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蒼に溶ける  作者: nie
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06:えらんだ選択肢はどっち?





「次のETS実践授業小原先生が助手なの?大丈夫かなぁ」

「なんか頼りないっていうか、この前の訓練の見てたら……ねぇ?」

「今回は実践じゃないし大丈夫じゃない?」

「確かにそうよね」



巨大なプラネタリウムの様な半円のホールには、均等に空間をあけて配置されたリクライニングソファの様な黒い機器が並んでいた。

部屋全体も薄暗く、教壇はその椅子を360度から見渡せるように部屋の中心に作られている。生徒達は自らの番号が表示されている座席へ腰かけた。



「はーい!皆さん!集まったかなぁ?こんにちは!ETS実践の担当主任の町田です!今日は皆さんに、実際にETSシステムの一部を使ってバーチャル空間を味わってもらいます!」


金髪のショートヘアに、赤いリップ、赤いネイル。航空大の教員とは思えない派手な女性の登場に室内は俄かにざわめいた。ミニスカートに、これまた赤いピンヒール。町田はゆっくりとした足取りで生徒達一人一人の席の横を歩いてゆく。その際に香るバニラの甘い香りと明るい町田の声が、知らず知らずのうちに生徒達の緊張をほぐしていた。


この室内の壁や天井は全部分がスクリーンになっており、授業の説明の映像が流れる。千尋は無表情で、教壇上からパワーポインターで重要点を照らす。


「皆が実際戦闘機に乗るのは、この現実世界。でも、ETS機能は脳波……つまりこの世に物体として存在しないものを存在や力に変える機能。無を有にするってことなの。ETS機能を使う為の脳波の訓練は単に妄想だけじゃ、だめ」


カツカツとヒールの音が響く。


「だから、バーチャル空間で活動や運動をする事で脳波を鍛えるってワケ!より現実に近く明確な行動をする、いわばイメージトレーニングって事かしら、ね?小原教官?」

「はい、そうです。町田主任がおっしゃる通り……どれだけ素早くそして確実に機体行動をイメージできるかが、EST機能を使う上で重要になってきます」

「今回は、その一環としてバーチャル空間で飛行訓練をするわよ!さぁ、皆リクライニングにもたれ掛ってね。安全バーが降りてくるからしっかりお腹まで下げて頂戴」


教室全体に、映画で流れるような壮大な曲が流れる。

安全バーがロックされ徐々に室内が暗くなり、各個人の頭を覆うような黒いヘッドカバーがリクライニングに被さった。


「殆どの人は初めてのバーチャル空間かな?楽しみましょうね!」

「諸注意ですが、気分が悪くなったり緊急事態の際は右手にあるボタンを押してください。勝手な行動を起こすと大変危険です。また、バーチャル空間内では教員の指示に従ってください」



これから始まる未知なる世界への旅路に期待を寄せる声が室内の小さなざわめきを作る。

そんな中、雅也は暗くなる視界の中でただ千尋の声だけを聴いていた。


「はいはーい、皆、目を瞑って頂戴!」


町田の明るい声の後ろを落ち着いた千尋の声が続く。


「カウントを開始します、5」


彼女は今、何を思い


「4」


何を考え


「3」


何を見て


「2」


何をしようとしているのか


「1」


そして、俺は―――



「「ジャックイン」」





06:えらんだ選択肢はどっち?




『さぁ、皆目を開けて!私は、皆の教室から指示をだすからね~。』


目を開ければ、其処は巨大なターミナルだった。綺麗に整備されたラウンジは、まるで本物の様なふかふかのソファやBGMがかかる空間。無人ロボが行き来し、掃除作業を行っていた。生徒達は皆、周囲の様子を興味深げに伺う。


