に、魔法耐性や移動速度数上昇などの効果を付与することができるのだ。惜しむらくは、付与される効果がランダムということだ。だから、ノンプレイヤーキャラによるエンチャントは一種のギャンブルとされている。
「……良かったじゃん?」
リンネは、思わず悪戯っぽく微笑んでセロに話しかけた。
セロはしばらく黙り込んでいたが、青く輝く鉱石を不可視のアイテムボックスにしまったようだった。
「こんなん買う金あったら、回復アイテムや装備に回せよな……」
少し、戸惑っているような口調だった。それが照れ隠しだと、リンネはよく知っていた。
「前のギルドじゃ追い出されて万歳されたあんたが、今は感謝されている。変わったね、セロ」
「……ヤツハさんの真似をしてみようと思っただけだ」
「ヤツハさんの、真似?」
「ああ。低レベル帯で遊んで、周りの相談に乗る」
「悪い気はしないでしょ?」
「つまらんな」
彼は本音でそう言っている。それがわかるから、リンネは怒る気力も失った。
「ただ、確かに今、悪い気はしなかった」
セロはそう言って、そっぽを向いた。
「ここは、時間の流れがゆっくりしている。まるで、別のゲームをしているみたいだ。超上級ダンジョンに篭ってた頃は、もっと追い立てられているような気分だった。今は、彼女の気持ちがなんとなくわかる」
「今なら、ヤツハさんフリーだけど? 遊びに誘わないの?」
「俺は否定されたんだ。つきまとう気はない」
セロは、苦い顔でそう言った。
「ただ、変わったことをしようとは思ったんだ」
「そんじゃあさ。変わる一環として、狩りも会話しながら楽しくやろうよ」
「それはお前の技量が上がってからだな。それから検討しよう」
(ん? 狩り中に話すのと、技量は関係ないよね……)
リンネの脳裏に、ふと思い浮かぶ単語があった。
「……あんたってもしかして、結構コミュ障?」
セロは、珍しく、慌てたような表情になった。
「馬鹿言え。コミュ障が街に波乱をもたらすようなリストの制作に一役買えるかよ。俺は普通に友達も多い」
「けど、狩りするだけの友達でしょ?」
「友達は友達だ」
「けど、あんたは世間話ができる友達が何人いるんだろう?」
「狩りに世間話は必要ない。大体、ゲームの話だけで時間が潰れてそんな暇はない」
まったく、頭の硬い男だ。
「……あんたはもうちょっとここにいるべきかもね。ここのゆったりした時間の中に」
リンネの苦笑交じりの口調に、セロは戸惑ったようだった。
++++
夜も更けた頃だった。もう、ギルドの皆は寝入ってしまっている。
狩りから帰って来たばかりのセロとリンネだけが、溜まり場で座り込んでいる。
打ち明け話をするには、良いシチュエーションだった。
「セロってさ、初心者時代は何してたの?」
「狩人で延々ソロしてたが?」
「やっぱりコミュ障なんじゃないか」
リンネは呆れたように言う。
セロは、眉間にしわをよせた。
「違う。ギルドにも入った。ただ、運が悪かっただけだ」
「運が悪かった?」
「ああ。最初に入ったギルドがなー……」
セロは、遠くを見るような目になった。
「言いなよ」
「言うも言わんも俺の勝手だ」
「やっぱコミュ障じゃん。会話ぶった切り」
挑発のつもりで、リンネは言う。
セロはしばし黙りこむ。そして、観念したように語り始めた。
「最初に入ったギルドは、接続の多いメンバーが二人しかいなかった。マスターは男で、もう一人は女だ。キャラクターはたくさん名前を連ねていたが、メインで育ててるキャラじゃなかったんだろうな。皆、ログインしなかった」
「三人きり?」
「ああ。女は、もうちょっとでマスターと組める、マスターと遊べる、その手の発言ばっかりしてた。俺はガン無視だ」
「おおう……。一緒に狩りとかはしなかったの?」
「したぞ? マスターが、お前らレベル帯一緒だから組めって。そしたらその女に、店売り装備しか持ってないだの、ステータスがソロ向けだの散々馬鹿にされた。挙句、相手は友達呼んでそっちと一緒に狩り始めた」
「……嫌な奴もいるもんだね。それでもめげなかったんだろう?」
セロは、渋い顔で頷いた。結局、色々と話してくれるらしかった。深夜の魔力がそうさせるのかもしれない。
「次に入ったギルドは、一人の女がやたら持て囃されていてな。彼女が俺の声が気に入ったとかで、馴れ馴れしくされて、一悶着あった。取り巻き連中に苛められたよ」
「……なんか聞いてたら心が折れそうになってきた」
