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北野みちるのドロップキック

掲載日:2015/08/11


 俺が初めてアイツからドロップキックを食らったのは、小学五年生の夏休み中のことだ。みんみん蝉の大合唱。空に浮かぶ分厚い雲。次々と滴り、べたつく汗。


「うっわ。本当に何もないな、この田舎」


 東京から母親の実家があるドのつく田舎に引っ越してきて、これから先のド田舎ライフに胸アツな予感が隠せない。ワクワクが百倍だ、あ~あ。そう思っている時だった。


 引っ越し作業に子供は不要と言われ、辺りを探索してこいと命じられた。その言葉に従い、そこら辺を都会モン丸出しで適当にうろついていると川を発見。


「川……か」


 水がある所なら少しは涼しいかと思い、光を溶かしこんで流れているような浅い川を、川辺に立って一人眺めていると、


「どぉぉっりゃぁぁぁあ!?」


 女の子の叫び声が聞こえた。直ぐ後ろで。同時に背中に今まで体験したことのない衝撃が走り、まぁ簡単にいうと俺は吹っ飛んでいた。


「うわぁああぁぁぁぁああ!?」


 結果、川に頭から突っ込んだ。全く訳が分からない。田舎の川辺に立ってたら、いきなり川にダイブだ。どんだけ元気なんだよ俺は。田舎大好きか!?


 慌てながらも何とか水から顔を上げ、振り返る。当然、服はびしょ濡れだ。

 するとそこに、アイツがいた。


「ようこそ! この素晴らしき、ド田舎へ!」


 悪ガキそのものの顔で、笑みを浮かべた少女が。細い体に無尽蔵なエネルギーを秘め、やたらと白いワンピースが似合う、真っ黒に日焼けしたアイツが。


 俺は呆然としながらも、前後関係から、いきなり現れた正体不明の女によって川に落とされたことに気付く。初対面とか関係なく、烈火の如く怒り出した。いきなり川に落とすとか、何考えてんだよ! ふざけるなよお前!? 


 だがソイツは、キャンプファイヤーでも眺めているかのように、涼しい顔をして応じようとしない。あまつさえニヤニヤしてやがる。ふざくんな!?


「アンタ、東京から引っ越してきた子よね」


 と、口を開いたと思ったら、そんなことを尋ねてきやがった。


 一瞬面食らったが、こんなド田舎だ、引っ越してくる物好きなんてそうそういないだろう。つまり俺の引っ越しの噂は、あまねく知れ渡っているということか。


「まあ、そういうことよ」


 それでお前は、そんな俺を見つけて川に突き落としやがったと。


「ドロップキックよ」


 は? ドロップキック? プロレスか何かの技の?


「そう、ただ突き落としたんじゃなくて、ドロップキックで突き落としたの。どう? 凄いでしょ」


 ……駄目だ……話が通じない。頭のネジがぶっ飛びまくってる。そこら変に落ちてない所を見ると、随分と前からお失くしになっているご様子だ。


 というか、いきなり見知らぬ女からドロップキックを食らった理由に皆目見当がつかなかった。田舎の風習なのか? それともお前は狂気の苛めっ子なのか?


「挨拶よ」


 目の前の女に尋ねても、そうのたまう始末だ。訳が分からない。


 この短編小説内で、既に「訳が分からない」的な発言は二度目になるが、これからまだまだ増える予感だ。本当に、訳が分からない。あ、三回目。


 俺は肩まで髪を伸ばした眼前の少女を――目鼻立ちは整っているものの、小生意気そうな顔をした女の顔を、信じられないものを見るような目付きで眺める。


 するとアイツは好奇心が凝縮した結晶を、瞳の奥で光らせ、


「自己紹介が遅れたわね。私は北野みちる、アンタと同じ小学五年生。夏休みが終わったら、アンタも私たちの学校に通うことになるんでしょ? 早く川から上がって来なさいよ。皆に紹介してあげるから」


