黒井と彼女の契約
桜舞う日と同時間帯の話となります。
ややファンタジー色の強い話になってしまいますが、それもこの『黒井と彼女の契約』シリーズで最後で、終了後はまた閑話みたいなノリの短編をちまちま上げていくと思います。
それは、僕がアメノシズクに入ったばかりの話。そして、上級ダンジョンに通い始めたビギナーだった頃の話だ
今思い返しても散々な野良パーティーだった。
狩場に到着するまでは良かった。和気藹々と会話が弾み、これからの連携が楽しみだと思わされた。上級ダンジョンでのレベル上げに、皆が胸を躍らせていた。
問題は、狩り始めてしばらくが経ってからだった。
僕は上級ダンジョンの経験値効率の良さに浮かれて、そんな問題が起こるとは思いもしなかった。
「前衛さん、回復アイテムそんなに叩かなくて良いですよ。釣る量を少し抑えればヒールだけでなんとかなるはずです」
聖職者の一人が、そう言った。赤いドレスを着て、盾と杖を装備した女性で、気の強さがわかるような、はっきりとした口調だった。
「何言ってるんだよ。前衛が回復アイテム叩くのは当たり前だろう?」
反論したのは魔術師の一人だった。
「俺だってここで前衛出す時は回復アイテム使うよ。そういうもんなんだ」
「けど、前衛さんだけに負担を強いるのはどうかと思います」
どちらの方針に従えば良いのだろう。前衛の騎士である僕が立ち止まった影響で、パーティー全体の足も止まった。
「あのな、一度に四匹倒すのと七匹倒すので一時間を通してどれだけの獲得経験値の差が出ると思う?行進に滞りもでる」
魔術師は、心底苛々とした口調だ。今にも怒鳴りだしそうな雰囲気だった。
聖職者は、それに怯んだ様子だったが、譲らない。
「それでも、私は前衛さんが無茶をしすぎだと思う」
中級ダンジョンから上級ダンジョンに移る時、もっとも変化が起こるのは前衛だと言われている。
今までヒールだけですんでいたところに、敵の攻撃力が上がるので回復アイテムを使う必要が出てくる。
味方が得意とする敵を短剣の投擲など誘い出し、一つ一つのフロアを順番に制圧する必要が出てくる。回復アイテムを使う必要が出ても、一つのフロアの敵を一度に集めるのがスムーズだ。
その変化を、僕は歌世とゴルトスから聞いて知っていた。ただ、この聖職者は知っていなかったのだろうと思う。
「俺はごめんだぞ。わざわざパーティー集めて、一時間狩るのに、不味い狩り方をするなんて。そんな自己満足お前主催の卓でやれよ」
魔術師は最早喧嘩腰だ。
「あの、ドロップアイテムを前衛さんに持っていってもらうってことでどうでしょう? 回復アイテムの足しになりますよ」
もう一人の聖職者が、慌ててそうフォローする。
事件はその時起こった。背後から、槍を持った甲冑の騎士が現われたのだ。その鎧の内部は、空洞になっているのが見て取れる。
魔術師が、パーティーの姿を隠す土壁の詠唱を慌てて行なうが、間に合わない。投擲された槍が、魔術師の胸に突き刺さっていた。即死だったらしく、その体が崩れ落ちる。
僕は持っていた投擲用の短剣をランスに持ち替えて、駆けながら騎士のスキルを使う。体が光り、僕は甲冑の騎士にチャージを仕掛けていた。
このチャージというスキルは、敵に体当たりを行なうスキルで、敵より自分の耐久力が高ければ敵が吹き飛ぶ。逆ならば自分が吹き飛ぶというスキルになっている。
甲冑の騎士は吹き飛んだ。
その間に聖職者が魔術師を蘇生させ、もう一人の女性の魔術師と共に雷を纏った雲を敵に向かって召喚した。
敵は雷に打たれて消滅したが、気まずい沈黙が場を包んだ。
経験値バーと言うものがある。経験値を得れば得るほど伸びて行き、百パーセントになれば次のレベルに上がることができるバーだ。敵に倒されると、そのバーから、三パーセント分の経験値が引かれてしまう。
魔術師はこのデスペナルティを得てしまった事実は、もう揺るがしようがなかった。
