第四十一話 御曹司、江戸川とお茶をする
江戸川土門がシスル・コーポレーションの本社ビルを出た時には、午後5時をまわっていた。
仕事だからとはいえ、東京に来てから一週間近く。ビジネスホテルに通い詰めの生活はかなり辛い。故郷の茶畑が懐かしかった。本来であれば、セキュリティプログラムの設定や、先方の要求への対応で深夜までこもりきりなのだが、今日は早く帰るよう言われてしまったのだ。たまには骨休めができる安心感と、早くセキュリティを完全にしたいというプロ意識の葛藤もある。現段階でもファイアウォールは機能するし、多くの管理情報は保護されるはずだが、やはりまだ不安はあった。
アカウント情報の漏洩が、自分達の開発したセキュリティプログラムの欠陥によるものではないことは、江戸川自身には幸いであった。むろん、手放しで喜んでもいられない。運営の内部に情報をリークする人物がいたとなれば、それだけで大問題になる。取引先としてだけではなく、ユーザーの一人としても不安を隠せない。
いくら悩んでも仕方ないこととは言え、だ。
江戸川は溜め息を漏らした。
東京の夏は暑いな。もちろん静岡だって暑いのだが、なまじヒートアイランド現象などという言葉のせいか、余計に気温を高く感じてしまう。
ひとまず、あまり気に病むのはよそう。仕事なら、また明日から頑張れば良い。それまでに、シスル・コーポレーションの今後の対策方針がきっちりと打ち出されていることを祈るしかないだろう。強いていえば社長の若さが少し不安ではあったが、彼女だって自分よりは相当優秀な人間のはずだ。
このあとはどうしようか。東京観光というには、少し時間が遅いかもしれない。正直、行ってみたい場所ならいくらでもあるのだが、中途半端に時間をもてあますと何をすればいいのかわからない。こんなことなら、親方の店の場所でも聞いておけばよかったかな。
古書店の立ち並ぶ神保町を、一人考えながら歩く。不意に、駐車場から出てくる一台のスーパーカーが、彼の行く手をさえぎった。目の覚めるような青色である。左右のドアが、ねじを巻くような特徴的な開き方をして、左側の運転席からひょっこりと男が顔を覗かせた。
「やぁ、乗ってかない?」
ナンパかよ。江戸川の顔が引きつる。
そう、言うまでもなく我らが御曹司、石蕗一朗である。ゲーム内とまったく変わらない顔立ちに、涼やかな微笑を浮かべて江戸川を待ち構えていたのだ。
確信があるわけではないが、しかし疑う余地もないことである。彼は、アイリスブランドのギルドリーダー、ツワブキ・イチローのプレイヤーだ。本日アカウントハックの被害に合ったのは、目の前のブルジョワジーな青年である。
そして、改めて説明するまでもないことであろうが、江戸川土門はナローファンタジー・オンラインにおいて機械人種の鍛冶師エドワードを演じる男である。イチローとエドワードの確執においては、これまた説明するまでもあるまい。江戸川の表情が引きつった背景には、そうした事情があった。
乗りたくねぇ。
心の底からそう思う反面、エドワード自身、アイリスブランドに対する負い目のようなものがあった。どうせこのあと何をするかにも迷っていたところなのだ。軽く会釈をして、車の右側に回りこむ。
左ハンドル。外国車か。見たことも無いデザインだし、そうとう高い車なのだろうな、と思う。
「失礼します」
「ん、どうぞ」
江戸川が助手席に乗り込むと、スーパーカーの扉がくるりと閉まった。運転席に並ぶ計器は、なにやら未来的な雰囲気がある。ロボットアニメや戦闘機が好きな江戸川としては、少しだけ心躍るものを感じた。
一朗が車を走らせる。
「このあと、予定とかは?」
「特にはありません」
「そう。じゃあ、軽くお茶でも飲めるところへ行こうか」
軽く、って、本当に軽くなんだろうな。物理的な意味ではなく、経済的な意味で。
江戸川は改めて一朗を見る。あのドラゴネット、見ないフェイスパーツであるとは思ったが、やはり完全自作グラフィックだったのか。しかも、本物の自分そっくりの。こういうのもナルシストと言うのかはわからないが、召し物に漂う高級感までアバターと同じである。
