新人戦
十、新人戦
そして秋の新人戦がやって来た。航はこの大会、いつも以上に気合が入っていた。初めて優勝が狙える位置にいるからだ。真奈美との恋も大切だが、今はそれ以上に部活に精を出していた。
博仁は、というと、こちらもいつも以上に練習に熱がこもっていた。博仁の専門である二百メートル走は、この地区だけでもライバルが多く、博仁は入賞争いかどうかと言ったところだった。それでも過去最高の順位を獲得するべく、毎日懸命に汗を流していた。
そして大会当日、いつものように航が一人グランドでウォーミングアップをしていると、少し遅れて博仁たちがやって来た。博仁が航に声を掛ける。
「おはよう。相変わらず航は早いな」
航が返事をする。
「おはよう。お前だっていつもより早いじゃんか」
博仁が持っていた荷物を、航の横に置きながら言った。
「そりゃ三年生がいなくなって、初めての大会だからな。気合も入るってもんさ」
航が黙々とウォーミングアップを続けながら言った。
「今日は、櫻木と永井は応援に来ないのかな」
博仁が答える。
「二人揃ってくるって言っていたぞ。なんだ、お前永井に来て欲しいって頼まなかったのか?」
航が照れくさそうに言った。
「話す機会が無くてさ…。言いそびれたんだ。そっか、来てくれるのか」
博仁が呆れた口ぶりで言った。
「なんだ、情けない奴だなあ。せっかくの晴れ舞台なのに、応援を頼まないなんて」
航が聞き返す。
「晴れ舞台ってなんだよ?」
博仁が言った。
「この大会で優勝するってことだよ」
航が言いごもる。
「優勝なんて…。俺には無理だよ」
博仁が航の肩を叩き、そして言った。
「そんなこと言って。密かに狙っているんだろ?優勝」
すると、航が小さく頷いた。優勝なんて無理だ、と思いながらも、この大会が絶好のチャンスであることを、航自身が自覚していた。逆に言えば、今日優勝できないようなら、この先も優勝できない可能性が高いということになる。欲のない航でも、このチャンスだけはモノにしたい。その気持ちを博仁は見抜いていたのだ。
博仁が言った。
「永井に格好いいところを見せないとな。お互い頑張ろうぜ」
「うん」
航は力強く頷いた。そして、入念にウォーミングアップを続けたのであった。