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蒼に溶ける  作者: nie
2/6

02:みちなき道を歩く

※作者航空の知識は乏しいです。

※残酷描写があります。

「………はぁ」

「小原先生がため息なんて、珍しいですね?」

「あ、……すみません」


思わず口から洩れたため息を左隣で作業する教員に聞かれ千尋は口元に掌をあてる。職員室の騒音にまぎれた声は小さかったものの更に右横の教員に笑われた。


「あ、そういえば小原先生!やったじゃないですか!」

「え?」

「高瀬の件ですよ、高瀬雅也!よく、パイロット志望に動かしましたね。いやはや、一時はダメかと思いましたよ」


白い歯を見せて笑う右隣りの教員は、基礎体力実技の教員でどこか柔道部を彷彿とさせる男だった。その言葉に千尋は、曖昧に微笑みを作る。


「高瀬は身体能力もずば抜けてる癖に、やる気が無い奴でしたからね。進路希望一覧のパイロット志望者に名前を見つけた時は驚きましたよ。良い人材になる…今から鍛えるのが楽しみだ」


嬉々として話す同僚に、千尋はまた内心ため息をついた。千尋を悩ませる種は、勿論言わずもがな高瀬の件である。千尋なりに頑張って、パイロット志望から逸らそうとした結果がこれだ。


手元にある進路志望一覧に目を通す。

各志望進路別にページ分けされ、成績優秀者順に名前が並ぶ。戦時下にあるこの国では、陸・海・空の軍の教育機関を卒業すると社会的にも優遇される場合が多い。一番優遇されるのが、最難関といわれる空軍の教育機関であった。その為就職や進学の内申点稼ぎに入学する者も多い。学年の半数はパイロット志望以外の進路希望を提出する場合が通例である。


(なのに、どうして……)


脳裏にちらつくのは、真剣な黒い瞳。

楽しそうに引き上げられた口元。


(集中、しなきゃ)

ざわついた胸の内を振り払うように頭を振る。

おろしていた髪を手早くゴムで一つにまとめお団子結びにすると、千尋は次の授業の準備を開始した。




02:みちなき道を歩く



「では、整列!これより、飛行訓練をおこなう」


快晴の下、訓練用滑走路にずらりと並ぶ小型機。白いボディに番号が大きく印字されており、1から15までのナンバーが並ぶ。真新しい訓練用の緑のつなぎに身を包んだ生徒たちは興奮の色を隠すことなく目の前の機体を眺めていた。


台上に立つ飛行実技担当の教員が低い声で説明をする中、雅也は教員の横にいる千尋の姿を視界にいれた。高い位置でまとめられた髪型に、思わず吹き出しそうになる。

(ますます、若く見えるんだけど)

口元が緩む雅也の脇を友人の貴志が咳払いをしながら小突いた。


「おい、雅也なに笑ってんだよ。教員に目ぇつけられるぞ」

「あぁ、悪い。くくっ」


今日は初めて1学年の生徒が飛行機を実際に操縦する日である。この国の航空技術は他国と一線を画するものを持っているが、その分操縦は非常に難しい。暫くは戦闘機ではなく通常の飛行機を乗りこなすための訓練が続く。


「では、離陸から旋回を今回の練習内容とする。着陸は難易度が高い為、隣に座る候補生に任せる様に。操縦中は、候補生のアドバイスを良く聞く。何かあれば訓練用管制塔と通信して対処する事。以上」


教員の敬礼に習うように、生徒は一斉に敬礼をおこなう。

候補生とは、航空大を卒業しパイロットとなるべく更に経験を積んでいる訓練生の事を言う。学生の緑のつなぎではなく、茶色のつなぎを身に着けている。既に各機体の下に待機しているのが遠目からでも解った。


「では、一組目、操縦席に入れ!」


掛け声と共に、一組目の生徒達が先に割り振られた機体へ歩み寄っていく。


「雅也、お前何組目?」

「2組目だ。貴志は?」

「俺は、今から!お先に楽しんでくるぜ」

「真剣にやれよ」

「へいへい」


見学者はひとまず滑走路に近い一時シェルターで待機となった。シェルターには、付属して訓練用の管制塔がある。千尋はその中で、離着陸の指示を他の管制官と共に行っていた。

