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ロープレ!  作者: 熊出
34/42

狩場前の待ち人

 エンチャントと呼ばれるシステムがある。


 大別して二種類あり、ノンプレイヤーキャラの手による永続的なものと、プレイヤーキャラの手による制限時間付きのものがある。


 前者は、例えば武具に腕力上昇の効果を付けたり、防具に魔法耐性上昇の効果を付けたりと、種類が幅広い。


 後者は、武器の属性を変えたり、武器そのものの威力を高めたりと、魔術によって武器そのものの威力を変えるものとなる。


 後者を専門とする者は、エンチャンターと呼ばれる。

 他のプレイヤー達とパーティーを組むこともあるが、大抵はエンチャントスキルを取得した時点でレベルが止まる場合が多い。


 その理由は何故か。それを物語るのが、狩場の前で座り込むエンチャンターだ。

 賢者の塔の二階手前の階段で、ククリは座り込んでいた。動画を再生しながら、同時に料理の豆知識などのサイトを巡る。待っているのは二十二時からの番組だ。


 少し離れた場所に座っている女性の目の前に浮かぶパネルにも、動画サイトが表示されている。彼女がここにいる理由も、自分と一緒なのだろうなとククリは思う。


 その時、足音が近づいて来て、ククリは振り向いた。

 そこにいたのは、如月だった。普段と違い、鎧兜に身を包み、片手剣と盾を持っている。


「ククリーお願いー」


「はいはいー」


 ククリは座ったまま、魔術の詠唱を開始する。それが終わると、どこからともなく火の矢が飛んできて、如月の剣に当たった。とたんに如月の剣は赤くなる。武器に火の属性がエンチャントされたのだ。さらに続いて、光が剣を包む。威力上昇の効果がエンチャントされたのだった。


「ありがとう!」


 言うなり、ククリは二階へと駆けて行ってしまった。

 これが基本的なエンチャンターの使われ方なのだ。


 狩場の前で待機し、狩っている味方がやって来たらその武器に属性をエンチャントする。もちろん、経験値が入ることはない。その代わり、狩る側は威力の高い武器を手にすることができ、通常より速いスピードでレベルが上がる。


 縁の下の力持ち、それがエンチャンターなのだ。

 ネットサーフィンをする片手間には丁度良かった。


 普段はククリが騎士、如月が支援職をやっている二人だが、如月が騎士を作りたいと言い出したのはいつもの気まぐれだった。

 それにかこつけて、エンチャンターを作る手伝いを散々如月にはさせた。正月にギルドマスターのエンチャントスキルを見て以来、エンチャンターがギルドにいれば役に立てると思ったのだ。今はその恩返しをしている最中だった。


 それにしても、自分も数日ククリに付き合っているが、傍に座っている女性も毎日ここに通ってきている。


(お互い、暇人だなあ)


 他人事のように、ククリはそう思った。

 二十二時がやってくる。


『ヒューリーです、今日もこの時間がやってきました』


 動画投降サイトの有名人、その生放送番組の時間だ。ククリの開いたパネルからは、そんな音声が周囲に漏れた。そして、それは同時に二箇所から聞こえてきていた。

 ククリは、傍に座る女性を見る。

 女性も、ククリを見つめていた。

 女性の開いたパネルには、ククリが見ているものと同じサイトが映っていた。


「ヒューリーさん、好きなんですか?」


 黙っているのも気まずかったので、ククリは声をかけた。


「ええ、まあ」


 返ってきた言葉に、ククリは戸惑う。男性の声だった。外見のアバターは女性でも、中身は男性である人がこの世界には結構いる。その逆もまたしかりだ。前時代ならばネカマ、ネナベと呼ばれた存在ではあるが、ボイスチャットが当たり前になっている今の時代では特にそういった呼称を使われることはない。


