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ロープレ!  作者: 熊出
17/42

オンラインの外へ2

 大きな手提げ鞄を持った八葉は、吹き抜けの二階から、一階の椅子に座る新太の姿を人ごみに紛れて見ていた。

 新太は、パネルフォンを眺めて、しばし考え込んでいるようだった。

「なんで行かないかね」

 佐山明彦が呆れの混じった口調で言う。

 明彦は、イグドラシルオンラインの世界ではシュバルツを使っているプレイヤーだ。ヤツハを使っている八葉とは、親しい仲だった。

「……行けないよ」

 八葉は、か細い声でそう答える。

「顔が好みじゃないのか?」

「違うよ。カッコいいと思う」

「……俺にゃあ普通の顔に見えるがなー」

 明彦は新太の顔を再確認しながら言う。

「つーかさ。ここまで来て会わないって選択肢はないっしょ。相手、夜行バス代出して来てんのよ。義理で茶の一杯でも飲んでそれからごめんなさいすれば良いじゃんか」

「そんな器用な真似、私にできるわけないでしょ。ここで会わないのがベターな選択肢よ」

「俺がついて来て良かったなあ、お前。最低限挨拶はできるもんな。後は、新太の相手は俺がするよ」

 そう言って、明彦が八葉の手を握ろうとした時のことだった。八葉の手が、するりと逃げた。

 そのまま、彼女は全速力で、その場から駆け去ってしまった。人ごみに隠れて、その姿はすぐに消えてしまう。

「足悪い癖に……」

 明彦は、呆れるしかない。

 そして、どうしたものかなと階下の新太を見る。彼はまだ、帰る気はなさそうだった。

 もっとも、バスの時間の関係上今すぐ帰るという選択肢も存在しないのだろうが。

「精々頑張れ、青年。後は俺も流れに任せよう」

 明彦はそう呟いて、家路に向って歩き始めた。



 僕は、ヤツハに向って送るメールを考え込んでいた。

 そのうち、ゆっくりと指が動き始める。

『俺の容姿が問題じゃないんだね?』

 すぐに、返信が届いた。

『カッコいいと思う』

 唐突に持ち上げられて、僕は照れ臭い気持ちに襲われる。格好良いと言われたのは、生まれて初めてだ。どうやらヤツハの目には妙なフィルターがかかっているらしい。

『なら、待つよ』

『待たなくて、良いよ』

 返事が届くまで一分もかからなかった。

 さらに、メールが届く。

『悪いのは私。勇気が起きないんです。ごめんなさい』

 僕は、苦笑しながら指を動かす。

『帰りのバスまで時間があるし、残るしかないんだよな』

『観光地なら教えられるよ!』

『ヤツハの口から教えてほしい』

 再び、返事が滞る。

『昔さ、ヤツハに言われたよね。シンタはわかってないって。今日は、ヤツハの気持ちがわかる気がする。だから、バスが来るまでは待ってるよ』

 返事は、なかった。

 僕は苦笑して、パネルフォンをポケットにしまうとその場で待ち続けた。

 時計の時刻は九時を指している。そろそろ、何か食べたい頃合だった。

 ヤツハは来ないかもしれない。そんな思いが、ふと脳裏に浮かぶ。

 それはそれで仕方ないかと、割り切り始めた僕がいた。

 気まずさはオンラインの二人の間にも残るだろう。それをどう取り除いていくかが問題だ。

 そもそも、リアルで会おうなんて提案が、逸脱した行為だったのかもしれない。ルール違反を犯した罰を、僕は受けているのかもしれない。

(来たら来たで疑似デートみたいなもんだしなー。照れ臭いだろうなー)

 そしてふと思うのだ。女性と二人きりで遊んだことってあったっけ、と。

 勢いで会うことができなかったせいで、僕自身も、緊張を覚え始めていた。



 本屋で立ち読みをして、八葉は二階の吹き抜けから一階の椅子を眺めた。新太は、相変わらずそこに座っていた。

 服屋を巡って、八葉は二階の吹き抜けから一階の椅子を眺めた。新太は、相変わらずそこに座っていた。

 食事を取りたいのか、腹をさすっている。

 八葉の手提げ鞄の中には、手作りのサンドウィッチが入っている。それを渡せれば、と八葉は思う。

 けれども、自信がないのだ。

 腹が、決まっていなかった。自分の容姿を相手に見せることに、こんなに抵抗が起こるとは思わなかった。

 シンタは、どう考えてもヤツハを過剰評価している。

 ヤツハなんてどこにでもいる引っ込み思案な女の子なのに、それを貴重な相方だと思っている。

 それが、現実を知ったらどう思うだろう。態度が変わってしまったらどうしよう。

 それを思うと、八葉は胸が苦しくなるのだ。

(なんだろうな、この公開処刑寸前って気分……)