「だから、上級ダンジョンで足を止めちゃいけないんだよ。なんで議論に持ち込むかな」
聖職者の意見に噛み付いていた魔術師が、吐き捨てるように言う。
「前衛さんは、どう思いますか……?」
気まずい空気に包まれる中で、さっきから自論を展開していた聖職者は、僕に訊いた。
「回復アイテムなら一杯持ってきてるから、大丈夫ですよ。心配かけて、すいません」
僕は、上手い言葉が見つからず、咄嗟にそう答えていた。
「そう、ですか」
彼女は、少しだけ俯いて見せた。
そして、狩りは再開されたが、重くなった空気はついぞ元に戻らなかった。
狩りが終わった後、パーティーメンバーは逃げるように周囲に散っていった。その中で残った赤いドレスの聖職者は僕に訊いた。
「回復アイテム、どれぐらい積んで来てたんですか?」
正直に数を答えた。回復アイテムも前衛の耐久力の一つだ、いくらでも持っていて損はないと、先輩プレイヤーであるゴルトスに言われていたのだ。
それを聞いて、ドレスの聖職者は呆れたような口調で言った。
「ヒーラーのこと、まったく信用してないんですね。私、貴方みたいな勇者様型前衛大っ嫌いです」
そう言って、彼女は去って行った。
勇者様型前衛とは、このゲームにおける蔑称だ。敵の大群に無謀に飛び込む、ある意味で勇気ある前衛のことだ。
「勇者様型前衛、か……」
その言葉は、それから上級ダンジョンに通っていても、僕の頭に残り続けた。
結局僕は、資金が尽きたせいもあったが、彼女の言葉の影響もあって、上級ダンジョンから足が遠のいた。
空気が悪い中で行なわれた一時間の狩り。意見の違いから起こった口論。それは、友達と固定パーティーを組んで楽しく遊んできた僕にとっては、荷の重い出来事だったのだ。
++++
友人とはありがたいもので、それからの僕はヤツハと遊ぶ機会が増えた。
ヤツハは上級ダンジョンで起こった喧嘩について、こう言った。
「それは、シンタくんが悪いんじゃないよ」
「けど、俺、気まずい空気のまま狩りを再開させちゃったんだよな。なんかもっと、言いようがあった気がするんだ」
「仕方ないよ。止まってたらそれこそ周囲に怒られちゃう」
「……上級ダンジョンって、大変なんだなあ」
この世界で、ゲームが遊びではなく、作業となる境目。それが上級ダンジョンなのかもしれなかった。
それからは、聖職者のキャラを使って、ヤツハと遊ぶ機会が増えた。ヤツハはいつも、敵を倒して得たアイテムを売る役割を引き受けていたが、彼女が余分に僕にお金を分配してくれていたことは目に見えていた。
あの赤いドレスの聖職者と再会したのは、そんなある日の事だった。
首都の大通りの人ごみの中で、僕はヤツハの後を追っていた。ヤツハはどんなコツがあるのか、人ごみの中を器用にすり抜けていく。
まだ僕は、首都の歩き方に慣れてはいなかった。
その時、建物の壁に背を預けている、赤いドレスの少女の姿が見えた。
「ヤツハさん、ごめん、ちょっと待って」
大声で言うと、ヤツハは怪訝そうな表情で振り返った。
僕は、人ごみをかき分けて、赤いドレスの少女の前へと辿り着く。
「やあ、久しぶり」
俯いていた少女は、僕を見て少し怯えたような表情になった。
「お久しぶりです」
「この前はごめん。俺、ずっと反省してたんだ。俺はあの時、ゲームを楽しむことより、狩りを成立させることを優先させてしまった。あの時、何か気が利いた一言でも言えれば、一時間ずっと気まずい空気が続くことはなかった」
「私こそ、生意気言って、すいませんでした。勝手なこと、言ったと思います」
少女は、再度俯く。何か、沈んでいるようだ。それも気になったが、僕は和解できたという事実に浮かれていた。
「じゃあ、仲直りだな」
「ええ。だから、私のこと、許してくださいよ……」
泣きそうな声で、少女は言った。
「許す……?」
「貴方なんでしょう? 裏で、手を回していたのは」
「裏でって。俺は、何もしてないよ」