『今回の番組は、今までの放送を振り返るスペシャルです』


「あ、総集編回かあ」


 男が、少し残念そうに言う。


「そういうこともあったなって懐かしむことができるんで、私は嫌いじゃないですけどね」


「まあ、そうだね。本人のトークも軽妙だし」


「ヒューリーさんはトークが良いですもんね。勉強の合間に聴いてます」


「学生?」


「ですです。そちらは?」


「学生ー。社会人ギルドなんてのもあるけれど、オンゲなんて大半が主婦と学生だよ」


 男の声に、少しの親しみが混じったことをククリは感じていた。自然と、こちらも相手に親しみを抱き始める。


「まあ、確かに比率は高いでしょうねー」


 会話をしながら、両者は動画の映ったパネルを眺めている。

 そのうち、動画の画面が変わり、イグドラシルオンラインのキャラクター達が巨大な竜と戦う画像が表示された。


『これはアドラスの黒竜攻略解説の回の画像です。参考になったって反響が結構あって吃驚しました。皆も結構廃人揃いだね!』


「あー、ありましたねえ。アドラス攻略回」


「なんか別世界の存在だよなーって感じた。見てて楽しくはあるんだけれどさ。せめて画像のスライドじゃなくて動画なら臨場感を覚えられるのにな」


「同じですよ。私もアドラスの黒竜なんて、退治できる気がしない」


「だよね。メイン職は何?」


 エンチャンターがメイン職ではないだろうことは、お互い察していた。ククリは、素直に答えることにした。


「素早さタイプの騎士です。そちらは?」 


「狩人。ギルドの友達がレベル上げたいって言うから、付き合ってんの」


「なるほどー、こちらも似たような感じです」


「そのうち野良パーティーで顔を合わせることもあるかもしれないね」


「どうでしょう。最近、レベル上げサボってるから」


「モチベーションが沸かない?」


 興味深げに、男が訊く。


「ええ、まあ。組みたい人がいたんだけれど、どうせすぐ追いつけると思ってしばらく狩りをサボってたんですよ。そしたらその人、あっという間にレベル百超えてっちゃって。そのまんまレベル差は離れる一方」


「ああ、相手は聖職者だろ?」


 男は悪戯っぽくそう言ってみせた。自信があるようだった。


「ええ」


「聖職者は鉄板パーティーに入れるからな。連中と俺達じゃあ、レベルの上がり方が違うのさ」


 まったくそうだと思う。シンタはどんどん遠くへ離れていく。そして、グリム、シズク、シアン、ヤツハはそんなシンタをさらに超えるスピードで追い抜いていってしまった。

 ククリはやっとのことでレベル九十五になった程度だ。人によって、レベルの上がり具合の差はあるのだろう。


『次はエンチャントギャンブル回です。この回は大枚はたきました。未だに響いてます。誰か防御力が二十パーセント上昇する両手剣買ってくれません?』


 ヒューリーが嘆くように言う。

 両手剣を主に使うのは、素早さに自信があるキャラクターばかりだ。望まれるのは、防御力よりは、移動速度や攻撃速度が上昇するエンチャントだ。

 しかし二十パーセントの上昇ともなると、中々に値も張る。ヒューリーの作った装備は、需要に対する価格から見ても、武器に求められる性能的にも、ちぐはぐな一品と言えた。


「この回は面白かったねー」


「面白かったですよねー。失敗しながらも立ち向かうヒューリーさんにひえーって思ったり」


「レアアイテムまで最後はエンチャントに使ってたからな。俺もひえーって思ってた」


 ククリは相手と、動画サイトの放送で意気投合してしまった。そのまま、ヒューリーの話題を元に二人で笑い合う時間が続いた。


「そろそろ帰るぞー」


 相手の友人らしき騎士が、二階から降りてきた。男も、腰を上げる。


「話せて楽しかった、ありがとう」


「いえいえ、こちらこそ」


 ククリは微笑んで返事をする。

 そして、相手が去ってからふと気がつくのだ。相手の溜まり場はもちろん、名前すら訊いていないことに。


 オンラインゲームではそんな、一瞬の出会いとしか言いようがないものが多発する。野良パーティーで一度だけ組んだ相手。狩場で一瞬だけ助け合った相手。気分の良いアイテム取引をできた相手。彼らのそれぞれにそれぞれのゲームライフがあるけれど、それらの全てを知ることは不可能だ。