 他のメンバーに対してだってそうだった。八葉はゲームの世界ならば、お姉さんぶったりも出来る。けれども、オフラインではそんな度胸もないのだ。

 だから、ヤツハはオフ会に参加したことがないのだ。

 ゲームの中で形作ったヤツハが、理想の自分が、現実の八葉の首を絞めていく。

 どうしよう。そんな思いばかりが頭に募っていく。

 新太は待ち続けている。椅子に座って、時たま時計に視線を向けながら。

 そのうち、彼は本を読み始めた。

 その本の厚さには、覚えがある。君にしか聞こえない、だ。

 八葉は、彼がページを読み進めるのを、しばらくぼんやりと眺めていた。

(私が言った本、読んでてくれたんだ……)

 彼は知らない他人ではなく、間違いなくシンタなのだ。三年間の付き合いがある、大事な友人なのだ。クエストのストーリーを一緒に追ってくれた仲間なのだ。やっと頭の中で、新太とシンタが一致した八葉だった。

 新太が時計を見上げた。そして、本を閉じてバッグにしまうと、観念したように立ち上がる。

 時計の針は、十二時を指そうとしていた。

 シンタを失って良いのか? そんなことを、八葉は思う。

 シンタとの日々を思い出す。楽しい毎日だった。時には二人で冒険し、時には二人で語り合った。そこに、思い出が一つ増えるだけだ。勇気を出すならば、今しかなかった。

 八葉は、弾かれたように駆け出していた。



 僕は、椅子から立ち上がっていた。

 いい加減小腹が減ったので、昼食を食べに行こうと思ったのだ。幸い、広い駅だ。中に食事を取れる店の一つや二つはあるだろう。

 そうだ。この場を離れることをヤツハに一応報告しなければならない。そう思って、パネルフォンをポケットから取り出した時のことだった。

 背後から、僕は服の裾を掴まれていた。

 息を切らせた女性が、そこには立っている。道に迷って困った子供のような、そんな表情をしていた。

 長身の女性だった。僕と五センチも変わらないだろう。顔立ちは絶世の美女と手放しに誉めるほどではないが、適度に整っている。

 少なくとも、僕の目には可愛らしく映った。

「ごめん……ちょっと待って」

 その声を聞いて、僕は思わず表情を緩めていた。

 それは、ゲームの中で、何度も何度も聞いた声だったから。

「走ったの? 足、大丈夫?」

「うん、これぐらいの距離なら、なんとか……」

 やはりヤツハだ。そう思うと、不思議な感動が心の中に沸いてきた。

「本宮新太です。やっと会えたね、ヤツハ」

 女性は、それを聞いて、安堵したような表情になる。

「佐山やつはです。お待たせしてごめんなさい、シンタ」

「ううん、大丈夫」

「私、変じゃないかな。アバタ―とは全然違うし、普通の顔だし……」

「大丈夫だよ」

 僕は、できるだけ短い言葉でヤツハの不安を取り除こうとした。

 元から、美人と会いたかったわけではない。どんな顔であろうと、ヤツハと会いたかったのだ。

「ヤツハって、どう書くの?」

「ええと」

 女性は、呼吸を整えながら、言葉を紡ぎだす。

「漢数字の八に、葉っぱの葉で、八葉。父親が、私が生まれた日に、四葉のクローバーを二つ見つけたから、二人分の幸せを願って、八葉」

「そっか。俺は新年に生まれたから、新太。単純でしょ」

「お互い、単純な親を持ったもんだよね」

 二人して、苦笑した。

 自然と、同じ表情をしている。それが、心地良かった。ゲームの中と同じ、二人の空気が、そこにはあった。

「昼ご飯、食べに行こうとしてたんだ」

「帰るつもりじゃなかったんだ……」

 拍子抜けしたような表情で、八葉が言う。

「だから、バスが来るまで帰れないって言ったじゃんか」

「そっか。そうだよね。馬鹿みたいだ、私」

 八葉は苦笑する。そして、少し戸惑いがちに、僕を見た。

「ねえ。お弁当作ってきたんだけれど、食べる?」

「食べる!」

「知らない人の手料理なんて、気持ち悪くないかな?」

「八葉の料理なら、知らない人の手料理じゃないよ」

「そっか。明彦に作ってけって急かされて、迷いながら用意したんだ」

 そう言って、僕らは並んで座る。

 明彦、という名前には覚えがあった。確か、シュバルツの本名だったはずだ。

「シュバルツさんとは、リアルでも仲良いんだ?」

 八葉が、手提げ鞄から弁当の箱を取り出す。

 それはまるで、市販品のように四角く均一にカットされた小型のサンウィッチだった。

