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ロープレ!  作者: 熊出
16/42

オンラインの外へ

「私達って変な関係だよねー」

 首都の大樹の下で、ヤツハが言う。三時間にわたるクエスト巡りが終わった直後だった。王家転覆を企てる一団と、それを防ぐ一団のストーリーを延々と見続けた僕は、正直くたくただったが、ヤツハは平然とした表情をしている。

「そう?」

「友達で、ゲーム内じゃ夫婦で、メールアドレスも交換してて、けど互いの顔も見たこともないんだよ。こういうのって、オンラインゲームが始まる前だとかなり不思議な関係だったんじゃないかな」

「昔で言えば、文通友達みたいな感じなのかなあ」

「文通友達よりは、リアルタイムで話しているからボロが出るけどね。見栄が張れない」

「違いない」

 ヤツハが暇なことは良く知っていた。僕がある程度暇なことも、ヤツハに伝わっているだろう。

 お互い、毎日ログインしているわけではない。大学にも通っているし、友達と遊んでいる日もある。けれども、接続時間の長さから、暇だということは容易に知れた。

「オフ会する? 歌世さん達でも誘って」

 僕は、提案してみることにした。ヤツハのリアルの姿に、興味がないわけではない。前回行なわれた歌世のギルドのオフ会にも、彼女は不参加だった。

 ヤツハの声が、少し慌てたように高くなる。

「そういう話じゃないよ。歌世さんのリアルって気になるけれど」

「凄い綺麗なお姉さんだったよ。キャリアウーマンって感じ」

「ふうん。見てみたいな」

「けど、オフ会に参加する気はないんだよね」

「うーん、悩みはするんだけれどね。最後には、行かないでおこうってなっちゃうんだ」

 そういう関係もありなのかも知れない、と僕は思う。

 僕らは一時の夢を共有している。夢から覚めれば、後には何も残らない。

「人魚姫だっけ。最後に泡になって消えちゃうのは」

 僕の言葉の意図を察したのだろう。ヤツハは、遠くを見るような表情になった。

「私はなんだか怖いんだ。実際に会って、関係が壊れちゃったらどうしようって思う」

「容姿に自信がない?」

「んー。トークに自信がない。私、根っこは引っ込み思案だから」

「変わらないと思うけどなー」

「そう?」

 僕が淡々と言った言葉に、ヤツハは意外そうな表情になる。

「だって、受験勉強中に俺とメールしてたけれど、話題がなくなったことってなかったじゃん」

「メールと実際に話すのは、やっぱり違うよー」

「違うかなー」

「違う違う。メールは考える時間もあるし」

 ヤツハが苦笑し、僕もつられて苦笑する。

 結局、ヤツハのリアルの姿を見る機会なんてないんだろうな。僕は、そう思っていた。



 それから数日後のことだ。

 ギルド狩りが終わり、酒場傍の裏路地の溜まり場には十人近くのメンバーが集まる。

「さて、次の企画だけど」

 シズクが、いつものように酒樽の上に座り込んで、左右の足を前後に振る。

「オフ会しよう」

「おおー」

 ギルドメンバー達から歓声が上がる。

 僕は、思わずヤツハの顔を見た。微笑んでいるが、表情が少し強張っていた。

「どこでやるの?」

 ギルドメンバーの問いに、シズクは穏やかな表情で答える。

「皆の住んでる地域次第かなー。色々聞いて調整するつもりだよ。ギルドマスターも来るからね」

「おおー」

「実際に会えるね、吹雪くん!」

「ああ、うん、そうだな……」

 弾んだ声のキヅと対照的に、吹雪丸は躊躇うような口調だった。

「キサちゃん、どこ住み?」

「関東。ククリは?」

「関東だ。キサちゃんとは会えるなー」

「おい、来るんだろうなグリムゥ」

「なんか師匠の介抱させられそうですっごい嫌なんですが」

「良いから来いって。お前の面見てやる」

