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ロープレ!  作者: 熊出
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黒井と彼女の契約2

桜舞う日と同時間帯の話となります。

 その頃の僕は、セロの登場によって、生活が一変してしまっていた。ヤツハが僕の生活の中からいなくなったのだ。

 それまで良く狩る相手を失った僕は、ギルドメンバーと狩りをすることで時間を潰すようになった。

 逆に、ヤツハはセロと狩場に篭るようになり、帰ってきたらログアウトするという生活が続いた。


 そんなある日、僕はセロと溜まり場で遭遇した。

 シズクも離席中のようだ。生憎と、二人きりになってしまったようだった。


「お前がシンタか」


 興味深げに、セロは言う。


「ええ、どうも」


「卑怯とは思わないか?」


 唐突な一言に、僕は戸惑いながらもその場に座った。


「なにがだ?」


「君はまだまだ駆け出しのユーザーだ。それが、ヤツハさんの信頼を得、神器を手に入れている」


「神器のことまで喋ったのか、ヤツハさんは」


 僕は、戸惑っていた。

 僕らは神器と呼ばれるアイテムを保有している。各種の装備に一個しかないその特別なアイテムは、僕らの秘密であり、僕らが封印すると決めたものだった。

 そこまでヤツハとセロは親しいのだろうか。


「そう思いたいなら思えば良い」


 含みがありそうな台詞だった。

 セロは独自のネットワークを持っている。どこからか情報が漏れていても、おかしくはないのかもしれない。


「君は恵まれすぎていた。それが元に戻っただけだ。不満はないだろう?」


 僕は、反論できない。


「男の嫉妬は見苦しいね」


 思わぬ方向から声がして、僕は驚いた。セロも、それは同じようだ。

 路地裏の奥の横道から、リンネが姿を現した。

 彼女は僕に歩み寄ってきて、傍に座る。


「あんたは結局不安なんでしょ? どれだけ誘ってもヤツハさんが手に入らなくって」


「……なんでそう思う?」


「あんたみたいに他のギルメンと遊ぶ気がない男、ヤツハさんの引き抜きに成功すればすぐギルドから出てってるでしょ」


「……中々鋭いね」


 セロは、意外なことに素直に認めた。


「そんな鋭い君が、どうして上級ダンジョンから弾かれることになったのかな」


 今度は、リンネが言葉を失う番だった。彼女は、疑わしげに僕を見つめる。僕は慌てて、首を横に振った。


「喋ってないよ。セロ、なんでお前がそんな情報を知ってる」


「僕をあんまり侮らないほうが良いな」


 セロはそう言って微笑んでいる。

 その時、溜まり場の中央に光が走った。それは、黒いとんがり帽子に黒いローブの、ヤツハの姿になった。


「ヤツハさん、狩りに行こう」


 セロが誘う。

 ヤツハが返事をするまで、しばし間があった。彼女は、一瞬だけ僕とリンネに視線を向けると、セロに向き直った。


「わかったわ、セロくん。付き合うよ」


「ああ。今日は強い友達を用意しているんだ」


「今日も、でしょう?」


 苦笑混じりに言って、ヤツハは溜まり場を出て行く。セロも、その後を追っていった。


「意気地なし」


 リンネが、呟くように言う。


「と言っても、こればっかりは本人の意思の問題だからどうしようもないんじゃないですかね」


「そこが意気地なしって言うのよ。あんないけ好かない男に、ヤツハさんをとられて良いの?」


「……ヤツハさんだって、高レベル帯で遊べるほうが楽しいだろう」


「そうかな」


 リンネは、拗ねたように言う。


「私は、皆と遊べるほうが楽しい。そうじゃないと、ヤツハさんだってこのギルドから抜けてると思う」


「……確かに、抜けてないけどさ。俺への同情とか、そういうんじゃないかな」


「……意気地なし」


 リンネは、溜息混じりにそう言った。

 そのうち、風向きが変わり始めた。


 ヤツハはログインをやめ、シュバルツの言葉によって、彼女は楽しんでセロと遊んでいるわけではないということが説明された。

 僕は、ヤツハを呼び出すメールを考えることに、必死になった。


「上手く元の鞘に収まりそうで良かったじゃない」


 リンネはそう言って微笑む。

 この頃には、もう彼女は、良い友達というポジションに収まっていた。

