眺めているだけじゃあ
二、眺めているだけじゃあ
二学期が始まって数日経った、ある日の放課後のこと。航と博仁はいつものように部活に精を出していた。新人戦まではおよそ一か月。練習にも熱が入る。航たちと同様、真奈美も新人戦に向けて練習に汗を流していた。
そんな中、一人文化部の由紀だけが、三人とは違う放課後を過ごしていた。その日、由紀は特にすることがなく、教室の窓からぼんやりとグランドを眺めていた。グランドでは陸上部、野球部、サッカー部が各々熱心に練習している。
その中に、陸上部の博仁の姿を見つけた。短パン姿の博仁は、教室で見るよりも一段と凛々しく見える。どうやら短距離スタートの練習をしているようだ。
由紀が博仁のことを意識するようになって、既に二か月は過ぎようとしていた。何事にも積極的な由紀が、博仁への恋だけはオクテになってしまっていた。自分から博仁に声を掛けることが出来ないのだ。
思えばこの夏もいろいろなことがあったが、それらは全て博仁の方から声を掛けてくれたものであった。プールもそう、博仁の誕生日会もそう。盆踊りもそう。
そして、このまま博仁のことを見ているだけでも充分だ、と思う気持ちと、もっと博仁と仲良くなりたい、と思う気持ちとの狭間で、由紀の心は揺れていた。
「だめだなあ、私」
由紀が独り言を呟いた。眼下では、博仁が親友の航と何やら話をしているようである。いつも仲の良い博仁と航。由紀は航のことが羨ましくもあり、妬ましくもあった。博仁の隣に私がいることが出来たら…。由紀は深くため息をついた。
しばらくすると、校内に下校のチャイムが鳴り響いた。
「さてと、そろそろ帰るかな」
そう言うと由紀は荷物をまとめて、学校を後にした。
学校からの帰り道は、大抵一人だった。時々一緒に帰る友達がいるが、いつもは部活があるのでもっと遅い時間になる。由紀は、歩きながら先日の真奈美の言葉を反芻していた。
『何かいい作戦を考えないとね』
作戦と言われても、何も思い浮かばない由紀にとって、頼りにしているのは親友の真奈美である。真奈美ならきっといい作戦を考えてくれるに違いない。今は真奈美の言葉に期待しよう。由紀はそう思い直し、一人家路へと着いた。