閑話4 オンゲ女子達による直結談義
オンゲをしていたら避けられない話ってありますよね。
今回はそんな、直結について女性陣が語るお話
「でぇ、一時間狩りに付き合ったわけよ。問題は帰ってきてから」
シズクが物憂げな表情で言う。
「住んでる場所の話になって、それで相手が言うわけ。その県の観光地には行ったことがありますよ。これって運命ですよね……って」
「ひいっ」
ヤツハの肩が小さく震えた。
「あははは、運命って、旅行で向かった先に相手居たら運命なの? それじゃあ私、五つぐらいの県の人と運命感じちゃうわー、ひーっ」
笑いながら言うのはシアンだ。
「いやー、たんに運命的な友達とかそういうのを言いたかったのかも……」
僕は思わずフォローしていた。
いつものアメノシズクの溜まり場だ。シズクは酒樽に座って左右の足を前後に振り、残りの四人は座り込んでいる。
シズクが、話を再開する。
「でー、その後も一対一会話機能使って話しかけてくるし、なんか怖くなったからそのギルドは抜けたんだけどね。住んでる場所聞いてからの、僕の行動範囲内ですそこ、運命ですよね、は直結ポイント高くね?」
「高い高い」
「住んでる場所を知って運命感じちゃって次は何を狙う気なのーって感じですよね。家の近くまでやってきそうで怖いです」
ヤツハの発言も最近は容赦がない。シアンとシズクの影響だろう。
「直結ってなんですか……?」
僕は怪訝に思って質問していた。
シズクが、悪戯っぽく微笑んで説明する。
「ゲームで下心を持って女性に近付く男、かな? 下半身直結って言うの」
「はー、なるほどー」
僕は、出来るだけ淡々とした口調で答えた。
「直結ポイントが高い話なら私も知ってますよー!」
その場に居た最後の一人、八千代が手を上げる。
「へえ、話してよ、八千代」
「八千代にもその手の話あるの? いっがいー」
シズクとシアンはいつも通りかしましい。
八千代は中空に視線を向けて、過去を思い出すように語り始めた。
「あれは私が所属している別ギルドの話なんですけどー、旦那と喧嘩して揉めたことがあるんですよ」
「おー」
「てか、旦那いたんだ八千代ちゃん」
「驚きの事実ですねえ」
「いえ、かるーいノリでの結婚だったんで。で、結局喧嘩別れしたんですけど、その時にへこんでたら、メールアドレスを教えてくれた人がいたんですよ。弱っていたからなんとなくいっかってメールアドレス教えたら、なんか職場の綺麗な写真とかどうでも良いものを送ってくるようになってですね?」
「雲行きが怪しくなってきたぞー」
シアンが面白がるように言う。
「へこんでる時に職場の綺麗な写真とか心底どうでも良いな」
シズクが笑いを噛み殺すような表情で言う。
「で、一週間後ぐらいに、交際しようって言われました」
八千代は、しょうもないとでも言いたげだ。
「あはははは、過程すっ飛ばしすぎじゃね?」
シアンは腹を抱えてのた打ち回っている。
「直結ポイント高いっていうか、それまさに直結だよね」
シズクもどこか人の悪い微笑を浮かべている。
「嫌ですよねー、直結って。どこにでもいますもん」
ヤツハは溜息混じりに言う。
僕はさっきから、落ち着かない気持ちだった。
「しみじみと語るからには、ヤツハもそういう話あるんだ?」
シズクが、興味深げに問う。
「セロとかいう子絡み?」
「いえー、セロくんとは本当ゲームだけのお友達って感じで。ただ、ちょっとヘマをしたことがありましてね……」
「語ってみなさい。お姉さん達が聞いたげるから」
シズクは楽しげにヤツハに話を促した。
ヤツハは中空に視線を向けて、腕を組んで唸り始めた。
僕は、背筋に冷や汗が流れるのを感じていた。
「うーん、これ、話すのも恥なんですけどね?」
「うん、良いよ。サブマスターとして言うけれど、この場限りの話だ。皆、それで良いね?」
「私も他の誰にも話さないよー。笑いはするだろうけどー」
「じゃあ、喋りますけどー」
ヤツハが、口を開く。
「砂漠の町にいた時の話なんですけれどね」
どうやら知らない話のようだ。僕は胸を撫で下ろす。
「航空写真見られるサイトってあるじゃないですかー。あれで、それぞれ皆住んでる地域を映して遊んでたんですよね。それで、私の番になって、私も近所の写真を映したんですよ」