 そう言うと、とびっきりの笑顔をみせやがった。



 ――俺とみちるの出会いは、そんな感じだった。



 両親の離婚。母親に着いて来た俺。母親の実家の田舎での生活。夏の川辺。ボーイミーツガール。青春小説を全速力で駆け抜ける設定の中、最悪の出会いだった。


 以後、俺はみちるからことある毎にドロップキックを見舞われることになる。



 * * *



 二回目は中学一年の、これまた夏の頃だ。田舎の生活にも慣れ、友達も出来た。一緒に住んでいる爺ちゃん婆ちゃんもいい人だし、家も都会と違って無駄に広い。


 だが余りにも不便だった。町までバスで三十分。コンビニだって当然ない。俺が都会の生活を思い出してメランコリーになり、件の川辺で佇んでいると。


「どぉぉっりゃぁぁぁあ!?」

「うわぁああぁぁぁぁああ!?」


 川へと向かってぶっ飛ばされた。


 小石ざくざくの川辺なのに、足音は聞こえなかった。つまりみちるは俺が佇んでいるのを見かけると、繊細な足取りで近づき、豪快にドロップキックに及んでいるということだ。忍者か!? 外国人に大人気か!?


「な~に、ショボくれてんのよ。アンタらしくないわね」


 川から立ち上がった俺が、憤然と唖然を絶妙に組み合わせた顔で、傲然な態度を取るアイツを眺める。訳が分からん。何なんだよ、お前は!?


「あ、キュウリ食べる?」


 俺の怒りも何のその。みちるは鞄から瑞々しいキュウリを取り出した。斬新過ぎる展開だなぁ、オイ! 俺は河童か!? 尻子玉争奪戦の不敗の帝王か!?


「ぷっ、何よ尻子玉争奪戦の不敗の帝王って。学校農園から貰って来たのよ」


 漫画なら、ぷーくすくす的な擬音が入る表情で馬鹿にされた後、アイツはキュウリを俺に向かって投げてきた。パシッといい音をさせてキャッチする。


「それ齧りながら、ハリマ屋いくわよ。ついて来なさい」


 ハリマ屋とは、山だらけでコンビニもないド田舎で、ジャンジャンバリバリとパチンコ屋のよく分からないアナウンスのように景気の良い、駄菓子屋のことだ。


 別名、子供の銭巻き上げ屋。俺たちはせっせと、あたかも敬虔な信徒のように、少ない小遣いを巻き上げられるために、日々ハリマ屋に赴いている。


 婆ちゃんがトレーディングカードを仕入れた時、子供たちは戦々恐々としたものだ。この婆ちゃんは、マジで俺たちの小遣いを全て巻き上げに来ている! と。


 ちなみにゲーム機も置いてあり、そのメンテは俺たちの同級生である、通称アクマ君(婆ちゃんの孫だから。そこに苛め的な要素はない)がやっている。


 俺はキュウリを片手に川から上がると、アイツに近づき、頭突きを食らわせた。ふんぬ。俺の石頭を食らえ。みちるの髪の毛の香りにも、ときめく筈がない。


「痛っ!? ちょ、女の子になにすんのよ」


 うるせぇ。お前を俺は女の子とは見ていない。転校して以来、俺を舎弟のように連れ回して、やれカブト相撲だ、やれツチノコ発見団だ、やれ花火大会で原っぱを焼け野原にしたりだと、男以上に男らしく遊んでやがった癖に。


