閑話3 この世界で最も有名な騎士
多種多様なギルドが世の中には存在している。
グリムやシアンが所属しているアメノシズクは、その中でもライト層向けギルドに位置している。皆でのんびり楽しもうといった風情のギルドだ。中には廃人と呼ばれるに相応しい人間もいるが、その絶対数は多くない。加入条件を設けていない場合が多い。
狩りギルド、というものも存在している。レベルの高いキャラの集まりで、狩りをするための集団だ。この手のギルドは大抵は野良パーティーで腕の立つ人間をスカウトする。誘いをかけられたら、腕利きのプレイヤーに認められたということなので誇っても良い。
そして、対人ギルドというものも存在している。各地に散らばる空き城の奪い合いをし、それを得ることを目的とした集団だ。
「で、私のメインキャラは対人ギルドに属しているわけです」
シアンの唐突な告白に、グリムは目を丸くした。
「対人ギルドの人って、俺、初めて見ました」
「人を珍獣みたいに言うんじゃないよ」
シアンは苦笑して、空に視線を移す。二人で、町の外を散歩している時のことだった。周囲には草原が広がっていて、少し遠くに森が見える。
「上級ダンジョンへ向かうメンツとか思い返してみると良いよ。いつも最初からある程度メンツが揃っていて、足りない職を募集している人達がいるだろう?」
「ああ、そう言えば、募集開始した時には既にある程度メンバーが揃ってる人達がいますね」
「あれは大体対人ギルドのメンバーだよ。幹部連中は自分達だけで鉄板構成のパーティーを組めるから、野良パーティーで足りない職を募集してるのは末端構成員だけどね。その末端構成員が、対人ギルドが考え出した盤石のパーティー構成を野良パーティーにもたらして、皆に広めるんだ」
「へー、知りませんでした。知らないうちに、僕は結構怖い人達と狩ってたんですね」
「怖い人て。お前な、私も対人ギルドの一員と言ったろう」
「だって怖いじゃないですか」
グリムはついつい口答えしてしまう。
「イメージとしては、目を血走らせて城を奪い合ってそうで……」
「結構おもろいよ。作戦会議してる時が一番楽しいかな。挑戦者達をいかに退けるか、配置はどうするかって皆でわいわい相談するの」
そう語るシアンは、まるで学生時代の学校祭の思い出でも語っているかのようだ。その表情が、悪戯っぽい笑顔へと変わっていく。
「ただ、この町をしめてるスピリタスってギルドは怖いよ」
「……モヒカン系の人なんですか?」
「モヒカン系? 何それ」
「北斗の拳……」
「いやね、謀略が凄い。扇動者黒井って知らないかな」
「黒井?聞いたことがありません」
「このゲーム、録画機能がないでしょ? 今時珍しいと思わない?」
「ああ、それは確かに思ったことがあります」
このゲームはスクリーンショットは撮れる。画面に映ったものを画像として残せるのだ。しかし、動画は録画できない。
「このゲームから録画機能を廃止させた男。それが扇動者黒井なんだよ。そして、それを手引きしたのがスピリタス、という可能性がある」
シアンは悪戯っぽく微笑む。まるで後輩に怪談でも聞かせているかのように。
シアンが語るにはこうだ。
昔、スレイヤーというギルドがあった。
スレイヤーは、首都付近の城を抑える、ゲーム内最大規模のギルドだった。所属メンバーは二百を下らなかったと言う。首都は彼らに支配され、取引される商品には税がかけられ、旅人の酒場にはスレイヤーのメンバーが常にたむろしていたという。
「ここ、首都なのに税収はそのスレイヤーに行くんですか? 王様どっから税収得てるんでしょう」
「ヤツハさんみたいなこと言わないの。そういう設定だから仕方ないの。世界観が壊れるって一々気にしちゃいけない」
「はあ」
シアンは再び語り始める。
スレイヤーはある日、悪名高いメンバーを仲間に迎え入れた。そのメンバーは、ボスや狩場を独占するために意図的なMPKを繰り返していた、ノーマナープレイヤーだった。
MPKとは、モンスターを意図的に誘導してプレイヤーを殺すことだ。Mを取ってPKにすると、プレイヤーを殺すことを意味する言葉になる。
