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ロープレ!  作者: 熊出
12/42

桜舞う日2

 それから、ヤツハはセロと狩る時間が増えた。

 増えたというより、ログインしている時間はほぼセロと狩っているようだった。二人で出かけて行って、帰ってくるとすぐにログアウトする。そんな日が、増えた。

 ギルドメンバーも、レベルの高いセロの前では遠慮があるようで、ヤツハを誘わないようになったらしい。ある意味で、彼女はギルドから浮きつつあった。

 上級ダンジョンで躓いて、ヤツハとも会う時間がなくなった。茫洋とした時間を、僕はギルドメンバーと遊ぶことで埋めていた。

 なんだか、ゲームの中の全てを失ってしまったような気分だった。目標も、古くからの友達も、握りたかった手も、目の前から消えた。

「なんか悪いことしたね」

 ある日、溜まり場にいる時に、シズクが沈んだ表情でそんなことを言った。彼女は酒樽に座っているが、その足は止まっていた。他に、メンバーはいない。

 彼女が何を言いたいかはわかっていたので、僕は苦笑した。

「……良いんです。これが普通のギルドってものなんですね。新しいメンバーは常に増えて行って、どんどん新しい関係が広がっていく。良いことなんだと、思いますよ」

「無理すんなよ……」

 シズクは、拗ねたように言う。

「正直、セロくんにはギルドとしても困ってるんだ。ギルド狩りとか、他のギルメンとの交流とか、しないし。これじゃあ、ヤツハさんを引き抜くために来られたみたいだ。ヤツハさんが評価高かったから、なおさらねー」

「ヤツハさんの評価が高いのは、わかる気がします」

 ヤツハは面倒見が良くて、周囲に優しい。僕も初心者の頃は、装備を貰ったり、首都に連れ出してもらったりして、お世話になったものだった。

「初心者にレアドロップを譲ったり、ゲームの知識を教えたり。下手などっかなサブマスターより面倒見が良いって評判だ」

 自嘲するように、シズクは言う。

「……それに、引き抜かれるだけの腕がありますからねー。レベルも」

「けど、仲が良いのはシンタくんだ」

「気休めはよしてくださいよ。今思えば、一緒に狩りに行っても、教えてもらってばかりだった。同レベルの人と遊ぶほうが、楽しいと思います」

「本当に、そうなのかな?」

 シズクが、疑わしげに言う。

 ヤツハと一緒に狩りに行った時のことを思い出す。あの時は、まず叱られたものだった。

「上級ダンジョンの動きが身につきすぎてるよー。レベルの低い聖職者と魔術師じゃ同じことなんて出来ないんだからー」

 反省して動きを改めると、彼女は上機嫌に微笑んだ。

「うん、良く出来たね。上手だよ、シンタくん」

 そのうち、二人はダンジョンの壁に背を向けて休憩に入った。僕は壁に背をつけて座り込み、ヤツハは壁から背を離して立っている。

「……なんか、凛々しいな」

 僕は、立っているヤツハを見上げてそう言っていた。

「そう?」

「立ち姿が、そう見える」

「ああ、湿気が酷そうな壁だと思ってね。濡れちゃいそうだから」

 僕は慌てて立ち上がる。

「え、そういうシステムあるの? 濡れて冷えると耐久力がダウンするとか?」

 慌てた僕を見て、ヤツハは滑稽そうに笑った。

「ううん。そういうイメージのダンジョンだなって思っただけだよ。イメージするって、面白いじゃない。例えば、この町にはどんな人が住んでいるのかな、とか。このダンジョンはどういう経緯で出来上がったのかな、とか」

 そういえば、彼女はクエストを巡るのが趣味だった。それも、この世界を知る一環なのかもしれない。

「ロールプレイングゲームで、ラスボス付近の町にいる住民はどうして平気で生きていられるのか、とか?」

「あはは、そういうのも面白いけれど、話の都合もあるだろうね。そもそも、ロールプレイって役割を演じるってことだから。せっかく役割を演じるゲームなら、世界観も詳しくなっておきたいよね。だから私は色々なクエストをするんだー」

