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VRMMOをカネの力で無双する  作者: 鰤/牙
『ココ』編
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第七十四話 御曹司、出会う

 さて、イベントの実装を前にして、グラスゴバラ職人街もにわかに活気づく。多くのトッププレイヤー達が、装備の鍛え直しや新しい武器、防具の品定めに訪れ、それに影響された中堅層のプレイヤー達も、発奮して良いモノを買おうとしたりする。特に今回のイベントは、複数のフィールドを舞台にする都合上、より多くのプレイヤーが突発的に関わる可能性というのが非常に高いのだ。徘徊モンスターとの遭遇に備え、良いモノを揃えておきたいというのが、中堅プレイヤー達にとっての本音であった。

 アキハバラUDX工房の賑わいに比べて、対面に店を構えるアイリスブランドは非常に寂しいことになる。それは以前のグランドクエストの時とあまり変わらなかった。ただ、アイリス自身が先日激しい火花を散らしたファッション対決の痕跡として、店内には無数のオシャレ装備が既製防具プレタポルテとして並んでいる。これらは性能も割と悪くないので、カネガルトの余ったネタ好きの中堅層が時折喜んで買っていった。


「はーい、ありがとうございましたー」


 性能からいえば相場の数倍はあるであろうガルトを受け取り、アイリスは客に頭を下げる。

 ちなみにギルドスポンサーであるTTS探偵社のスポンサーアイテムも、このアイリスブランドで購入が可能だ。看板を出しているわけでもないため、多くのプレイヤーは気づいていないのだが、ときおり耳打ちするように『だれそれを尾行したい』『調べて欲しいことがある』なんて言ってくる連中もいて、そのたびにアイリスはなんだか怪しげな裏稼業をやっているような錯覚に陥っていた。


「新しいイベントかー。あたしも行ってみようかなー」

「アイ、戦闘に目覚めたの?」


 店内の椅子に腰掛けながら、アイリスは新しい防具のデザインを考えている最中である。その横にはユーリが座って、運営によるゲーム内発行誌をぱらぱらとめくっていた。


「そういうわけじゃないのよ? あー、でもそうかも。戦闘っていうか、このゲームの楽しみ方をもっといろんなカタチで味わいたいなーって」

「良いことだよ。前回のグランドクエストではすれ違いばっかりだったし、今回は一緒に戦いたいね」

「そうねー」


 アイリスとしても、今回のイベントに参加するのであれば、是非ユーリ達と行動を共にしたいところだ。御曹司達とパーティーを組んでもいいのだけど、下手をすると『もう全部あいつ一人で良いんじゃないかな』状態になりかねないし、そもそも御曹司がイベントへ積極的に参加してくるかもわからない。

 どうやらユーリも似たようなことを考えていたらしく、ふと、『ツワブキさんは?』とたずねて来た。


「どうなのかしら。今日はまだ見てないのよね。ログインは……あー、してるみたいだけど。フレメ飛ばして聞いてみる?」

「聞いてみたところで、あの人好き勝手にやるだけっぽいよね」

「あはは。まぁ何かの参考になるかっつーとならなそうねー」


 正直、アンチェインな彼の行動に振り回されっぱなしであったアイリスとしては、そろそろ諦めの境地を開拓しつつある。御曹司が何を言おうと、何をしようと、こっちとしては笑って対応してやるしかないのだ。ヨザクラもきっと毎日そんな感じなのであろう。アイリスもそうする。器のでっかい女になるのだ。

 直後、ギルドハウス内にそのヨザクラの姿がポップアップする。そろそろログインしてくる時間だと思っていた。アイリスが小さく手を振って挨拶すると、ヨザクラもそれに応じる。


「おはようございます、アイリス。ユーリさんもいらっしゃい。お茶を入れましょうか?」

「いや、良いです」


 ユーリの反応は至極冷淡であったが、別にヨザクラが嫌いなわけではない。

 このヨザクラ、キャラ付けの一環なのかは知らないが、あまり《茶道》のスキルレベル上げに熱心ではない。その癖、養父キルシュヴァッサー同様にやたらとお茶を勧めてくるので、とりあえず断るのが様式美化していた。

