閑話 オンゲ廃人達の金曜日
時刻は既に丑三つ時。
賢者の塔の三階で、狩りに勤しむメンバーが四人。
グリム、シアン、シズク、ヤツハである。
「そろそろ解散ですかね……」
グリムがどこか気だるげな声で言う。それもそうだろう。休憩をはさみつつも、そろそろ三時間も狩りをしている計算になる。
「あ、私あと一時間でレベル上がるわ」
シアンの目の前にはパネルが浮かんでいて、そこには彼女の得た経験値が表示されている。
「あんたは遠慮っつーもんを知らんのですか師匠!」
「あ……便乗して申し訳ないけれど、私、あと一時間半でレベル上がるとか言っちゃって良いかな」
ヤツハが恐る恐る言う。彼女も、自分の目の前に浮かんだパネルを眺めている。
グリムはぐっと言葉を飲み込む。彼女に対しては激しい言葉をかけ辛いのだろう。
「私、二時間でレベル上がるわ」
シズクが言った。
しばし、四人は互いの表情を観察し合った。
淡々と声を上げたのは、シアンだった。
「二時間延長けってーい」
「そうなるんですね!?」
「二時間ぐらいなら行けますね」
ヤツハが穏やかに微笑んで言う。この子はこの子でナチュラルにゲーム廃人だよなとシズクは思う。
「二時間ぐらいなら余裕だろう余裕。あっという間だよ」
「余裕だよなー。せっかくの金曜深夜なんだし」
シアンとシズクはこんな時でも息が合っている。
「じゃ、私栄養ドリンク取ってくるから離席……」
そう言ったきり、シアンの反応がなくなる。
「私コーヒー二杯目飲んでる」
シズクはそう言って、エッグの中でコーヒーをすする。
「狩りってそんな無理してやるもんじゃないですよね!?」
「いやー。せっかくの休日だからね。ちょっと無理するさ。なー、シアンー?」
「うん、するする。私ら平日あんま稼働できないし。あーごめん、栄養ドリンク飲む音マイクが拾うかも」
栄養ドリンクのフタを開ける音がシアンのアバターの口から流れてくる。
「けど意外ー。ヤツハって一ヵ所篭りとか嫌いなタイプだと思ってたわ」
「レベル上げたい時はバリバリやりますよ。皆とのトーク楽しいですし」
そう言って、ヤツハは腕まくりをする。
「セロくんの時はどうだったん?」
確か彼女は、高効率狩場がつまらないからと、超上級狩場に篭れるネットワークを持った相手を振ったはずだった。
「あの時はレベル上げの意欲もなかったし、セロくん狩りに一生懸命で黙っちゃうタイプだし……。今はレベル追いついてシンタくんを吃驚させたいなって思いで一杯で」
そう言って、ヤツハは幸せそうに微笑む。
「惚気だな」
「惚気だ」
シアンと言い合いながらも、シズクは別のことを考えていた。
(セロ、不憫な奴……)
セロがヤツハを何度も誘った時、彼女はやる気が出ていない状態だった。さらに、狩りの趣向の相性も悪く、そのせいで彼は狩りのパートナーとしてはヤツハの視界には入ってはいなかったように見える。
ただ、タイミングさえ違えばヤツハと仲良く狩ってるのはシンタではなくセロだったのかもしれないとも思うのだ。
「まあ、それも運命か……」
シズクは、思わず呟いていた。
「何がですか?」
ヤツハが、不思議そうな表情になる。
「いや、出会うタイミングってのも運命だよなって。私達だって出会うタイミング次第じゃここまで仲良くなってなかったろうし」
「そうだねー。新キャラ育てたいって思ったタイミングが一緒だったから親しくなったけど、それがなかったらきっかけなかったよね」
「そういうのって、確かにありますね」
「つまり私達廃人トリオに鍛えてもらえて嬉しいと思うんだな、グリム」
そう言って、シアンはグリムの肩を勢い良く叩いた。
「ええ……感謝してます……」
すでに、グリムの反応は鈍い。
「さ、あと二時間行くぞー! 金曜の夜はまだまだこれからだー!」
「おー!」
「おー!」
「おー……!」
やはり、グリムの声は今一つ元気がなかった。限界が近づいているのだろう。
「コーヒー分けようか?」
「栄養ドリンクいる? 前衛が寝ちゃったら洒落にならんからね?」
「……どうやって分けるんすか……僕ら遠距離の通信で繋がってるんすよ」
「ヤツハはドーピングないのに元気だね」
シアンが不思議そうに訊く。
「昔から徹夜は得意なんですよー。テスト前は徹夜続きです」
「若さだねえ」
「うん、若さだ。お前も見習えグリム」
「はいー……。それじゃ、まあ、進行します」
そう言って、グリムは走り始めた。
「蘇生いりますー?」
空から声が振ってくる。
どれだけの時間が経ったのだろう。目を覚ますと、グリムはダンジョンの天井を眺めていた。
どうやら狩りの最中に寝てしまい、そのまま敵に倒されてしまったらしい。
「あー……お願いします。今、何時ですか?」
「四時半ですねー」
どうしてか、笑い声が聞こえている。何故笑われているかわからずに、グリムは戸惑う。
そして、グリムは蘇生法術を受けて立ち上がった。すると、周囲に看板が三つ立っていることに気が付いた。
一枚目の看板は、お疲れ様でした。無理させちゃったね。と書かれている。
二枚目の看板は、グリムここに眠る。良い奴だった。と書かれている。
三枚目の看板は、グリムのばか。と書かれている。はかとかけているのだろう。
誰がどれを書いたのか、手に取るように分かった。特に、子供っぽい三枚目を書いた犯人は言うまでもない。
グリムは恥ずかしくて顔を赤くしながら看板を引っこ抜いていった。地面から抜けた瞬間に、看板は消えた。
「じゃあ、頑張ってくださいね、グリムさん」
「愉快なパーティーメンバーさんによろしく」
グリムを蘇生したパーティーは、笑いを漏らしながら足早に去って行った。
グリムはギルド全体に向けて、思わず大声で話しかける。
「グリムのばかとはなんですか、ばかとは!」
「お、起きたかグリム」
「前衛確保ー」
「やっぱり前衛がいると自由度が違うよねえ」
「まだ狩るつもりかよあんたら!?」
徐々に自分が、一般プレイヤーから廃人層に引っ張られていることを感じるグリムだった。
アンデットモンスターに足を引かれているような気分だったという。
「冗談だよ。あんたが寝落ちしてから、流石に疲れたから溜まり場でだべってたんだ」
シアンの悪戯っぽい笑顔が見えるような声だった。
「そろそろ皆解散しようかな~って言ってた所です」
「そゆこと。グリムも暖かくして寝なよ」
シズクに優しい声で言われて、安堵したグリムだった。
そこに、シアンが楽し気に声をかけた。
「じゃ、明日も前衛頼むわ。頼りになる騎士様」
週末はまだ終わらない。
まあ、レベルが上がるからそれも良いかと思い始めたグリムもいた。
その足は順調に引かれているのだった。
狩場に何時間も篭れる時点で皆若いと思います。