心当たりがないので、僕は慌てるしかない。
「んー」
いつの間にか、僕の背後にやってきていたヤツハが唸った。
「ここじゃ人目もあるし、一先ず溜まり場に行かない?」
ヤツハの提案も尤もだった。僕らは、アメノシズクの溜まり場に向かって歩き始めた。
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「野良パーティーから追い出された、か」
少女の話を聞いて、シズクは腕を組んで考え込むような表情になった。
少女はあれ以来、一度も上級パーティーに参加できていないらしい。どこのパーティーにも、参加を断られてしまうのだそうだ。
「掲示板なんかも調べました。晒されてるんだろうかなって。けど、そんな気配はなくって……」
「スピリタスならそれも可能かもしれない。内輪でこいつは外そうって奴が出てきたら、外すって言うね。この辺りの上級パーティーには、スピリタスが一枚噛んでるから」
スピリタスは、首都の近くの城に居を構える大手対人ギルドだ。酒場にも、彼らのメンバーが多く出入りしているという。
「リヴィアさんは、そんなことしませんよ」
ヤツハは、戸惑いがちに言う。
「……え、スピリタスのマスターと知り合いなの?」
シズクが、目を丸くして言う。
「まあ、面識は多少……」
「あんた達がどういう存在なのか気になってきたけど、まあ、今はこの子の話をかたさないとね。貴女、名前は?」
「リンネって言います」
「ほとぼりが冷めるまで、上級ダンジョンは諦めたほうが良いと思う。別キャラを育てるのが良いんじゃないかな」
「けど、私、人の役に立つ聖職者になりたくて、やっとここまで頑張ってきたのに……」
「うーん、その気持ちもわかるんだけれどね。現状、なんらかの手が回ってるのは否定しようがないことだ。しばらく別キャラで遊んで、様子を見るべきじゃないかな。ギルドの人に手伝ってもらって、キャラクター育てるのも良いんじゃない」
「……ギルドは、追い出されました」
僕も、ヤツハも、何も言えなくなってしまった。
彼女を包囲する見えない手が存在することは、確かなようだった。
「じゃ、うちにおいで」
シズクは、微笑んで言っていた。
「うちは最近、低レベルキャラブームが起きててね。遊ぶには丁度良い」
「良いんですか?」
リンネは、疑わしげに言う。
「問題ごとを、抱え込むことになるかもしれないんですよ?」
「気にしないさ。それに、これからあんたが使うのは別キャラクターだ。ばれないんじゃないかね」
どうでも良さげに、シズクは言った。
僕なら、そんな決断をできるだろうか。きっと迷って、勇気が起きないに違いない。僕は、シズクの包容力に感服する思いだった。
「少し、考えさせてください。今まで育てた聖職者のキャラに、愛着があるから……」
そう言って、リンネは去って行った。
「戻ってきますかね」
僕は問う。
「さあ、ね。スピリタスの手の届かないところまで逃げるも、こっちに来るも、彼女次第だ。去るものは追わずってね」
シズクは、さばさばとしている。長い間ギルドのまとめ役をしていると、そうなるのだろうかと僕は思う。
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「はい、いっくよー」
ヤツハが宣言する。
土の柱が幾重にも伸びて、狼型のモンスターを絡め取る。
その首を、リンネは無表情に切り落とした。鎧を着て兜をかぶった彼女は、どこからどう見ても聖職者ではなく立派な騎士だ。
彼女は結局、新しいキャラクターを作ってアメノシズクに入ることにしたのだった。
モンスターの姿が消えて、後には毛皮が残る。
「順調だねー」
ヤツハは上機嫌だ。
「って言うか、いいです、ヤツハさん」
リンネは気まずげな表情で言い、ヤツハは目を丸くして硬直する。
「え?」
「これじゃあ養殖です。私は騎士の動きも練習したいから、そんな土壁で敵をハメられたら困ります」
