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ロープレ!  作者: 熊出
26/42

閑話5 オンゲ廃人達の正月

「え、正月いないんだ。えっ」


 シアンが意外そうに言うので、グリムは苦笑した。

 いつもの、アメノシズクの溜まり場である。


「正月ぐらい実家に顔を出しますよ。そうしないと仕送り止められるんで」


「子離れ出来てない親だなあ」


 拗ねたようにシアンは言う。


「まあ僕もお年玉を期待して行くから、親離れできてないんですけど」


「あー、良いね。うち、親戚の付き合い少なかったからなあ」


「そうなんですか?」


「全国小学生のお年玉の平均値とかクラスに張り出されたりするじゃん。あれ、私いつも最下層だった」


「へー。師匠もたまには実家に顔を出しては?」


「実家とはねー、縁切ってるんだ」


 遠くを見るような表情で、シアンは言う。


「……そうなんですか」


 グリムは、どんな言葉をかければ良いか、しばし迷った。


「嘘だけどな」


「嘘かよ。今の嘘なんの意味があるんだよ」


 嘘にしては性質が悪すぎる。グリムは、思わず敬語を忘れた。

 それに対して、シアンは笑顔でこう答えた。


「君をからかってみた」


 本当、滅茶苦茶な人だなとグリムは思う。ただ、煙に巻かれたのかもしれない、という思いもあった。

 グリムとシアンは、世間話もするものの、大半はゲームの話ばかりしている。それは、深い話に踏み入ろうとすると、彼女がこんな風に煙に巻くからかもしれない。


「君がいないとからかう相手がいないから暇だな」


「……からかってたんですか?」


「うん、結構。酒で酔い潰させたり」


「あれも悪ふざけですか。あの時のあれも嘘ですか? 私は酒を飲みすぎると服を脱ぎだす癖がある。だからグリム、代わりに飲んでくれって」


 グリムは溜息混じりに言う。


「嘘に決まってんじゃん」


 シアンは悪びれもせずに言う。

 なんでこんな女と付き合いを持っているのだろう。グリムは真剣に自問自答してしまった。


「はあー……。まあ、新年の挨拶は遅くなりますが、またよろしくお願いしますね」


「年賀状メール送りあおうぜ!」


「良いですけど。師匠、もしかして結構暇ですか?」


「いや? ただ君と年賀状メールを送りあうのも良いかなと思っただけだ」


 クリスマスにも絡んできたし、この人は案外寂しがりやなのかもしれない、とグリムは思う。

 この破天荒な性格で寂しがりや。周囲に被害をもたらす台風のような人だ。


「良いですよ。メールも、ちょっとぐらいなら付き合えるんで」


「マジか」


「マジですよ」


「まあ、私は私でメインキャラを所属させているギルドの新年狩場荒らし大会があるんだけれどな」


「……それ、僕に絡む必要なくねぇ?」


「本当は君を連れてきたかったんだよ。残念だ」


 そう言って、シアンは苦笑する。

 なんだかんだで色々と気をかけてくれる良い師匠なのかもしれない、とグリムは思う。



++++



「二人とも年越しの時にはいないんだー」


 アメノシズクの溜まり場で、シアンの言葉に、シンタとヤツハは頷いていた。


「僕は家族と年越し蕎麦を食べてると思います」


「私も実家に顔出しとかないと。地元の友達にも会いたいですし」


「へー。廃人夫婦も年越しは普通に過ごすのか……」


「シアンさんに廃人って言われたくないです」


「俺も、右に同じ」


「シズクはー?」


 酒樽の上に座っているシズクに、シアンは声をかけた。

 シズクは悪戯っぽく微笑んだ。


「旦那がログインするからねー。たまには旦那と遊ぶー」


 旦那というのは、このギルドの一応のギルドマスターだ。ほとんどログインしていないので、サブマスターのシズクがその代わりをしている。