「次に入ったギルドは、常時接続してる廃人がいてな。本人は自営業って言ってた。ある日、その人が掛け算のミスをしてるのを指摘してからなんか目の敵にされて……あれは多分、心を病んでる系の人だったんだろうなあ」
リンネは話を聞いているうちに、憂鬱になってきた。
「ねえ。まともなギルドに入ったことって、ないの?」
セロはしばし黙りこんだ。
リンネは、彼の瞳をじっと見つめる。そのうち、彼はゆっくりと口を開いた。
「課金装備を売り払って、装備を整えて、どの職からも需要のあるヒーラーになって、レベルを上げた。それからだ、世界が変わったのは。俺は、必要とされるようになった。狩りの誘いはひっきりなし。狩り友達もたくさん増えた」
リンネは、何も言えなくなってしまった。
確かに、セロが語るような人々がいるのも事実だ。職やステータスや装備で人を頭から否定しにかかるような人間や、くだらない嫉妬で人を追いだそうとする人間は、悲しいことにオンラインゲームの世界の中に存在する。
そして、装備とレベルが整った人間の元に人が集まるのもまた事実だった。
それが今のセロのゲーム内の人格を構成しているのかと思うと、納得の行く思いもしたのだ。
ただ、リンネは、セロが一つ意図的に語っていない話があることに気がついていた。
「結局、このゲームはレベルと装備と職が全てだ。それで周りの評価もまるで変わる。リアルでもあるだろう? スクールカーストとかさ。それが適応されている感じだ。馬鹿らしい話だよ」
「あんたは、意図的に話を一つすっ飛ばしたよね」
セロは黙りこむ。自覚があったのだろう。
「ヤツハさんは多分、レベルや装備や職なんかじゃあんたを差別しなかったと思う」
セロは、返事をしなかった。
そう、彼は初心者時代に、ヤツハと出会っているはずなのだ。
「そんな彼女が所属していたギルドなら、同じような人がたくさん集まってたんじゃないかと思う」
セロは、しばらく黙り込んでいたが、そのうち苦い顔で口を開いた。
「良いギルドだったよ。低レベルで装備もない俺を、皆歓迎してくれた。だから俺は、皆の役に立ちたかったし、ヤツハさんの役にも立ちたかった。それで、ヒーラーである聖職者を作った。装備を整えてレベルを上げているうちに、すっかり交流を失っていたけれどな。俺は周囲から必要とされるようになって、有頂天になって、ヤツハさんとのレベル差にも諦めを感じて、そのギルドを忘れた」
「ギルドに入るにも運があるよね。オンラインゲームは人と出会うゲームだから、悪い人に当たることもあれば、良い人に当たることもある。ただ、意図的に後者の出会いがあったことを忘れちゃ駄目だと思う」
セロは、反論しない。その手に、青く輝く鉱石が現れた。
「……本当、こんなアイテム買ってる暇あったら、自分達の装備整えろっての」
溜息混じりにセロは言う。
「ここのギルドなら、多分俺が低レベルで装備がない状態でも、受け入れてくれたんだろうなと思うよ。アメノシズクだって、そうだ」
オンラインゲームは人と出会うゲームだ。だから、良い人と会えれば楽しいゲームになるし、嫌な人と当たれば本当につまらないゲームになってしまうのかもしれない。
「今は、悪い気分じゃないんじゃない?」
「……今更、低レベルの装備がない状態にも戻れんよ。今の俺は、知識があって装備を貸し出したりしてるから重宝されてるだけだ。実際に昔の俺がこのギルドに受け入れてもらえたかは、もうわからん話だ」
「捻くれてるねえ」
リンネは、思わず苦笑してしまう。
「多分俺は、このゲームで大事なステップを踏み損ねた。そのまま高レベルキャラになり、そのまま狩り友達のネットワークを作った。その自覚は、まあある」
そうか、彼は知らないのか、とリンネは思う。
装備が足りない期間、似たような境遇の仲間達と手探りで冒険していく楽しい時間を。
彼が経験したパーティーは、装備が整ったメンバーのみで行われる、上級者向けのものがほとんどなのだ。
そこで必要とされるのは、確かにトークではなく、腕と装備だ。それがそのまま、彼の価値観になっているのかもしれない。
リンネは、この捻くれた男と、少しだけ親しくなれた気がした。
友達には、きっとなれないだろう。彼は、ゲーム上で友達という存在を否定しているように思える。周囲に近寄ってくる人間は、自分のレベルと装備と腕に惹かれているのだと決めつけてしまっている。けれども、よく話す知り合いにはなれる。そんな気がした。
例外を上げるならば、低レベル時代の自分を受け入れてくれたかつてのあるギルドの人々のみなのだろう。その一員であるヤツハを狩りのネットワークに誘い続けたのも、人と親しくなるのにそれ以外の方法を知らなかったからなのかもしれない。