「あー……そっか」
はっきりと言われて、ヤツハは気まずげに微笑む。
「それじゃ、私、すること特にないね」
「ええ、帰っても大丈夫ですよ」
リンネの言葉は、慇懃無礼と言っても良かった。
「……じゃあ、帰ろうかな。シンタくん、あと、よろしくね」
そう言って、ヤツハは微笑んで帰路に着いた。
後には、見習い騎士のリンネと、聖職者である僕が残った。
「じゃあ、俺も適当に後ろからヒールしとくかな」
彼女の気の強さにおされつつ、僕は苦笑交じりに言う。
彼女は敵を求めて、森の中を歩いて行く。
「あの人、何者?」
リンネが、怪訝そうに訊く。
「何者って?」
「土壁の詠唱速度も、設置箇所の判断の速さも、並大抵じゃなかった。あんな高レベルの魔術師、見たことないわ」
「それは……俺の所属している別ギルド、廃人の溜まり場だからな」
「ふうん……」
リンネは、呟くようにそう言うと、しばし考え込んでいるようだった。
「……こんなはずじゃなかった」
リンネは、愚痴るように言う。
「上級ダンジョンで、腕を磨いて、あのヤツハさんみたいに誰にも必要とされる高レベルキャラになるはずだったのに」
「なんで、誰にでも必要とされたいの?」
「ゲームを始めた時から、目標にしてる先輩が居て。それが、格好良かったから」
「そっか。俺も先輩目指して、レベル上げようとしたんだっけな、そういえば」
「……邪魔してて、悪いわね」
リンネの口調が、申し訳なさげなものになる。
僕は、慌ててそれを否定する言葉を捜した。
「いや、いいよ。俺にも責任の一端はある」
「……律儀な人ね。その場に居合わせただけなのに」
リンネは、呆れたように言う。
「その場に居合わせたからこそ、だよ。俺には、あの状況をどうにかできるチャンスがあった。それを、どうにもできなかったんだからな。今でも思い返すよ。せっかくのゲームなのにピリピリして。あの状況を和ませる一言はなかったのかって」
「せっかくのゲーム、か……」
リンネは、遠くを見るような表情になった。
「そうだよね。ゲームは、楽しむものだよね」
淡々とした口調で、リンネはそう言った。
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「なるほど、事情はわかりました。私のほうでも、調査しておくわ」
玉座に座りながら、リヴィアはそう答えた。
ヤツハは、頭を下げる。
スピリタスの居城に、ヤツハは訪れていた。帽子を脱いで、赤い絨毯の上に座っている。
「けど、残念ながら野良パーティーに行ってるのは末端のギルドメンバーなのよね。調査には時間がかかると思うわ」
「人数、多いですもんね」
ヤツハは苦笑する。首都付近の居城はもっとも税収が良い。それを維持するためには、人数も必要なのだろう。
「無責任かと思う時もある。トラブルもしばしば起こる。解散したいというのが正直なところだわ。最初は、本当に小さなギルドだった」
「けれども、リヴィアさんみたいにブレーキになってくれる人がいてくれて、私としては安心しています。スレイヤー時代は本当に酷かったと聞きますし。その町の気風も、城持ちギルドのマスターに影響されるものですね」
「……まあ、そう褒められるとこそばゆいな」
リヴィアは苦笑する。
「歌世は元気?」
なんだかんだで彼女は歌世が気になるのだな、とヤツハは苦笑する。
「最近会ってないけれど、どうせ呑気にお酒でも飲んでるんだと思いますよ」
「彼女らしいわ。肝臓には気をつけろって伝えて頂戴」
「はい、わかりました。それでは」
ヤツハは礼をして立ち上がると、とんがり帽子を頭にかぶった。
「ねえ、ヤツハ」
背を向けて去ろうとしたヤツハを、リヴィアは呼び止めた。
「はい? なんでしょう」
「今回の件は、口外しないでくれるかな。表沙汰になると、取り返しがつかないことになる気がする。そんな予感がするんだ」