「裏切り者!」


「はあっ!?」


「普段干物女みたいな空気放ってる癖にいざという時にのろけに走る。あんたみたいな存在が私は一番許せないね」


 シズクもそれなりにシアンと長い付き合いになった。だから、こういう時の言葉が冗談ということは良くわかっている。


「はいはい。相手ができなくて悪うございました。また旦那と何か企画するから、付き合ってよ」


「やぶさかでもない」


「年明けたらあけましておめでとうメールしようね、シンタくん」


 ヤツハが言う。


「いいよー。いの一番にヤツハにメール送るから。親に挨拶するよりも先にメール送る」


「バチ当たりだねー。けど私もそうしよう」


「本当ののろけっていうのは今のあの二人みたいなことを言うんだよ?」


 シズクは、そう言ってシンタとヤツハを指差した。


「許せんな」


 シアンもそれに乗っかって、呆れたような表情を作る。


「やめてくださいよー、言いがかりはー」


「どこにでもある友人同士の会話です」


「今の友人同士の会話かー?」


 シズクが小指で耳の裏をかきながら言う。


「いや、のろけだね」


 シアンは淡々と返す。


「のろけって言ったら与一さんですよ。彼女と一緒に過ごすって言ってました」


 シンタがさり気なく矛先を逸らした。


「あー。上手く行ったんだー。めでたいねー」


「それじゃ奴も年明けにはいない組か。なんだ、誰がいるんだ?」


「ククリちゃんは友達と初詣に行くって言ってましたし、如月さんは主婦ですし」


 シアンの質問にヤツハが答える。シンタも、言葉を続けた。


「吹雪丸とキヅはそれぞれ実家に帰るって言ってましたし……」


「なんだなんだ、何かと学生多いなうちのギルド」


「知らなかったのはあんたぐらいよ、シアン。あんまり溜まり場に顔出さないからー」


「しょうがないでしょ。私、他のギルドにも付き合いあるんだから」


 シアンは拗ねたように言う。


「あれ、じゃあ年越しに寂しくゲームするのって、私とシズクんとこのバカップルぐらい?」


「シズクんとこのバカップルってあんたねー……」


「いやー、ウォーターさんとかブリューナクさんは学生だけど実家に帰らないって言ってましたよ」


 シンタが、励ますように言う。


「誰だよそいつら……絡んだ覚えねえよ……」


「一緒にギルド狩り行ってましたよ……」


 心底不満げなシアンに、シンタが説明をする。しかし、シアンは頭の中でそのメンバーの顔と名前が一致しないようだった。


「あんた、基本的にヤツハとグリムと私としか遊んでないもんね」


 シズクが、面白がるように言う。


「相性ばっちしはまっちゃったんだからしゃーないじゃん」


「おかげでレベル追い抜かれるわ散々です」


 シンタは苦笑混じりに言った。


「そっかー、じゃ、皆いないんだなー……」


 シアンの口調は、どこか寂しげだった。

 それに気を使ってやりたいと思うシズクもいるのだが、珍しくログインする旦那を放置しておくこともできないのだった。



++++



 年明けの夜に、シアンがアメノシズクにログインしたのは二時頃だった。

 メンバーは、ほとんど接続していないようだ。

 シズクのログイン表示はあるが、溜まり場にはいない。彼女にしては珍しいことで、それはギルドマスターと遊んでいるということなのだろう。


 溜まり場には、誰もいなかった。シアンはなんとなく、普段シズクがいる酒樽の上に座り込む。

 なんとなく人恋しかった。アメノシズクの仲間達は、ふざけあうには丁度良く、気を使う必要がないのが楽だった。


 メインキャラが所属しているプルートゥーでは、シアンは一応は幹部格だ。顔と名前が頭の中で一致しない新メンバーが日に日に増えており、彼らの前ではそれ相応の立ち振る舞いが求められる。それが窮屈になり始めているのは否定できなかった。


