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VRMMOをカネの力で無双する  作者: 鰤/牙
『チュートリアル』編
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第三話 御曹司、キャラクターを作る

 本来は業務用遊技機であるミライヴギア・コクーンには、クレジットカード用のカードスロットが存在する。遊技機を兼ねたパソコンで決済ができた従来のMMOとは異なり、ミライヴギアXでは仮想現実世界へのドライブ中は課金が行えない。それに対するメーカーからの心憎い配慮と言えよう。あまりにも露骨な要素であるためユーザーからの受けは悪く、コクーンを設置しているインターネットカフェやゲームセンターでも、カードスロットをテープやPOPなどで隠してしまっているところも多い。


 ナンセンスだ。


 金が使えるなら使えば良いじゃん! というのが石蕗一朗の思想であるからして、カードスロットに黒塗りのクレジットカードを挿入するのにも、何の躊躇もありはしなかった。現在はフューチャーポイントと言って、コンビニで購入できるいわゆるウェブマネーもあるのだが、そんなものを買ってくるくらいなら最初からクレジットカードを使う。

 アルモニアの高級ベッドで寝起きする一朗には少々物足りなかったが、コクーンのリクライニングシートのすわり心地もなかなかのものである。全身をシートに預けると、ヘルメット状の機械、すなわち市販のミライヴギアXと同型の装置が降りてきて、一朗の顔をすっぽりと覆った。


 窮屈だな。これが最新のバーチャルリアリティ機材か。

 と、思ったのも束の間。一朗の意識と感覚神経は徐々に現実世界から遮断され、ミライヴギアの作り出した架空の宇宙へと招待される。暗闇と光が交錯し、支配するサイバー空間に、アイコンがひとつだけ浮かび上がった。先ほど開封したゲームのパッケージと同じもの。ナローファンタジー・オンラインのプレミアムパックだ。

 ゲームを選択してくださいという文字。おそらく、日本の各地で稼動しているコクーンであれば、この仮想宇宙に、インストールされた複数のゲームアイコンが浮かんでいるのだろう。身体の感覚すら確かではないこの空間で、一郎が『触れよう』と思った瞬間、ゲームアイコンがまばゆい光を放ち始める。


 光が視界(と言って良いのかどうか)を覆い尽くしたあと、一朗の意識の中にポニー・エンタテイメント社の、そしてミライヴギアのロゴが浮かび上がり、最後にシスル・コーポレーションの名前が浮かぶ。せっかくの仮想現実だというのに、こういうところは今までのゲームハードと変わらないらしい。

 しかし、今、一朗は完全に電脳空間に取り込まれているのだろうか。実感というものがまったく沸いてこない。現実との具体的な境界がさっぱりわからないのだ。脳を騙すという意味において、確かにこのミライヴギアは相当高性能な代物と言えた。


『ナローファンタジー・オンラインへようこそ!』


 明るい女性の声が、一朗の意識に響き渡った。続いて、視覚を司る脳分野の片隅に、声の主らしき姿が影を落とす。白い服、という意外に形容は難しいが、何らかの制服の類であろうことは察せられた。


『ナローファンタジー・オンラインは、数ある冒険者のひとりとなって、広大なアスガルド大陸を探索するバーチャルリアリティ・MMORPGです!』

『プレミアムパッケージをご購入された方ですね!』

『このシリアルナンバーはアカウントが登録されていません』

『早速、キャラクターを作っていきましょう!』


 NPCらしく、矢継ぎ早に言葉を繰り出してくる。このあたりのAIに思考ルーチンは仕組んでいないのだろうか。

 まぁ、考えるだけナンセンスかな。

 一朗は思考だけで続きを促す。


『申し遅れました! 私は、冒険者協会案内係のアザミと申します!』


 冷静沈着を旨とする石蕗一朗だが、さすがにこれには噴き出した。アザミって、つまりあの女社長の名前から取ったのか。彼女は19歳だというから、年齢的には確かに近いのだろうが、昨晩会話を交わしたあのクールビューティとは、似ても似つかないNPCだ。