 そう言って微笑むヤツハが、僕にはなんだか貴重な存在に見えた。

 きっと多数の人が、そんなことを気にも留めないだろう。このゲームは、レベルを上げて敵と戦うことがメインだ。ストーリーを読み進めるクエストは、オマケでしかない。けれども彼女は、そんな要素に足を止め、愛でている。

 彼女とならば、どんな上級ダンジョンに行っても、喧嘩にはならないだろうと思った。

 いつかは、そんな日が来るかもしれない、とも思っていた。

 まさか、友達として遊ぶことも難しくなるなんて、思ってもいなかった。



 その日、僕は久々に、昔のギルドの溜まり場に来ていた。

 歌世達に会って、会話に混ざりたくなったのだ。酒は飲めないけれど、その場に居ることぐらいはできるはずだった。

 そして、山奥の町の、町外れの草っぱらに辿り着いて、僕は唖然とした。

 黒いとんがり帽子に、黒いローブ。最近、いくら話そうとしても傍に寄れなかったヤツハが、そこにいた。小さな子供のように、体育座りをしている。

 一瞬、僕は声をかけるのを躊躇った。なんとなく、その場から逃げたくなった。

「シンタくん。十歩前進して、右手をむいて」

 不意に声をかけられ、僕は咄嗟に言われたまま行動する。目の前に、ヤツハの姿があった。

「しゃがんで」

 言われるがままに、僕はしゃがみこむ。

 ヤツハが嬉しげに微笑んで、僕の頭を撫でていた。

「久々だね、シンタくん。この場所、良くわかったね」

「子供じゃないよ、ヤツハさん」

 僕は、苦笑するしかない。そして、彼女の隣に勢い良く腰を下ろした。

 久々にゆっくりと聞く彼女の声は、心地良かった。

「たまたま、来ただけさ。皆と話そうと思って」

「うん、私も最近は、ここに良く来てるんだ」

「ずるいな、ヤツハさんは。誘ってくれれば良いのに」

「……待ちぼうけをすることになっても?」

 僕は戸惑って、ヤツハの顔を見た。彼女は、苦笑顔で空を見ていた。

「ここ最近、誰もログインしてないんだ、ここ」

「……数日ぐらい、そんなこともあるんじゃ?」

「一週間、ずーっと。休日ですら。あんなに飲みたがりだった人達が、ぱったりと」

 僕は、黙り込んだ。

 それは、嫌な結末を連想させる言葉だった。

「ずっと続くと思ってたけれど、終わる時なんて、一瞬なのかもしれないね」

 しみじみとした口調で、ヤツハは言った。それが、僕の連想したものが間違いではないことを裏付けていた。

「どうも、歌世さんがログインしなくなっちゃったみたいなの。それで、連鎖的にゴルトスさんとシュバルツも。どこのギルドにも要みたいな人がいて、うちは、歌世さんが要みたいなところがあったから、そういう人を失うとそうなっちゃうよね……」