「……お兄ちゃんなの。色々そそのかされて、困ったわ」

「へっ」

 僕の喉から、変な声が出た。

 三年目にして知る、意外な真実だった。

「私のせいで、観光プラン、大きくずれちゃったね」

 八葉が、申し訳なさそうに言う。

「まだ何時間も残ってるさ。普通にあちこち回れる」

「……なんだ、ゲームと変わらないね」

 八葉が、苦笑混じりに言った。

「新太くんは、シンタくんだ。いつも私に気を使ってくれる」

「八葉も、ヤツハだよ。準備が良いし、なんにも変わりゃしない」

「うん、いつも通りだね」

 会話を交わすだけで、たくさんの不安が溶けていく。お互いの緊張が、解けていくのがわかる。

「しかしこのサンドウィッチ、市販品かと思った。本当に出来が良くて吃驚」

「あんまり褒めないで。これぐらい誰にだってできるんだから」

「俺にはできないよ。雑だもの」

「そういうの、やる気がないだけって言うんだよ。ね、本読んでみてどうだった?」

 僕らの会話は、テンポ良く続いた。

 もう、ゲームの中だけの、泡のように消える関係では無いのだとわかったようで、嬉しかった。



「ほらほら、元気出して。私の態度は変わらないから」

 沈んでいる吹雪丸を、キヅが慰めている。

「本当に?」

「本当本当」

「気にしすぎだと思うよー」

 シズクもフォローに入る。

「けど、俺は気になるんですもん。仕方ない」

 吹雪丸は、視線恐怖症の持ち主だったのだ。その影響で、周囲に悪印象を持たれたのではないかと怯えているのだった。

「キサちゃん格好良かったー」

「でしょー」

「意外だったー」

「あんたは面倒見が良いタイプって面してるけど何気に一言多いのよ」

 如月とククリは相変わらずだ。

「結局、介抱してたのは私だったな」

 シアンは勝ち誇ったように言う。

 グリムは苦い顔だ。

「師匠が次から次へ飲ませるからでしょ……。あんなに飲まされたのは初めてです。まだ、胃が重たい」

「美人が隣で嬉しいなーってはりきっちゃったんだろ?」

「んなわけないでしょう。師匠相手に」

 拗ねたように言うグリムだった。

「しかし、あの夫婦はリアルでも仲良かったねえ」

 八千代が、しみじみとした口調で言う。

「本当にねー。二人でいると水を得た魚みたいだったよねー」

 シズクも、しみじみとした口調で返す。

「前々から会ってたのかな? 二人が仲良さそうだったから、私、あまり声かけることができなかったんだよね」

 ククリが、残念そうに言う。シズクは立ち上がって数歩進むと、その頭を撫でた。

「普段から会ってるでしょ、ゲームで。たかがゲームされどゲームってね」

「で、今日はどうしてその二人はいないんで?」

 如月が訊く。

「なんでも、古いギルドの飲み会なんだそうな」

「へー。私も参加したかったなあ」

 八千代が口惜しげに言う。

「知らないギルドの飲み会に参加したがるあんたの勇気を私は評したい」

 シズクは苦笑交じりに、そう語ったのだった。



「私、変じゃないかな?」

 八葉が言う。

「変じゃないよ」

「変と言えば変だがそれはこの手の状況になればいつものことだ、安心しろ」

 僕は励ましたが、明彦は辛らつだった。

 公園で、僕達は時間を待っていた。

 花火が上がる時間を。そして、二人の古い友人が訪れる時間を。

「ああ、落ち着かない。ちょっと、お菓子買い足して来る」

「あー、俺も欲しいもんあるからついてくわ」

 二人が公園を出て行く。

「入れ違いになってもあれなんで、俺は残りますねー」

 声をかけると、二人は手を振って歩いて行った。

 五人で集まるのは、ゲーム内も含めれば久々だが、リアルだけで考えれば初めてのことだった。

 懐かしい思い出が再現されるだろうことに、僕は胸躍らせる。

 そして、僕は待つのだ。四人がやってくるのを。

 変な話だと思う。僕らの関係はゲームから始まった。それが、リアルでも顔を合わせるようになっている。ゲームから始まる友情。そんなものもあるのかもしれない。

 花火が、上がった。

 歌世、ゴルトス、シュバルツ、ヤツハ、そして僕ことシンタ。五人とも、この景色を同じ空の下で眺めているのだろう。

 五人が揃ってそれを眺めるまで、あと少しだった。


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