なんとなく金持ち特有の嫌味な雰囲気は感じていたのだが、かのツワブキコンツェルンの御曹司であるとは思わなかった。なんでそんな男がVRMMOに手を出しているのか、親の仕事は手伝っていないのか。わからないことだらけである。
いったいどこに向かっているのか江戸川には見当もつかなかったが、しばらく無言が続くと、狭苦しい車内の空気がどうにも耐えられなくなってくる。
「……先日の件は、申し訳ありませんでした」
気がつけばそんなことを口にしていた。
「ん、」
「自分も大人げなかったと思っています」
「そうだね。でも、謝罪は僕じゃなくてアイリスにして欲しいかな。客観的に見て、僕と君のやったことはおあいこだよ」
さして気にする様子も見せずに、一朗は言う。この野郎、とは思わなかった。彼の言葉は正論である。
あまりこの話題を引っ張るつもりはなかったのか、話題は一朗のほうから切り替えてくれた。
「親方から、最近君が忙しいとは聞いていたけど、まさかナロファンのセキュリティの仕事をしているとは思わなかったよ」
「取引がはじまったのは数ヶ月前からです。8月の大規模アップデートに備えて、いろいろと」
当事から江戸川はヘビーユーザーだったので、社長からこの発表を受けたときにはかなり驚かされた。まさかそのまま、自分が担当者になるとも思っていなかったのだが。おかげでいつも以上にやりがいは感じたし、力も入った。
その矢先に……いやいや、これではまた思考がループしてしまうな。
「シスル・コーポレーションは、これからどうするんでしょうか」
ぽつりとそんなことを漏らしたが、一朗は涼やかな表情で前を見ている。
「ん、どうだろうね。事故にせよ事件にせよ、起きてしまった以上は企業として誠意ある対応をするしかない。内部の問題だと少し厄介だけど、今までに同業種でそうした事例が無かったわけではないし、企業としての存続が危ぶまれるほどではないと思う。VR技術関連は伸び代のある産業だから、そうやすやすと潰しにはこないだろうね」
そこで彼は『ただ』と言葉を区切った。
「ただ?」
「シスルは小さいし、あざみ社長は若い。マスコミからのバッシングやら、企業責任の追及やら、展開次第では簡単に力を失っちゃうだろうし、そこを突いて大企業が乗っ取りにくる可能性はあるかな。ナロファンは金の成る木だよ」
「金を成らせているのは石蕗さんでは?」
「まぁ僕も貢献はしているけど、そういった意味じゃなくてさ」
VRMMOという生まれたてのビジネスモデルが、今後どう経済を動かしていくのか、という話になってしまっては、江戸川も完全に門外漢だ。
「あざみ社長は、経済界へのアピールのために、ユーザーとしての僕を利用したがっていたけど、それだけシスルが企業体として弱いということでもある。でもちょっとプレイして思ったけど、ウェブ上に構築する仮想現実世界の潜在的な経済価値は彼女が思っている以上だよ。ナロファンがそれを生かしきれているとは思わないけどさ、気づいている一部の大企業は、たぶんシスルのノウハウをほしがっている」
「ツワブキコンツェルンもですか?」
「さぁ? 僕は父の仕事は手伝っていないよ。自分のお金くらい自分で稼ぐし、ナロファンを続けているのも単純に面白かったからだ」
そうは言っているが、こうした話をするにつけ、石蕗一朗は経済界で生きている人間なのだなと江戸川も思う。
シスル・コーポレーション程度の企業規模であれば、ちょっとした外圧も致命傷になりかねない。そうした中にあって、大企業がシスルの株を買い占めるなどの動きを見せれば、彼らも実質的に、巨大なホールディングスの中に取り込まれてしまうことになる。と、一朗は自らの懸念を説明した。
「隙を見せないためにも、あざみ社長はしっかりとした対応をするべきだとは思うけどね」
少しシビアな話をする。プレイヤーとしての視点で見た場合、その結果セキュリティが強化されたり、ややピーキーなゲームバランスが是正されたりするのであれば、ナローファンタジー・オンラインの実質的な運営体が大企業に移ったところで不満もないというのが実情だ。ナロファンがここまで人気を伸ばしたのは、仮想現実技術を全面に押し出し構築された緻密な世界観の影響であって、ゲームとしてはまだまだ調整の余地があるだろう。そこにメスが入るのであれば、ユーザーとしては願ったりだ。
