閑話2 会議は踊る、されど進まず
「狂信者の研究所が良いと思う」
と言い出したのは八千代だ。
「低レベル帯はどうすんのさ。狩りになんないぜ」
駄目出しをするのはグリムである。
狂信者の研究所は、中級ダンジョンなのだ。今回は低レベル帯のギルドメンバーがいるので、狩場として選ぶには厳しかった。
「モノマネ狩りなんてどうでしょう? 近くてお手軽、こちらの強さによって相手も強さを変えてくる」
シンタが提案する。
「ああ、良いですね。レアが出ますし」
ククリが同意する。
「うーん、モノマネはマンネリー。それなら賢者の塔の下層で良くね」
「賢者の塔の下層ってレアないじゃんー」
「どうせこの人数で分配したらレアなんて雀の涙だよ」
この状況をどう言えば良いのだろう。
会議は踊る、されど進まず?
小田原評定?
船頭多くして船山に上る?
週に一度のギルド狩りだが、行き先決めに時間ばかりが費やされていく。
このギルド、アメノシズクの実質的なギルドマスターであるシズクは、今日は留守にしている。アバタ―だけが、酒樽の上に放置されている。
そして、ギルドで二番目に人望があるヤツハは、オフラインの約束があるとかでこの場にいない。
頼りになる指揮官の不在に、今回集まった十四人のギルドメンバーは、頭を抱えていた。
「黒蜘蛛の巣はどうでしょう」
シンタが、めげずに言う。
「ああ、低レベル帯でも倒せる敵がいますしね」
ククリが同意する。
「ビジュアルがきつい……」
「ああ、そういえばそうだった」
黒蜘蛛の巣は苦手だというギルドメンバーがいるのだった。
何せ、週に一度の頻度のギルド狩りである。近場は大抵行き尽していて、かといって他の土地の知識があるメンバーも少ない。
シンタが前にいたという山奥の町も、最近では目新しさを失っており、移動に時間がかかるというデメリットが目立った。
「やふー、遅れたー」
会議開始から三十分経って、シアンがやって来る。
「珍しいですね、師匠」
彼女は、普段はギルド狩りに参加しないのだ。
「いやあ遅れてすまんね。狩りが長引いて。けどどうせ、仕切り役がいなくて行先決まってないんだろー」
シアンが悪戯っぽく微笑む。
「今出てる案を言ってみなよ」
そう言って、彼女はギルドメンバーの輪の中に入ってきた。
「賢者の塔の下層、狂信者の研究所、モノマネ退治、黒蜘蛛の巣、他の町に足を伸ばす……」
シンタが今まで出た案を上げていく。
「他の町に足を延ばすのが良いんじゃない? 今冬だしさ。雪の町行こうよ」
移動に時間がかかることをまったく考慮せずに、シアンは言った。
「低レベル帯にはきつくないですか?」
グリムが言う。
「そこは上級者がフォローする感じで。確かにちょっと背伸びになるけれど、ダメージさえ与えられれば経験値は入るでしょ?」
他に良い案がないのも確かだった。
ならば、それに乗るのも一興かという空気が流れ始めていた。
複数のメンバーの目の前に、パネルが現れる。そのパネルには、インターネットブラウザが表示されていた。雪の町に行ったことがないメンバーが、その周辺に現れるモンスターを調べているのだろう。その場所は低レベル帯で行くには少々厳しいが、妥協ラインではあることをグリムは知っていた。
そして、結局今のギルドには、強引にでも結論を出してくれる人材が求められていたのだ。つまる所、狩場選びに失敗して気まずい空気になろうとも責任を取ってくれる、幹事役の存在である。
シアンは、そんな役を堂々と引き受けてくれそうな自信に満ち溢れていた。
彼女を得て、メンバーは出発の準備に取り掛かる、とはいかないのだった。
狩場選びの問題が終わると、次の問題が鎌首をもたげるのだ。つまりは、パーティー編成の問題である。