『どう?気分悪い人とか居る?』

「大丈夫そうです」

『小原教官が、万が一の為に皆と一緒にジャックインしてるから。何か聞きたい事とかあったら、遠慮なく言ってちょうだい。では、早速手で目の前の空間に十字を切ってみて』


指示通りに何もない空間に十字を切れば、何時も教室で使用しているホログラムウインドウが開く。


『いつものホログラムの出し方は簡単だから、覚えとくといいわ。このバーチャル空間内にも、国境は存在するし他国の人も出入りする事もあるからね。何か調べたい事とか出てきたらこのウインドウを使ってね』


ウインドウには、にっこりと笑みを浮かべた町田の映像が映る。


『じゃ、早速身体を慣らすための訓練所に向かってもらいま~す!場所をウインドウに送信するから、其処へ各自で行って頂戴!』

「は?」

「え?」

『今が11時30だから、12時までに集合ね!以上!』


ブツンと途絶えた通信に、ざわめく生徒達。千尋は小さくため息を付き、生徒の前に立つ。


「聞いて頂いたように、町田主任の思いつきで……訓練所まで各自で行っていただきます。

このターミナル周辺ですが、少し走らないと間に合いそうにないですね。では、健闘を祈ります」

「え、これってマジなんですか?」


一人の生徒の問いに全員がごくりと息を飲む。数秒の空白の後、千尋もにこりと笑う。


「はい、勿論です。早く着いた順に今日の点数を出しますから。皆さん頑張ってくださいね」


その言葉と共に、走りだす者もいれば一方でディバイスを使ってルートを検索する者もおり行動は千差万別。5分もしないうちに気づけば千尋の周りにいた生徒の姿は無かった。


「…………で」


千尋は小さくため息をつき、振り返った。


「なんで、まだここに居るんですか?高瀬くん」

「そんなの、先生の後をつけたほうが楽に移動できるから」

「評価、下がりますよ?」

「別に単位がもらえれば評価なんて何でもいい」


淡々とした雅也の表情に、千尋は諦めたように歩き出した。


「どうなっても知りませんよ」

「はいはーい」


ラウンジをもくもくと歩いてゆく。ガラスを隔てた向こう側に無数の飛行機が離陸していく様子が見て取れる。近年ではバーチャル旅行も流行の兆しを見せており、帝国と同盟関係にある国にはバーチャル空間でも人の交流が盛んになっていた。時折聞こえる異国の会話がまるでBGMのように聞こえる。


二人は無言のまま、道なりに歩いてゆく。雅也は目の前に行く自らよりも小柄な背中を見つめた。背筋をしっかりと伸ばして歩く姿は凛としている。しかし何故かふと、目の前の背中に以前雨の中で見つけた彼女の弱い背がダブって見えた。ぎゅっと胸の奥が掴まれた気がした。


二人の歩みが止まる。

気づいた時には、自らの掌がその細い手首を掴んでいた。


「え?高瀬、くん?」

「時間ないだろ、早く歩けよ」

「えっと……手、離してもらえますか?」

「嫌」

「え?どうしました?お腹、痛い、とか?」

「……………」


二人の間に無言が続く。先に折れたのは、千尋だった。

全く雅也の思考が読めないが、このままここにいても埒が明かない。掴まれた手首をそのままに、再び歩みを進める。ふと、ガラス窓に映る二人の姿に千尋はくすりと笑みを浮かべた。千尋の手首を掴んで後ろからついてくる雅也の姿は、まるで道に迷った幼子の様だったから。


エレベーターに乗り込み34階のボタンを押す。扉が閉まると二人が乗った箱は急速に上階へ上ってゆく。


「………先生はさ、」

「なんですか?」

「どうして、教員になったの?」

「えっ」


びくりと震えた細い身体。掴んでいた手首から伝わる体温を、離さないようによりしっかりと掴む。


「高瀬君は、なんで航空大に入ったんですか?」

「は?俺?」

「はい。それを教えてくれたら私も答えます」


まるで上手い回答を思いついたと言わんばかりの笑みを浮かべる千尋を見て、雅也は片手で自らの前髪をぐしゃりとかきあげた。何だか、急に胸の奥がぎゅっと掴まれた気がして顔が心なしか熱くなる。


(なんなんだ、アンタ。調子狂う!)


