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ロープレ!  作者: 熊出
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鉄板パーティーに入れない!

 敵を倒した時に得られる経験値をパーティー内で分け合うための条件、というものがある。それが、パーティーメンバー間のレベル差だ。

 その運営に設定されたレベル差を一歩でも踏み越えれば、とたんにそのパーティーは経験値を分け合うことが出来なくなる。

 そうなるとどうなるか。答えは簡単だ。敵を倒す後衛火力キャラにのみ経験値が行くようになり、壁となる前衛や回復役となる支援には経験値が分配されなくなる。それではいくら敵を倒しても時間の無駄だ。

 そのレベル差は、プレイヤー自身のレベルが上がれば上がるほど広くなっていき、最大では三十レベル差でも経験値が分配できるようになる。

 しかし、茶虎のようにさほどレベルが高くないキャラでは、そのレベル差は十でしかない。

 十の差が十一になった瞬間、茶虎はその相手と経験値を分け合えなくなるのだ。それは、一緒に遊べなくなることと同義でもあった。

「今の私のレベル、知ってる?」

「なんか漫画のライバルキャラみたいな問いかけだな」

 首都にある大樹の下で、希月の問いかけに茶虎は茶化して答えた。首都の大通りの人ごみから離れたこの場所は、人々の憩いの場となっている。

 茶虎は石畳の地面に座り込んで、両手を後頭部で組んでいる。希月はその前に立って、出来の悪い生徒に憤慨する教師のように両手を腰に当てていた。

「レベル九十です」

「あー……」

 こうなると、後の話の流れは読めてしまう。茶虎は、上手い言葉が出てこなくなる。

「君のレベルは?」

 誤魔化しは許さない、とばかりに、希月の栗色の瞳がじっと茶虎を見据える。

「八十です」

 素直に答えるしかない茶虎だった。

「今まで何をしていたの、貴方」

「それもまた、漫画のライバルキャラみたいな問いかけだな」

「そんなにあんたは私を漫画のライバルキャラに仕立て上げたいの?」

 呆れたように希月は溜息を吐く。彼女は着物姿で腕を組み、長い黒髪を風になびかせていた。

(俺だって色々やってましたよ)

 茶虎は心の中で言い訳をする。バイトもしていたし、大学の講義にも出ていた。ただ、小説のシリーズ作品を読むのに熱中していたり、ギルドの溜まり場で会話ばかりしていなければ、もう少しレベルも上がっていたのも事実だった。

「このままじゃ経験値分配出来なくなっちゃうよ。組めなくなっちゃうんだよ」

 希月は拗ねたようにいう。

 対して、茶虎は投げやりだ。

「しゃーねーじゃねーか。お前の職は経験値が美味しい大人数パーティーでも引く手数多だけど、俺の職はそういうのとは縁がないソロペア向け職だ」

「貴方が狩りに出かける気があれば一緒に遊んでたわよ。私達、相方でしょう?」

「まあ、そりゃーそうなんだけどさ……」

 言葉に詰まった茶虎だった。

 本当ならば、自分達は結婚していたのだろうと茶虎は思う。仲が良く、一緒に遊ぶパートナーだ。

 ただ、問題が一つあった。

 希月は女性だ。

 そして、茶虎のアバターもまた女性なのだ。豊かな胸をした金髪に赤色の目の女性。それが、中身は男である茶虎の操るキャラクターなのだった。

 結婚していたらなんとなく関係も続いたかもしれない。

 けれども、これは解散の危機だな、と茶虎は他人事のように思う。

「ともかく、レベルを上げてもらうわ。最低でも八十五まで上げてもらわないと」

「俺に付き合うことはねーよ。希月は鉄板パーティーで上手くやってる。俺の出る幕はないよ」

「私達、相方じゃなかったっけ」

「そうだけどな」

 昔、職なんて気にしていない頃は楽しかった。世界の隅々まで冒険できるような気分になれた。

 けれども、レベルが上がるにつれて、野良パーティーで募集される職も制限されるようになってきた。

 中級ダンジョン以降は、ハイレベルな人々が集まるギルドによる検証によって、鉄板のパーティー構成というものが作られ、それから外れた職やステータスの人間はけして混ざれることがなくなった。

