桜舞う日3
「シンタくんの支援の腕って、どんなもんなん?」
シズクが不安げにヤツハに声をかけているのが聞こえてくる。
ヤツハは、気まずげに、しかし正直に答えた。
「レベルにしては上手い、と言った感じです。」
「ほー……先行き、暗くね?」
溜まり場には、話を聞きつけたギルドメンバー達が集まってきていた。
「シンタ、頑張ってね!」
「ヤツハさんを取り戻すんだ」
「ヤツハさんに貰ったレアドロップのお返し、まだしてない。ヤツハさんに帰って来てほしい」
「……私より人望あるんじゃない?」
呆れたように呟くシズクだった。
そして、ギルドメンバー達は狩場へ向って歩き出した。辿り着いたのは、旧王家の王墓だ。この地下には迷宮があり、不定形な霧のようなモンスターが蠢いているのだ。
「なにを企んでいるかわからんが、俺の腕には勝てないよ。年季が違う。ね、ヤツハさん」
セロが、自信たっぷりの表情でヤツハに話しかける。ヤツハは、苦笑して返事をしなかった。
まずは、セロが三十分ヤツハと狩ることになった。セロは素早さ上昇の法術をヤツハに駆けると、一目散にダンジョンの奥へと駆けて行く。
ヤツハはその後を追って、駆け始めた。
「あれは素早さにも結構振ってるなー」
シズクが感心したように言う。
「レベル高そうだもんね。移動が早いってことは効率の差も……」
野次馬達が、不安げな表情で二人の後をついて行く。
そのうち、セロが戻ってきた。五匹のモンスターを抱えている。そのモンスターの挙動がおかしかった。このダンジョンのモンスターは動きが遅い。だというのに、今この場にいるモンスターは、駆け足のような速さでセロを追っていたのだ。
「敵に素早さ上昇の支援スキルをかけたんだ」
シズクが、感心したように言う。
「これで飛躍的にモンスターを多く集めることができる」
野次馬達の視線が、僕に向いた。
お前、これに勝つ気なの? とでも言いたげだった。
三十分が終わった。それは、耐久マラソンのような三十分だった。セロは狩りに集中しきり、高い経験値効率を叩き出して見せた。
小技も巧みで、ヤツハに近寄ろうとした敵は全て彼のスキルによって眠りに落とされた。それは、僕のレベルではまだ取れないスキルだった。
「次はお前だ、シンタ。年季の差は思い知っただろう? レベル五十そこそこの聖職者で何ができる」
「……出来るんだな、これが」
僕は、自信に満ちた表情でそう言っていた。
ヤツハは、戸惑うような表情をしていた。
僕はダンジョンを駆け始める。その速度は、セロの動きに比べれば緩慢だ。その後を、ヤツハと野次馬が続いて歩いた。
「この遺跡って、どういうダンジョンだとヤツハさんは思う?」
突然の世間話に、その場にいた全員が戸惑いの表情を浮かべる。
「シンタくん、真面目にやらないと」
「真面目にやるよ。俺達なりに、楽しめれば良いんだ」
ヤツハは、迷うように黙り込む。
敵が三体現れた。それを、僕は抱えて立ち止まる。僕の今のレベルでは、三体を抱えるのがやっとだ。
ヒールをして、必死に自分のヒットポイントを回復する。そのうち、炎の風が吹いて、黒い人型の霧を焼き尽くした。
ヤツハがそのうち、躊躇いがちに口を開いた。一緒に狩りをした日々を、思い出すかのように。
「多分、王様と一緒に、生贄として捧げられた死体が地下に埋まっていると思うの。黒い敵は、その霊だと私は思う」
「根拠はあるの?」
僕は再び、駆け出す。ヤツハは、その後を追う。
「うん、近くの町のクエストで。発掘中に大量の白骨遺体が見つかったってストーリーがあったよ。彼らは死して王を守る戦士なんだよ」
「なら、下層に行けば王がいるのかな」
「いるんだろうね。そういうオブジェクト、見たことないけれど。後々実装されないかな。クエストが進めば、ダンジョンのモンスターの顔ぶれもがらりと変わったりするかもしれないね」
ヤツハの声が、徐々に弾んでいく。
「あれかなー。最後の思い出作りモードに入ったのかなあ」
「やだなあ。ヤツハさんと遊びたい」