「……わかりました。黒井事件みたいなのは、もうごめんですしね」
ヤツハは苦笑してそう言うと、そのまま玉座の間を出て行った。
++++
「えー、新しいギルメンを皆さんに紹介します」
アメノシズクの溜まり場だ。
シズクに促され、リンネが、ギルドメンバーの前に出る。鉄仮面をかぶっているので、その顔立ちは見えない。それは、顔の前面を隠す代わりに、長い髪の後頭部を曝け出していた。
「リンネさんです。皆、仲良くしてあげてね。レベル五十代の騎士です」
「おー、よろしく」
「よろしくー」
「レベル五十代なら、うちの低レベル層にばっちしはまるな」
「仲良くしようねー」
ギルドの面々が、賑やかに声をかけてくる。
それに対するリンネの声は、少し緊張気味だった。
「はい、お願いします」
「それじゃ、ギルド狩りの日だし、早速狩りに行こうと思います。低レベル帯で、山奥のピラミッドが目的地です」
「山奥の町は私のホームグラウンドだから、案内できますよ」
ヤツハが、両手に握り拳を作って言う。
「ピラミッドかー。行ったことないなー」
「楽しみー。準備してこよう」
各々、別キャラの装備などを回収しに準備に奔走する。
「リンネさんは大丈夫?」
ヤツハが問う。
「盾も剣も使い方は学びました。多分、いけると思います」
「そう。なら、存分に活躍してね」
シズクも優しい声で言う。
「わかりました!」
力一杯頷くリンネを見て、僕は微笑ましいものを見るような気分になった。
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ピラミッドで行なわれたのは、接戦だった。ミイラの群れを、前衛二人が防ぎ、聖職者三人がヒールをし、魔術師三人の魔法で退ける。
景気良く狩っているパーティーが他にいるのか、敵は次から次へと沸いた。ダンジョンの敵の数は一定に保たれているので、モンスターが倒されると、その分だけ他の場所に新たにモンスターが現われるのだ。
狭い通路なのが幸いして、前から現われる敵が後ろへ流れていくことはない。
二階に上がると、難易度が上がる。通路が広くなり、魔法を使う敵が現れるからだ。
多数の敵の足を止めるのに必死な前衛達は、魔法を放つミイラの詠唱を、短剣を投擲して妨害するまでには至らない。
射手が欲しいな、とリンネは思う。
「射手が欲しいなあ」
「まったくだ」
同じ意見の人間がいる。その事実に、リンネは目を丸くした。
自分は上級者だという自負があったが、どうやらこの程度の上級者は他にもいるらしい。
「シズクさん、手伝ってくださいよー」
八千代が不満げに言う。
「つってもなー。高レベルキャラの保護者が暴れてもつまらなかろう?」
「ならサブマスターも新しくキャラ作れば良いじゃないですか。サブマスターなんだからヒーラーぐらい作っておいて良いのでは?」
「うーん、検討しておくよ」
そう言って、シズクは短剣を投げた。それは、魔法を詠唱していたミイラの脳天に突き刺さり、見事に致命傷を与えた。
そのうち、九人のメンバーは疲れ果てて、個室を見つけて休憩に入った。
「あー、しんどいけど経験値は美味しいな」
「敵が沸くもんねー。集める必要がないよ」
「その分、前衛さんには負担が行ってると思うけれど、大丈夫?」
「あ、大丈夫です」
リンネが、恐縮しながら言う。ヒールを存分に貰って、楽をさせてもらっているほどだった。
「リンネさん上手いよね。盾で押して、剣で留めて、けして敵を通らせないもの。他職で経験があるのかな?」
「ええ、まあ……」
リンネは、言葉を濁した。聖職者のことは、野良パーティーでつまはじきにされた件を思い出すから、言いたくなかった。
その時のことだった。
個室の中に、ミイラが三体現われた。
前衛二人は立ち上がり、前に立つ。
次に、右手からミイラが五体現われた。彼らは無防備な後衛達へ向かって歩いて行く。
(どうする?)