 ヤツハは苦笑顔を崩さない。無理を、しているように見えた。

 僕なんかより、ヤツハは歌世達と付き合いが長いのだ。何年も前から、ずっと一緒にいた間柄なのだ。

 それを急に失うとは、どんな心境なのだろうか。

「やっぱりわかっていても、寂しいものだね。シンタくん」

 ヤツハは、呟くようにそう言っていた。

「けど、お互い新しい友達だって出来たじゃん」

 励ますように、僕は言っていた。

「……シンタくんは、わかってないなあ」

 ヤツハは、苦笑して立ち上がる。

「ちょっとしばらく、私も接続率落ちるかも知れない。ごめんね、シンタくん」

「待って!」

 僕は、思わず彼女を呼び止めていた。彼女まで、消えてしまいそうな気がしたのだ。

 ヤツハが、驚いたような表情で僕を見る。次第に、その顔から表情が消えて行った。

 作られた穏やかな表情ではない、無感情な表情。それは、初めて彼女が見せた隙かもしれなかった。

「待ったよ……で、なに?」

 かける言葉が出てこなかった。

 彼女に、どんな言葉を伝えられるだろう。

 僕は歌世ほど彼女と付き合いが長くない。

 セロやシュバルツのようなレベルの高いキャラもいない。

 セロみたいなネットワークも持っていない。

 僕は彼女に、何も与えられない。彼女の手を取る、資格はない。

「……行くね」

 最後に見せた彼女の表情は、苦笑顔だった。

 彼女との最後の接点まで消えてしまったような気がして、僕の心は不安に満たされた。



「おい、シンタ」

 アメノシズクの溜まり場で、どうしてか僕はセロと二人きりになっていた。

「なんだよ、セロ」

 セロとは以前、一度話したことがある。その時は、牽制し会うような会話にしかならなかった。

 そんな相手と二人きり。気まずかった。

「どうして最近ヤツハさんはログインしないんだ」

「俺に聞くなよ」

「お前なら知ってるだろうって他のギルメンは言っていた」

「あー……そういう認識なのね、俺って」

「ああ、そうらしい」

 セロは、淡々と言った。それきり、会話が途絶える。

 僕らは互いのことに、まったくと言って良いほど興味がなかった。

 それは、セロがヤツハ以外のギルドメンバーに興味を示していないせいもあったし、そんな人間と親しくなりたいと思えない僕の心境のせいもあった。

 けれども、このまま黙り込んでいるのも精神衛生上良くなかった。

「古い知り合いなのか?」

「ん?」

 僕は、訊ねていた。

「ヤツハさんとだよ」

「昔、港町で一緒になった。その頃、彼女はシュバルツといつも狩りに行ってたよ。レベルが高くて優しくて、彼女達みたいになりたいと思った」

「それで、追いついたわけか。ご立派」

「ああ。今なら、彼女になんでも与えられる。高効率狩場へ行く友達、ネットワークですら」

 自慢されているようで、僕は面白くなかった。だから、投げやりに言ったのだ。

「引き抜けばどうだ」

「試したが断られた」

 セロは、投げやりに言い返した。

 僕らはお互い、やさぐれていた。

「変な話だな。彼女は低レベル帯で狩りをしていたらしい。それで人に優しくて、評判も良い。昔は、ああじゃなかった。もっと、レベル上げにストイックな人だった」

「そんな彼女は想像つかないな」

「じゃあ、お前にとっての彼女はどんな人間なんだ?」

 セロが、面白くなさげに言う。

 僕は、しばし考え込んだ。出てきた言葉は、一つだった。

「ロープレを、楽しんでる人、だよ」

「ロープレ?」

「ロールプレイングゲームの略だ」

「それはわかる。ゲームを楽しんでいるってことは、狩りを楽しんでるってことだろ?」

「お前にゃわからんよ」

 僕は、セロに何も教えなかった。きっと、今の彼女と僕が見ている世界は違うのだ。

 例えば町。そこには色々なノンプレイヤーキャラがいて、その中にある色々なドラマを彼女は知っている。

 例えば空。雲の動きから、彼女は風を感じる。

 例えばダンジョン。その湿気やモンスターの体臭を彼女は妄想する。

 イマジネーションの世界の中を、彼女は渡り歩いている。

 きっと、前のギルドで一人きりの時間が長かった頃から、ずっと。

 彼女と、もっと話したかった。彼女の中の世界観を、教えて欲しかった。

「馬鹿みたいだ」

 僕は呟く。話したいことは山ほどあったのに、後になってからこんなに思いつくだなんて。

「それは俺のことか?」

 セロが苛立たしげに言う。

「違うよ、自分自身のことだ」

 淡々と、僕は言った。

 セロは、不可解げな表情をするばかりだった。