彼らを憎んでいる人間は多けれど、ボス狩りを繰り返して装備を整えた彼らに勝てる人間はいなかった。それがスレイヤーの後ろ盾を得た。鬼に金棒だ。
それに反旗を翻したのが黒井だった。
黒井は最初は、街角で熱弁するだけだった。スレイヤーの行動を許してはおけないと。それを、人々は聞き流した。スレイヤーは強すぎる。どうしようもないというのが多数の見解だった。
しかし黒井は徐々に人々を集めていき、一つの小勢力となっていた。
「変じゃないですか」
グリムが口を挟む。
「そう、変だ。街角で演説してるだけの人の元にそんなに人が集まるかって話だよ。普通は聞き流しちゃうよね。けど、黒井は数十人の勢力を持った。それは確かな話だし、実際に証明されている」
「その数十名で、黒井はスレイヤーに挑んだんですか?」
「普通はそれを狙うだろうね。他のギルドと同盟を組んで、人数差を覆してスレイヤーを退治する。そういう話なら良かったんだよなあ……」
シアンは遠くを見るような眼をする。
「彼らが狙ったのは、首都の徹底的な機能マヒだった」
シアンは、再び語っていく。
黒井達は徹底的に首都の一般人に被害を与えた。狩りに出発したメンバーがいれば、その後をつけてMPK、もしくは直接PKする。取引詐欺を行い、被害者から金を巻き上げる。ギルドの溜まり場に入り込んで、世間話をする体を取って罵詈雑言を吐いていく。
一時期は、スレイヤーの自警団が首都を常時見守っていたという。
黒井達は善良な人々に被害を与えるたびに叫んだ。
「これを許しているのはお前らだ!」
そのうち、街中では反スレイヤー感情、反黒井感情が高まっていった。
その時にネットにばら撒かれたのが、スレイヤーの所属メンバーの一覧表だった。丁寧に、一人一人顔が映った画像と名前が記入されていたという。
スレイヤーもそこまでされては黙ってはいられない。黒井の手勢にスパイを送り込み、アジトで語り合う黒井達の動画を撮って動画サイトにアップした。
「つまるところ、ゲーム運営側としてはその動画も画像も凄いイメージダウンだったわけだよ。画像のほうも、動画を元に作られたのは目に見えていた。その後はスパイ同士の動画の上げ合い」
「それで、このゲームは動画が撮影できなくなったわけですか」
「そう言うこと。そして、スレイヤーからは脱退者が多く出始めた。そうやって手薄になった城を上手くかっさらっていったのが、今この町から税収を得ているスピリタスってギルドなわけ」
「スピリタス、ですか」
「そう。お酒の名前だね。不思議なことに、それきり黒井もその一味も綺麗さっぱり姿を消した。きな臭いとは思わないかい?」
シアンは楽しげだ。
なるほど、陰謀論を好む人がいるのはゲームでもリアルでも変わらないらしい。
しかしそれは、確かに興味深い話でもあった。
「シアンさんは、スピリタスと黒井に繋がりがあったと、そう思ってるんですか?」
「なんでもない人間が、ゼロから集団を作って、一つのギルドを没落にまで追い込めるものかな? 私はそれがいつも疑問なんだよね。本当にゼロからそれをやり遂げたなら、黒井って人間は狂人であり、天才でもある。だから人々は呼ぶのさ。扇動者黒井って」
「初めて聞きました。なんか、野良パーティー行くのが怖くなっちゃったなあ」
スピリタスは謀略を駆使してひとつのギルドを陥れた可能性がある。そんなギルドのメンバー達と、今まで何も知らずに狩りをしていたかと思うと、グリムは背筋が寒くなるのだ。
「大丈夫だよ。狩りで上手くやってりゃ叱られることはない」
シアンは呑気にそんなことを言った。そして、悪戯っぽく微笑んで言葉を続けた。
「怖かった?」
「ホラーより怖いですよ。もしも黒井とスピリタスが結託してたら、僕らなんて首都からあっという間に追い出せちゃうじゃないですか」
「ただの邪推だよ、邪推。人間って大好きだろ? 邪推するの」
「なら、そういう話しないでくださいよ……僕を怖がらせて師匠は何をしたいんだろう」
「まあ、野良パーティーでは素直に周囲の言うことを聞こうねって話だよ。どこに誰がいるかわかんないからねえ」