「シンター、真面目にやれー」
野次馬達は沈んでしまっている。
そのうち、僕のマジックポイントが尽きた。
「休憩タイムくださーい」
僕の声に、不満の声が次々に上がる。
「そんな簡単にマジックポイント切れるのか……」
「勝負になってなくね?」
「経験値効率じゃ雲泥の差だろうな」
聞こえる声を無視して、ヤツハと僕は並んで壁際に立つ。
野次馬たちの中には、もはや僕に不快げな表情を浮かべている者すらいる。
「今日は座らないんだ?」
ヤツハが問う。
「床、汚そうじゃんか。石とかあって痛そう」
「私も、石とか壁の破片とかで痛そうだなーと思ってたんだ」
「自キャラ可愛さ?」
「結構そういう側面はあるねー」
「自キャラの設定考えたり?」
「そこまでは……ないなあ。私は、私だよ。魔術学校は出てるらしいんだけどね」
「もっと、ヤツハさんの見てる世界を知りたいって、ふっと思ったんだ」
ヤツハは、黙り込んだ。
それまで、ヤツハは一人でその世界を楽しんでいた。クエストに関しては、掲示板などを通じて、意見交換する相手はいたかもしれない。シュバルツのように、攻略に協力してくれる人はいたかもしれない。けれども彼女は、山の町で、一人で座り込んで、その成果をまとめていたのだ。
それを、分けてもらいたいと僕は思った。
彼女の見ている世界を、彼女と同じ知識を持って、彼女と同じスケールで見つめてみたかった。
あの時、無表情になった彼女に言えなかった言葉。それを、僕は口にしようとしていた。
「もっとヤツハさんの知ってる知識とか、ヤツハさんの楽しんでる物の見方とか、知りたいんだ。一緒に、楽しみたい。ヤツハさんと同じ視点で、世界を見てみたい」
「……一緒にクエスト回ってくれたり?」
ヤツハが、穏やかに微笑んで言う。
「うん。ヤツハさんと一緒なら、何処へなりとも」
ヤツハは、考え込むような表情になった。その口が、何度も開いては閉じて、そのうち躊躇いがちに言葉を紡ぎだす。
「シンタくんは、急に消えたりしない?」
初めて、彼女から手を差し伸べられた、という感触があった。
僕は、何事も無かったかのように、その言葉に答える。
「……ヤツハさんが飽きるまで、付き合うつもりだけど? 俺達これでも、年単位で付き合ってる友達だろ?」
「そっか……」
ヤツハは、微笑んだ。幸せを噛み締めているような表情に見えて、僕は少しだけどきりとした。
その後の狩りも、途中途中に休憩を挟みながらで、とてもスムーズな狩りとは言えなかった。
けれども、ダンジョンの設定の話や近隣のノンプレイヤーキャラの話で会話は弾み、ヤツハは楽しそうに笑っていたのだった。上達したね、シンタくん。そんな言葉を挟みながら。
そして、三人と野次馬達は、王墓の外へと出ていた。空に白い雲が流れ、地面に生え広がる草が揺れている。
「風、心地よさそうだね」
僕は言う。
「うん。空気の篭った遺跡から出た直後だから、尚更だろうね」
ヤツハは、上機嫌で言う。
「で、審判を下してもらおうか」
セロが、不機嫌そうに言う。
「どちらが効率を出したか。それは明白だったはずだ。公正に判断すれば、結果は考えるまでもない」
「うん、そうだね」
ヤツハが、僕とセロの前に立つ。
「シンタくん、ありがとう。私に勇気をくれて。私、自分のやりたいことが再確認できた気がする」
セロが、戸惑ったような表情になる。
ヤツハは、セロの前に立った。セロの表情が綻ぶ。それは、一瞬のことだった。
セロの前で、ヤツハは頭を下げていた。
「ごめんね、セロくん。セロくんと遊ぶと、確かに経験値は沢山入る。けど、私はこのギルドの皆や、シンタくんと、楽しく遊びたいんだ。だから、セロくんと遊ぶのは、もう無理だと思う」
「経験値も、金銭も、勢い良く溜まるんだよ?」
セロが、戸惑うように言う。
「それでも、私はシンタくんとの狩りのほうが好みだったんだと思う。皆をもっとクエストに連れて行ったりして、楽しく話しながら狩って、色々な思い出を作りたい。世界の色々な秘密に迫りたい……だから、ここはシンタくんの支援の勝ちにしたい」