 希月は何処ででも必要とされるヒーラーであり、茶虎は必要とされる職ではなかった。それが全てだと茶虎は思う。

 最近やる気が起きないのも、そのせいかもしれない。

 希月は茶虎がいないほうが、中級ダンジョン攻略の鉄板パーティーの一員としてレベルを簡単に上げられる。それが、茶虎が知った、残酷な真実だった。

「ともかく、今日はレベルを上げてもらいます」

 希月は、そう宣言した。

「良いけどな」

(もう、無理だろ、俺達)

 口から出てきた言葉と、心の中で呟いた言葉は真逆だった。

「どこへ行くっていうんだよ」

「狂信者達の研究所よ」

 希月があっさりと言った言葉に、茶虎は目を丸くした。

 それは、茶虎とは縁が遠い中級ダンジョンではないか。



 希月と茶虎は、ゲームをプレイし始めた時期が一緒だった。

 初心者同士と言うことで、ギルドのメンバーに保護者になってもらって、最初は色々な場所で狩りをしたものだ。

 そのうち、保護者の手を離れ、二人きりで狩る時間が増えた。

 茶虎は殲滅職を目指しており、希月はヒーラーを目指していた。二人の相性は、ばっちりだった。希月のマジックポイントが切れた時も、茶虎は自分のヒールで耐えることが出来た。そうやって、二人は色々な難関を協力して乗り越えてきた。

 難関と言っても、今となっては可愛らしい敵ばかり相手にしていたわけだが、当時の茶虎達にとっては強敵だったのだ。

 茶虎が目指したのは、退魔師という職業だった。神の加護を得て、物理攻撃や特殊スキルを使って魔を倒す。スキル欄の中にヒールもあるが、魔力よりも筋力や素早さにパラメーターを振っている関係上、その効果は薄く、マジックポイントもそこまで多くない。

 退魔師というのは、とにかく中途半端なのだ。

 前衛としては、壁役に特化して育成された騎士に敵わない。

 ヒーラーとしては、補助スキルを持ち魔力を伸ばした聖職者には敵わない。

 後衛としては、火力特化の魔術師にけして敵うことはない。

 ソロ性能に長けている。それが、世間一般の退魔師の評価。お一人様が似合う職、ということだった。

 それが耳に入る頃には、茶虎は退魔師を育てすぎていた。

 退魔師を選んだ時点で、自分達の別離は決まっていたのかも知れない。そう思うと、茶虎は少しだけ切なくなる。

 毎晩時間を合わせてログインしては、一緒に狩りをして、将来の夢を語り合った希月。

 その傍を離れることに、未練を感じないわけがなかった。

 だから今も茶虎は言い出せずにいるのだ。

 解散しよう、と。



 旅人の酒場は、人で溢れていた。卓の傍の椅子に座る者、壁を背にして周囲の動向を見守る者と、様子は様々だ。

 卓の上には様々な看板が立っている。

『Lv75±聖職者募集』

『Lv108~123前。経験者優遇。魔笛行き』

『Lv40野良パーティー誰でも』

 一番上は、レベル八十五から六十五の聖職者の募集。

 二番目は、レベル百八から百二十三で上級ダンジョンである魔笛の城へ行くからその経験者である前衛の募集。

 三番目は、そのまま。レベル四十前後で組める人を誰でも募集といった具合だ。

 そんな募集要項を来た看板が、あちこちの卓に立っている。

 幸いなことに、空いている卓が一つあった。卓の傍に行くと、二つ分の椅子が自動的に現われる。茶虎と希月は、無言でその椅子に座った。

 希月が文字を入力することによって、卓に看板が現われる。

『Lv90-80誰でも。狂信者の研究所行き』

 これは人が集まらないだろう、と茶虎は思った。

 狂信者の研究所は中級ダンジョンだ。なんの計画もなしに行ける場所ではない。その上、前衛が退魔師だ。先行きは暗かった。

 誰だって、鉄板構成とわかっている募集に入りたがるものだ。そして、退魔師は鉄板構成に常にその居場所がない。

「無理だよ。無理。俺達に付き合うもの珍しい奴なんていないよ」

「わからないでしょ?」

 希月は拗ねたように言う。

「ねえ……。茶虎はもう、頑張る気が、ないの?」

 希月の茶色の目が、茶虎を見つめる。その声は、不安がるように小さかった。

 頑張ってどうなると言うのだろう。鉄板構成のメンバーより希月に経験値を与えてやれることなんてあるのだろうか。その可能性は限りなくゼロに等しい。

(こんな糞ゲー辞めてやろうかな)