思わず口から飛び出しそうになった言葉を飲み込み、できるだけ冷静を装いながら話し始めた。


「………聞いたら、アンタ怒ると思う」

「そんな事ないです。なんだって聞きますよ」


青く澄んだ瞳が、優しく雅也を見つめた。その瞳に、雅也は眩しいものを見るかのように瞳を細める。


「最難関だったから」

「………」

「自分で言うと、なんか気取ってるみたいだけどさ。俺、昔から大抵の事は何となくこなせた。スポーツも、勉強も、バイトも。だからか、いつからか自分という存在が虚しく思えてきた」


チンという音と共にエレベーターの箱が目的階に到着する。


「何をしても、簡単にこなせて。あわよくば1番上に立って。これって、俺の人生において何の役に立つのかって。段々と周りの奴らも俺の事を羨望や嫉妬の眼差しで見る様になった」


それは、見えない壁が出来たようだった。まだ小学校に入って、2年と経たないうちだった。あの頃は今ほど力の抜き方を知らなくて、両親から褒められたい一心で。授業中の教師の問いに手を上げて発言する。発言した他の生徒が間違えた答えを言ったら、それを訂正する。今考えればとんだ協調性の無い子どもだったのだろう。そんな事をしていたら次第に周りから友人と呼べる存在が居なくなっていた。


加減の仕方を覚えた後は、簡単だった。中学に上がっても、高校に入ってもそれは一向に変わらなくて。いつも笑顔でスマートな人気者の『高瀬雅也』がそこに居た。そこに生まれたのだから、生かしていかなければいけない。


「だから、この国の最難関だったら少しは手ごたえがあるかなって……しょうもないだろ、本当に」


ぐいっと、手を引かれる。黙々と無言で歩んでいく小さな背中を、雅也はただただついていくことしかできない。

怒っただろうか。まぁ、一般的に考えれば自分の生徒がそんなくだらない理由で入学していたと解れば教える気も無くすだろう。自分が教師だったら、呆れて言葉も出ないだろう。


四つ角を曲がり、何度か扉を潜った。赤い大きな防火扉のドアノブを握ったところで、千尋はゆっくりと振り返った。その姿を見た瞬間、雅也は狼狽えた。


「え、先生……泣いてんの?」

「っ……ずみまぜん」

「いや、なんで謝んの」

「高瀬くんは……頑張ったんですね」

「は?」


涙は収まったものの、未だに目の前で鼻を啜りながら喋る姿は年上には到底見えない。


「いつでも、頑張ることを止める機会はあったはずです。それでも、高瀬くんは前に進み続けた」

「それはっ」


違う、違う。だって、俺は―――。


「自分を守る為に頑張ることが、いけないですか?」

「っ―――――!」


『高瀬様素敵~!』

『優秀ね、雅也』

『高瀬なら航空大、十分に狙えるぞ』


周りの所為じゃない。自分が弱かっただけだ。他人の言葉を勝手に背負い込んで、期待に応える為にただ目の前のものをこなした。できない自分は、この世に存在してはいけない。いつからか自然にそう思うようになって、気づいたらただ自分を自分たらしめる為に動いていた。


「自分の為に頑張る高瀬くんはすっごく、カッコいいですよ」


あぁ、綺麗だと素直に思う。花が咲くように笑う姿も、その小さな口から紡がれる言葉も。


「先生」

「はい」

「………アンタ、教師向いてるよ」

「っ!」


千尋は一瞬ぽかんとした後、顔を真っ赤にして挙動不審で扉のドアノブを回した。


「そっち閉める方。開けるなら逆」

「すすすす、すみません!」


何だか、その姿がおかしくって雅也は久しぶりに腹の底から笑った。扉の向こうから、柔らかな光が二人を優しく照らす。

いつの間にか、心の隅にある彼女への疑心はすっかりと身を潜めていた。


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