 ヨザクラの姿は、あいも変わらず人目を集めるメイド忍者である。多少の苦い思い出がつきまとうと言っても、性能的には彼女にぴったりだし、『アイリスが私に合わせてくれた防具でもありますし』とのことでもあった。アイリス的にもちょっと嬉しい。


「そういえばヨザクラさん、今日、御曹司来ないの?」

「ああ、イチロー様ですか。言付けを預かっているわけではないのですが……。まぁ口止めされているわけでもないんで言っちゃって良いんでしょう」


 なかなかに含みのある、持って回った言い方だ。アイリスとユーリは顔を見合わせる。


「なにか用事?」

「えぇ。デートだそうです」

「ふーん。そうなんだ。まぁあいつらしい事情……」


 そのまま聞き流そうとして、はたと手が止まるアイリスであった。


「でででっ、デートっ!? あいつが!? 御曹司が!?」

「おぉ、見事なノリツッコミですね。様式美です」

「んなこたどーだって良いのよ! 誰と! あいつカノジョでもできたの!?」

「ジョークとしてはなかなかの出来だと思うんですけど、それ」


 ヨザクラは肩をすくめる。


「まぁゲーム内で女の子をエスコートする、とは言っていましたが。知人のお願いを聞いた結果だそうです」

「なんでお願い聞いた結果がデートになんのよ」

「さぁ……。でもイチロー様が承諾したということは、何かしら興味を惹かれるものがあったんでしょうね」


 アイリスの表情は険しい。怒りや嫉妬の類ではなく、どちらかというと使命感に燃えているもの特有の、勇ましい顔立ちであった。前回のファッション対決の際に見せた顔。アイリス・イケメンフォームである。

 彼女は、細く形の良い顎に手をやって、しばし考え込んだ後にフレンドリストを開いた。


「ひとまず芙蓉さんに連絡しておかなくちゃ」

「連絡先交換してたんですか……」

「あたしと芙蓉さんは、前回の一件を経て、強敵と書いて〝とも〟と呼ぶ間柄になったのよ」


 それは、実力が一定のレベルで拮抗している場合にしか用いられない関係なのではないか。


「なんていうか、嵐が来そうですね」


 ユーリがぽつりと言う。ヨザクラとしても全くの同意であった。


「台風って、中心部は晴れてるもんなんですよねぇ」





 イチローは〝始まりの街〟を訪れていた。夏休みも後半戦ということで、これからゲームを始めようというプレイヤーは、一時期に比べだいぶ減少しつつある。ここにいる多くのプレイヤーは、イベント実装を前にして新しいクラスを取得しようという者が多くを占めていた。

 思えば、もう2ヶ月か。早いものだな、とイチローは思う。石蕗一朗の人生からすれば、それほど波乱万丈に満ちた2ヶ月というわけでもない。大変な目にあったり、心を躍らせたり、命のやり取りをしたようなことならもっとたくさんある。ただそれでも、多くの出会いに恵まれた、楽しい2ヶ月であったことは、やはり否定できないだろう。


 さて、イチローはこの時、待ち合わせをしていた。〝始まりの街〟の比較的小さなストリートを進んだところに、噴水が目印となる広場がある。ここを待ち合わせ場所に指定したのは先方だ。デートだ、というのは半ば冗談で言った言葉だが、それらしい雰囲気ではあるな。

 全身を礼服に包んだドラゴネットが、ヨーロッパ風建築の立ち並ぶ広場の噴水前で、腕時計を眺めている。その姿は奇妙ではあるがサマにはなっていた。


「ツワブキさん」


 穏やかな声が聞こえ、顔をあげた。雑踏の中から浮世離れした雰囲気の男が、流麗な髪を流しながらこちらへ歩いてくる。縁の薄いメガネをかけ、ひっそりとした微笑を浮かべたハイエルフである。