しかしそれでも、話の流れでシスルの買収を防ぐ手立てを考えていた江戸川は、ふとこんなことを口にした。
「石蕗さんがシスルの株主になることはできないんですか?」
「できるよ。やろうと思えば簡単なことかな」
あっさりと言う男である。
「もし、大企業の参入でナロファンのゲーム性が損なわれたりする可能性があるのであれば、知人や友人、まぁこの中には君も含むけど、彼らの楽しめる場所を守るために、シスル本社をまるごと買い占めるなんてことも、考えなくはない」
そう言って、一朗はハンドルを切った。青のケーニッグセグ・アゲーラが駐車場に入る。
「でもその場合、僕はもう二度とログインしなくなると思う。プレイヤーじゃなくて、経営者になっちゃうからね。なるべくカスタマーとしての地位を維持したいっていうのが本音かな。着いたよ」
「あ、どうも……」
喫茶店、なのだろうか。駐車場から移動すると、そこには高級感のあるクラシックな建物があった。きょろきょろ見回しておのぼりさん全開というのも恥ずかしいので、毅然と正面を見据え、中に入っていく一朗を追った。琥珀色の店内。心の奥底に働きかけるような緩やかな音楽が、耳朶に心地よい。明らかに『良い店』だ。江戸川の身体がこわばる。
この男、自分をこんなところに連れてきて何がしたいのだ。そう思うにつけ、身体がさらにガチガチと硬直していく。右手と右足を同時に突き出して歩くさまなど機械的で、ゲーム内におけるマシンナー・エドワードの方がまだはるかに人間じみていたと言えるだろう。
「そう緊張することはないさ。店構えだけだよ」
一朗が平然とそんなことを言うものだから、席に腰掛けるマダムの視線がなおさらに痛い。
「いらっしゃいませ。お二人様でございますか?」
「うん。あぁ、エド、プライベートルームの方がいい?」
「いえ、その、普通で」
笑顔で応対するウェイトレスを前に一朗が振り向き、江戸川は咄嗟に答え切れなかった。
席に案内され、メニューを手渡されたあたりでようやく心が落ち着いてくる。ここで安易に中を覗いてしまえば、また平静さを失ってしまうだろうと考え、江戸川はひとまず出された冷水に口をつけた。少しすっぱい。レモン水か。
「あの、ここまで来ていうのもなんですけど……何か自分に用ですか?」
「いや、別に?」
一朗はメニューを見ながら言った。
「突発的なオフ会だと思ってくれれば良いよ。君がどうかはともかくとして、僕が君のことを嫌いじゃないのは、前に言ったとおりじゃないか」
あの時ははっきりと、『俺はお前が嫌いだ』と叫んだはずなのだが、その相手を突発オフに誘うとはなかなかいい度胸をしている。
とは言え、あのときの自分は冷静さを欠いていた自覚があるし、ゲーム内のいざこざを現実世界にまで持ち出そうとは思わない。目の前の男は、リアルでもネットでもまるで態度に変化がなく、それはそれで驚きなのだが。少なくともゲーム内では不遜にきけていたであろう口も、リアルな大金持ちを前にしては萎縮してしまう。
「さっきの話の続きですけど、」
ならば、遠慮なく雑談をすればいいか、と、割り切ることにした。話しながらメニューを開き、中に並ぶ数字を見て軽くめまいを覚えるが、なんとか意識の維持に成功する。何が『店構えだけ』か。
「石蕗さんは、自分でVRMMOを作ったり、管理したいとまでは思わないんですね」
「実は1回作ったんだけどね」
「は?」
一朗はすでに注文を決めたのか、メニューを畳んで窓の外を眺めていた。
「僕、ランカスティオ霊森海の雰囲気が好きでね。ああいった仮想世界を作れないかと思ったんだ。もう一度、あざみ社長の論文を読んだり、研究所を取り寄せたり。とりあえずサーバーマシンとスパコンを買ってさ、ゲームがてらにぽちぽち作ってみたんだよ」
こいつ、何を言っているんだ。江戸川は開いた口が塞がらない。
「何度か行ったアマゾン奥地を再現してみたんだ。もちろんグラフィックも自作でね。完成したときは心躍ったけど、ミライヴギアを繋げていざドライブしてみると、そんなに楽しくなかった」
「は、はぁ……」
「結局、僕が端から端まで知っている世界なんてナンセンスだなって思った」