野次馬達から歓声が上がる。ヤツハが、セロとの狩よりも自分達を取った。その事実が、嬉しかったのだろう。
「そうか……」
セロは、口惜しげにヤツハに背を向けた。そして、首都へ向って歩き出す。
「なら、最初からそう言ってほしかった」
「ごめん、ごめんね、セロくん」
ヤツハが、セロの後を追おうとする。その手を、シズクが握り締めた。
「生半可な同情は追い討ちになるだけだよ。放置しておいてあげな」
ヤツハはしばし考え込んでいたが、そのうち一つ頷いた。
「しかしシンタ。お前、話して説得すれば良かったんじゃないかー?」
シズクが呆れたように言う。
「話すより早いってこともありますからね」
僕は、苦笑してそう返すしかない。
「それに、ここまでやらないと踏ん切りつかない人もいるし……」
そう言ってヤツハを見ると、彼女は既にギルドメンバー達に囲まれていた。
「また低レベル帯パーティー組もうよ!」
「ギルド狩りで強いほうのキャラも見せてほしいな」
「そうだな、セロさんと組んでたってキャラも見てみたい」
「ねー、黒蜘蛛の巣へ行くって話、宙ぶらりんだよー」
少し困ったような表情だったが、ヤツハは楽しそうにしていた。
「色々なことがあったね」
歌世のギルドの溜まり場で、僕とヤツハは並んで座っていた。
「歌世さんのギルドは解散しちゃうし」
「ヤツハさんは失踪するし」
「三週間ほどいなかっただけだよ」
「期間がわからなかったから、冷や冷やした」
「ごめんよ」
ヤツハは苦笑する。そして、言い返した。
「シンタくんだって、いきなり支援勝負だって言いだしたり」
「……終わってみれば、良い思い出かな」
「ちょっと強引だと思ったな、私は」
「ごめん。けど、あれをやらずにセロと距離を置けたと思う?」
「……否定できないのがちょっぴり悔しい」
「あとは、歌世さんが動画を上げて騒動を起こしたり」
「ああ、あれは吃驚したねー」
僕らは肩を寄せて、笑いあった。その頭と頭が、触れそうになる。
慌てて、居住まいを正した二人だった。
「ねえ、ヤツハさんに、お願いがある」
「なあに?」
「俺の、相方になってくれないかな」
以前よりも、彼女の手は近くにあるような気がした。後数センチ伸ばせば、手と手が触れるほどに。
ヤツハは、返事をしない。僕は慌てて、言葉を重ねる。
「結婚しろとかじゃないんだよ。一緒に遊んだり、新しい町が出来たら観光したり、そういうことを、友達としてヤツハさんとしたい」
本音を言えば、今回のようなことを繰り返したくなかった。友達として遊び続ける、約束のようなものを僕は欲した。
「それなら、相方である必要はないよね?」
穏やかに、ヤツハは言う。
「時期尚早だったかな?」
僕は悔やんだ。先走りすぎた、という思いがあった。近付いたヤツハの手が、また遠ざかっていく。
「相方の件は、ちょっと考えさせてほしい。ううん、本当なら、違う人を見つけてほしいかもしれない。けれども、それまでは、遊びも、観光も、付き合うよ。一緒に、世界を見よう?」
今はこれで、十分かもしれない、とシンタは思う。少なくとも、僕らは一歩前に踏み出せたのだ。
「ああ、見せてほしい。ヤツハさんが見てる、世界を」
また、時間が流れた。
ヤツハと狩るようにもなったが、上位ダンジョンにもしばしば足を伸ばすようになったので別行動をする時間も生まれた。
けれども、最後には僕らはクエストを消化したりしながら話していた。
この世界は思っていたよりも広い。それが僕の感想だった。
街にいるノンプレイヤーキャラ達は、僕の知らないストーリーをたくさん抱え持っていた。ヤツハとそれを知るたび、一つ、彼女に近づけた気がした。
そのうち、新しいアップデートが行なわれる日がやって来た。
新しい町が実装されるとのことで、僕とヤツハはその場に辿り着いていた。
牧歌的な農村といった感じの場所だった。緑に溢れ、あちこちに畑がある。僕らの他にも、ちらほらと観光客の姿が見えた。
