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ロープレ!  作者: 熊出
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狩場前の待ち人2

 久々にククリは、騎士のキャラクターを起動して、アメノシズクの溜まり場に来ていた。

 如月は例の如く、騎士育成に飽きてしまったのだ。そして、ククリもエンチャンターの仕事から解放されたのだった。


「まあ、一週間以上続いたからキサちゃんにしては続いたほうじゃないでしょうか」


 ククリは、そう冷静に評価する。


「ククリさんは如月さんに対しては結構容赦がないね」


 溜まり場で座っていたシンタが、苦笑で返す。


「キサちゃんと付き合いが長くなるとそうもなります」


 彼女の気まぐれを目の当たりにしてきたククリとしては、今回もこうなることはお見通しだった。

 そのおかげで、エンチャンターのキャラクターを得ることができたのも事実だったが。


「シンタさんが新キャラ育成する時、エンチャンターで手伝えますよ」


「期待してるよ。しばらくは聖職者をやってるだろうけれど」


「本当、すぐに組めなくなっちゃうんだから。吃驚しました」


「鉄板パーティー通いは経験値効率が良いけど財布が痛いよ。そろそろレアが欲しい」


 その一言で、ククリの脳裏に蘇る記憶があった。

 シンタとククリは、二人でレアアイテムを出したことがあるのだ。


「二人でモノマネを狩ってた頃が懐かしいですね」


「ああ、そういう時期もあったなあ」


 あの時に手に入れたお金を、ククリは自分の武装の強化に使った。そして、シンタは嫁であるヤツハに華の髪飾りをプレゼントするのに使った。

 それを思い出すと、ククリは少しだけ胸の表面を引っかかれたような気分になる。それと同時に、二人の関係性に憧れを抱くのだ。


「もう、レベルじゃ追いつけませんね」


 苦笑交じりに、ククリはそう言うしかない。


「そんなことないよ」


 シンタは、優しい声で言う。


「レベルが上がれば上がるほど、次のレベルアップに必要な経験値は増えていく。俺のほうがレベルアップにかかる必要経験値は多い。地道に狩っていれば、そのうちククリさんのレベルが俺と組めるレベルまで上がるかもしれない」