 今回の出会いもその中のひとつだと、ククリは自分の中で結論付けた。

 そのうち、如月も帰って来た。


「まだやる?」


「やる!」


 如月はやる気満々だ。ククリは魔術の詠唱をし、彼女の剣に火属性と武器強化のエンチャントを施した。

 如月は赤く輝く剣を掲げると、再び三階へ向かって歩いて行った。


 やけに、周囲が静かになった気がした。ほんのしばしの間の話し相手とはいえ、彼のおかげで心が和んでいたのは事実なようだった。


(……暇だなあ)


 ククリは、心の中で思わず呟いた。


(シンタさん、なにしてるかなー)


 シンタはククリのギルドの先輩で、仲の良い相手でもあった。そして少々、気になる相手でもあった。

 けれども彼はいつもゲーム上の嫁であるヤツハに夢中だ。今だって、ヤツハのためにレベルを上げているのだろう。

 そんな彼の健気な姿を、ククリは好ましいと思うのだ。


 一緒に狩れるようにと、レベル上げを頑張った時期もある。けれども、二人のレベルは今では遠く離れてしまった。

 最近エンチャンターを作ったククリの心境に投げやりなものがなかったかと言われると、否定できない。


(話し相手がいるのといないのってやっぱり違うな……。さっきまで、ちょっと楽しかった)


 ヒューリーの声が動画サイトを開いたパネルから聞こえてくる。

 ククリはそれを、ぼんやりと聴いていた。



++++



「お、こんにちは」


「こんにちはー」


 翌日の昼、賢者の塔の二階手前の階段で二人はまた出会っていた。


「奇遇だね」


「ええ、本当に」


「ククリー。エンチャント頂戴ー」


 如月が催促してくる。一刻も早く狩りに行きたいようだ。彼女の剣に、ククリは火属性と武器強化のエンチャントを行なった。


「ありがとう、行ってくる!」


 そう言って、元気良く如月は二階へと去って行ってしまった。


「元気なお友達だね」


 男がにこやかに話しかけてくる。


「どうかなー。飽きっぽいですからね。急にやめたーってなるかもしれない」


「それは寂しくなるな。一人で待ってるのって、退屈でさ」


「わかります。ネットサーフィンで時間を潰せますけどね」


「素早さ騎士って、どんな感じ?」


「いやあ、装備も揃ってないしまだまだって感じです。けど、慣れてきた感じはあります」


「あー、俺も駆け出し。上の層とのレベル差にたまにへこむ」


「レベル高い人って本当高いですよねー」


 どうやらレベル帯も似たり寄ったりらしい。その日は、お互いのギルドの人の話題で一日を費やした。

 男は、ユーモアがあった。くだらないことも、冗談めかして語り、ククリを笑わせてくれる。

 その振る舞いのスマートさに、ククリは好感を抱いた。


「でさ、そいつが言うんだ。廃の成長速度と一般人の成長速度は馬と芋虫ぐらい違うって」


「オーバーな表現ですねえ。けど、わかる気もします。私も気がつくと、組めなくなってた相手っていたから」


「……好きな相手だったとか?」


 からかうように、男は言う。

 ククリは、呼吸が止まりそうになった。


「どうしてそう思います?」


「表情の変化、かな。それに、昨日も組めなくなった相手がいたって話をしていたから」


「鋭いな。表情の変化か、気をつけないと」


 ククリは苦笑して、言葉を続ける。


「どうなんでしょう。いまいち良く、わかんないんですよね」


 シンタへの想いは、複雑すぎて、その正体がなんなのかククリ自身にもわからない。

 ただ、彼が気になるという漠然とした事実だけがある。

 与一との結婚話が出た時に、ククリが引き止めて欲しいと感じた相手はシンタだった。だから、好きではあるのだろうと思っている。ただ、その好きが、どんな好きなのか、ククリ自身にもわからないのだ。