 ヤツハは、それから二週間の間、一度もログインしなかった。歌世のギルドの溜まり場にすら、姿を現さなかった。



「よう!」

 歌世のギルドの溜まり場でぼんやりとしていた時のことだった。

 シュバルツがひょっこりと顔を出したので、僕は思わず硬直してしまった。

「お、鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔してやんの」

 シュバルツは陽気に笑って、僕の隣に座りこむ。そして、僕の肩を抱くと左右に大きく揺さぶった。

「久しぶりだなー。会いたかったぜダーリン」

「僕にそっちのケはないですよ」

「大丈夫、俺もない。女が良い。じゃ、今日は男二人きりだし、理想の女の話でもするか」

 まるで、しばらくログインしていなかったことが嘘のようだ。彼は昨日まで平然と顔を合わせていたかのように、普段通りに会話をする。

「まずはー、社交的な女が良いな」

 シュバルツは何が楽しいのか、上機嫌に言い始める。

「自分の中でなんでも勝手に決めて何も言わずに行動に移す女は嫌だな。あと、意思が強い女が良い」

「その二つって、相反してません?」

「してないぞー。要はこっちに話してから行動に移ってくれれば良いんだ。後は好きに暴走しようと気にしない」

「ぐいぐい引っ張ってくれる人が好きなんですかね?」

「そうなるのかな? そこを踏まえて聞くんだけど、ヤツハの何処が良いの?」

 シュバルツの言葉に、僕は絶句する。この人はなんで平然とそんなことを訊けるのだろう。

「あいつは内向的で、勝手に決意して勝手に行動に移して、その癖意思は弱い。時々軌道修正してやらんと心配になるようなお子様だ」

「そんなことないですよ。優しくて、いつも周囲に気を使って……。立派な大人だと、僕は思います」

「立派な大人が、拗ねてこんなゲーム辞めてやるって塞ぎこむかね」

 シュバルツは、優しく微笑んでいた。僕は、思わず言葉を失う。

「……拗ねてるんですか?」

 そんなヤツハ、僕には想像がつかなかった。彼女はいつも、穏やかに微笑んでいたから。

「ああ、盛大に拗ねてる。皆いなくなるし、シンタくんとはなんか気まずいし、こんな状況嫌だって。普段通りに笑って、普段通りに友達と遊んでいても、引っ掛かりが取れないらしい」

「別に、僕とは気まずくなってないと思うけど……」

「そうか? ヤツハに訊いた話だと、なんか気まずいって話だったけど」

「……別れ方は、ちょっと気まずかったかもしれないけど」

「なら、それを気にしてんだなー。もしくは、お前が意識されてるか、だ」

 そう言えば、セロが現れるまで、ヤツハと一番長く遊んでいたのは僕だったのだ。それを急に放置する形になったのだから、ヤツハとしては気まずい思いがあったのかもしれない。

 風が吹いて、二人の髪を撫でていく。

「セロの誘いさ。あいつ、断りたいんだよな」

 シュバルツの言葉に、僕は驚いた。

「だって、超上級ダンジョンですよ? 一緒に組める相手もいる。悪いことなしじゃないですか」

「けど超上級狩場は慌しくて、鉄板パーティーだとともかく作業になるからな。あいつ、今はレベル上げる理由もないから。毎日行くってのはしんどかったんだろう。けど、ギルドメンバーの誘いだから、断れずに結局またついて行く。そして、最後は逃げるようにログアウト。なんでも口で言えば良いのにな」

 僕は黙り込む。そんな可能性、考えてもいなかった。

「本当のあいつは、慣れた友達とのんびりした狩りをしたいんだよ。低レベル帯はそれに上手くマッチしたらしいな。シンタや新しいギルドの皆と狩るのは楽しいって言ってた」

「昔は、レベル上げにストイックだったって聞きましたけど」

「ああ、それな。特定のレベルにならないと解放されないクエストっていうのがあるんだわ。あいつ、クエスト研究所ってサイトの五割を更新しているって言われる廃人更新魔だからな」

「そうなんですか?」

 心のどこかで、納得した思いの僕がいた。ヤツハが一人で作業している時間、それはクエストに関する情報をまとめている時間だったのかもしれない。

「そうだよ。その沽券にかけても上位クエストの攻略をしたかったんだろう。だから、狩りを頑張っていた時期もありました」

 シュバルツは、淡々と言う。

「……ヤツハさんってもしかして、高効率狩り、苦手……?」

「どっちかって言うと、組む相手次第かな。レベル上げたい時はがーっと上げるタイプではあるが。好きなら、それ向けステータスにしてるよな。素早さ高めて、走れるようにして。けど、あいつはそれをしない。そこに、ステータスじゃ言い訳が効かない相手が出てきちまったわけだ」