「だから、人を怖がらせて何が楽しいのかと……」
「ごめんごめん」
そう言って、シアンは楽しげに笑っていた。
「まあ、もう古い話だよ。何年も前の話だ。未だにスピリタスは健在。羨ましいね」
「ちなみに師匠は、なんで対人ギルドの人なのにライト層向けギルドに?」
「私、放浪癖あるから」
冗談だろうか、とグリムは思う。けれども、彼女ならばそんな癖を持っていてもおかしくないな、と思う部分もあった。
「うちのギルドに、スピリタスの関係者の人っています……?」
翌日の昼、グリムはなんとなく不安になって、アメノシズクの溜まり場でシズクに訊ねていた。時間が時間なので、人は少ない。シンタとヤツハのような、暇な大学生が狩りに出ているぐらいだ。
「一応ある程度、ギルドメンバーの別キャラは把握してるけど。なんでそんなことを訊くのかな?」
「なんとなく、気になって」
本当のことを喋れば、自分がスピリタスのメンバーに恐怖感を抱いていることがばれてしまう。そうなれば、シズクは事実を教えてくれないと思ったのだ。
「いるっちゃいるよ」
グリムは、自分の心音が高くなっているのを聴いた気がした。
「ヤツハとシンタ。スピリタスと関係があったみたい。結婚式に、スピリタスのマスターがずらっと人連れてきてさ。ありゃーびびったね」
過去を思い出したらしく、シズクは苦笑顔だ。
思わぬ名前に、グリムは驚いた。
「ヤツハさんとシンタさんって、あの、二人ともどこか穏やかな?」
「そ、ほのぼのとした二人。案外以前は、バリバリ対人やってたんだったりしてねー」
とたんに、あの二人が黒いスーツを着た非合法な組織の工作員に思えてきたグリムだった。
「それ、本当ですか?」
「本当だよー」
「対人ギルドって、なんか怖いですよね?」
「そうでもないかなあ。遊び方の違いはあるけど、ゲームの遊び方は人それぞれだからね」
謀略を駆使してひとつのギルドを衰退させるのは、素敵な遊び方のうちに入らないとグリムは思うのだ。
「どうせだから二人に訊いてみれば良いじゃない。スピリタスについて」
「訊いてみる、ですか……」
「そう。なんかグリム様子変だし。声かけてみようよ」
確かに、このまま世話になったヤツハや、共に過ごしたシンタと距離を置くのは、勿体ない気がした。
「あの、シンタさんかヤツハさん、どちらか一人で良いので、ちょっと良いですか?」
おずおずと、グリムはギルドメンバー全員に届くように喋り始める。ギルドメンバー同士ならば、距離が離れていても会話ができるというメリットがあるのだ。
「はい、なんでしょう?」
狩りの最中だったらしい。ヤツハが返事をするまで、少し間があった。
「あの、狩りの最中なら申し訳ないんだけれど、スピリタスの関係者って本当ですか?」
「ああー。マスターのリヴィアさんにはお世話になりました」
「マスターと親密なんですか!? スピリタスの!?」
それは、黒井の黒幕と仲良しと言うことではないか。穏やかに見える人が一番恐ろしいのが世の中なのかもしれない。
「んー……たまにそれを聞いて吃驚する人がいるけど、リヴィアさんは怖い人じゃないよ?」
「いや、怖いですよ。首都の城を抑えてるってことは、最大手対人ギルドのマスターじゃないですか」
「私の知ってるリヴィアさんは、負けず嫌いで、正義感が強い、普通のマスターさんだったよ」
なるほど、その正義感が黒井という存在を作り出したのか。グリムは震える思いだった。そして、スピリタスに支配されているこの首都にいることの恐ろしさを感じた瞬間でもあった。
「面白いのがねー、スピリタスってね、学生のクレジットカード所有禁止なんだよ」
「クレジットカード……?」
思いもしない言葉が出てきて、グリムは戸惑う。
「クレジットカードって、あの、買い物したりする時に使う……?」
「そう。スピリタスじゃ、学生はそれを絶対に持っちゃいけないの。持ったらどんなに優秀でも破門なんだって」
「それは、どうして?」
「んー……もうちょっとで狩り終わるから、待っててくれるかな」
「わかりました」
ヤツハとの会話は、それで途絶えた。
(クレジットカード?)