 そもそもだ、カブト虫は木に蜜的な甘いモノを夜に塗っておいて、朝方ワクワクしながら、集まっているか確認しに行くという都会っ子的な浪漫を、


『はぁ? カブト虫? 夜にライトつけとけば、いくらでも寄って来るわよ。そんなもん』


 と、打ち砕かれたことを俺は未だ根に持っているのだ。本当に寄って来た時はショックだった。お手軽にも程がある。カブト虫というのはだな、もっとこう、


「あ~~うっさい。とにかくさっさと行くわよ」


 人の話を最後まで聞きやがれ。俺は眉を顰めるものの、ふと、あれ? 俺はさっきまで、何でメランコリーになってたんだっけ、と心証の変化に気がついた。


「早く来なさいよ」


 視線を向ければ、既にみちるは歩きだしていた。まったく訳が分からんと呟いた後、足もとに落ちていた鞄からタオルを取り出し、体を拭いながら後を追った。


 それからキュウリでチャンバラしながら、ハリマ屋に向かった。食べ物で遊ぶでねぇ! と、通行中のオバちゃんに叱られたのは、田舎ならではの光景だ。


 あ、もちろんキュウリは美味しく頂きましたよ。これ本当。



 * * *



 三回目に俺がみちるからドロップキックを食らったのは、中二の春のことだ。


 理由は甘酸っぱ過ぎて言いたくもないが、まぁ人数は少ないとはいえ、男女揃って学校生活を営む上で、避けて通れない業務上の、なんだ、業務上……え~~っと、


「どぉぉっりゃぁぁぁあ!?」

「うわぁああぁぁぁぁああ!?」


 例の如く吹っ飛んだ後、俺は川から体を即座に引き上げ、アイツを睨みつける。


「振られたくらいで、落ち込んでんじゃないわよ。バッカじゃない?」


 オブラーートォォォ!? 俺は叫んだ。音声認識で技が繰り出される訳でもないだろうに、必殺技の名前を叫ぶスーパーなロボット操縦士のように。


「説明しよう! オブラートとは、デンプンから作られる水に溶けやすい半透明の薄い膜だ。クラスで人気のあるおっとり系お嬢様キャラ――ユリリンに阿呆が振られた事実を口にする際、皆がそっと包むものでもある」


 みちるの口から謎の説明がさく裂する。


 だが俺に必要なのは、説明ではなく労りだ。そもそもだ、お前がユリリンが俺のことを好きだとか言うから、何か意識しちゃって、青春ロードを暴走気味で爆走することになったんだろうが。免許もないのに単車を運転した結果、この大事故だ。


「あっ、ちょっと上手い」


 マジか? ははっ、まぁ今のは俺も……って違う!? 俺は今、傷ついているんだ。頼むから放っておいてくれ。シッシ。どっか行け。


「はぁ、ったくしょうがないわね」


 お? 訳が分からんが、珍しいことにアイツが俺の言葉に従った。


 そうして俺は一人になった。格好付けて言うなら、人は皆、生まれてから一人で生き、一人で歩く、俺だけじゃない。失恋の中で成長した俺の言葉の重いことよ。


 まぁ実際は、「魔王と呼ばれた女」というファンタジー小説にそう書いてあったんだが……。俺はそのまま、斜陽に燃える河原でじっと一人佇み――


「どぉぉっりゃぁぁぁあ!?」

「うわぁああぁぁぁぁああ!?」


 四度目のドロップキックに襲われたのは、言うまでもない。



 * * *



 そんな訳が分からない関係が、高校生になっても続いていた。


 俺は何かあると、フラフラ~っと川辺に赴き、みちるはコソコソ~っと遣って来てドロップキックをかます。言っておくが、俺はアイツを別に待ち構えていた訳じゃない。何かあると、気づけばそこに来ちまうんだ。習性かねコレは。


 あ~~何だ、カブト虫がライトに集まるのと同じように?


 俺には恋人もなく、みちるも結構モテるのに恋人も作らず、ド田舎を駆け巡って一緒に遊んだ。思い出しても、ひどい有様だ。


 やれ宇宙人とのコンタクトだ、やれ自転車漕いで隣町まで行くだ、やれハリマ屋の婆ちゃんが仕入れたミニミニ四駆で、爆走野郎レッツゴーだと、都会で噂のスマートサプリメントをやってんじゃないかと疑いたくなる位のハイテンションで、みちるは青春を駆け抜けていた。ブレーキの壊れた自転車のように。


「一粒三百メートル……これよ!」


 噂のスマートサプリメントで思い出したが、一粒食べると三百メートル走ることが可能なエネルギーを摂取できるという、グリカが出してるキャラメルがある。


 それに目をつけたみちるが、三百メートル毎にキャラメルを口に入れる、謎のマラソン大会(協賛:ハリマ屋)を実施した。コースは七キロ。真夏日のクソ暑い中、女子の声援のもと、クラスの男子強制参加型の大会だ。


 特にやることもなく、みんな、激しく暇だった。何故かちょっとしたイベントになってて、我が家の爺ちゃん婆ちゃんも含め、地元の人が応援してくれた。


 ド田舎を駆け回る、青春を持て余した奴ら。優勝商品は、グリカ一年分だ。この場合の一年分がどれだけの量になるのかは、俺もちょっと分からない。何せ、優勝した奴が受け取りを拒否したからな。


 三百メートルごとにキャラメルを摂取しなきゃいけない訳だが、当然三百メートル走る間に、キャラメル一個が溶けるはずもない。想像してもらおう。口の中は甘ったるいキャラメルまみれで、体は汗まみれ。軽い地獄だったね、あれは。