「じゃあ、今のヤツハさんは、ゲームを楽しんでいないってことなんですか? なんで?」

「……シンタくんは、わかってないなあ」

 そんな彼女の言葉が、脳裏に蘇った。

「だから、ギルメンに誘われたからだろ。断れないんだよ、あいつ。セロが頑張ったのを見て、可哀想とも思ってるのかもな」

「そんなの、言わなきゃどうしようもならないじゃないですか……」

 シュバルツは苦笑顔になる。その通りだと、思ったのかもしれない。

「なあ、シンタ。ここで分岐点だ。ヤツハのメールアドレスは知ってるな?」

「知ってます」

「お前がどういう判断を下すかで、ヤツハが逃げるか、戻れるかが決まる。お前があいつを気に入ってるなら、何か考えてやれ。どんな言葉でも良い。俺は、お前に託しに来たんだ」

 シュバルツは、優しい目をしていた。まるで、これでお別れだとでも言うかのように。

「いつまでもヤツハの面倒は見ていられない。だから、お前に託そうと思う。こっから先は、お前次第だ、シンタ」

 そう言って、シュバルツは立ち上がると、伸びをして欠伸をしながらログアウトして行った。

 後には、誰も残らなかった。

 最初から、その場には何もいなかったのかのように。

 僕は、なんとなく胸が締め付けられるのを感じていた。

 長く馴染んだこのギルドが、既に終わっていることに、気がついてしまったからだ。

 この場所で、毎晩のように酔っ払い達が騒いで、会話を楽しんだ。それは、もう過去のことだった。



 メールの文面を考えるのに、一週間を要した。

 長すぎても鬱陶しいし、短すぎても意図が伝わらないと思ったのだ。

 ただ、長く所属した歌世のギルド。最後に残ったのは、僕とヤツハだった。だから、僕が彼女と必要としているように、彼女もイグドラシルの世界で僕を必要としているという予感はあった。それは、自惚れだったかもしれないが。

『久々にログインしない? もっとヤツハさんの話すゲームの世界のことを聞きたいな』

 そう書いて、僕はメールを送った。

 すぐに、返信が届く。

『セロくんに誘われるから、無理だと思う』

『大丈夫だよ、名案が思いついたんだ』

 今度の返信が届くまで、しばし時間があった。

『名案?』

『そう。全部解決する、名案。ヤツハさんにも、覚悟を決めてもらわないといけないけれど』

 今度の返事が来るまで、三十分の時間を要した。

『三十分後にログインする』

 短い文章だった。ただ、未来に繋がる道は開けた。

 僕は、溜まり場でヤツハを待つ。その場には五人のギルドメンバーがいて、その中にはセロもいた。

 溜まり場に光が走り、人の形をなす。黒いとんがり帽子に黒いローブ。エメラルドグリーンの瞳に白い肌、長い黒髪。ヤツハが、そこに立っていた。少し、緊張しているような面持ちだった。

 久々に見た彼女の姿に、心が弾んだ。

 セロの表情が綻ぶ。

「ヤツハさん。今日も仲間呼んで、高効率狩場に篭ろうぜ!」

 ヤツハは穏やかに微笑んでいる。その表情に、少しの陰りがあるのが、今ならばわかった。

「待った。ヤツハさんは、俺と約束がある」

 セロとヤツハの間に、僕は入り込む。そして、こう宣言した。

「ヤツハさんと狩りたいなら、どっちが聖職者として上か勝負をしよう。勝ったほうが、ヤツハさんと今後狩る。それでどうだ」

「……その低レベル帯で、そんなことを言えるのかい?」

 同情するように、セロは言う。

「ああ、レベル帯は関係ない。支援の腕を競う勝負だからな」

「ちょっと」

 ヤツハが、戸惑うように僕の肩を引く。

「名案って、これなの?」

「ああ。これ以上ない、名案だよ」

 僕は、そう答えた。

「相手のレベル、知ってるの?」

 ヤツハは最早、責めるような口調だ。

「知らないよ、そんなの。関係ないだろ」

 僕はそう言って、強気に微笑んで見せたのだった。

「……関係すると、思うけどなあ」

 ヤツハは、どこか情けない声で言った。

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