一時シェルターの中に、機内と管制塔のやり取りの無線が流れる。


『訓練用管制塔より、01号機へ。誘導路3Aと2Dを経由し、滑走路R6まで地上走行してください。』


室内に聞こえる放送に、待機していた生徒達は緊張の色を濃くする。


「やばいっ!緊張してきた」

「失敗したらどうしよう~」

「候補生いるし、教官もいるし大丈夫でしょ」


そんな姿を横目に、雅也はガラス張りの向こうで淡々と通信を行う千尋を見つめた。

何時もの眠りに誘うような授業中の穏やかな声ではなく、緊張感のある声と凛とした姿。青く澄んだ瞳は真剣に目の前のディスプレイを見ながら指示をだしてゆく。


こうして見ると、何故彼女が『学園で最も劣っている教官』なのか腑に落ちないところがある。入学して、担当教員が小原だと知らされた際に上回生に真っ先に言われたのだ。


『お前も、運が無いよな。担当教員が小原なんて』


入学して半年経った今、授業の易しさや存在感の無さ、そして何故か飛行機乗りを嫌悪する姿から『劣っている』というものを結びつけるのは些か間違っているのではないかと思う自分がいた。それに―――。

(『飛べない鳥』って……まさか、飛行機を操縦できないわけじゃないだろ。教員職についているなら、飛行実績が必要なはずだ)