それは一見、ゲームと関係のない言葉のように聞こえる。
「まあ、私も学生がクレジットカードを持つのは反対だなあ。うちも規則作ろうかな。クレジットカードは社会人になってからって」
シズクはどこか呑気に言う。
ヤツハが帰ってきたのは、それから十五分後のことだった。
「ただいま帰りましたー」
「シンタくんは?」
シズクが酒樽の上に載って、左右の足を前後に動かしながら言う。
「レアアイテムが出たので販売に。昼だから焦らなくて良いって言ったんですけどね」
ヤツハは、穏やかに微笑んでいる。こんな人が、あのスピリタスのマスターと親密な仲なのだ。人は見かけによらないものだとグリムは思う。
「で、クレジットカードの話だっけ」
「あ、はい」
「それがね」
ヤツハは苦笑する。何か愉快なことを思い出したかのように。
「課金装備ってあるでしょう? あれが問題になったのよ」
ヤツハが言うには、こうだった。
その時、スピリタスのマスターであるリヴィアは、一人の騎士を詰問していた。場所は、玉座の間だったらしい。
「借金があるって、狩りの最中にこぼしたそうね。学生の貴方が、どうして借金を?」
呼び出された騎士は、小さくなった。玉座に座るリヴィアに、怯えるように。
「それに貴方、最近装備が急に整ったわよね? メンバーとしては心強いけれど、どうやって装備を揃えたか教えてくれるかしら」
リヴィアは騎士を睨みつけた。騎士は、やはり一言も発さない。
「借金をして、課金装備を買って、ゲーム内で売った。そうなのね?」
「いえ、けど大丈夫なんです。リボ払いだから、月々少額の返済で良くって」
「あのね、リボは長引くだけだから。お金もたくさん取られるんだから。一括払いできないような量を買い込んだの!?」
リヴィアの声は、思わず大きくなっていた。
「俺、狩りでも対人でも役に立ちたくて……」
騎士は、怯えたように、やっとのことでそう言った。
「借金をしてまで役立って貰おうと考えていません。課金装備が欲しいなら、バイトをしなさい、バイトを。借金を返済し終わるまで、貴方はスピリタスから破門とします」
「そんな! どうしてですか、俺、役に立てるんですよ?」
「リアルで借金してまで役に立とうとするな! そんなの私、責任持てないわよ!」
リヴィアの怒鳴り声は、部屋の外まで響いていたと言う。
「それから数週間、リヴィアさんへこんじゃってねー。責任取れないからギルドを解散しようか、とまで言い出したらしくて。ともかく責任感の強い人なのよ。ある意味でマスターに向いてない性格だと思います」
ヤツハは、懐かしげに語り終えて、いつも通りの微笑みを見せた。
「ああ、確かにそういう性格の人はマスターに向いてないな。生真面目すぎると駄目なんだよね」
「で、その事件があってからというもの、スピリタスは学生のクレジットカードを完全に禁止したそうです」
あれ、おかしいな、とグリムは思う。
シアンが言っていたような謀略を駆使する女性なら、手駒が増えたと喜びそうなものだ。
「リヴィアさんのその命令には何か裏があるんですか?」
「まさか」
ヤツハは笑う。
「あの人は凄い真っ直ぐな人だよ。負けず嫌い過ぎるのが玉に瑕なんだけど」
なんだかシアンの話とヤツハの話の間に、ギャップが生まれてきたのを感じるグリムだった。
「で、どうして急にスピリタスの話を?」
「いえ、なんでもないんです! なんとなく、ここを牛耳っているギルドだから気になって」
「ふーん、そうなんだ?」
ヤツハは、深くは追及しなかった。
「じゃあ、スピリタスは悪行に手を染めたりはしていないと?」