『ではまず、あなたの名前を聞かせてください!』


 当然、本名を要求しているのではないのだろう。要するにアバターネームをここで決めるということだ。

 ナンセンスだ。

 石蕗一朗は、石蕗一朗である。他の何者でもありはしないのだ。たとえオンライン上であっても、名前を偽るつもりなど、一朗にはない。そんな思考の変遷を知ってか知らずか、アザミは笑顔のまま続ける。


『ツワブキ・イチローさまですね。ミライヴギアがスキャンしたデータでは男性となっていますが、この性別のままプレイなさいますか?』

『ナローファンタジー・オンラインでは、ミライヴギアがスキャンしたデータから、あなたによく似たアバターを作成できます。この機能をご利用になりますか?』

『しばらくお待ちください』

『アバターが完成しました』


 アザミのアナウンスに従い完成したアバターを見て、一朗は眉をひそめる。いや、ひそめる眉など今はないのだが。

 ナンセンスだ。

 心の底から叫びそうになってしまう。

 ナローファンタジー・オンラインのアバターは、リアルな質感を持つバーチャルリアリティであるとは言え、ある程度のデフォルメはなされている。ミライヴギアのスキャン性能がよろしくないのか、デフォルメの過程で致命的なミスが生じたのか、完成したアバターは、本物の石蕗一朗と似ても似つかない、ありていに言って不細工な仕上がりとなっていた。

 これは我慢がならない。


「手直しをしたい」

『手直しをされますか? 輪郭、髪型、目鼻などの複数のパーツから……』

「そういうのは良いんだけど、ちょっと直接モデリングとかできない?」

『データにない造形を直接モデリングする場合、モデルをサイバースペースにインポートするため800円の手数料がかかります。よろしいですか?』


 目の前に、一郎が使用するものと同じクレジットカードと、ホログラムキーボードのようなものが浮かび上がる。一朗は迷いもなく暗証番号を入力し、『YES』を選択した。


「ああ、モデリング用のソフトがいるね」

『オンラインに接続しているため、ミライヴギア用のモデリングソフトをダウンロード購入できます。ソフトはアカウントごとに管理されます。オススメは、ゲーム内でもアイテム生産のデザインなどに使用可能な』

「じゃあそれで」


 表示された金額には目もくれず、やはりクレジットカードの暗証番号を入力し、『YES』を選択する。

 さっそくクレジットカードが役に立ったな。一郎が生きてきた中で数少ない不満というのが、彼が持つブラックカードが使用限度額に達したことが一度もないという点である。たかがゲーム内課金でそこまで行くとは思えないが、遠慮せずにガンガン使っていくとしよう。

 しかし参ったな。桜子さんを少し待たせてしまうか?

 だが、そこは絵画のみならず、彫刻やマンション設計などの3Dデザインでも才能を発揮する石蕗一朗である。叩き台ができている以上、それを自分に似せて手直しするなど造作もない。一朗は、自分自身の整った顔立ちこそが完璧であると自負しているが、完成した3Dモデルは、一朗自身のものより少しだけ髪の青みが増していた。


『このアバターでよろしいですか?』

「良いよ」

『アバターモデルの稼動をナローファンタジー・オンラインに合わせて最適化しています。しばらくお待ちください。最適化が完了しました』


 一朗はため息をつく。ナンセンス。実にナンセンス。こんなところで足止めを食らうとは。気にしなければならない設定は、次からだろうに。


『あなたの種族を決定してください。種族特徴に応じて、アバターに若干の手直しが加わります』


 あまり愉快なアナウンスではない。時間がかからなかったとは言え、せっかく自分に似せて作り直したアバターだ。下手な修正が入って、またひどくなったりすると困る。

 と、言うことは、あまり修正の入らないような種族が良い。


 選択できる種族は、人間、エルフ、ドワーフ、小人、獣人の五種に加えて、プレミアムパッケージでのみ選択できるハイエルフ、ドラゴネット、マシンナーの三種。比較的人間に近い種族を、と思ったが、そこまで致命的な修正が入りそうな物はない。だがドワーフと小人は論外だな。プレミアム限定の種族からえらぶとしよう。ここはドラゴネットで。『太古に存在した最強の生命体、ドラゴンの血を引く種族』というテキストも気に入った。