「気休めですねえ」


「それに、狩りなら行ってもかまわないぜ?」


 予想外の申し出に、ククリは心音が高鳴るのを感じた。


「レベル差が激しいから、ヒーラーであるシンタさんには経験値が行きませんよ?」


「いいよ。たまには後輩のレベル上げにも付き合うさ。その代わり、ちょっときついダンジョンへ行くけどな」


「それは……」 


 ククリは、一瞬迷った。迷惑ではないだろうかという思いと、嬉しいという思いが心の中で混ざり合った。

 結論は、すぐに出た。


「お願いします!」


 ククリは立ち上がっていた。

 シンタも、立ち上がる。


「それじゃあ、久々にコンビ復活と行きますか」


 そう言って、シンタは微笑んだ。

 狩場に行ってククリが話すことと言えば、家事の話題だった。それは、ククリにとってはとても居心地の良い時間だった。

 シンタは家事が苦手だ。それでも頑張ろうとする姿が、ククリには可愛らしく映るのだった。

 そして、シンタが話すのは狩りの話題だ。彼は彼で、ククリの立ち回りで苦手とする部分を的確に見抜いてくれる。

 お互いに得るものがある有意義な時間を過ごしたのではないか、とククリは思いたかった。


++++



「騎士、やる気出てきた!」


 その日の晩に、ククリはそう宣言した。


「ああ、シンタくんと狩ってたもんね」


 如月は、苦笑交じりに言う。

 首都の溜まり場で、二人は話し合っていた。

 シズクは酒樽の上に座っているが、いつものように足が動いていない。離席中なのだろう。そんなことが、シズクには良くある。場所取りの一環なのだ。


「そういうんじゃないよ」


 ククリは照れ臭い思いを噛み殺しながら言う。


「それじゃあこっちは聖職者のキャラ動かすの久々だから、後衛も誘ってどっか行こうか」


「そうだね。んじゃ、酒場に行こうか」


 そんなやり取りを経て、二人は旅人の酒場に向かった。パーティーを組みたい時、ここの卓に座って募集をするのが一番手っ取り早い方法だ。

 しかし、卓は全て埋まっている。

 二番目に手っ取り早い手段を取る必要があるようだった。



 それは、外部掲示板による募集だ。それ専用のスレッドがあり、そこに書き込むことで必要な職を募集することができる。

 後衛募集で書き込むと、あっという間に希望者による書き込みがなされた。

 合流は、首都の大樹の下で行われることになった。


「あ」


「……あ」


 やって来た相手もそうだが、ククリも間抜けな表情をしていたに違いない。


「よく会いますねえ」


「偶然です」


 苦笑顔でそう言ったのは、楓だった。手には弓を持ち、背には矢筒がある。


「そういえば、素早さ騎士でしたっけ」


「そういえば、狩人さんって言ってましたよね」


「こんなこともあるか……」


「まあ、楽しくやりましょう」


「なに、顔見知り?」


 如月が会話に入ってくる。


「ほら、最近良く一緒だったエンチャンターさんだよ」


「あー、なる。そういえばこういう顔だった気もする」


「今日はお世話になります」


 お互い頭を下げながら、狩場へ進むことになった。

 目指すは、賢者の塔の四階だ。二階に篭っていたから他の階も見たい、というのが如月の意見だった。


 敵を倒しつつ、四階へと到着する。

 そこで待っているのは、ゴーレム達だ。囲まれないように配慮しつつ、ククリ達は進軍していく。

 その時、シンタがログインしたと言う表示が画面に浮かび上がった。


「シンタさん、こんにちは」


「こんにちはー」


 ククリと如月はギルドメンバーのみに届く会話モードで挨拶をする。この会話モードは、どんなに遠距離にいても通じることができるのだ。


「こんにちは。二人は狩り中?」


「ええ、賢者の塔の四階に、野良パーティーで」


「そっかー。賢者の塔も良いな。ちょっと別キャラになるから、キャラチェンジする」


 そう言って、シンタは消えた。

 なんだったんだろう、と思いつつククリは先へと進む。そして、石造りのゴーレムと遭遇した。