「一人の夜、か」


 シズクは溜息を吐いて、意味もなく栄養ドリンクを飲み干した。

 今日は夜通し狩りでもしようかな、と思ったのだ。

 野良パーティーに参加すれば、誰かしら遊んでくれるだろう。そう思って、溜まり場の外へと一歩を踏み出した時のことだった。


 溜まり場の中央に光が走り、それは人の形になった。グリムだ。


「あけましておめでとうございます、師匠!」


 グリムは、元気良く言う。

 シアンは思わず、息を呑んだ。

 胡散臭げな表情を、慌てて形作る。


「……なにやってんの、グリム」


「へ、なにをやっていると言いますと?」


「実家帰ってるんだろう? 実家にエッグばらして持ち込んだのか?」


「いやー、ネカフェです。うちのほう田舎だけど、バイクで二十分の距離にネカフェあるんで。飲み物とか飲み放題で快適ですよ」


「はー。わざわざネカフェからログインしてんの」


「ええ。色々ボーナスついて楽しいですよ、ネカフェログイン」


「……家で寝てりゃ良かったじゃないか。明日も親戚づきあいとかあるんだろう?」


 苦笑交じりにシアンが言う。

 心の中で、嬉しさが膨れ上がっていくのが感じられた。

 けど、口からは捻くれた言葉しか出てこない。


「つーか徹夜でバイクは良くないと思うな。帰れよ」


「帰る前に友達んちで仮眠とってくからご心配なく。今は帰りませんよ。師匠、一人だと暇でしょう?」


「……その為にわざわざ?」


「はい。たまには師匠に合わせてみようかな、と」


 シアンは、嬉しいという感情をけして素直に表に出すまいと思った。

 淡々とした口調で、彼に話しかける。


「それじゃ、二人で遊ぶか。囲碁将棋オセロなんでもあるぞー」


「二人で狩りなんてどうですかね?」


「ばーか。タンカーにヒーラーだけで何をするって言うんだよ。せめて後衛火力がいないとだな」


 そんなことを話していると、溜まり場に光が走った。それは、ヤツハのアバターとなった。


「おろっ」


 ヤツハが躊躇いがちに言う。


「シアンさんはともかく、グリムくん実家じゃなかったっけ」


「いや、それはこっちの台詞……」


「ヤツハは実家でしょ?」


「元日ぐらいはやめとこうと思ったんですけどねー……」


 ヤツハは苦笑交じりに口を開く。


「シンタくんとメールしてたらゲームしたくなっちゃって。結局、ネカフェ民になりました」


「お前もか!」


 思わず爆笑してしまったシアンだった。


「じゃあ、グリムくんもか。シンタくんも、もうすぐ来ますよー」


「お、前衛支援二人後衛と揃ったな」


「ですね、師匠」


「年明けから狩りですか? ちょっとゆっくりしても良いような?」


 ヤツハら夫婦は、二人でのんびり話すことしか考えていなかったのだろう。


「えー、せっかくだから遊ぼうよー」


 シンタを待って、三人はその場で喋り始めた。

 そのうち、溜まり場に光が走って人の形を成した。

 与一だった。


「あれー、あんた、彼女は良いの?」


「彼女は喧嘩して実家に帰りました……」


 与一は苦笑顔で言う。


「喧嘩絶えないねー。あんたのとこ、そろそろ限界なんじゃね?」


「シアンさん、もうちょっとオブラートに包みましょうよ……」


「否定できないのが困りどころです」


「さっさと結婚しちゃえばどうでしょう?」


 ヤツハが、慌てて提案する。


「そうですねー。職を見つけたらプロポーズしますかね。今年は、ワンランク上の自分になる年です」


 決意を篭めた声で与一は言う。


「良いですねー。私は就職活動頑張る一年、かなあ」


「ああ、まだ決まってないんだ」


 シアンの問いに、ヤツハは苦笑顔で頷いた。そして、逆にシアンに問い返した。


「シアンさんはどうですかー? 今年の目標とか」


「んー、聖職者のレベルをもっと上げて実戦レベルに持ち込みたいな」


「いや、ゲームじゃなくてリアルの目標……」


「リアルとか適当に仕事をこなすだけだよ。私、ミスなんてしないし人間関係も上手くやってるもん」


「師匠が人間関係上手くやってるってなんか不思議ですけどね」


「おー、私の外面の良さを舐めてるなー? ゲームと一緒と思ってるだろー」


「少しだけ」


「こう見えてもリアルじゃ色々気使ってるんだよ私も」


 その時、溜まり場に光が走って人の形を成した。ククリと、如月だ。


「あれー、皆いる。あけましておめでとうございますー」


「暇なんだね、皆。あけましておめでとうー」


「学生のククリはともかく、主婦の如月は起きてるのやばいんじゃね?」


 思わず指摘してしまったシアンだった。


「寝る前にちょっと狩りをしようってククリとメールしてるうちに相成りまして」


「キサちゃんに誘われまして」


「旦那さんは大丈夫なの? 怒らない?」


「酔っ払って寝てる奴のことなんぞ知りません」


 少し拗ねたような口調で如月は言う。


「いやー、キサちゃんがお酒強すぎるんだよー」


 ククリが苦笑交じりに指摘する。

 そこに、路地裏に入ってくる人陰があった。

 シズクと、見たことがないアバターだ。


「あけましておめでとう暇人ども。さ、あんたも挨拶しなよ」


 そう言って、シズクは隣に並んだ人間の背を叩く。


「あけましておめでとうございます。ギルドマスターのシュウです、よろしく」


「あー、存在感ない人!」


 シアンの一言で、シズクは大笑いし、シュウは苦笑いを顔に浮かべる。

 そして、彼はゆっくりと口を開いた。


「これだけ集まったら、どこか遊びに行けそうですね」


「時間も遅いし、寝る前の一狩りと行く?」


 シズクも、悪戯っぽく微笑んで言う。

 シンタが、そこにログインした。


「はれっ、人多いすね」


 戸惑うように、シンタは周囲を見回す。


「あけましておめでとう!」


「あっけおめー」


「あけおめことよろー」


 新年の挨拶がシンタに飛んで行く。


「昨年中はお世話になりました。今年もよろしくお願いします」


 近くまで行って、丁寧に頭を下げるのはククリだ。


「うん、おめでとう」


 シンタは微笑んで、頭を下げ返す。


「なんかここはいつも通りで安心します……」


「そうだね、実家に帰ったような安心感だ」


 シアンも、シンタの言葉に同意する。

 今年の一年は、とても楽しく遊んだ記憶からスタートしそうで、幸先が良かった。


「なあ、グリム」


 シアンは、グリムに一対一の対話モードで話しかける。


「はい、なんですか?」


 グリムが、怪訝そうに返事をする。


「気使ってくれてありがとうな。案外嬉しかった」


 グリムの表情が、綻んだ。


「……師匠には、今年もお世話になる予定ですから」


「メールでも書いたけど、あけましておめでとう。今年もよろしく」


「こちらこそ、お世話になります、師匠」


 今年は良い年になると、無性にそんな予感に包まれた。

 去年と変わらぬ日常に、グリムやヤツハやシズクら友人が増えたのだから、良い年にならないわけがない。

 そう思うシアンだった。


「それにしても、元日はログインしないつもりだったのになー」


 如月が、嘆くように言う。


「私らもう中毒だからなー。まあ遊んでさっさと寝ましょ」


 シズクが、少しだけ苦笑交じりにそう言って、仲間達はどこへ行くかの相談を始めた。

狩りの最中に年を越すのが本当のオンゲ廃人なんだよな、と言われそうな気もしました。


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