それ、全部実話なのだろうか。にわかには信じがたい話である。どれほどの規模の世界を構築したかは知らないが、バーチャル・リアリティ技術で細部まで再現したアマゾン奥地の環境など、一人で造れるものなのだろうか。おそらく製作期間は1ヶ月もないのである。さすがに嘘だろ、という気持ちと、それが事実だったときの衝撃の度合いを考えて、それ以上突っ込む気は失せた。
「自分のために誂えられた世界ほど退屈なものはないよ」
「……その発言は贅沢ですよ。あ、すいません」
近くを通りがかるウェイトレスに、注文をする。
一朗は何も言っていないが、どうせこの店の代金はこの男持ちだろう。割り勘にするなんて言い出したらその狭量さを大笑いした上で万札をたたきつけてやる。その心構えで、遠慮なく美味そうな名前のものを頼んでいった。実際に美味いのかは知らない。
「贅沢かなぁ」
「贅沢です。この世界が全部石蕗さんのために誂えられているとは言いませんけど、神様は結構な割合であなたを贔屓してるんじゃないですかね」
「なるほど。ある程度自分のために作られた世界だからこそ言える贅沢か。心に留めておくよ」
それが、一朗が生まれてこの方吐いた台詞の中でも、ベスト3に入るほど殊勝なものであったことを、江戸川は知らない。
「じゃあエドの話でも聞こうか。システム・アイアスはセキュリティソフトの会社だっけ」
「話すことなんてあまりないですよ」
男二人、喫茶店に入ってするような話でもないな、と思う。
「一応、そういうことになってます。ソフトウェア関連はもっと手広くやってますけど。今回シスルに提供したのは、弊社が開発している〝アイアス・システム〟の最新バージョンです」
「アプリケーションゲートウェイ型のファイアウォールなんだっけ」
「よくご存知ですね。通信の代替制御を行うのはレイヤ7ですけど、それぞれのプロトコル階層にダイナミックなパケットフィルタを設定しています」
そもそも商品名のアイアス・システムが社名の由来であるし、そのアイアス・システム自体も、7つのプロトコル階層で防護壁を敷く基本設計からイメージしてつけられた名前だ。トロイア戦争において活躍した英雄アイアスの盾。より正確を記するならば、それをモチーフにしたゲームにおける、7層のシールドと、ファイアウォールの設計思想が合致していたために名づけられた。名前をつけたのは社長だ。
コーヒーと紅茶を運んできたウェイトレスが、2人の会話を小耳にして目を白黒させていた。まぁ単語だけ聞いてもわけがわからない話だろう。
「最近は世間でもクラッキングが盛んだと聞いたよ。ポニー社もやられたんじゃなかったかな。フューチャーストア関連のサーバーがさ」
「愉快な話じゃありませんね。ポニー社の件は顧客情報が流出しませんでしたし、これで企業のセキュリティ意識が高まればいいと思いますよ」
コーヒーにミルクを入れて、そんなことを言う。飲んでみると確かに美味しかったが、マクドナルドで頼む100円コーヒーとの違いもよくわからなかった。
とりあえず一緒に出てくるデザートを楽しみにするか、と思った時、懐の携帯が鳴った。
「失礼」
「どうぞ」
着信通知に『シスル・コーポレーション』とあった。嫌な予感に顔をしかめ、ひとまず江戸川は電話を取るために席を立った。
「それは大変だったね」
「大変だったのよ。実際」
笑顔で言うユーリに、アイリスは答える。
結局、ニセ御曹司・パチローの件も落着し、キルシュヴァッサーとアイリスはアイリスブランドのギルドハウスへ帰参した。ナロファンにおいて、通常ギルドの構成人数は3人以上でなければならない。2人以下になった場合は即解散となるが、その原因がアカウント停止や退会による突発的なものであれば、数時間の猶予が与えられるシステムになっていた。
キルシュヴァッサーは帰参の後冒険者支部へ赴き、ギルドリーダー変更等の諸手続きを行っているはずだ。臨時メンバーとしてザ・キリヒツの7人を加え、なんとかギルドは存続が可能となっている。
ユーリがたずねてきたのは、アイリスがハウスに戻ってからだった。
「でも、アカウントハックなんてあるんだね。VRMMOでも」
「ねー。驚いちゃった。あたし、普通のオンラインゲームはやったことないんだけど、なんていうか、不気味よね。今まで知ってた人が違う人になってるんだもん」
「バーチャル世界ならではだよね。怖いなぁ」