 閻魔大王様がその光景を目にしていたら、鼻息荒く興奮したことだろう。今後、地獄の刑罰に「マラソンをしながら、三百メートルごとにキャラメルを摂取する」という、訳の分らん斬新な刑が増えたとしたら、間違いなくみちるのせいだ。


 まぁそんな感じで、カオスなお時間を絶賛タイムサービスしながら、俺たちは高校生活を送った。アイツに川に叩きこまれる回数も、十回近くを数えた。


「どぉぉっりゃぁぁぁあ!?」

「うわぁああぁぁぁぁああ!?」


 高校三年の夏を目前に控えたその日。俺は進路のことについて悩んでいたんだが、川から上がり、アイツに将来のことを尋ねると、


「え? 私? そりゃ決まってるわよ。教師になるの」


 みちるはとんでもないことを言った。


 教師? お前が? はは~ん、アレだな。サーカス団的なところで獣たちに芸を仕込むんだな。だがな、それは調教師だ。教師じゃないぞ。大丈夫かお前?


「…………馬鹿?」


 なに!? じゃ、マジで教師を目指しているのか? お前が? 無軌道で無鉄砲で、無感覚派で、無謀な無修正を、あ~~なんか途中から違ったか。とにかく、田舎の情緒を間違って満喫しまくっているお前が? 教師に? ティーチャーに?


「叫びたいことも叫べない、こんな世の中じゃ~」


 とか尋ねてたら、アイツはいきなり歌い始めた。俺も思わず続いたね。デスポイズン(猛毒)!! と。って、まさかドラマの再放送見た影響じゃないだろうな?


「うわっ、アンタのノリの良さに戦慄するわ。別にドラマに影響されている訳じゃないわよ。小さい頃からの夢だったんだもの」


 全人格を問われる職業にお前がねぇ。内閣総理大臣が、いきなり俺を国務大臣の一人に任命する位に驚きの事態だ。しっかし、小さい頃からの夢ってのは……。


「憧れたのよ。教師って職業にね。私、昔はつまんない子でさ。知ってるでしょ? 私もアンタと同じように、小学三年生の頃に都会からココに越してきたの。お父さんが死んじゃって、それでお母さんと一緒にお母さんの実家に来たの」


 まぁな。そのことを聞いた時は、随分と驚いたもんだ。なんせお前は、完全に田舎に溶け込んでたからな。百パーセント天然もんの、ド田舎人だと思ってたぜ。


「はいはい、褒め言葉として受け取っておくわ。まぁそんな具合で、突然環境が変ちゃって。田舎のことも見下してたし、田舎に住んでる人も見下してたから、友達も出来なくて、毎日つまんない日々を送ってたって訳。” つまんない ”が口癖でさ。お父さんが生きてれば、こんな田舎に来る必要もなかったのにって、そんなことばかり考えてた」


 へぇ……お前がねぇ。それは知らなかった。

 俺が素直に言うと、みちるは遠くを眺めるように目を細めた。


「でもね。その時の担任の先生が、クラスにも田舎にも馴染まない私を叱ってくれたの……。浅岡純子先生って人で、” 知ってる、みちるちゃん? 都会とか田舎とか、コンビニがあるとかないとか、ハリマ屋のお婆ちゃんが腹黒いとか腹黒くないとかは、みちるちゃんがつまらないことに関係ないのよ ”って」


 何かコメントをしようかと思ったが、直ぐに不必要だと気付いた。そのままみちるの言葉に耳を傾ける。空気が僅かに変質したかのような錯覚に陥ると共に、時間が流れている感覚を見失いかける。


「”お父さんがいなくて大変だって思うよ。淋しいだろうなって思うよ。ただね、みちるちゃんがつまらないな、と感じるのはね、全部、みちるちゃんがそうしてるの。面白いことを見つけるのも、それから目を背けるのも、全部、みちるちゃんなんだよ。自分の人生を面白く出来るのは、自分だけなんだよ ”ってね」


 みちるは言い終えると、優しく口角を上げた。眩しい表情だった。

 現実に立ち返った俺は、会話を繋げる。


 それは……ある意味、すげぇ先生だな。つまらないと感じるのは、自分がそうしてるって。実際にそうかもしれないけど、下手すりゃショックで登校拒否するぞ。


「でも、嫌な先生じゃないってのは転校したばかりの私でも感じてた。クラスの皆の人気者で、表裏の無い優しい人で、私の為に言ってくれてるんだってことは子供心にも分かったの。まぁ流石にショック過ぎて、その日は眠れなかったけどね」


 ほう、そんで?