 相変わらず上級ダンジョンには通えていないが、キャラクターのレベルも六十台を超えていた。


「そういえば、スピリタスに調査結果を訊きにいかなきゃだな」


「あんまり期待してないよ」


 そう言って、彼女は苦笑する。


「もう一度聖職者を動かせるなら、それはそれで喜ばしいけれどね」


「憧れ、なんだっけ」


「それは、もう良いんだ」


 そう言った彼女の声は、何か憑き物が落ちたように穏やかだった。


「レベルがいくつでも私は私で、レベルがいくつでも必要とされる場所があるのはわかったから」


「そっか……良いことだ」


 僕は目の前のパネルに視線を落としたままだ。パネルにはメールブラウザが浮かんでいて、僕の指は、動いていない。


「かったるいなあ。私が書いてあげようか?」


「何書くんだよ」


「大好きです戻ってきてください」


「ばっか言え」


「あれ、違うんだ?」


 心底意外そうにリンネは言う。


「……友達だよ」


「けど、相方として確保しておかないと、また誰かに取られちゃうんじゃないかな」


 からかうような口調だった。


「相方、か……」


 僕は、縋るように彼女を見た。


「俺が、彼女の相方になれると思うか?」


 リンネは、穏やかに微笑んでいた。


「訊いてみなよ、ヤツハさんに。それが、一番手っ取り早い」


「サブキャラ同士ならともかく、メインキャラとはレベル、合わないぜ」


「レベルで人を差別する人には見えないし、相棒も引退しちゃったんでしょ?」


「引退したんじゃないよ。ログインしなくなっただけ」


 この頃には、歌世達はゲームにログインしなくなっていた。引退する時なんて、そんなものなのかもしれないと思う。

 数週間ぶりにログインしたシュバルツと会話し、彼と別れた時、僕は歌世のギルドがもう完全に終わってしまっていることを悟った。

 ギルドの要である歌世が、溜まり場にログインしなくなってしまったことが、その原因らしかった。


「良いタイミングだと思うけれどな。人間関係はタイミングだよ。こんな良いタイミング、二度と訪れないんじゃないかな」


 何か、そそのかされている気がした。

 けれども、彼女の言葉で、文面が思いついた。

 僕は思いついた言葉をタイピングしていく。


『久々にログインしない? もっとヤツハさんの話すゲームの世界のことを聞きたいな』


 そして、僕は震える指で、送信ボタンを押した。


「送った、送ったぞー」


「ヤツハさんの話すゲームの世界って?」


「あの人、クエスト大好きで、二人でいるとゲームの世界観について良く話すんだ」


「ほー、それは知らなかった」


「って言うか、横からメールブラウザをのぞくなよ」


「良いじゃん、減るものじゃないし」


 メールブラウザが音を立てた。

 ヤツハからのメールが、届いていた。それを開くのに、心臓が高鳴っていた。僕は緊張しながら、そのメールを指で叩く。


『セロくんに誘われるから、無理だと思う』


「おー、やっぱセロの奴嫌われてるね。よし!」


 喜ぶリンネに、僕は苦笑する。


『大丈夫だよ、名案が思いついたんだ』


 僕はタイピングして、返信を送信する。


「名案?」


「そう、名案」


「へー、名案ねえ。ヤツハさんを説得するとか?」


「それじゃあ、あの人にはちょっと弱いんだと思う」


「……なんかさ、普段穏やかな奴ほどたまにぶっ飛んだ行動取るよね。あんたってそういうタイプ?」


「さあ、な」


『名案?』


 ヤツハから返事が届く。


『そう。全部解決する、名案。ヤツハさんにも、覚悟を決めてもらわないといけないけれど』


 僕は、返信を送る。


「覚悟って、何をやらせる気なんだよ……」


「なあ、リンネ」


「なに?」


「俺は本当に、ヤツハさんの相方になれると思うか?」


 そそのかされて、その気になっている。我ながら単純な男だ、と僕は思う。


「少なくとも、あんたとヤツハさんはとても仲良く見えたよ。それに、前のギルド、もうあんたら二人しか残ってないんだろう?」


「その誘いで、ヤツハさんを追い詰めることになったらどうしよう」


「本当にヤツハさんのこと大好きだね、君は。さらに言えば、ネガティブだ。セロの引き抜きは断ってるんでしょ? 相方の誘いも、嫌なら断るよ」


 それもそうかもしれなかった。後は、僕の勇気の問題だ。

 その後、ヤツハは、僕の迷案がきっかけで、セロとの関係を断った。