 そう思っていた時のことだった。

 卓の傍に、近付いてくる人がいた。

「レベル八十五の火力特化狩人だけど、混ぜて貰えないかな」

「歓迎ですよ」

 希月は微笑顔で彼の参加を許可する。卓のそばに椅子が一つ増えて、彼はその場に座る。

 火力特化狩人というのも、特殊な人種だった。狩人は基本、対人戦での敵の妨害を主にこなす職業だ。どれだけ火力を上げても、魔術師に殲滅力では敵わない。

(ここはあぶれ者の溜まり場かよ)

 思わず、そんなことを思った茶虎だった。

「レベル八十七の聖職者だけど、良いですか?」

 意外なことに、聖職者まで入って来た。

「良いですよ」

「なんであんたはこっちに?」

 茶虎は、戸惑いの声を上げる。

「あっちに鉄板パーティーの募集があるぞ?」

「茶虎ー、募集の邪魔しないでよ。せっかく来てくれたのに」

 聖職者は苦笑して答える。

「私、まだ鉄板パーティーに参加したことがないんです。だから、練習になるなら良いかなって。それに、ごちゃ混ぜパーティーも楽しそうじゃないですか」

 結構ポジティブな人らしかった。

「希月さんじゃん」

 そう、話しかけてきた男がいた。鎧に身を包んだ、騎士と一目で外見でわかる男だ。頭には、ボスを倒さなければ得られないレアな兜を載せている。

「今日は鉄板パーティー入らないの?」

「ええ、今日は相方がいるので」

「残念だな。希月さんの支援なら、遠慮なく敵を釣れるのに」

「また今度ご一緒しましょう」

「うん、楽しみにしてるよ」

 そう言って、男は去って行った。

「……知り合い?」

 茶虎は、余計なことだと思いつつ訊ねていた。

「ああ、野良パーティーで結構誘い合ったりする人。純壁型の人だから、支援が楽なんだ」

 そう語る希月の声には、彼への信頼が滲んでいる。

「あの人のパーティーに入れば楽なんですか?」

 ポジティブな聖職者が、興味深げに声をかけてくる。

「随分と楽だと思うよ。機会があったら、今度、紹介してあげるよ」

「わあ、嬉しいです」

(俺がいなくても、もう希月は十分に大丈夫なんだな……)

 そんなことを再実感して、寂しくなる茶虎だった。

 むしろ、あの男は金も持っていそうだし、自分がいないほうが良いのかもしれない、とすら茶虎は思う。

(辞める口実に丁度良いじゃねえか)

 そんなことを思う茶虎だった。決意が固まった気持ちだった。

 自分がいなくなれば、希月はこのゲームをもっと楽しめる。鉄板パーティーで遠慮なくレベルを上げて、さっきみたいな金持ちの騎士と結婚できる。

 自分は、足枷でしかないのだ。

 帰ったらそれを伝えよう。希月は、そう考え始めていた。

 なんだかんだで、集まった職は八名。聖職者を除き、いずれも鉄板構成からのあぶれ者だ。

 前衛は退魔師と武道家と素早さ特化の騎士。この武道家という職は素早さに特化した人間が多く、耐久と移動速度を両立した前衛が持て囃される現状ではソロやペアで活躍する職と認識されている。ステータス振り的に、今回の騎士も似たようなものだ。

 支援は聖職者が二人。ここは、問題がない。

 後衛は、狩人が三人。

 鉄板パーティーのあぶれ者達の戦いが、始まろうとしていた。

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