 敵の動きは緩慢だが、防御力が酷く高い。ククリは次から次へと相手の攻撃を回避しては、敵に手傷を負わせる。しかし、それは致命傷には程遠い。


 そこに、矢が放たれ、ゴーレムの頭部を射抜いていった。狩人の攻撃スキル、ピンポイントショットだ。


 跳躍したククリが、ゴーレムの頭の傷に向かって剣を突き立てる。それは剣を受け入れてひび割れ、砕け散った。


「ピンポイントショットを軸に狩ってくのがベターそうですね」


 ククリの発言に、如月は頷く。


「任せておいてくださいよ」


 楓は、役割ができて嬉しいと言わんばかりだ。そうして三人は、慎重にゴーレムの狩場を進んで行った。

 囲まれればその時点で回避の難度が上がる。だから、ククリは慎重に敵を一体ずつ釣って行った。


「釣りも進行も上手いですね。囲まれることがない」


「先輩に色々教えてもらってますから」


「シンタくんに、ね」


 如月がからかうように言う。ククリは頬が熱くなるのを感じた。


「そういうんじゃ、ないよ」


「けど、教えてくれたのはシンタくんでしょ?」


 否定できなかった。ククリが家事の情報を教える代わりに、シンタは随分と狩りの情報を教えてくれた。

 そういう意味でも、彼はククリにとっては先輩なのだ。


「ああ、例の人ですか」


 楓が楽しげに微笑んで会話に加わってくる。

 この男には、ギルドが別だということもあって色々と余計なことを喋ってしまった覚えがあった。

 その話が、如月に伝われば非常に困る。ククリは思わず、真剣な声になっていた。


「もー、やめてよね、からかうの」


 その時だった。シンタが、再度ギルドにログインしたのだ。


「どうしたんですか、シンタさん?」


 ククリは、ギルドメンバーにしか伝わらない遠距離会話で声をかける。


「今、四階のどの辺り?」


「右隅の通路を歩いています」


「わかった。ゆっくり進行してくれ」


 そう言うと、シンタは再びログアウトした。

 なんだったんだろう。戸惑いながら、ククリは再度足を進め始める。

 ゴーレムの鎧の肌にピンポイントショットでヒビが入り、それをククリが広げて大打撃を与えて行く。


 そして、三人は曲がり角を曲がった。


「うげ」


「げ」


 如月と楓が、呻いた。そこには、四匹のゴーレムが固まっていたのだ。ゴーレム達の一つしかない大きな目が、三人を捉えて近付いてくる。


 ククリは剣を振って一匹の緩慢な攻撃を弾き、地面を転がってもう一匹の振り降りしてきた足を回避し、盾を使って三匹目の攻撃を受けた。

 盾で受けたものの、ククリのヒットポイントゲージは僅かに減った。

 四匹目は、ヒーラーである如月へと向かっている。


 全員を引き止めて、その攻撃を受けるしかないらしい。素早さに特化したククリでは、耐え切ることは不可能だろう。パーティーが全滅する。撤退を提案しよう。そう思った時のことだった。


 スキル発動を示す光りを纏った巨大な盾が、三人の横を駆け抜けていった。その盾は、四匹のゴーレムを突き飛ばして尻餅をつかせた。

 聞いたことがある。一定範囲の敵を吹き飛ばす、シールドチャージという名のスキルだ。

 盾の持ち主は、片手に剣を持っている。中華包丁を長くしたような形をした剣だった。彼の顔立ちには、見覚えがあった。


「シンタさん!」


 ククリは思わず、微笑んでいた。

 四匹のゴーレムは立ち上がろうとする。その足に、次々に光り輝く矢が刺さって行った。その影響だろう、立ち上がろうとしたゴーレム達の動きが鈍った。

 矢を放ったのは、楓ではないようだ。


 気がつくと、周囲には知らないパーティーが混ざっていた。盾や持っている武器から推測するに、狩人が一人、聖職者が一人、魔術師が一人といった編成のようだ。


 シンタは盾と剣を構え、相手が立ち上がるのを待ち構えていた。いや、彼が待っていたのはそれではないようだ。


「アイスストーム、行きます!」


 魔術師の女性の声が響き渡る。

 そのとたんに、氷を帯びた風が荒れ狂い、ゴーレム達を包んだ。それが止んだ時には、ゴーレムは氷付けになっていた。その体が倒れ、氷と共に砕け散り、石の欠片となって消えて行く。


