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1章「ダークヒーロー(仮)」 Ⅰ

   1章【ダークヒーロー(仮)】


 Ⅰ


「……ということがあったんだ」

「可愛かったんでしょ?付き合ってあげれば良かったじゃない」

 帰り道の俺の足取りは非常に重い。夕方になってもまだ暑いこの気温のせいだと思いたいのだが、きっとそうではない。弟子にしてくれと懇願してきたあの子のことがあるからだろう。

「確かに可愛かったけどさ……あの子の求めているのは色恋沙汰じゃなくてファンタジーな出来事なんだよ……」

「なら尚更お似合いじゃない」

 すっぱりと言い切られぐうの音も出ない。

 夕日で長く伸びた影が二つ、歩く先で揺れている。家が近い風香とは、たまにこうして一緒に帰ることもある。学校から駅までの十分間と、電車に揺られての十五分、そこからは別方向だ。

 入学当初はよくからかわれたが、今では何一つ進展の無い俺達に茶々を入れる人は居なくなった。感覚としては友達というより親類に近い感覚。気軽に、そこまで気を遣わずに居られるような関係。

 いつものように他愛も無い話をしながら、ヒグラシのカナカナという哀愁の漂う鳴き声が響く住宅街を歩いていく。

 あ、とつい声が漏れた。セミの声を聞いていたら帰り際のことを思い出したからだ。

「そういえば今日変な声を聞いた」

「変な声?アンタまた幻聴が聞こえる設定始めたの?」

 違う!と慌てて否定を入れる。一々俺の古傷を抉ってくるのは勘弁して頂きたい。

「さっき言ってた後輩が居なくなった後で、セミの声に混じって見つけたって声が聞こえたんだよ」

「あーはいはい、組織に狙われてる設定ね、聞き飽きたわ」

「だから違うっつーの!俺はもうそういうのは卒業したんだよ!」

 確かに聞こえたあの声は、女性の声だった。これだけだと確かに俺がまた何か痛い設定を思いついたようにしか思えない。かと言って証拠があるわけでもないので、これ以上は言及しないようにした。

 しかしそれでも、少しだけ期待したんだ。

 この退屈な日常が、劇的に変わることを。


 地元の駅に到着し、風香とは別方向に歩き出す。結局最後までからかわれ続けた。

話していて度々目を逸らされることに、ようやく慣れてきた。彼女は彼女なりに大変なのだろう、見続けてしまうと嫌でも思考が流れ込んできてしまうから。

最初の頃は急に目を逸らすから自分が何かおかしなことを言っているんじゃないかと心配した。それも慣れれば大したことはない、そういうものなんだ。

この時間の家の近所は、いつもほとんど人通りが無い。高齢化が進んでいて、子供が少ないせいである。それでも料理の香りが漂っていて、空腹な胃袋に刺激を与えてくる。カレーの家があるともう最悪だ、走って帰宅し何か頬張りたくなってしまう。

見上げた空には電線が張り巡らされていて、四角く区切られた部分をカラスが横切っていく。ついつい空へ手を伸ばしたくなるのは未だに中二病が抜け切っていない証拠だろうな。

自嘲した笑みを浮かべながら空へ手を掲げていた時だった。

「おい、お前」

 恥ずかしいところを見られた!飛び上がるように直立の姿勢になる。顔を真っ赤にしてゆっくりと振り返る。聞こえたのは女性の声だった。

「……はい」

「私はずっとお前のような奴を探していたんだ」

 そこに居たのはこの暑い時期にも関わらず、マントのようなものを羽織り、深々とフードを被り目元を隠した人物だった。

 怪しい。それ以外の感想が出てこないほど異質な人物だった。

 しかし込み上げるワクワク感を抑えられない。これはまさしく俺が思い描き、妄想してきた展開そのものだったから。

「……何か御用でしょうか?」

 昂ぶる感情を抑え、あくまで冷静に聞き返す。ここでチャンスを逃すわけにはいかない、こういう時主人公は冷めたような聞き返しをするものなのだ。

 そして戦闘になって隠された能力に目覚めるんだ、最終的に親が実は異世界の王族だというところまでがワンセットなんだ。

「聞いたぞ、お前は混沌の暗黒騎士なんだってな」

 思わず吹き出した。心臓が締め付けられるような感覚に陥ってしまう。

「え、いや、あの、そ、それは……」

「隠さなくても良い、学校で聞いていたんだ」

 しどろもどろになっている俺を追撃が襲う。どこまでも精神にダメージを与えてくる不審者だ。

 変な汗がだらだらと額から流れてきて気持ちが悪い。地面に垂れては蒸発して消えていく。しかしこの人はこの気温の中暑くないのだろうか。混乱して自分よりも不審者の心配が優先になっていた。

「アンタ一体誰なんだよ」

 震えながら搾り出した声に不審者の反応は無かった。無言で立ち尽くし、対峙する二人。きっと第三者目線で見ることが出来るなら、さぞ絵になっていることだろう。しかし当事者としては堪ったものではない。暑い中で立ち尽くさないといけないのだから。

「質問に答えろよ、何者なんだ」

 不審者は、すぅ、と息を吸い込み、強い口調で言い放つ。

「私は能力抑止委員だ」

 能力抑止委員アビリティ・セーバー、通称AS。その名の通り、能力を使って悪事を働こうとする人を拘束する為に作られた組織で、ほぼ全員が能力のある女性で構成されている。名前だけは聞いたことがあるが、あまりにも無縁な存在だから都市伝説の類だと思っていた。