グリムの言葉に、シズクが怪訝そうな表情になる。
「グリムらしくないな。失礼だぞー、今の言い分。一応ヤツハにとっては友人なんだから」
「友人というか、お世話になった人って感じですけどね」
「スピリタスの悪行なら、知ってると言えば知ってるよ」
溜まり場に戻ってきたシンタが、そう口にした。顔に浮かんでいるのは微笑みだ。
それを、ヤツハが笑顔で出迎える。
「おかえり、シンタ」
「ただいま」
シンタは、ヤツハの隣に座る。
「一件だけだけどね、俺が知ってるのは」
「その一件で良いから、教えてもらえます?」
グリムの問いに、シンタはゆっくりと頷いて見せた。
シンタの話を聞けば、グリムの中にある、二通りあるリヴィアへの印象が、重なるかもしれなかった。
「これは、先輩からの又聞きなんだけどね。スピリタスは、MPKをしたことがあるんだ」
シンタは語り始める。
ともかく、その騎士は元々過剰に敵を釣る傾向があったメンバーだったらしい。電車のように敵を引き連れ、長距離を歩いていく。
「師匠みたいな人ってことですか?」
「シアンさんは大人しいものだよ」
ヤツハが、フォローするように言う。
「マップの半周先ぐらいから敵を運んだりしてたらしい」
それは、シアンどころの話ではなかった。
そしてシンタが語るには、ある日、そのメンバーは他のパーティーに敵を擦り付けてしまったそうだ。
駆け出してきた別パーティーの前衛と、すれ違ってしまったのだ。そのパーティーは運悪く全滅し、その騎士は大いに恨まれることになった。
元々、その狩り方が逸脱しすぎていると目立っていた存在だ。その騎士だけでなく、スピリタス全体が、掲示板などで大いに叩かれることになったらしい。
「そこで、行動を起こしたのがリヴィアさんだ」
そう言ったシンタに、グリムは思わず前のめりになって質問する。
「相手の口をふさいだわけですか?」
「さっきからおかしいぞー、グリム」
シズクが、どこか胡散臭げにグリムを見ている。
「なんか、リヴィアさんに悪意があるような?」
シンタも、ヤツハも、不思議そうな表情をしている。
「気のせいです」
グリムは、慌てて背筋を伸ばす。
(危なかった……)
ヤツハを介してリヴィアにグリムの発言が届けば、グリムは追われる身になってしまうかもしれない。ここまでレベルを上げたのに、それは嫌だった。
シンタは穏やかな表情で、言葉を続けた。
リヴィアはネットワークを駆使して、どうにかその被害者達を見つけたらしい。そして、その溜まり場に乗り込んだのだ。
やったことは、加害者と共に頭を下げることだった。
「今回は私の監督不行き届きで迷惑をかけてすいませんでした。元々、調子に乗りやすい奴でして。これからはしっかり指導します。掲示板の批判も、甘んじて受けます。申し訳ありませんでした」
そう言って、リヴィアは加害者の頭を何度も下げさせて、城に帰って行ったらしい。
その姿に、被害者達も少しすっきりとした表情をしていたそうだ。
「まるで息子が悪いことをしたのを謝るオカンみたいだった、ってそれに付き合ってた先輩は言ってたな」
「オカン、ですか……」
おかしいな、とグリムは思う。
シアンに訊いた話と、シンタ達から訊くリヴィアの姿に、ますますギャップが生まれていく。
「で、そこからが大変だったらしい。私はギルドマスターに向いてないってふさぎ込んで、ギルド解散しようって言い出しちゃって。それで流石にその騎士も肝を冷やして、長距離の釣りは辞めたそうだ」
「なんか毎回ギルド畳むって言ってる人なんですね」