「ククリー」


 如月が階段を駆け下りてくる。


「そろそろこの狩場だと経験値の伸びが悪くなってきた。狩場変えよう」


「はーい」


 言われるがままに、ククリは立ち上がる。

 組んだ相手の希望によって留まることを選べないのもエンチャンターの生き方だ。


「それじゃ、お別れですね。話せて楽しかったです」


 そう言って、ククリは男に頭を下げる。


「ブルームーンってギルドに所属している、楓って言うんだ。機会があったら、また遊ぼう」


 自己紹介されて、ククリは友人が増えたような思いだった。思わず微笑みながら、返事をする。


「アメノシズクの、ククリです。機会があったら、また会いましょうね。じゃあ」


 そう言って、如月とククリは歩き出す。


「邪魔しちゃった?」


 少し申し訳なさげに如月は言う。


「ううん。たまたま一緒になっただけの人だよ。気にしないで」


「ふーん。そのうち、野良パーティーで一緒になったりしてね」


「そんな。首都は人が一杯だよ。そんな可能性、中々ないよ」


「そうかな。パーティー募集の酒場は一箇所しかないからねえ」


 如月は優しい口調で言う。


「また、会えると良いね」


「そうだねー。話してて、楽しい人だった」


 しかし、そうそう再会することなどないだろう。その日のククリは、そう結論付けて溜まり場に帰った。



++++



「こんにちは……」


「どうも……」


 二日後、ククリは黒蜘蛛の巣の外で座り込んでいた。

 そこにやってきて少し距離を置いた場所に座ったのは、他ならぬ楓だった。楓が連れ立ってやって来た友人は、武器にエンチャントを受けると狩場へと駆けて行った。


「いや、たまたまだ。たまたまだから、警戒とかしないでほしい」


 男は慌てたように言う。

 ククリも慌てて、それをフォローする。


「いや、わかりますわかります。考えてみれば、このレベル帯の騎士の狩場なんて決まってますもんね」


「わかってもらって嬉しいよ。ストーカー行為かなんかのかどでゲームマスターに通報されたらどうしようかと思った。恥だ、恥」


「ふふ、大袈裟だなあ」


 二人して、苦笑する。


「ククリさんは、メイン職は休止中なの?」


「ええ、休止中と言えば休止中なんでしょうね。触ってないって意味では」


「好きな相手を追っかけはしないのか」


 楓に対しては、シンタの話がしやすかった。違うギルドの人間と言うこともあるのだろう。彼に何を話しても、自分のギルドの知り合いの耳にまで届くことはない。


「……どうなんでしょうねー。好きって言うのも曖昧で。ゲーム上の好きと、リアルの好きって、違うじゃないですか」


「ああ、わかる。ゲーム上で両思いになっても、リアルじゃお友達だからな」


「そう思うと自分は覚悟もなければふわっふわしてるなーと思うんですよねー。どんな好き、なのか自分で良くわかってない感じが」


「若いのに冷静な分析だな」


「若いって、同じぐらいの歳じゃないですか」


「うーん」


 楓は、しばらく考え込む。


「ゲーム上の好き、なんだと仮定しちゃってさ。深く考えなくても良いんじゃないの? 当たって砕けたら良い」


「相手、結婚相手がいて、それにぞっこんなんです」


 ククリは、爆弾を投下したような思いだった。しかし、楓はさして気にしていない風だった。


「ゲームで重婚なんて珍しくないよ。モテ男は地獄に落ちれば良いと思うけれど」


 楓の言い分に、ククリは思わず笑ってしまった。


「相手は重婚否定派みたいで」


「けど、なんのアクションも起こさずにいるのも勿体無いと思うけれどな」


「そういう、ものですかねえ」


「まあ、俺も恋愛のことはわかんないけどな。ゲーム結婚ってのも、ややこしそうで」


「その考え方もわかります。私も、最初はそんなイメージでした。今は、このキャラにドレスを着せてあげたいって思いもあるけれど」


 ならば何故、自分は今、他の誰かではなくシンタを意識しているのだろう。そんな疑問を抱いたククリだった。

 けれどもその答えは、考えても導き出されることはなかったのだ。

後編へ続く

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