 とは言え相手は警察なんだ、何も悪いことなどしていないのだから堂々としていれば良いんだ、堂々と。

「そ、その国家の犬が俺に何の用だ!」

 しくじった、そう思ったときにはもう遅かった。焦っていたせいで、中二病丸出しの言い回しをしてしまった。まずい、いくらなんでもこれは侮辱罪に抵触する恐れがある。どうにかしてフォローを入れないと、気持ちが空回りして何も言えないまま思考だけがぐるぐると脳内を駆け巡る。

「あぁやはり、見込んだ通りだ」

 そう言うと、全身を覆っていたマントをばさりと脱ぎ捨てた。

首周りでばっさりと切られた金色の髪と、透き通るような白い肌はおとぎ話に出てくるような妖精を髣髴(ほうふつ)とさせる。低い身長も妖精らしさをさらに引き立てていた。

「私の名前はアンドール=フェネット。今年度からASに入隊した十八歳だ。お前が美作草太だな?喜べ、お前を勧誘しに来たのだ」

「……俺を?一体何の為に?ASは能力を持った若年層の女性しか入隊を許可していないと聞いたことがあるのに、どうして俺なんかを?」

 ASは対能力者の戦闘、及び逮捕が主な仕事であり、能力を持たない俺のような男には無縁の存在であったはずだ。内部事務や通常の警察との連携の兼ね合いで一定数の男性は居るらしいが、一介の高校生である俺にとってはそれも縁の無い話のはず。

「そのままなら、な。……勝手ながらお前のことを少し調べさせて貰ったよ」

「そのままなら?」

 ますますテンションの上がる言い回しだ。フィクションの主人公のように、特殊な訓練を受けたり眠った力を引き出すような儀式を行ったりするのだろうか。もしそうだとしたら、俺も覚悟を決めないといけない。平凡で安穏たる日々から脱却し、死と隣り合わせの世界へと足を踏み入れるのだから。

 ポケットから取り出した小さな手帳をフェネットと名乗る女性は読み上げ始めた。

「美作草太。十六歳、高校二年生。趣味は妄想……」

「は?」

「その通常ならざる妄想癖で、中学時代は自らを混沌の暗黒騎士と名乗り、度々見るものに嘲笑を与えるような行動を起こしていた」

「わああああああああ!ストップ!ストップううううううう!」

「なんだ?まだ私の話の途中なのだが」

「俺の経歴は俺自身がわかっていますので……何故俺を勧誘するのかを聞かせてください……」

 まさか一日に二度も古傷を抉られることになるとは思いもしなかった。

 しかし、目の前の女性は初対面にも関わらず俺のことを知っている。いや、俺の過去を知っていると言うべきか。

 傷口に塩を塗られて身悶えしている俺を見てどう思っているのかわからないムスッとした無表情で話の続きを始める。

「理由は簡単だ。私の能力を生かす為にお前が必要なのだ」

「あなたの能力に、俺が?」

「あぁ。だから今後お前には私のパートナーとして動いてもらいたいのだ。無論報酬は出させて貰う」

 少し距離を置いたまま話していたが、具体的な話になったからか一歩ずつこちらへと近付いてくる。低身長ながらも背筋を伸ばし、ピシッと歩く姿はどこか威厳を感じさせた。例え俺の肩より低い身長であっても不思議と大きく見えてしまうほどに。

 カツカツと革靴の音を響かせていることから、今年度の入隊と言うのはどうやら本当なんだなと悟らせる。きっと革靴を履きなれていないのだろう、背筋こそ伸びているが歩き方自体はぎこちなかった。

「少し場所を変えよう。お前、時間は大丈夫か?無理なのであれば日を改める」

 冗談じゃない、こんな程度の情報だけじゃ気になって夜眠れなくなってしまう。

「大丈夫です。聞かせてくださいフェネットさん、俺のこの日常を変えることが出来るのなら」

 言い回しはただの中二病なのは自分でもわかっている。だが、本心なのだ。このまま何も無くだらだらと生きて、理想を空想だけで埋めていったところで満足できるわけが無い。

 フェネットさんは満足そうに笑いながら大きく頷いた。

「お前ならそう言ってくれると信じていたぞ!あと私のことはアンネで良い、今後……まぁこの後の話次第だがパートナーになるのだ。もっと気軽に読んでくれて構わないからな」

 ずっと険しい表情だったところから一転、にっこりと優しい笑みへと変わる。すごい破壊力だ、これが世に言うギャップ萌えというやつなのか。

 見惚れてしまっていることに気付いたのか、アンネはまた表情を引き締めてしまった。何をじろじろ見ているんだと言わんばかりなのは、眉間に深々と刻まれた皺が物語っている。

「と、とりあえずあっちに公園があるんです!そ、そちらへ行きましょう!」

 無理やりにでも話題を逸らさないことには居られなかった。アンネさんは、そうだな、と受け流してくれたようだ。

 公園は風香が帰って行った方向にあり、俺は来た道を引き返すことになった。このときの俺は、風香に見られたらどんな勘違いをされてしまうのだろうか、と呑気に考えていたのだった。

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