「ほー。そんなサイトあるんだ」
と、シアン。
「航空写真ねー。確かに便利だよね」
シズクも言う。
「で、私の映した写真、その範囲内にアパートが二つしかなくってー、学校へ向かう駅も近場に一駅しかなくて……」
「……なんか洒落にならない話になってきた気がした」
シズクが、神妙な声で言う。
「怪談に通じる何かがありそうな……」
シアンも何かを察し取ったように声のトーンを落とす。
「八千代も嫌な予感がしてきました……」
「で、ある日、近所のアパートに住む同年代の友達が、夜道で写真のフラッシュをたかれたって」
悲鳴のような声が三つ、路地裏に重なった。
「まてまてまて、それ直結通り越してネットストーカー」
「ひいいい、こわっ。え、なに、住んでる場所が近かったの? それとも遠征してきたの?」
「怖いー、怖いよー」
「それが、他の人達の航空写真に近場の人いなかったんですよねー。だから、遠征してきたんじゃないかと……」
沈黙が漂った。それぞれ、話の内容が恐ろしくて言葉を失ったのだろう。路地裏の外、表通りを歩く人々の声が音の欠片となって届いてくる。
「いやー、やっぱモテる女は違うね」
シアンが感心したように言う。
「ヤツハちゃんは穏やかだから、直結にとっては理想の相手なのかもねー」
シズクは、躊躇いがちに言う。
「何かあったら相談してくださいね。愚痴ぐらいは聞けますから」
「もう何年も前の話だよ、八千代ちゃん」
ヤツハは苦笑する。
八千代が、シアンに向き直った。
「で、後はシアンさんだけですよ。直結話。長年ゲームをしてる廃人さんなら、なにかあるでしょー?」
「いや、吃驚するほどないよ、あたし」
「本当にー? 隠してるんじゃないの?」
シズクがからかうように言うので、シアンは焦ったような表情になった。
「いや、本当だってば。逆にどうやればあんたらみたいな面白エピソードに出会えるか聞きたいわ」
「シアンさんのギルドってバリバリの対人ゲーマーが集まるギルドじゃないですか。皆ゲームに真剣で、その手の話が少ないのかも?」
フォローに入ったのは、ヤツハだ。
「あー、なるほどねー」
「いや、色々なギルドに入ったりもしたけど、その手の誘いはないなー。性格面に難ありで敬遠されてるんじゃないかな」
「羨ましい……」
「羨ましいですね」
「羨ましいですー」
「いや、なにこれ、非モテ女の公開処刑場ですか? あ、一つだけ懐かしい思い出があったと言えばあったような」
「お、話せよー。あんた一人だけ話さないなんて不公平だ」
「それがねー、昔居たギルドに変わった人がいたのよ」
「変わった人?」
ヤツハが、怪訝そうな表情になる。
「僕がゲームクリアをする時はこのゲームから女性を一人連れて行くんだって私に語った奴がいた」
「ギャルゲーでやれ!」
シズクが腹を抱えて笑う。
「まあギャルゲーは三次元に連れ出せませんし?」
ヤツハは苦笑顔だ。
「直結宣言って感じ。躊躇いないですねー。っていうかシアンさーん。それ語られたってことは、狙われてたってことなんじゃー?」
八千代が問う。
「どうだろう? その発言を聞く前にレベル上げに付き合ってやりはしたけどね? それはないんじゃないかなー。純粋にそういう思想の子だったんだよ」
「あんたはモテないんじゃなくてスルースキルが高い気がしてきたわ」
「そうかなー……? 私がモテるってのも想像つかないよ」
「いやー、皆濃いわー」
シズクが感心したように言う。
「ヤツハの話がいっちゃん怖かった」
シアンがしみじみとした口調で言う。
「怖かったですよねー。解決したんでしょうか」
「歌世さんに……ゲーム上の先輩に助けを借りて、そのギルドは抜けちゃったから、その後どういう話になったのかはよくわからないんですよ。ただ、その写真を撮られた友達とはできるだけ行動を一緒にするように心がけました。申し訳なくって」
「そりゃ責任感じるよなー」
「ええ、本当に……」
そこに、グリムがやって来た。
男が増えたことに、僕は安堵の気持ちを覚えた。
「皆さん、師匠、こんにちは。何の話してるんですか?」
グリムがメンバーの輪の中に入ってくる。
「女がオンラインゲームをやる際のデメリット、みたいな話、かなあ」