「マラソンあるんだって。挑戦する?」
僕は問う。
「いや、シンタくんが挑戦すれば良いよ。私は、素早さに振ってないし。けど、歌世さんがいたら凄いタイムを叩き出していただろうね」
「違いない」
僕らは、笑い合う。自然と笑顔が重なることが、この頃には当たり前なっていた。
「ノンプレイヤーキャラの会話収集は後回しにして、ちょっと行きたいところがあるんだ。いいかな?」
「ああ、いいよ」
返事を聞いて微笑むと、ヤツハは歩き始めた。その後を、僕は追っていく。
会話収集が後と言うことは、クエスト攻略も、世界観の確認も後回しと言うことだ。彼女らしくないな、と僕はぼんやりと思う。
二人は、森の奥へと進んで行った。
そして、それと遭遇した。
それは、湖だった。日差しが湖面を輝かせている。
「うわあ、綺麗だなあ」
僕は思わず呟いていた。
「掲示板で情報を得てね。ギルド企画で来る前に、君と来たいと思ってた」
二人は、しばらく黙ってその光景を眺めていた。木々のざわめく音だけが、周囲に響き渡っていた。僕は湖面に近付いて、その水を手ですくった。
「私は、間違っちゃったんだ」
ヤツハは、呟くように言う。
「ん?」
僕は湖面から手を引いて、立ち上がった。
二人の男女が、向かい合う。
「シンタくんはいきなりいなくならないよね、なんて、言うべきじゃなかったんだ。だから君に、相方なんて、望みを持たせた」
「その話か……。人を振った話を蒸し返さないでくれよ」
僕は、苦笑するしかない。その時の話を思い出すと、未だに照れくさいのだ。
「違うんだ。シュバルツに言えって言われたけど。本当は、違うんだよ」
ヤツハは、湖面に近付いていって、しゃがみこんだ。
しばしの沈黙が、二人を包んだ。
彼女は、何かを言おうとしている。僕は、それを黙って待った。
「昔々ね、あるところに女の子がいたの」
ヤツハは言う。その言葉に、僕はたたじっと耳を傾ける。貴重なものを、聞こうとするかのように。視線は、ヤツハの黒いローブの背中を眺め続けた。
「女の子はバスケが大好きで大好きで、暇さえあればバスケをしてたわ。けど、無理が祟ったの。女の子の膝は、ガラスの膝になってしまった」
「……足、痛むの?」
「無理をすると、痛む。だから、前衛みたいに足捌きが重要な職は絶対に作ってあげられない。熱中していて痛くなったら、やっぱり悔しいだろうし」
だから、とヤツハは言葉を続けた。俯いて。
「私は、誰かの相方にはなってあげられないんだ。前衛とかで組んであげられないし。私が出来るのは、魔術師だけ。だから、その技術だけをとことん突き詰めた」
「……それは、ヤツハさんにとっては、重要なことなんだと思う」
僕は、シュバルツの声を思い出していた。ヤツハのことを託すと、彼は言ったのだ。だから、こんなところで挫折しているわけにはいかない。
「けど、俺にとっては、そこまで重要なことじゃないな。良いじゃない、魔術師一辺倒で」
「嫌だよ。相方に制限をつけることになる」
「好きで魔術師しか作らないって人だって、絶対この世の中にいるって」
僕は苦笑して、ヤツハに手を伸ばした。今まで遠かった彼女の手が、今日は酷く近くに思える。
それはそうだ。彼女だって、離れる気があるならば、こんな打ち明け話などしなかっただろう。今こそが機なのだと僕は思った。
ヤツハの手に、僕の手が触れた。そして、僕は彼女の手を強く握っていた。
「シンタくん?」
「立ち上がって」
言われるがままに、ヤツハは立ち上がる。そして、僕はヤツハの腰に腕を回していた。
「……人が見たら誤解するよ?」
「大丈夫。ゲームだ、ゲーム」
「何しようとしてるの?」
「ダンス」
ヤツハは、黙り込む。
「マラソンは無理かもしれない。けど、スローテンポのダンスは踊ることができるだろう? 俺には、それで十分だ。スローテンポなダンスが無理なら、並んで一緒に空を見るだけでも良い。それでも、良いんだ。俺は、ヤツハさんだから、相方になりたいと思った。他の人より、ヤツハさんが良いと思ったんだ」