 各々、仲の良いメンバーと、楽しげに相談し始めた。

「ヤツハさんも来るよね!」

 そう言ったのは、八千代だ。彼女は初心者時代に、狩りで出たレアアイテムをヤツハに譲ってもらったとかで、それ以来彼女に酷く懐いている。

「いや、私はちょっと難しいかな」

「えー、私、ヤツハさんと実際に会って話してみたい」

 これは辛いな、と僕は思う。八千代の瞳には、実際のヤツハではなく、理想のヤツハが映っているように見える。それはヤツハへのこれ以上ないプレッシャーになるだろう。

「ねえねえ、行こうよ、オフ会」

 八千代の攻勢は続く。ヤツハが救いを求めるように僕を見た。

「ヤツハは北海道だっけ。遠いよね」

 咄嗟に、僕が嘘をついて合わせる。

「えー、そうなんだ」

 八千代も、他のギルメンも残念そうに声をかけてくる。

「北海道は遠いよね」

「うん、そう。だから、残念ながら、参加できないんですよ」

 ヤツハは安堵したように、そう言葉を紡いだ。



 その後、大樹の下で、僕とヤツハは話し合った。

「ありがとうシンタくん。助かったわ……」

 ヤツハが、どこかぼんやりとした表情で言う。

「いや、勝手に設定作って悪かった。今後、北海道在住ロールプレイしなきゃいけなくなったぜ」

「う、確かにそれは面倒かも……」

「皆と会いたいって、思ったことはないの?」

 僕の問いに、ヤツハはしばし考え込んだ。穏やかな仮面の表情が落ちて、無感情な表情が現われる。

「会ってみたくないかって言われたら、会ってみたい。けど、それで関係が崩れるのも怖いんだと思う」

「案外、変わんないよ。先に友達になってるようなもんだもん」

「変って思われないかなって心配」

「……ヤツハはきっと、オフラインでもさ、優しくて面倒見が良いんだろうなって思うよ」

「そうでもないよ。オフラインじゃ集団行動、苦手だし。いつも、自分のことで一杯一杯で。兄にはずっと子供扱いされてて」

「お兄さん、いたんだ?」

「うん、一人ねー……」

 沈黙が漂う。

 ヤツハのオフラインの姿に、僕は興味を持っていないわけではなかった。

 三年間一緒に語り合った相手。受験の時に、メールで励ましてくれた相手。そして、ゲームの中で自分を大事にしてくれた相手。

 普段はどんな人なんだろう。そんな空想をすることは、あった。

 もちろん、オンラインの姿のように綺麗ではないだろう。透けるような白い肌に、宝石さながらのエメラルドグリーンの瞳。そんな容姿の人と、僕はすれ違ったことはない。

 けれども、それでも良いのだ。ヤツハがヤツハならば、それだけで僕は満足だった。

「……じゃあ、練習に、俺とオフ会してみる?」

「ヤだ」

 その返答の迅速さに、僕は苦笑する。

「なんで即答なんだよ」

「だってさー、ゲーム上で結婚ごっこしてる相手だよー。そんなん恥ずかしいったらないよー」

「結婚つったって、形だけだろ?」

「そりゃそうだけどさー。それで変なムード出されても困るし?」

「……俺って信用ないのなー。そんなムード出さないよ」

 正直、気分が沈む僕がいた。三年間一緒にいてこの程度の認識なのか、と思うと、落胆してしまうのだった。

「それに、俺で慣れとけば、歌世さん達とも会いやすいんじゃないか?」

 ヤツハは、言葉に詰まった。歌世の名前を出せば、彼女が食いついてくることはわかっていた。

「俺はヤツハがどんな容姿でも良いんだ」

 ヤツハは、戸惑うような表情で僕を見る。

「ただ、なんとなく知りたいんだ。普段のヤツハの姿が。どんな人で、どんなことをしてるんだろうって」

「うーん……」

 ヤツハは両腕を組んで考え込む。

「ちょっと、考えさせて」

 小さな声でそう言うと、ヤツハの姿はその場から消えた。ログアウトしたのだろう。さよならの挨拶を忘れるほどに、悩みこんでいたらしい。

(あれは折れるなー)