 しばらくして手直しが加えられたアバターというのも、頭に竜の角が生え、瞳の色が金色になったくらいで、気にはならない。鱗をつけたり、フォルムをもっと爬虫類らしくするギミックもあるが、このままで良いだろう。


『あなたのクラスを決定してください』


 これは最初から決めていた。魔法剣士マギフェンサーだ。

 クラスにはメインとサブ1、サブ2があるらしいのだが、サブクラスに関してはプレイ後でも埋めることは可能らしい。悩むのもばかばかしいのでメインクラスだけを決定する。この場合、ステータスは三つのクラスすべてが魔法剣士マギフェンサーであるとして算出される。

 浮かび上がったままの一朗のアバターは、クラスの決定と共に簡素なレザー装備に身をつつむ。あまり気に入るようなデザインでもないが、まぁ装備なんていうのはあとで買い揃えればよろしい。


『キャラクターエディットが完了しました。アカウント情報を登録するため、以下の項目に記入してください』

『ログイン用のパスワードを設定してください』

『キャラクターネームとは別に、ユーザーネームを決定してください』

『アカウント情報の登録が完了しました』


 これで終わりか、と思っていると、アザミはにっこりと笑ってこんなことを口にする。


『最後に料金コースと追加オプションの設定を行います。こちらは後からでも変更可能です』


 ここに至れば、一朗もようやく、この清純そうなNPCの後ろに、昨晩言葉を交わした強かな女性の姿を幻視できる。

 とは言え、ナローファンタジー・オンラインは、プレイそのものが有償であったか。膨大なサーバーの管理や、開発費用、継続して行われるメンテナンスなどを考えれば、基本料金月額980円というのは、高いのか安いのか。


 基本料金のほかは、NPCショップの品揃えが増えたり、購入価格が値引きされたりする『エクストラコース』、獲得資金や獲得経験値などがわずかに上昇する(1.1倍)『ロイヤルコース』などがあり、複数のコースを併用できる。嬉しいところでは、最初の一ヶ月のみ適用され、資金と経験値の獲得に更なる補正がかかる『スターターコース』などが存在する。

 追加オプションというのも、要するに体の良い課金サービスのことだ。ポーションなどの消費アイテムを、リアルマネーでまとめて購入する『基本アイテムパック』、24時間限定で獲得資金・経験値に異様なブーストがかかる『ブースターパック』などがある。多少種類が豊富すぎる気がしないでもないが、時間の取れない社会人が、ヘビーユーザーに追いつくためにはありがたい有償コンテンツであるといったところか。いわゆる課金装備の類も、強さよりも見た目のオシャレにこだわりたいユーザー向けの性能であるようだ。


 とりあえずめんどくさいので全部購入した。


『以上で設定は終了です。では、広大なナローファンタジー・オンラインの世界を、是非お楽しみください!』


 広大なのに狭い(narrow)とはこれ如何に。アザミのアナウンスのあと、意識が再び光につつまれる。いよいよ冒険の始まりというわけだ。

 一朗の心に高揚感はない。だが、ほんのわずかな期待感はあった。ともなれば、それが裏切られないことを祈るのみである。

7/15

 誤字を修正いたしました。

×『申し送れました! 私は、冒険者協会案内係のアザミと申します!』

○『申し遅れました! 私は、冒険者協会案内係のアザミと申します!』

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