「やぁ、苫小牧。ゲームの中で会うのは久しぶりだ」


 ハイエルフの哲人フィロソフィア苫小牧は、緩やかに会釈をした。


「満1年の連続ログインが達成できなかった件は残念だった」

「記録を残すためにやっているわけではありませんから。おかげで良い研究成果にはなりましたよ」


 この苫小牧が、脳神経科学の権威である苫小牧伝助と知った時は、さしものイチローにもわずかばかりの感嘆があった。自らの身を捧げてまで研究に没頭する姿は、正しくマッドサイエンティストであり、学者としての本質を為している男と言えるだろう。こうした人間は無条件に尊敬できる。

 苫小牧の後ろのは、2人の新人プレイヤーと思しき女性アバターがいた。片方は割と適当なつくりだ。その、適当なつくりである方が、小さく会釈をする。頭の上には『ふらん』とあった。


「はじめまして、ツワブキさん。発達心理学の研究をしております、旗村フランと申します」

「フランシーヌ・ハタムラ博士は、アメリカの学者と聞いたけど。ずいぶん日本語が上手いんだ」

「苫小牧博士の開発した翻訳エンジンを、使用しております。お試し的ですが。不備はありませんか?」

「理解はできるよ。なるほど、こうしたものか」


 苫小牧の論文や、彼から送られた資料によれば、翻訳エンジンは、音声言語に限っては英語と日本語の双方向通訳にしか対応していないという。このエンジンはどちらかといえば、手話言語やボディランゲージなどを通訳する機能を追及したものであり、本来は相互の意思疎通が難しい患者との対話用に開発されたものだ。

 それにしても、ある程度違和感なく会話ができるとは大したものである。仮想世界の新しい可能性の発見は、イチローの心を躍らせる。


「ハタムラ博士は、〝彼女〟をここまで連れてくるためにアバターを作ったので、このあとすぐにまたログアウトなさいます」


 苫小牧はさもありなんなことを言った。博士も忙しいのだろう。イチローは、フランシーヌ・ハタムラの博士の背後できょろきょろと視線を動かす〝彼女〟に目を移した。


「紹介します。ココです」


 名前を呼ばれ、〝彼女〟がぴくりと反応する。自分が呼ばれたことには気づいているが、どこか違和感を拭えない様子があった。


「ココには、この世界が〝夢の中のようなもの〟と説明してあります。仮想現実の話を本質から理解させるには難しかったので」

「まぁ、そうだろうね」


 ココは、レベル1アバターらしい簡素なレザーアーマーに身を包んだ、おそらく戦士職とおぼしい人間の女性だった。顔立ちはやや幼く少女に近い。出で立ち自体は活発な印象があるものの、少しばかり猫背気味だ。

 イチローは笑顔で、ココに対して右手を差し出した。


「やぁ、ココ。僕がツワブキ・イチローだ」


 ココは首をかしげている。イチローの動作が理解できていない様子だ。


「握手だよ。親愛の情を示すための行為だ。見たことはあるだろう?」


 その言葉を受け、彼女はようやく右手を差し出した。しばらくの戸惑いが見受けられたので、イチローの方からその手を握る。ココは小さな逡巡の後に、辛うじてこう言った。


「私は、ココ」

「うん、よろしく」

「イチローは、私を案内してくれる?」

「そうなるかな。短い間にはなるだろうけど、君の望みを叶えるための手助けをしよう。半分は、もうかなっているような気がするけど」


 ココは、しばらく自分の手足を眺め、その後小さく頷いた。ハタムラ博士は、一連のやり取りを見て、ようやく緊張を解いたような顔をしていたが、すぐに表情を引き締めてイチローに言う。


「ツワブキさん、ココは……。というよりも、彼女たちは、ストレスに対して非常に弱いです。気をつけてあげてください」

「ナンセンス……とは、まぁ言わないか。どうも、他人から見ると僕は無神経らしい。彼女に対しては、気を遣おう」


 不思議そうに首をかしげるココに対し、再び振り向くイチロー。気を遣う、と言ったところで妙に取り繕うでもなく、片手を上げ、いつものような涼やかな態度で、ココに向けて話しかける。いつもレディをエスコートするように、彼女に対しても接すれば良いのだ。特別な意識など、必要はない。


「じゃあココ、遊びに行こう。君はまず、何をしたい?」

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