ヤツハは、考え込むような表情になった。そのうちそれが、吹っ切れたような微笑顔になる。
「踊ろうか」
「うん、踊ろう」
「テンポは?」
「一二の三で」
「うん、わかった。未経験だけど、やってみる」
「じゃあ、行くよ」
「いっせーのーでっ」
二人はお互いに、逆方向に踏み出して、お互いの手を引っ張りあった。そのまま硬直状態になる。
そのうち、ヤツハの肩が震え始めた。
泣いているのだろうか、と僕は不安になる。そんなことを考えていたら、僕は湖に突き落とされていた。
「あははははは、あはははは」
ヤツハは珍しく、声をあげて笑っていた。
「おっかしい。逆方向に行くんだもん」
「逆方向に行ったのは、ヤツハさんだ」
湖に浮かびながら、僕は苦笑顔で言う。
「そうかな? ちょっと緊張したのかも」
「先生、勘違いで水浸しは酷いと思います」
「先生にもミスはあるのです」
冗談交じりに言って、ヤツハは僕に手を差し出した。
僕は、その手を握る。二人の手が、しっかりと重なった。
そして、僕は湖から引き上げられた。
「ねえ、シンタくん」
ヤツハが、躊躇いがちに聞く。
「なに?」
「シンタくんの相方さんになって、良いのかな」
「……シズクさんが言うには、君達のとこは事実上相方だよねって」
「そんなこと言うんだ、シズクさん」
ヤツハは、苦笑する。
「元から、相方みたいなもんだよ」
「そっか……」
ヤツハは微笑んで、僕の頬にキスをした。
「よろしく、私の頼りになる相方さん」
「よろしく、この世界に詳しい相方さん」
「……やっぱさ、お互いの知り合いを呼びすぎるのは間違っていたよね」
ウェディングドレス姿のヤツハが、苦笑交じりに言う。
「似合うよ、ドレス」
僕は、そんなことを言っていた。
ヤツハの黒い髪は、白いドレスに良く映えた。
「実は君、私のアバターが好きだね?」
「否定はしない」
急にいなくならない、という約束は果たせた。
けれども、僕はこの世界に居続けることができなかった。リアルで大学受験の準備をする段階に至ってしまったのだ。
そうなると、接続もままならなくなる。
ならば、また遊ぶという約束のために結婚しよう。そう言い出したのは、珍しいことにヤツハだった。
そして二人は、バージンロードを歩いている。
「おめでとうー!」
「幸せになれよー!」
スイやアメノシズクのメンバー達の祝福の声がする。
「ちゅーしろちゅー」
久々にログインした歌世が、扇動してからかいの言葉を周囲から引き出している。
それに便乗して、こんな声もする。
「リア充は敵だー」
「爆発しろー」
「何やってんだあの人……」
「歌世さんらしいじゃない」
ヤツハは、苦笑するばかりだ。
そして周囲には、サーバートップクラスの対人ギルド、スピリタスのメンバーがぎっしりと集まっている。このギルドのマスターとは、ヤツハも僕も面識がある。冗談みたいな話だが、共闘した経験もあるほどだ。それがどういうわけか、ギルドメンバーを集めて盛大に祝ってくれにきたのだ。
「歌世、こういう時ぐらい静かにしなさいよ!」
そう叫ぶ、スピリタスのマスターリヴィアも十分に騒がしい。
バージンロードを進んだ先には、シュバルツが本を片手に待っていた。
「では、誓いのキスを」
「なんか盛大に省きましたね?」
「皆それを期待してる」
僕らは顔を見合わせて、苦笑して、顔と顔を近づけた。
色々な記憶が蘇る。出会った時の記憶。彼女がボスを倒す姿に感嘆した時の記憶。メールアドレスを交換して、やりとりした時の記憶。首都で徐々に距離を縮めた記憶。
随分、長かったように思えた。
唇と唇が、触れ合った。
その時のことだった。
桜の花びらが、画面内に舞った。
「すげー、新しいシステムか?」
「こんなの、聞いたことないぜ」
桜の花びらは、祝うように風に乗って周囲を舞っていく。
「……一年は長いけど、待ってるよ。桜が散って、次の桜がまた舞う頃まで」
ヤツハは、穏やかな表情で言う。