「良いタイミングだったな」


 ククリは微笑みかけてくる彼の傍に駆け寄った。できるならば、抱きつきたいような気持ちだった。

 彼は、誇らしいククリの先輩だった。


「シンタさん、ありがとうございます。助かりました」


「はい、これ、お土産」


 そう言って、シンタは袋をククリに手渡す。開いてみると、回復アイテムがたっぷり入っている。


「騎士を起動しているなんて、最近じゃ珍しいですね?」


 ククリの問いに、シンタは苦笑顔になった。


「昔固定パーティーを組んでた友人達が復帰してたとかでさ。遊んでみようって話になったんだ。俺達は五階に行く」


「無理そうなら、三階の敵を乱獲するのも手だよ」


 栗毛の狩人がそんなことを言う。どこかのんびりとした雰囲気の男だった。

 聖職者らしき黒髪の男が、苦い顔で指摘した。


「いや、それ結構余計なお世話だと思うぜ、リューイ」


「まあまあ。用事もすんだ見たいだし、前進しましょう。首都のダンジョンっていうのも見てみたい」


 魔術師が言って、四人は再度前進して行った。


「熟練のパーティーって感じだったな。俺はパニくってた」


 楓が、感心したように言う。


「なんだかんだで、先輩だものね。やっぱり、色々と違うよ」


 ククリは言いながら、貰った袋を、不可視のアイテムボックスへと入れた。これは常時プレイヤーについてきて、いつでもアイテムを取り出すことができるのだ。


「ククリさんが気になる人って、今の人でしょ」


 図星を指されて、ククリは言葉に詰まる。


「……そんなに、わかりやすい?」


「わかりやすいよねー」


 答えたのは、如月だった。


「シンタくんと話してるとき、ククリは声色が高くなる」


「え、本当に?」


「うん、高くなってたよ」


 楓は苦笑顔で言う。


「うそ。そんな。周囲にもバレバレだったのかな」


 ククリは、それこそ自分の声のトーンが高くなるのを感じていた。頬が熱くなって、今にも顔から火が出そうだ。


「大丈夫。ヤツハさんと喋る時も、同じ症状に陥ってるから」


 如月の言葉に、ククリは安堵した。

 けれども、そんな自覚はなかったので、少々驚いてしまった。

 その後、狩りは多少のトラブルもあったが、なんとか一時間の区切りまで全員生き残って終えることができたのだった。


 首都に戻って、三人はアイテムを分配する。


「次会うことがあるかわからないけれど、思いが実ると良いね」


 楓は、悪戯っぽく笑ってそう言った。

 ククリは考え込んでしまった。自分はシンタが気になる。けれども、ヤツハのことも好きだし、この感情の正体が何かすらきちんとわかってはいない。


 結婚するなら、シンタが良いと思う。そういう意味では、ククリはシンタを好きなのだろう。けれども、本当に心から好きかと言われると、それは何故、という疑問にぶつかる。


 そんな話をしてみたかったが、傍に如月もいる状況だ。複数人に対してその思いを話すと言うのは気が引けた。

 結局、ククリの中には、言葉では説明できない曖昧な思いが残った。



++++



 翌日、ククリはなんとなくエンチャンターでログインしていた。

 黒蜘蛛の巣の前で、座り込む。ふと周囲を見回すと、もう一人、エンチャンターらしき人がいた。

 けれども彼は、楓ではない。

 楓は違った狩場に行ってしまったのだろうな、とククリは思う。そして多分、次に会うとしても、よほどの偶然が重なる必要があるだろう。


 楓に、シンタのことについて相談してみたかった。ギルド外部の人間で、明るい彼は、相談相手にうってつけだった。

 けれども、彼とたまたま狩場の前で会って、ゆっくり喋ることは、もう当分はないだろう。

 それが、オンラインゲームというものだった。

 人と人はすれ違い、一瞬の出会いがあっても、離れていく。


 自分の中にある、シンタへの憧憬とも好意とも言い難い感情。それを整理しなければ、ククリは前に進めない気がした。

 それを相談できる絶好の相手とは、既にすれ違って、遠ざかってしまっていた。


 ククリはなんとなく十分ほどその場に座っていたが、溜まり場に戻った。

 そこにいたのは、シンタだった。同じ学生だ。ログイン時間は早い。


『ヒューリーの生放送の時間です』


 シンタの前に浮かんでいるパネルには、インターネットブラウザが開かれており、そこには動画が表示されている。


「ヒューリーさん、好きなんですか?」


「大好き。廃人のプレイ画像って面白いよね」


 思わぬ共通点を見つけてしまったな、とククリは思う。

 そして、これで良いのかとも思いつつ、彼との会話を楽しんだのだった。

 シンタへの感情の正体。それを見つけなければ、自分は前にも後ろにも進めない。そんな思いだけが、ククリの中で空回りしている。


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