「先生の言葉の意味を、ずっと考えてたわ。でも……考えれば考える程に、先生が言ってることが正しくて、頭にきちゃって。だけどやっぱり正しくて……。翌日、学校にトボトボ一人で向かってると、途中の道に先生が立ってたの。それで私に向って微笑んで、私もつられて笑ちゃって……。それからちょっとずつ、クラスの友達とも仲良くなって、田舎も楽しいなって思い始めたの。なにせ、自分の人生を面白く出来るのは、自分だけなんだからね! 一年もすると、今の私になってたわ」

 

 なるほどな。人に歴史ありってヤツだな。まぁ、その先生の言葉のせいで、俺はお前に全力で振り回されることになったんだけど……。ん? 待てよ? ところでその先生はどうしたんだ? 俺が来た時にはいなかったよな。


「そうね。四年生の途中から産休で休んでたのよ。子供を産んだら、旦那さんについて他の町に行っちゃったわ。丁度アンタと擦れ違うみたいにね。あっ、今でもメールで遣り取りはしてるんだけど、アンタのことも知ってるわよ」


 おいおい、どんな風に伝えてんだ? でも残念だな。俺も会ってみたかったぜ、その浅岡先生にさ。で、真面目な話なんだが…………浅岡先生は美人なのか? すまん、冗談だ。冗談だって、そんな睨むなよ。しかし、それで教師か。


「えぇ、いつの間にかこの田舎も大好きになってたしね。浅岡先生に渡された言葉を、皆に伝えたいの。ココで生まれて育つ、子供たちに。自分の人生を面白く出来るのは、自分だけなんだってことを」


 そっか。お前が言えば説得力あるよ。お? 待てよ、ってことはお前もやっぱり大学に進学するのか? 近くに大学なんてないけど、どうすんだ?


「私は……ここを離れる気はないの。お金のこととかもあるしね。だからまぁ、通信制でやるつもり。お前もってことは、あんたもやっぱり大学進学なわけ?」


 まぁな。そのことで悩んでたんだけど……お前が教師か。ふ~~ん。いいんじゃねぇの。生意気なガキに、ドロップキックするのだけは止めておけよな。


「そんなことする訳ないでしょ。私がドロップキックするのは……アンタだけよ! 光栄に思いなさい」


 とか言いながら、デビルなヒーローの新しい必殺技に加えて欲しいような、デビルスマイルを浮かべるみちる。


 デビルなカッターは岩を砕くらしいから、デビルスマイルは、子供を泣かせるにしよう。みちる先生の必殺技にはピッタリだな。


「ぷっ、アンタって本当、つくづく馬鹿ね」


 うるせぇ。


 そんなこんなで日々は過ぎ去り、俺たちは受験シーズンを迎えていた。みちるは通信制の大学を、俺は東京の私大を受け、それぞれ合格した。アイツは意外にも勉強が出来るんだが、俺は夏からの追い込みで何とかなった感じだ。


 受験の都合で久しぶりに訪れた東京は、変わっていなさそうで、色んなもんが変わっていた。新宿駅のダンジョンもより複雑化していた。


 久しぶりにオヤジにも会ったが、元気そうで何よりだった。一人身を堪能しているオヤジには悪いが、大学はオヤジの家から通うことになる。



 * * *



 高校の卒業式が終わると、東京へ戻る日はあっという間に訪れた。


 田舎で出来た友達が、バス停まで沢山見送りに来てくれた。大学に進学する人間は少なく、皆がココで実家を継いだりして、これからの人生をやっていく。


「都会に戻るってことは……も、揉むことになるのか!? 例のアレを!?」


 手をワキワキさせながら、馬鹿な男友達が目を見開いて尋ねてきた。コイツらの俺に対するワザとらし過ぎる田舎者キャラも、しばらく拝めなくなるかと思うと寂しくもなる。


 何せ東京までは遠すぎる。気軽に行き来出来る距離じゃない。そして……まだ分からないけど、俺の名字はオヤジのものになるかもしれない。小さい頃は無邪気に母親にくっ付いて来たけど、人の世には色々とある。


 東京の大学へ受験を決めた時から、話し合われていたことだ。そして東京に戻ったら、俺はそこに骨を埋めることになるだろう。夏休みにはココに来るかもしれないが……ハッキリと決めてない。あと何度、こんな馬鹿話が出来るだろう。


「なぁ、シティーボーイともなれば、当然……も、揉むんだろ?」


 俺はその感慨を噛み砕いてニヤリと笑うと、答えた。恐らく……な! 