「怪談話だよ」
シアンが茶化すように言う。
「怖かったですよねー」
「ネットの掲示板とか見てると、オフ会で怖い話がーっていうのもありますよ。大半は創作臭いけれど」
「はあ」
グリムは怪訝そうな表情になって、救いを求めるように僕を見る。
「いや、俺に訊こうとするな、グリム。察するんだ」
「と言われましてもね? 話の流れが今ひとつ……。まあ、狩りにでも行きませんか? シアンさん、シズクさん」
「私は誘ってくれないの?」
ヤツハが悪戯っぽく微笑んで言う。
「最近、シンタさんとレベル離れつつあるからどうしようーってこの前話してたじゃないですか」
「まあ、そうなんだけどー」
「夫婦の団欒を邪魔するほど野暮じゃないよ。たまにはゆっくりしてな」
とは、シズクだ。
「問題は野良パーティーで都合よくそのレベル帯の魔術師が拾えるかだなあ」
「あー。あんたのネットワークに期待してた。シアン、友達多いでしょ?」
「まあ少なくはないけどさー。釣りに行ったら結構マジにお叱りが飛んでくるんだよねー、うちのギルメン」
賑やかに喋りながら、三人は溜まり場を去って行った。
「八千代も、狩りに行ってきまーす。」
そう言って片手を振って、八千代も去っていく。
後には、並んで座る僕とヤツハが残った。
「口数、少なかったね?」
茶化すように、ヤツハが言う。
「わかってる癖に……」
僕は、苦笑交じりに言う。ヤツハはそれを聞いて、穏やかに微笑んだ。
「直結と直結じゃない人間の境界はなんだろうって、悩んだのかな?」
「まあ、そんなところ」
「ふふ、そうだねえ。君と私は二人でオフ会した仲だものね」
「言わないでー。今の話聞いた後だと、なんか凄い黒歴史に思える。誘ってごめんなさい」
僕は壁に背を預けて、溜息を吐いた。
「意識しすぎだよ」
ヤツハは穏やかに微笑む。
「意識しすぎかな?」
「そうそう。私達は何年も一緒に遊んだ大事な友達でしょ? だから、私が君を見たいって思いも確かにあったんだ。お互いの気持ちが通じ合ってないと、一緒に会うなんて不可能でしょ?」
「うん」
「直結さんはそういうのを考慮してくれないからね。感謝もしてるよ。あれ以来、私は少しだけ勇気が持てた。歌世さんとも会えた。私は、君に会えて変われたんだよ」
「うん……なんだろうこのフォローさせてる感」
「そう拗ねないでよ」
苦笑顔の僕に、ヤツハは言葉を続ける。
「直結さんってもっと凄いよ。がーっと来てがーっと押せばなんとかなるって思ってるんだもの。それを思えば、シンタくんは淡白なぐらいだと思うよ」
「淡白かな……?」
「うん、淡白。純粋にゲームを楽しんでる子。だから君を信用してる面もある。それに、結局は距離感だよね」
ヤツハは、穏やかに言葉を続ける。
「例えばほとんど知らない相手に会いたいって言われたら直結だってなるけれど、シンタくんは数年間遊んだ大事な友達だもの。会ってみたいって言われても、違和感も嫌悪感もなかったんだ」
「距離感、ねえ」
「ネットをきっかけにして結婚しちゃうような人もいるしねー。お互いに自然とそうなっちゃう場合もあるんだと思うよ。結局は、距離感だよ」
距離感か、と僕は思う。お互いがお互いに好意を抱いても嫌悪を覚えない距離感。お互いにお互いと遊びたいと思える距離感。それは現実にも通じる話な気がした。
「俺、ヤツハとの距離感、居心地が良いよ」
「三年……そろそろ四年かな? かけて作った距離感だからねー。そうは簡単に崩れないよ」
そう、ヤツハは僕にとって大事な友達で、僕はヤツハにとって大事な友達。今は、その距離感が居心地良かった。
「狩り、行こうか」
僕の提案に、ヤツハは微笑んで頷いた。
「うん、行こう行こう。ぱーっと遊んで気分を変えよう」
僕は立ち上がり、ヤツハに手を差し伸べる。それを迷わず握り締め、ヤツハは立ち上がる。
二人は連れ立って、暗い路地裏から出て行った。
++++
「今の話聞いて思ったことがある。グリムはややこしいことにならないだろうなーって点だけは評価できる」
「ああ、わかるわかる。グリムってそこは信頼できるよね」
シアンの言葉に、シズクは深々と頷く。
「僕の評価される点ってそこだけですか?」
げんなりした表情でそう語るグリムだった。