リンネは迷う。目の前の三体を放置することはできない。しかし、横手に現われた五体を放置しておけば、低レベル帯の聖職者では壁にもなりようがない。
その時だった。
地面から土の壁がゆっくりと生えてきて、右手から来るミイラから味方の姿を隠した。
ヤツハが土壁を作り上げたのだ。
「ごめん、前衛に敵が行くと思う!」
ヤツハが言う。
「ナイスプレイ!」
リンネは思わず、弾んだ声でそう述べていた。
聖職者の持った本が紙束となり、盾となってリンネの前に浮かび上がる。
リンネ達は今、見事な連携で敵を迎え撃とうとしていた。
リンネはアイテムボックスの中の回復アイテムを見る。
なんとか耐えられそうだ。そう思うと、口元が緩んだ。
リンネは今、心地良い緊張感の中で、狩りをしている自分に気がついていた。
++++
狩りが終わると、山奥の町を観光することになった。各々、思い思いの方向へ歩いて行く。
ヤツハは、歌世のギルドの溜まり場へ行くのだろう。歩いて行く方向から、それがわかった。
「首都ほど人いねーなー」
「酒場も首都みたいに卓が埋まってない」
ギルドの遠距離会話機能で、町のあちこちからそんな声が聞こえてくる。
故郷の田舎ぶりを見せてしまったようで、シンタは少し気恥ずかしかった。
酒場に行くと、確かに首都に比べれば人がいなかった。卓が半分ほどしか埋まっていない。外部の掲示板まで使う首都とは大違いだ。
壁に背を預けて、それを眺めている仮面の少女を、僕は見つけた。
僕は彼女に歩み寄る。
「よう、どう?」
「どう……って言われてもね。田舎町って感じだわ」
「この田舎町で過ごすって選択肢もあるよ」
僕は、彼女の隣に立つ。
「俺の旧知のギルドを紹介できるし、ここならスピリタスの手も届かな……あ、けどここ、上級ダンジョンないんだったな」
自分のうかつさに、僕は思わず苦い顔になる。
それを見て、リンネは笑った。
「良いのよ、シンタ」
「良いのかー?」
「うん。気付いちゃったから。高レベルも低レベルも関係ないんだって。低レベルは低レベルで、皆で連携して、生存を目指す。そのパーティープレイが心地良かった。遊んでるーって感じだった」
僕は思わず、笑顔になっていた。
「楽しかったようで、何より」
「それに、このギルドに必要とされているって感じたわ」
「優秀な前衛がいるかどうかで生存確率が変わるからなー。シズクさんも、今日は楽できたんじゃないかな」
「そっか……」
二人の間に、沈黙が流れる。
しかし、それは居心地の悪いものではなく、どこか心地良い沈黙だった。
「ごめんね」
呟くように、リンネは言った。
「何が?」
「今日、私も回復アイテムを一杯使った」
そう言ったリンネは、少し照れ臭げだった。
「パーティーメンバーを守りたいって思うから、回復アイテムを積むんだね。ヒーラーを信用してないとか、そういうんじゃなくって」
「まあ、そう好意的に解釈してもらえると助かる」
無茶な狩りをしたいから余分に回復アイテムを積む、という側面も否定できないのだ。けれども、それを言ってせっかくの和解ムードに水を差すのもどうかと思われた。
「私はずっと、前衛に回復アイテムを使わせないのが良い支援だと思ってきた。そういう考えから、ヒールに特化した装備まで用意した。けど、きっと、良い経験になる。このギルドで遊ぶことも、外から見たことしかなかった騎士を実際にプレイしてみることも。そう思った」
そう言って、リンネは仮面を外した。
僕は思わず微笑んだ。初めて見る彼女の笑顔が、そこにはあったからだ。