「「「おぉぉぉぉぉおおぉ!?」」」


 訳の分からない驚嘆の声がその場に響く。女子どもが、阿呆じゃない、と呆れた目で俺たちを見ていた。それから男子どもの間で猥談が始まりそうだったが、ふと女子たちに視線を向けた。そこに、みちるの姿はなかった。


「みちるは……宜しく言っておいてって、そう言ってた」


 そうか、みちるは来ないのか。俺は即座に、落胆している自分を見つける。湿っぽくなるのは、俺もアイツも好きじゃないもんな。そんな予感も微かにあった。


 だけど――本当にそれでいいのか?


 俺の中で疑問が乱反射した。携帯電話で時刻を確認する。バスが来るまで、あと二十分。迷っている時間はない。見送りに来てくれた母親に荷物を預けた。涙のシーンは、昨日の夜の内に終わってる。母さんは笑っていた。


 そうして俺は、行くところがあると皆に告げると、走り出していた。


「お、おい!? 何処に!?」

「馬鹿ね~、そんなことも分からないの?」


 狼狽する男どもとは対照的に、落ち着き払った女子の声を背後に聞く。


「みちるのところに、決まってるでしょ」


 そうだ。アイツに、アイツに別れの挨拶をしなくちゃ!


『ようこそ! この素晴らしき、ド田舎へ!』


 思春期の一切の想いを胸に、俺はひたすらに駆けた。駆け続けた。


 川辺には直ぐに辿り着いた。みちるは俺の定位置で、こちらに背中を向けて立っていた。荒い呼吸を落ち着かせながら、奇妙な安堵に鼻から息を抜く。よぉ、と自然な感じで話しかけながら近づく。アイツは振り返らない。


 色々あったよな、俺がここに来てから。


 俺は苦笑しながら語りかけた。ハチャメチャやってた日々のことを。転校してからこれまでの日々のことを。何度も川に叩き込まれたことも含めて。


 本当に、滅茶苦茶なことばっかりやってさ。でも……。


 みちるは無反応のままだった。普段うるさい奴が静かだと、しんみりしちまう。眉が思わず下がりそうになるのを、口角を上げて防ぐ。


 俺はそのまま歩を進めて肩を並べ、みちると同じ景色を視界に納めると……笑みを深めた後に言った。


「でもさ。すんげぇ楽しかったよ。有難うな、みちる。俺も東京に戻って頑張るから、お前も通信制の大学、頑張れよ。それで教員免許取って、いい先生になってくれ。お前なら絶対、いい先生になれるよ」


 そうして顔を横に向けると、アイツは……アイツは……。












 のっぺらぼうな顔をしていた。












「はぁ!?」


 思わず声が漏れる。のっぺらぼう、というかこれ……マネキンじゃねぇか!? 訳が分からない。巧妙にみちるに偽装されたマネキンが何故?


 俺がハッと気づいて振り返ると、そこには奇麗なフォームで両足を揃えて飛ぶ、アイツの姿があった。それは、その態勢は――


「どぉぉっりゃぁぁぁあ!?」

「うわぁああぁぁぁぁああ!?」


 そうして俺は、みちるのドロップキックを胸に食らって川に吹っ飛んだ。いつも背中に受けてたから気付かなかったけど、胸にもらうと結構痛い。


「って~~~~!? 何すんだよ!?」


 背中から倒れ込んだ俺が上半身を起こしながら言うと、アイツは無言で近づいてきた。ちゃぷちゃぷと、水の跳ねる音が俺の鼓動を加速させる。何だ、この感じ?