毎日こうして定期的なドライブを行っていると、ついこの世界がゲームであることを忘れてしまいそうになる。精緻にくみ上げられたグラフィックは、あくまで仮想のものでしかない。目の前にいるユーリだってそうだ。彼女の向こう側には、おそらくユーリとはまったく違う姿見の人間がいる。
しょせんはアカウントなのだ。アイリスも、杜若あいりという人間が『変身』して、別の現実世界に移動しているわけではない。同じ機械とアカウントを使用すれば、誰でもアイリスになれるし、ユーリになれる。そう思うと、このリアルな世界観が、いきなり不気味に感じられた。
「あ、私はいつものユーリだよ?」
「知ってるわよぉ。あたしだってアイリスだし」
唇を尖らせるように答えると、互いに目を合わせてぷっと吹き出す。
ユーリはユーリだ。それは間違いない。人間の格闘家。現実世界でどうかは知らないが、高校生のとき空手部に所属していたという話をちらりと聞いたことがある。高校生のとき、と言うからには、今はそうではないのだろうけど。
「今日、ミウとレナは?」
「二人ともリアルが忙しいみたい。今日は私だけ。まぁせわしないギルドでもないからねー。こないだのグランドクエストに顔出してわかったけど、やっぱマイペースが一番だね」
「ふーん。ユーリ、いまレベルどれくらいだったっけ?」
「60。デルヴェにいくにはちょっと心もとないなぁ。あそこ、戦闘禁止制限ないんでしょ?」
開放され入植地となったデルヴェはもはや亡魔領ではないが、冒険者協会が公式にストリートファイトを認可しているという設定で、都市内でも突発的なプレイヤー間戦闘が発生する。デスペナルティが発生せず、勝ったところでリザルトが得られないため辻斬りのメリットはゼロに等しいが、それでもトッププレイヤーがひしめくあの街へ行くのはかなり勇気がいるだろう。
「興味はあるんだけどね」
「御曹司が戻ってきたら連れて行ってもらう?」
「うーん、どうしようかな。マイペースが一番って言ったばかりだしなぁ……」
ユーリが悩んでいると、ハウスの外に蹄の音。キルシュヴァッサーが帰ってきたのか、と思った直後、ばたばたと複数の駆け足が聞こえた。こちらはキリヒツか? しかし、少しばかり慌しいような……。
「アイリス!」
扉を開け、叫んだのはキルシュヴァッサーのほうである。アイリスとユーリは、びくりと肩を震わせ、銀髪の騎士もそれに気づく。
「あ、お邪魔してます」
「おや、ユーリ殿。よくお越しくださいました。申し訳ありません、お茶をご用意できなくて」
にこりと笑うユーリに、キルシュヴァッサーも笑顔で応対した。
「あの、キルシュさん、なんかあったの……?」
先ほどの剣幕はただ事ではないと思ったのだが。それをたずねると、彼はまた真剣な表情に戻った。
「あぁ、それなのですが、」
「パチローがまた出た」
キルシュヴァッサーの背後から顔を覗かせるキリヒト(リーダー)が、真剣な面持ちで告げる。
「へっ、で、でも……」
「武闘都市デルヴェだ。かなり暴れているらしい」
視線をキルシュヴァッサーに向けると、彼も無言で頷いた。
どういうことだろう。アイリスは混乱した。パチローとは、要するに御曹司のアカウントを使用した悪意ある第三者のことであって、運営が正式な対処をした以上もう現れないはずの存在ではなかったのか?
ひとまずメニューを開き、ギルドメンバーを確認すると、停止されていたはずのイチローのアカウントは確かに解除されている。現在位置はデルヴェ。アイコンは戦闘中を示していた。
「キルシュさん、これ……」
「よくわかりませんな。ですが、イチロー様のアカウントが狼藉を働いているのは事実なようです」
そう言って、彼はインベントリからワープフェザーを取り出した。デルヴェがフィールドではなく都市マップとなったことで、ワープポートとしての登録が可能となっていた。これを使えば一瞬で飛んでいける。
キルシュヴァッサーは行くつもりらしい。背後のキリヒト達も同様だ。
アイリスは、ちらりと背後のユーリを見た。旧友は、いつもと変わらない笑顔で言う。
「アイが行くなら、私も行くよ」
こうまで言われてしまっては、迷う理由もない。
アイリスも深く頷いた。
「よし、行くわよ」