「そう言えば、今回高レベル帯ヒーラーいなくない?」
「低レベル帯もヒーラーいないよー」
「僕がパーティーの外に出て全体にヒールしましょうか」
シンタが言う。
「パーティー内に一人はヒーラーいないと怖いよ。パーティーの外だと仲間のヒットポイント見えないだろう?」
かと言って、あまりにもレベルに差があるヒーラーが混ざると、経験値が分配できないという問題が起きる。このゲームのパーティーは、レベル差が一定の範囲内の仲間としか経験値が分配できないのだ。その範囲を外れたメンバーがパーティーに入ると、高火力の後衛にほとんどの経験値が行き、前衛にはほとんど経験値が入らず、回復を担当して敵に触れることのないヒーラーにはまったく経験値が入らないという現象が起こる。
「いつもは高レベル帯のヒーラーいるんだけど、今日はいないしな」
「いや、高レベル帯ならヒーラーむしろいらないんじゃ?」
「MPKみたいな不測の事態が起こることもある。高レベル帯はデスペナ馬鹿にならないぞ。空気悪くなるのはごめんだ」
「ヒーラー不足かぁ。私もヒーラー作ろうかなあ」
ククリが考え込むように言う。
また、皆の意見は迷路へと突き進みつつあった。そのうち、沈黙が周囲に漂う。
それに耐えかねたように、妥協案が出た。
「今回は高レベル帯なしにしよっか。皆でサブキャラ出すってことで」
「高レベル帯ってレベルいくつからいくつ?」
シアンが訊く。
「百二十から百二十九です」
「あー、なら知り合い呼ぶわー。付き合いの良い子がいるから。その代わり、ドロップしたアイテムはその子にプレゼントで良い? どうせレアでないでしょ、あこ」
「あ、異議なし」
「異議なし」
次々に異議なしの声が上がる。
この人は案外頼りになるぞ。そんな空気が、周囲に漂い始めていた。師匠の指揮力を褒められているようで、グリムはなんだかくすぐったい。
「じゃあ他のレベル帯はパーティーの外からシンタが面倒見て。高レベル帯が壁になるから、他のパーティーでヒーラーがいない場合はヒットポイントが危なくなったら自己申告で。経験値分配できるパーティーで別れるように工夫してね」
シアンの言葉で、徐々にパーティー編成会議がまとまり始めた。
「じゃあ残った連中はレベル六十前後、八十前後ぐらいで別れるか」
「八十前後は逆にヒーラー過多だな、バランス悪いなー」
「じゃあ私、ヒーラーじゃなくて後衛だします。出せる人は後衛だしましょう」
「いや、ヒーラー少なすぎても危ないんだけどね」
「低レベルキャラ育てたいから四十前後パーティーなんて提案しても良いですか? ヒーラーと後衛だけのパーティーで、横から遠距離攻撃するだけの」
まとまりかけていた所に、新たな提案が出てくる。
しかし、シアンの表情は穏やかだった。
「良いんじゃね」
彼女は、そう言うだけだ。
「じゃあ、誰か、四十前後の後衛プリーズ。組んでやってくださいな」
「四十前後のキャラなんかいたかな」
こうやって、お互いの出したいレベルのキャラをすり合わせて行く。
それが終わるころには、シアンが到着してからまた三十分が経過していた。彼女の友達も到着した。
こうして、やっと十六人のパーティーは出発できるようになったのだった。
「よし、行くか!」
シアンが握り拳を掲げて皆を鼓舞する。
「おー!」
全員の拳が高々と上がった。
皆の心が、一つになっているのをグリムは感じた。今日は楽しい狩りになる。そんな予感があった。
その時、溜まり場の中央に光が走り、人の形を成した。それは、黒いとんがり帽子に黒いローブを着たヤツハの姿に変わっていた。
「あれ? 皆、まだ出発してなかったんだ」
意外そうにヤツハが言う。