「吹っ切れたんなら良かったよ。これで、本当に仲直りだな」
前回の彼女の謝罪は、ただ、上級パーティーから弾かれたがために出てきた言葉だった。けれども、今日の言葉は違うのだと感じて、僕は胸を撫で下ろしていた。
「うん、仲直り。よろしくね、先輩」
「おう。楽しくやろう、後輩。そうだ、こっちで世話になってるギルドの溜まり場に案内するよ」
「ヤツハさんみたいな廃人がゴロゴロしてるっていう……?」
リンネが、興味深げに言う。
「皆、気の良い酔っ払いだよ。今もきっと飲んでる」
そう言って、僕は歌世のギルドの溜まり場に彼女を案内した。
そこには、誰もいなかった。
酒を飲んで上機嫌の歌世も、苦笑交じりにその相手をするゴルトスも、温和な表情で話題を振りまくシュバルツも、ログインしていなかった。
「あれ、おかしいな……」
「狩りに行ってるとか?」
「狩りに行くような人達じゃないんだよな……まあ、そういうこともあるか」
そう結論付けて、僕はその場を後にした。
この時点では、僕は歌世のギルドの存続を疑ってはいなかった。
++++
それは、森に建てられた小屋だった。
小屋の前で、男が立っている。唇の両端を持ち上げて、人の良さげな表情をしていた。
「良く来てくれましたね、歌世さん」
「……なんの用だい、黒井」
その名を聞けば、多くの人間が戦慄しただろう。
一時期、首都を混乱に陥れた張本人。それが黒井という名の男だ。
「懐かしいですね。ゴルトスさんは元気ですか? 六花さんは引退したままですか?」
「思い出話をしに呼び出したわけでもあるまいよ。あんたは六花のギルドの卒業生の中でも一番の問題児だ」
「心外だな。旧交を温めたいという気持ちも僕の中にはある」
「けれども、本題は別だろう、黒井」
歌世は、冷たい眼で黒井を見つめる。
「まずは、これを見ていただきたい」
黒井がそう言うと、彼の目の前にパネルが浮かび上がる。
そこに浮かんだ画像を見て、歌世は表情を強張らせた。
歌世、シンタ、ヤツハ、シュバルツ、ゴルトス、リヴィアと、神器ユーザーの顔が映った画像が次々と流れていく。
神器、それは各種の装備に一つしか用意されていないという特殊なアイテム。ゲームバランスを崩壊させかねないものだ。
「人は嫉妬する生き物だ。そう思いませんか、歌世さん」
「何が言いたい」
「例えばこのシンタくん。廃人層に比べればあまりにも低レベルだ。何故こんな奴に神器が。そう思う人間は沢山いる。それは不満となりこの世界を覆いつくし、彼のゲーム生活にまで支障を及ぼすでしょうね。怖いですよね。掲示板にはデマを書く奴が沢山いる。嫌になって引退しなければ良いですが……」
歌世は、答えない。
「リヴィアさんは城持ちギルドマスターだ。それが神器を持っていた。今までの防衛は神器のおかげだ、不公平だという声が上がる。大丈夫ですかねえ。それで運営から神器がばら撒かれるようなことがあれば、ゲームバランスは崩れて、この世界そのものが終わりに近付く」
「私達は、ゲームバランスを崩しかねない神器を使わず、封印する道を選んだ」
「そんなこと、他の人には確認しようがないじゃないですか。誰が信じるんです? そんな言葉」
黒井の発言はややオーバーに聞こえる。しかし、神器ユーザーと知られれば、彼らのゲーム生活に支障が起きることは避けようがなかった。
「……私に何をさせたい、黒井」
「察しが良くて助かりますよ、歌世さん」
黒井は、微笑顔のままだ。人の良さそうな表情だった。
「我々の目標はスピリタスの転覆です。それに、貴女の手を借りたい」
黒井は、そう宣告した。