 僕は心の中でそう思っていた。

 シュバルツ曰く、彼女は意志が弱い。本当は彼女だって、皆のオフラインの姿を知りたいに違いないのだ。



 そして、僕は今、夜行バスに乗っている。

 ヤツハに会いに行くためだ。

 僕と一対一ならまだ気楽だから、とヤツハは結局折れたのだった。なんだかんだで、信頼はされているらしい。それが、少しくすぐったかった。

 高校時代を思い出す。あの頃、ゲーム世界を騒がす事件が起こっていた。それを解決する会議、を口実にしたオフ会が行なわれたことがあった。僕も末席ながらそれに参加させてもらったのだ。

 初めての新幹線。初めて降りる駅。そしてパネルフォンで支払った新幹線の代金。

 今なら、自分のお金で移動ができる。それが、少し誇らしい。

「遠距離に住む二人が出会う作品って言ったら、乙一先生の君にしか聞こえないって短編集を思い出すなあ」

 そんなことを、ヤツハはぽつりとこぼしていた。

 その作品を手にとってみた僕だが、とても綺麗で切ない作品だった。ただ、こういうオチを望まれてるんなら困るな、と思いもした。

「俺はユーガットメールって映画を思い出したよ。メールでやり取りしてる相手は、実はライバル店の店長なんだ。二人は敵対してるのにメール上ではそうとは知らずに励ましあっている」

「自分の身に降りかかるのなら、そういうのは気まずそうで嫌だなあ」

 人のことを言えたものかな、と僕は思う。

「名作だよ?」

 なんにせよ、夜行バスは進んでいく。ヤツハの住んでいる場所へ、徐々に徐々に近づいていく。

 楽しみだった。

 普段、彼女が見ている景色。活動している世界。そこで彼女がどんな表情をしているか。それを知るのが、とても楽しみだった。

 彼女とどんな話をしようか。それを思っているうちに、僕は徐々にうとうととしていき、睡眠の世界に浸かっていた。



 目が覚めると、窓の外が明るかった。見慣れぬ景色の中で、バスが停まる。駅の停留所で、バックを抱えて降りた。

 広い駅の構内は、人ごみで溢れていた。様々な店舗が入っていて、まるでショッピングモールだ。その中の、目立つ金色の時計の傍の椅子に、僕は座り込んだ。

『着いたよ』

 パネルフォンを開いて、僕は簡潔なメールを打つ。

 胸が高鳴ってきた。僕はもうすぐ、ヤツハに会うのだ。三年間付き合ってきた、顔も知らない友達と。

『バス着てないよ?』

 ヤツハの返信は早かった。

『え、駅で降りたよ?』

 僕も即座に返信する。

『終点まで乗らなかったんだ?』

 どうやら、事前の連絡に不備があったようだった。僕は真っ青になった。このままでは、ヤツハに手間をかけさせてしまう。

『駅で待ってて』

 ヤツハの短いメールが届き、僕は両手に体重を預けて天を仰いだ。

(謝らなくちゃな……早速、ワンミス。正直、へこむ)

 どうせなら、ミスのない状態で、笑顔で会いたいものだった。

 そのまま、十分ぐらいの時間が流れた。

 メールが届いて、僕はその内容を確認する。思わず、目が丸くなった。

『ごめん、やっぱり会えない』

 思わず、三度ほどその文面を読み直す。

 僕は慌てて返事を打つ。

『どうして? 俺、そんなに顔が悪い? 服装がよほどダサかったとか?』

 容姿に関して悪くいわれたことはないが、持ち上げられた覚えもない。だから、顔が悪いから会いたくないと言われるのならば多少ショックではあった。

『違うの、そう言うんじゃないの。ただ、やっぱり会えないなって』

 僕は、しばしそのメールを眺めていた。

 やはり、万全に連絡を取り合って会うべきだったのだ。なら、少なくとも相手と会話ぐらいはできただろうに。

 そして、このまま帰れば、僕達の間にわだかまりが生まれることは目に見えていた。

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