「……生真面目すぎるんだろうなあ。生真面目すぎるとあんな大人数を指揮するのも大変」
同情するようにシズクは言う。
「シンタさんとヤツハさんは、リヴィアさんのこと、どう思います?」
「良い人だよね、負けず嫌いだけど。普通の人だよ」
「うん、そうだよね。負けず嫌いだけど、普通の人です。」
グリムは、首をひねるばかりだった。
シアンの語るリヴィアの姿と、シンタとヤツハが語るリヴィアの姿は、やはり重なることがない。まるで、二人のリヴィアがいるかのようだ。
ただ、二人の話を聞けば聞くほど、スピリタスへの恐怖感が薄れていくのは確かだった。
そのうち、シンタは語り始めた。リヴィアと共闘した体験を。
それを聞きながら、今度シアンに話してみようと思った。大手対人ギルドに所属する、逃げたがりなマスターのことを。
スピリタスの居城で玉座に座り、電卓のアプリケーションを起動して操作しながら、リヴィアは呻き声をあげた。彼女のアバターは眼鏡を装備していないが、眼鏡の位置を直すしぐさをする。リヴィアを操作している女性が眼鏡をつけているのだ。
「なにこの人の経費。なにをどうやったらこんな額のお金を使えるの?」
横に控える環が、待っていましたとばかりに口を開く。
「それが、このたび防衛戦を行っていた時にね、騎士の一人が操作ミスで剣を落としたとかで……」
「なに? その装備代を経費として申請してきたってこと?」
信じられない、とばかりにリヴィアは目を丸くする。
「そういうことになるね。認めなければ戦力ダウンになるけど、どうしましょう」
「あー……良いわ、私のポケットマネーで払う。二度はないっつっといて」
「りょーうかい」
「あー……マスターやめたい。歌世はゲーム辞めちゃったもんな。ずるい奴だ」
「貴女がいなくなったらギルドは機能しないよ」
環は苦笑顔で淡々と言う。
「大体、ギルドを辞めて、今更有名人の貴女が何処に行くって言うのよ。貴女、この世界じゃ一番有名な騎士なんだからね。人によっては黒井を操ってスレイヤーを蹴落とした悪の女王とすら呼ばれているんだから」
「誤解だ……」
「MPK集団を操るスレイヤーの後継者と揶揄されたこともありました」
「あれは掲示板で便乗した奴に沢山デマ書き込まれただけで。事故でMPKしちゃった子は確かにいたけどさ……」
「廃人達の頂点に立つ女、首都の酒場を裏で握る女、とも言われています」
「そりゃ、皆に付き合ってりゃレベルも上がるさ。首都の酒場の件は、不手際だけど……。ああ、なんでギルドの規模こんなに大きくしちゃったかな。せめて、分業化を進めて世代交代を促進するべきだった」
「外部チャット、ヒーラーを誰が出すかで揉めてるよ、マ・ス・タ・ー」
環が、微笑んで言う。
リヴィアは、渋い顔になる。
「……わかってるよ。私が頭を下げてお願いすれば丸く収まるんだ。まったく、責任ってのは背負うもんじゃないわ。それにしても経費も酷いし。なに、私は経理のおばちゃん? 頭が痛いわ」
「玉座に座っている人間が文句を言うもんじゃないわよ。どの道、普通のプレイヤーに戻るのは無理なんだから、そろそろ観念してくださいな」
「……わかってるよ。皆を集めた責任があるからね」
多分、この世界のほとんどの人間が、彼女の本当の姿を知らない。眼鏡をかけて電卓を叩いて頭を抱えている姿なんて外部の人間は知りようがないし、パーティーのメンバー調整のために頭を下げている姿も漏れようがない。ただ、スピリタスの名声と共に、良くも悪くも彼女の知名度は高まっていくのだった。
こうして、この世界で最も有名な騎士は、今日もマスター業務を行っていく。