 僕らが一歩だけ近付いたのかはわからない。それはヤツハが、セロとの関係を断った瞬間に、他のギルドメンバー達に囲まれて引っ張りだこになってしまったからだ。

 けれども、穏やかな表情をしているヤツハを見ていると、悪くない気分の僕がいたのだった。


 そして、僕はふと気がつく。リンネの姿が、ないことに。



++++



 首都に向かって一人歩いて行く男がいる。セロだ。

 シンタとの支援勝負にも敗れ、賑やかなギルドメンバー達を背にしてただ前へと歩いて行く。

 審判であるヤツハは、シンタを選んだ。自分の全てを否定されたような気分だった。


「セロ」


 セロを呼び止める女がいた。

 リンネだ。


「……なんだ?」


「私、レベルまた上がると思うからさ。そのうち、遊ぼう」


 リンネにそういわれて、セロは胸に茨が刺さったような気分になった。


「お前を野良パーティーから排除している集団の一人が、俺だと言っても、そんなことを言えるのか?」


 それは、懺悔に近かった。告白することで、罵られることで、セロは精神的に救われようとしていた。


「知ってるよ。なんとなく勘付いていた」


 淡々と、リンネは言う。


「あんた、私が除け者になってるの、なんでか知ってたもんね。ヤツハさんは、そういうの喋る人じゃないとなんとなく思うから。けど」


 セロが振り向くと、リンネは微笑んでいた。

 気の強い女だ、とセロは思う。


「一回、遊んでみよう。お互いの主義主張もあるだろうけれど。案外、楽しいかもしれないでしょ? あんたとは結局一回も遊ばなかった。支援対決でも腕の片鱗は見せて貰ったけれど、襲ってくる敵が弱すぎた。上級ダンジョンならどんな上手い奴なんだろうって、それがちょっと引っかかってるんだ」


 セロは、リンネから視線を逸らした。そして、再び首都へ向かって歩き始めた。


「"ハズレリスト"は、今更俺の手じゃ撤回できんぞ。もう事態は動いて、収集のつかん所に行ってしまった」


「だから、そういうんじゃないって言ったでしょ? 廃人様とちょっと遊んでみたくなっただけ。じゃあ、またね」


 リンネの声が、背中越しに聞こえてくる。

 またね、とリンネは言った。それも悪くないかもしれない、とセロは思う。そして、"ハズレリスト"から、リンネの名前だけでも消せないかと奔走してみることにした。

 それが、少しでも罪滅ぼしになると思って。


 そんなセロが、顔面蒼白になる出来事が起こったのは、それからすぐのことだった。踏んだり蹴ったりとは、まさにこのことだ。


「スピリタスに挑戦状を叩き付けたいと思います」


 動画の中で、彼女はそう宣言していた。顔は映っていない。映像はノイズで隠されている。そして、彼女は名前を次々と上げていく。


「以上の人を倒し、最後にマスターであるリヴィアを倒せたら私の勝ちということでどうでしょう? 人数は増えてもかまいませんよ。まさか、勇猛果敢なスピリタスの皆さんが逃げるとは思ってませんけれど。逃げた場合には、相応のペナルティを負ってもらいます」


 嘲笑するような声で女性は言う。彼女は、スピリタスが逃げられないような情報を握っているのだ。

 彼女が上げた名前は、いずれも"ハズレリスト"製作に積極的だった人間の名前だった。


 それまで、セロ達は、パーティーへの参加者を厳選する側だった。

 それが、厳選される側に回りつつあることを、セロは感じていた。"ハズレリスト"製作にかかわった人間まで相手は掴んでいる。ならば、その情報を公開し、世論を味方につけるのも簡単だった。


 後に待っているのは、徹底的な非難と排他だろう。

 "ハズレリスト"を作り、野良パーティーのメンバーを選別していた人間達が、逆に今度は追い立てられる側となるのだ。


++++



「スピリタスに挑戦状を叩き付けたいと思います」


 アメノシズクの溜まり場でその動画を見て、僕も、ヤツハも、黙り込んでいた。

 リンネとシズクは面白がっているようだ。


「スピリタスに挑戦か。やりますね」


 リンネが言う。


「対岸の火事、だな」


 とはシズクの意見だ。


「いやー、これ、対岸でもないんですよ……」


 僕は、苦い顔で言う。


「と言うと?」


「この動画で宣戦布告してるの、どうやら、僕らの知り合いです」


 動画でスピリタスを挑発するように誘っている声の主。それは、どう考えても歌世だった。

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