「別に、他の誰かと遊んでいても、離婚してても怒らないよ。一年って、それぐらい長い」
「誰かと遊びはするだろうと思う。けど、期間が設定されているなら、待つよ。君は、私だから良いって言った。私もね、君だから安心できるんだ。大事な、私の友達だから」
僕は手で顔を覆った。
「どうしたの?」
ヤツハが不安げに訊ねてくる。
「なんか溶けそうになった。今、顔見られたくない」
「浮かれすーぎ。リアルで結婚したわけじゃないんだから冷静になりなさい」
「はい」
「さ、これだけ面子が揃ってるんだ。狩場荒らしに行くぞー!」
歌世が叫ぶ。
「良いですねー。上級ダンジョンも行けそうですね」
シズクが冷静に分析する。
「スピリタスの戦力があれば大抵の狩場は蹂躙できる。そういう自負はあるつもりです」
リヴィアが淡々と言う。
「え、あんたもついてくんの、二次会」
「悪い?」
歌世のからかいに、リヴィアは苦い顔になる。
賑やかな結婚式は、長い二次会に入るようだった。
「それじゃあ、俺も行こうかな」
僕はタキシードを脱いで、盾や狩り用の服をアイテムボックスから取り出している。
「私はしばらく残るよ。色々考えごとをしたい」
「付き合おうか?」
「ううん、良いんだ。一人で、考えなきゃいけないんだよ。これからは私達は、一年そうしなきゃいけないでしょう? それに」
ヤツハは、悪戯っぽく微笑んだ。
「この桜の花を用意した、このゲームの神様とも、少し話をしたいから」
「……そうだな」
僕は苦笑する。
「また一年後ね、シンタくん」
「おかえりって出迎えてくれるって信じてるよ、ヤツハ」
お別れの言葉は、少し切なかった。
「いるんでしょう?」
誰もいない結婚式場で、ヤツハは誰もいない空間に声をかけていた。先ほどまでの賑やかさが嘘のようで、それが少し寂しかった。
そこに、赤い髪の、エルフ耳の少女が現われた。
「ばれてたか」
「そりゃあ、桜の花びらなんて舞わせれば、ね」
ヤツハは苦笑する。
プログラムに干渉してそんなことをできる存在を、ヤツハは一人しか知らない。いや、一人と言う分類に当てはまるのかも怪しい存在ではあるが。
「やっぱり、結婚システムは実装して正解ね。人が戻って来る理由になる」
「そうかな。戻って来るとは限らないと思うけれど」
「人間はややこしいね。てっきり貴女は、帰ってくることに期待して結婚をしたんだと思ったけれど」
「人間にはリアルがあるからねー。リアルで楽しいことを見つけて、ゲームにログインしなくなる。そんなことだって、ある」
「そうか。なら、私の敵はリアルって奴なんだなあ」
少女は腕を組んで、真剣に考え込む。
それが可愛らしく見えて、ヤツハは少しだけ笑う。
「全ての時間には、終わりがいつかやってくる。この世界だっていつか終わるわ、アリサ。終わる時は、一瞬なんでしょうね、きっと」
少女は反論しない。反論の言葉を考えているが、思い浮かばないようだった。
「それなら、アンケート。なんでこの世界にいることを望んだの?」
「……好きだから、としか言いようがないなあ。この世界にいる人も、物語も。嫌な人とか、怖い人もいたけれど。最終的に歌世さんやシンタくんに辿り着けた」
「結局、人との繋がりがMMORPGの醍醐味か。なら、いかに人を留めるかだよね」
「……貴女は賢いね、アリサ」
「人間には敵わないよ、ヤツハ。なら、私はそろそろ行くね」
「悪戯しに?」
「二次会の様子、観察してみたい。皆、楽しそうにしてるだろうから」
「……私も混ざりに行くかな」
ヤツハのウェディングドレスが、漆黒のドレスに変わる。黒いとんがり帽子とローブが現われ、それを彼女は身に纏う。
それを見守ると、エルフ耳の少女はその場から消えた。
(寂しいな……)
ヤツハは、心の中で一人呟いた。
(思ったより、寂しい。けど、慣れていくとは思う)
感傷に浸っているな、とヤツハは自嘲する。
「さて、賑やかに行くか」
自分を奮い立たせるように言うと、ヤツハは歩き始めた。賑やかに遊んでいるだろう二次会のメンバー達の下へ。