「ああ、今から雪の町に行くとこ」
「ああ、観光に行くんですねー。今、イベントの真っ最中ですもんね」
ヤツハが微笑ましげに言う。
「……イベント?」
シアンが、怪訝そうに訊く。
「はい。雪が降る頃なんで、まずモンスターがサンタバージョンに変わります。そして道中にもキングスノーって強いモンスターが追加されたり、出現モンスターの数そのものが増えたりで阿鼻叫喚! 楽しい思い出になるでしょうね。運営も今年は張り切ってるなって思ったものです」
沈黙が漂った。
ヤツハが、怪訝そうな表情になる。
「あの……もしかして皆、公式サイトとか見てないんですか?」
「私は知ってた」
シアンの友達が言う。
「マジで?」
「うん、マジ。ログイン画面にも広告出てたじゃん。今、雪の町近辺は観光客だらけで大混雑だよ」
「へー、マジで。マジで。そうなんだ……」
シアンの声が、だんだん小さくなっていく。
「いや、大丈夫だよシアンさん、パーティー編成までは間違ってないから!」
「そうそう、狩場だけ変更すれば良いんだよ!」
「もう近場で良いよな、近場で。時間そろそろ遅いし、眠くなってきたし」
「高レベル帯がカバーしつつ中レベル帯低レベル帯でも後ろからダメージを入れられるところを選べば良いんだ」
さて、そんな狩場が何処にあるだろう。メンバーの多数が半ばやけになっている状況だが、十六人はしばし考え込む。
「最初にも言ったけど、狂信者の研究所なんてどうかな? 確かに低レベル帯の前衛は活躍できないけれど、今回は観光のつもりで我慢してもらうって形で」
恐る恐る、八千代が言う。
「それだ!」
「決まったな」
「よし、さっさと行ってさっさと狩るぞ」
「行こう、皆で狂信者の研究所へ」
「行くぞー、狩るぞー」
ギルドメンバー達は口々に言って、溜まり場を出ていく。これ以上の異論が出る前にことを済ませようとするかのように。
そして結局、様々なトラブルを抱えながらも、サブマスター不在のギルド狩りは一先ず完結したのだった。低レベル帯のメンバーは、途中何度も横に沸いた敵に殴られては倒れたが、その時にペナルティとして引かれた経験値よりも、最終的に入った経験値のほうが多いようで、満足げな表情だった。低レベル帯の前衛も、活躍はできなかったものの新しい狩場を見れて満足したらしい。
それを見るシアンの表情は、穏やかだったがどこか疲れているようにも見えた。
後日、グリムは、シアン、シズク、ヤツハと四人で狩った後、溜まり場でこんな会話を聞いた。
「それにしても、こんなレベルが混ぜこぜのギルドのまとめ役なんて良く務まるね」
シアンが、苦笑顔でシズクに言う。シズクは珍しく、毒気のない優し気な表情だった。
「この前ので懲りた?」
「うん、懲りた。あんたは凄いわ」
シズクは柔らかに苦笑する。
「私もサブマスター初めて長いからねー。ギルド狩りは、先に行き先を決めとくのが肝心かなー。そうしないと、下調べもできないし議論になっちゃうでしょう? あとは完璧は求めないことかな。低レベル帯の子はともかく、高レベル帯の人は経験値はあまり気にしないでくれる。結局はレクリエーションだからね。もちろん、毎回成り立ってるのはヒーラーさん達の協力があるおかげなんだけど」
シズクはそう語ると、人差し指を立てて言葉を続けた。
「最悪、ネタに困ったらたまにはかくれんぼでお茶を濁しても良いのよ。私が隠れてるのはどーこだ、で」
「まいった、降参だよ」
シアンは、苦笑するしかないようだった。
アメノシズクでは、週一ペースのギルド狩りが続いている。自由参加だが、何故か参加者は多い。シズクがいる場合、出発までの時間は平均十五分だそうだ。
結局は、シズクが要なこのギルドなのだった。