「自分の……自分の人生を面白く出来るのは……自分だけ!」


 みちるは表情を前髪に隠し、恩師から教わったという言葉を述べた。冷たい冬の通り雨にでも打たれたように、声を震わせて。のみならず、か細い肩すら震わせ。


「そんなの、そんなの分かってる! 私は、アンタがいなくても……自分の人生を楽しく出来るの!」


 続いてまくし立てるように、自分に言い聞かせるように声を絞り出す。


 俺の印象、やがては思考までもが途端にぼやけ始め、混乱するようになった。腰を川の水に浸したまま、息を呑み、涙を溜めこんだアイツの瞳を見る。


 みちるのそんな顔を見るのは、初めてだった。


 いつも笑ってるアイツが、何かを企んでニヤニヤしたり、元気に叫んだり、楽しいことに遭遇すると目を輝かせて、からかうと怒って、それでも最終的には、つられて笑っちまうような、そんな笑顔を浮かべるアイツが。


「でも……最近、気付いたの。アンタがいなくなるって、分かって。それで、でも……アンタがいると、私は……私は……もっと、もっと楽しいって……」


 そのままアイツは堪え切れないものを、目から溢れさせると、


「だから……だから、過去形にすんなバカ!?」


 声を荒げて、そう言った。


「楽しかったじゃないの! 楽しいの! アンタは一時的に東京に行くだけ。それで、それが終わったら戻って来るの! アンタは東京に戻るんじゃないの、東京に行くの! それで、それで……」


 み……みちる……。



「ここにまた、戻って来るの!」



 次の瞬間、俺はとろける柔らかさを唇に感じた。過ぎて行く時間を阻むように重ねられたソレは、甘い香水のように俺の脳髄を痺れさせた。



 ソレをあたかも、俺は、生命の全てのように感じた。



 水は冷たく、頬を撫でる風も冬の名残を残している。唇の感触が消えると、みちるは立ち上がっていた。表情を確認する間もなく、アイツは背中を向ける。


「それが……それが私の気持ち。でも、決めるのは……アンタだから」


 そして振り向かず、そのまま走り去って行った。

 頬の冷たい感触に気づき、指で触れる。みちるの涙が俺の頬に伝っていた。


 一人取り残された俺は、頭上を仰ぐ。雲一つない空には太陽が。あと百年は確実に燃え続けるであろう太陽が、照り輝いていた。


 指に着いた雫を、思わず陽の光にかざした。人から形となって零れ落ちた、一つの煌めく感情。何かの予感を含んだ、眩い光をそれは放っていた。




 * * *




 俺はそれから東京でオヤジと暮らし始めた。大学生活が始まる。


 四年間という長い日々だ。俺はその日々で、何が出来るだろう。卒業した後、誰になるだろう。俺はその時、どこにいるのだろう。


「卒業後に希望する職業とか、初っ端のオリエンテーションで書けって言われてもさ。そんなもん、わかんねぇよな。それを探しに来てるんだっての」


 入学後のガイダンスが終わり、学部ごとのオリエンテーションが開始される中、なんとなく仲良くなった男友達が愚痴をこぼす。


 だよなぁ、と俺は応じながらも、その用紙を前に、ある職業を思い浮かべていた。都会でも田舎でも通じる、全人格を問われるその職業。


『え? 私? そりゃ決まってるわよ』


 俺は本当に自分がないなと呆れながらも、それもいいかと思った。人間は一人で生きてる訳じゃない。この世界で関わり合いながら、影響を及ぼし合いながら生きているんだ。これは人の言葉じゃない、俺の実感としての言葉だ。


『いつの間にか、この田舎も大好きになってたしね。浅岡先生に渡された言葉を、皆に伝えたいの。ココで生まれて育つ、子供たちに。自分の人生を面白く出来るのは、自分だけなんだってことを』


 勿論、まだ全てが決まった訳じゃない。未来は分厚い壁に覆われている。だけどまぁ、そのことを、夏休みになったらアイツに報せてもいいかもしれない。


 そうだ。それがいい。夏には、あそこに……戻って。

 川辺に一人佇んで、川を眺めて。それからやって来るアイツの――













 北野みちるのドロップキックを、背中に食らった後にでも。











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― 新着の感想 ―
[一言] みちるさん、ずっとというわけではないけど幽霊だと思ってた。
[良い点] あー! チキショー・・・! こういうの書きたかったけど先を越されましたw 見事な青春ラノベの濃縮液を飲まされた気分ですw ・・・濃い! うん、この内容なら10万文字まで薄めてもイケますね!…
[一言]  こいつ、三十過ぎてもドロップキックしてくるのだろうか……。
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