「……私はそんな貴方を理解できる気がしたわ」
「してもらわなくても結構」
「そうだね。あんたならそう言うだろうと思う。けど、私はあんたの友達になれなくても、親しい理解者にはなれると思う。今日はそんな気がした」
「……馬鹿言えよ。財産狙いか?」
「捻くれ者を通り越して捻くれた年寄りだよ、それじゃあ」
リンネは、思わず溜息を吐いた。
「また遊ぼう、セロ。ゆっくり、くだらない話でもしながらさ」
「……今のレベル帯の狩りは作業だ。遊びじゃない。ただ、検討はしておく」
「ああ、それで良いよ」
今はそれで良い、とリンネは思う。いきなり彼が心を開くとは、とても思えなかったからだ。
ただ、歩み寄ることはできると、そう思った。
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「釣る量が甘い。ルート選びが下手なんだよ、お前。さっき他のパーティーとすれ違ったから、そっちに敵がいないのはわかってただろ」
「了解了解」
翌日、再び狩りに出かけたものの、セロは相変わらずだ。指示が次から次へと飛んでくる。
結局その日の狩りも、遊びの色が全く無い修行の一環として終わったのだった。
そして、二人は狩りを終えて、セロの友達の後衛と別れ、溜まり場に帰ってきた。
溜まり場には、すでに五人のメンバーが座り込んでいた。この前、セロに火属性武器を借りた少女が、その中にいた。
セロは彼女に向かって、不可視のアイテムボックスから取り出した銀色の鎧を投げた。
少女は戸惑ったような表情で、それを受け取る。
セロはメンバー達から視線を逸らして、言った。
「この前の鉱石でエンチャントしたら、魔法耐性がついた鎧ができた。俺はもう持ってる品だから、初心者のお前にやるよ」
少女の表情が、明るくなる。
「ありがとうございます! ずっと、大事に使います!」
「礼なら、俺に鉱石をよこした連中に言え。俺の金でやったことじゃない」
「やるじゃんセロさん」
「やっぱりセロさんは頼りになるな」
称賛の声を聞いて、セロは居た堪れなそうに眉間に皺をよせる。その場を去ろうとした彼の腕を、リンネは捕まえた。
「まあ難しい顔してないで。貴方も輪に入りましょ」
そう言って、リンネはセロの手を引いて、メンバー達の輪の中に入らせた。
セロはしばし座るのを躊躇っていたが、立ち続けているのも不自然だと思ったのだろう。諦めたように座り込んだ。
「ま、今皆で飲んでるんだけどさ。たまには飲みに付き合ってよセロさん」
「俺達、セロさんのことあんま知らないからさ。喋ってくれよ」
「別に俺のことなんか聞いても……」
「ああ、駄目なんだ。この人、実はちょっとコミュ障なんだよ」
セロは目を見開いて、慌ててリンネの言葉を否定した。
「誰がコミュ障だ!」
「じゃあ最近見たテレビの話で良いから、しなよ」
「あー、最近見たテレビ? あー、ニュースで今、テニスプレイヤーが話題になってるよな」
「ああ、飯島くんねー。勝ち残るかなー」
「勝ち残ってほしいよなー」
「日本人であの位置にいるのが凄いよ」
「ね、こんな簡単な話題で良いんだよ」
リンネは、セロに耳打ちする。
セロは、屈辱だとでも言わんばかりに気まずげな顔をしたのだった。
「セロさんも酒あったら飲もうよ」
「うん、皆で飲もう。酒の前にはレベル差も資産差も関係ないってね」
「まあ……酒ならあるが」
セロは、戸惑うような表情でそう言う。
「そうこなくっちゃ! さ、飲もう飲もう」
リンネは久々に、アメノシズクの溜まり場に向かう口実を得た気がした。
シズクやヤツハに報告したいと思ったのだ。
変わりつつあるセロの、今の姿を。
セロは、呟くように言った。他の人には聞こえない、一対一の対話モードだった。
「リストの件では、すまなかった。あんなに影響力を持つリストになるとも、あんな使われ方をするリストになるとも、思ってはいなかったんだ」
リンネは苦笑する。
全ては、過去のことだ。
「一緒にいれば、あんたが本当はどんな人間なのかわかるつもりだよ。もう終わった話さ、セロ。水に流そう」
「……そうか」
セロはそうとだけ言うと、一対一の対話モードをやめた。
レベル上げに付き合ってくれているのは彼なりの罪悪感からの行動だったのかもしれない。そんなことに、リンネは今更ながらに気が付いた。
次回、「深夜組に混ざりたい!」
『夕方組』のククリは、『深夜組』の面々に憧れて?(予定)
次回は少し期間が開くかもしれません。




