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おいしい辞書の作り方

作者: 瀬川潮

 小学5年生の金田一あやかは、八方美人。宿題でも調べ物でも日直当番でも、クラスメートに頼って上手くやっている。小学生にしては妙な色気があるのは、はたして生まれつきか性格のせいか。

 もちろん、父親の金田一明伸はそんな甘え上手の愛娘に目尻を下げつつも困っていた。

「こりゃあ、自分の力で宿題をするとかの習慣をつけさせないとなぁ」

 とはいえ、あやかの方は何度言って聞かせても駄目。「えええ~、べつにいいじゃなぁい。今度やるから~。ね、ね、ねぇ、パパぁ~」と甘えてばかり。そこで娘の甘えに屈するあたりが駄目パパだが、妻のそういう面にめろめろになって結婚した根っからの甘えられ上手なのですでにつける薬はない。

 これは手段を変えんといかんなと思い付いたのが、発刊されたばかりの「喰辞苑 第一版」。国内初の食用辞典で、「引いて見て読んで意味を知って味わってよく噛んで反芻することで、しっかりと覚え込むことができる」と識者らの評判は高い。画期的で、小学生用の学習辞典としてうってつけだとされている。

 明伸はとりあえず、「あ」の巻を買ってあやかに与えた。文字ごとに分冊化されているのは、用法上表裏の2ページに一単語しか掲載できないため、膨大な量になるかららしい。

 あやかは最初嫌がる風だったが、最初に口にした「あい【愛】」のページに目を丸くした。

「とっても甘くて、ちょっぴりすっぱくて、すごくおいしい」

 これが好きな人を大切に思い慕う心なのね、と納得してすっかり気に入った様子だった。

 それから、あやかはすっかり「喰辞苑」の虜になった。次々引いては、新たな単語とその意味を身につけていった。「あくい【悪意】」を食べて苦味走った表情を浮かべ、「アリバイ【アリバイ】」の味に首を傾げたり。「アルコール【アルコール】」には涙を浮かべながら苦そうに舌を出し、「あるときばらい【有る時払い】」に味をしめたりもした。

 そんな感じで、「喰辞苑」全四十六巻をあっという間に完読ならぬ完食をした。最後の方の巻はえらく早く平らげたようだが。

 時の流れは早いもので、あやかは高校生になった。

 その間に食用辞典は、異物混入などのトラブルや食育への悪影響、過食や特定単語アレルギーの発生、誤植による誤った知識の刷り込みなどさまざまな問題が発生し、姿を消していた。一時は、「辞書は食べるもの」という認識が広まるほど普及したのだが。非食用辞典を食べ未就学児が窒息死する事件が発生したのも食用辞典が姿を消すきっかけの一つになっていた。

 ただし、大の食用辞典好きだったあやかは、すでに膨大な知識量を誇るまでになっていた。

「生き字引だ」

 中学時代の教育関係者は、そう絶賛した。

 高校生になったあやかは、さらに色っぽくなっていた。辞書を引いたり宿題をしたりと自発的になり人に甘えることは少なくなったが、表情やしぐさ、たたずまいから醸す甘みだけは消えなかった。妙な色気としてさらに磨きが掛かったようで、生まれつきだったとしか言いようがない。

「愛っていうのはね、好きな人を大切に思って、慕う心なのよ」

 中高一貫の女学園に通うあやかは、中等部の後輩に優しく言葉の意味を説明する。学園内で人気は高く、多くの生徒に慕われている。もちろん、男性女性問わず教諭陣にも。

 ところで、世の中に食用辞典の影響はまだ残っている。「辞書は食べるもの」という認識を持っている人は、まだまだ多い。図書館の辞典類のページが時々破れてなくなっているのはこのためだ。

「先輩センパーイ、勉強を教えてくださぁい」

「あやか君。あとで職員室へ」

 生き字引と誉れ高く、人気があり引っ張りだこのあやか。まだ、食べられてはいない。


   おしまい

ふらっと、瀬川です。


いろいろ想像して楽しんでくださいませ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 先生! この辞書(むすめさん)食べられません!(性的に) [一言] SFとファンタジーと妄想エロの適度な融合の良作短編だと思いました。
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