航空大の教員になるためには最低でも3年の実戦経験が必要だと教職論で習ったばかりだ。

「………飛べない、鳥」

雅也の呟きに、隣に座っていた女子が声をかける。


「高瀬くん、何組目?」

「あぁ、2組目だよ。瀬尾さんは?」

「あっ、わ、わ私も2組目なの!緊張するね!」

「瀬尾さんは、優秀だからきっと大丈夫だよ」


雅也の言葉に瀬尾は顔を赤く染めて手を振る。


「そっ、そんなことないよ!!高瀬君の方が凄いよ!」

「いや、俺正直今まであんまり真剣に話し聞いてなかったから。緊急時の対処法とか、さっき教官何か言ってた?」

「あ、あのね!機体不備があったら――――」



飛行機が飛び立つ騒音をバックに、他愛もない話をしながら順番を待つ。管制塔とのやり取りの放送の合間に、次の操縦者の名前が呼ばれてゆく。

また一機、空へ飛び立った。


「あっ、次私だ。そろそろ行くね!」

「頑張って、瀬尾さん」

「う、うん!ありがとう高瀬君!!」


ひらひらと手をふる彼女に雅也も手を振りかえす。瀬尾が居なくなった瞬間、また別の女子に話しかけられる。

「高瀬くん~!」

「ん、なに?」


内心毒を吐きつつ笑顔で女子に顔を向けた、その時だった。

室内に激しいサイレン音が鳴り響く。


「っ!?」

「え、ちょっ何!?」

「なんだよ………これ」

真っ赤な室内灯が点滅。

突然の事態に生徒達が混乱する中、飛行実技担当の教員が真っ先に叫び声を上げる。


「敵襲!全員、建物に直ちに戻れ!建物内部に居る者はその場に着席!」

『敵戦闘機、西南方向33000ft、上空航空機直ちに退避。繰り返す、敵戦闘機、西南方向-----』


館内放送に室内の緊張が一気に高まる。


「小原教員!不足人数は!?」

「っ、今上空に訓練機12機。そのうち5機は帰還命令に直ちに反応、旋回急降下中です!」

「っくそ!空軍が間に合うか!?」

「現在一番近い第三隊がこちらへ向けて離陸、スピード換算では間に合うかギリギリです。最も接近しているのは、09号機!教官、攻撃許可求めます!!」

「あぁ、敵機半径5000m内の機体に攻撃許可!」

「はい!こちら訓練用管制塔。09号機並びに12号機、直ちに攻撃許可。続いて、3号機―――」


「っ……すげぇ」

「おいおい、これマジでやばいんじゃないのか?」

「なんか、現実じゃないみたい」


教員達の応対に、生徒達は呆気にとられていた。

戦時下に居ながらも、国土攻撃はこの10年ほぼ受けたことがない状態であった。実際は国土を守る為、他国での戦闘や領空境界のぎりぎりの部分での争いが大半だ。


「っ、このままじゃ間に合わん!訓練用機に戦闘を行わせるのは、無理がある!」

「っ……09機、このままいくと92秒後に対峙しますっ」


千尋は目の前の画面を見ながら、各飛行機の位置を事細かに伝えて行く。

間に合わない、どうすればいい。第一、第二は海外へ出ていて不在。第四は本日が非番、第五は首都圏擁護の任がある。ここは、陸軍に要請して――――。

フル回転で頭の中を様々な事象が駆け巡る。


ふと、隣に影ができる。そこには、飛行実技担当の教員が顔をしかめて立っていた。


「小原教員」

「なんで、すか」


どくどくと心臓が音を立てる。嫌な汗が背をつーっと伝う。


「……飛んでくれ」

「え?」


一瞬何を言われたのか分からなかった。かけられた言葉に頭が真っ白になる。


「現場の副責任者として、私は貴女が飛ぶ事が最善と考える。今すぐ、戦闘機U-2に搭乗、戦闘に参加――」

「っ、むり……です」

「!?貴女は!この非常時に何を言っている!?」

「っ……わたしはっ……っ、」


急に全身を震えが駆け巡る。血の気が一気に無くなる。

カタカタとかみ合わない歯、無意識に握りしめた掌には深く爪が食い込む。脳内に真っ赤な血が飛び散り、機体が炎上する残像がちらつく。




二人の教員の姿を遠巻きに生徒達が見ていた。


「え、小原先生ってやっぱり」

「嘘だろ。生徒を見殺しにするのかよ」

「冗談だよね?」


ざわつく室内に、雅也は目を細めて今にも倒れそうな千尋を見つめた。顔色は青を通して白く、目も虚ろになっている。

切迫している事態の所為か否か、目の前の教員が怒鳴り散らす。


「っ、小原教官っ―――!!!」

「…………ません」

「これは、教官命令だ!!」

「………私は、っ……っ」


ぽたり。

赤い鮮血が床に散る。


「っ……私はっ」


ぽたり。

透明な滴が落ちる。喉に絡みつくようにして、掠れた音が零れ落ちる。


「……とべません」


その場が一瞬静寂に飲まれた。

誰もがその言葉に耳を疑った。



「っ、嘘だろ……おい」


その言葉を皮切りに生徒が再びパニックに陥る。

恐怖、混乱、怒り。様々な声が騒音を出す中、扉が開かれた。


「俺がU-2に乗る、誰かアシスト頼む!」

「長谷一等飛行官!」


ブロンドの短髪が見えた瞬間に生徒達数人から安堵ともとれる声が上がる。

紺色の教官服の左胸に光るルビー色の勲章は、長谷が走っている所為で軽く揺れていた。


「内線連絡が入りました。私のU-2での戦闘参加許可を」

「あ、あぁ、長谷さんがいくのなら……」


飛行実技担当の教員は長谷の剣幕にたじろぎながらも、U-2の格納庫へ駆け足で先導する。


「それと、高瀬」

「は、はい」


長谷の瞳が細められ、雅也を捉える。


「小原を頼む」


一瞬の出来事だった。まるで刃のような鋭利な視線が突き刺さるようで。その言葉にどんな意味が込められているのかを理解しないままに、反射的に左手が敬礼のポーズを取っていた。


格納庫への通用口が閉じられた室内は、再びサイレンと無線の音だけが響き渡る。


誰もが唖然としていた。

接近のカウントダウンが始まり40秒足らずで、まるで映画のワンシーンの様な光景が目の前で繰り広げられたのだから。


「これが、現実か……」


誰かがぽつりと呟いた言葉がずっしりと心を重くする。覚悟はしたつもりだった、だが急に現実を突き付けられた気がして身動きが全く取れなかった。この国は戦争を、命の取り合いをしているのだ、という事を…忘れていた現実がじんわりと身を侵食する。



「小原先生!」


女子生徒の悲鳴に雅也の沈んでいた思考は、一気に引き戻される。

声のする方を見れば、血で真っ赤に染まった掌で無線を握りしめた彼女がいた。


「っ、小原先生!アンタ何しようとっ」


思わず、背後から両腕をつかみ無線を叩き落とす。

その際ぬるりとした血液が雅也の指に絡みつく。


「っ離して、」

「はぁ!?アンタ、何を言ってんだよ!?」

「止めなきゃっ、先輩がっ死んでしまうっ」


雅也の静止を振り切ろうとする千尋の力は、その細い身体のどこから力が出てくるのかというほどに強かった。雅也の拘束から逃れるようにもがく姿は、まるで水槽という檻から逃げ出そうとするイルカの様だった。

雅也は顔をしかめる。そして、諦めたように息を吐いた。


「減点、すんなよ」


そう呟いた瞬間思いっきり、千尋の腹に拳を打ち付けた。








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