第三十五話 御曹司、乱入する
ゾンビレギオンの巨躯を一瞬で葬り去るキングキリヒトの御業は、驚愕を以って迎えられた。
地面に倒れこんだ苫小牧、聖剣を構えるティラミス。二人を覆い隠すには小さすぎる背中だが、そこに危なげは一切ない。車輪を回し、滑車のように飛び込んでくる複数のスケルトンチャリオッツを、《バッシュ》の一撃で迎え撃つ。独特の構えから派生するやや広範囲のダメージ判定。骸が粉と散り、光の粒子として消えていく。
「キングキリヒト……!」
前線を支えるストロガノフの声は苦々しげだ。
「何をしにきた……!」
「いや、別に」
敵愾心の滲むその言葉を、キングは平然と受け流す。
「マツナガさんに、来たら、って言われたから来ただけ。あんた達の獲物を横取りする気は、あんまない」
その言葉、どこまで信用していいものだろうか。ストロガノフは、状況を図りあぐねる。
キングキリヒトの乱入タイミングは、まさしく絶妙なものであった。美味しいところを持っていった、と言えば、確かにそうだ。だが、前衛のガスパチョ、後衛のパルミジャーノが力尽き、ティラミスと苫小牧まで失いそうであった現状、その窮地を救ってくれた救援であるのも事実である。
グランドボスの討伐という栄誉。それを目的として邁進してきたストロガノフにとって、キングの意図が読み取れない。彼ほどの実力があれば、乱入のタイミングに乗じてレイドボスの無視できないダメージを叩き込むことは可能だ。それを容易に葬り去りうるかどうかは別としても、単騎でボスと渡り合うだけの戦闘能力は、十分にある。キングキリヒトもトッププレイヤーの一員として、グランドボスの討伐に興味が無いとは思えない。
混乱と動揺を隠し切れないその視線に気づいたか、キングは小さくため息をついた。
「良いよ。あんた達がまだボスを倒せるっていうなら、それでさ。後ろはオレが全部やる」
「なに……」
ゾンビレギオンが数体、スケルトンチャリオッツが十数体。それだけの大編成を前に、悠々と吐く台詞ではない。
いったい彼は何を考えているのか。度重なる妖魔ゾンビの猛攻が、それ以上の詮索を許さなかった。重くすばやい一撃を、《ウェポンガード》でなんとかしのいだ後、片手でポーションを呼び出して一気飲みする。アイテム使用の硬直時間は、前衛職の必須スキル《早食い》で大幅に短縮された。幸いにして、次の攻撃が来る前の回避行動が間に合う。
一連の混乱で、攻略チームに組み込まれた精鋭はその数を半分近くまで減らしていた。前衛、後衛共にほぼ総てのプレイヤーが手傷を負っている。現実的に戦略を練るならば、こちらの何人かを取り巻きのMOBに回し、キング自身にボスの討伐を手伝ってもらうのが一番早い。
しかし、
「助力、感謝する!」
キングキリヒトにはそれだけ投げかけ、他の参加プレイヤーを集合させる。総勢40人弱。このメンバーだけでグランドボスを撃破するのだ。こちらも赤き斜陽の騎士団。意地は、ある。
ティラミスと苫小牧による回復魔法、及びステータス上昇。即座に準備を整え、前衛プレイヤーがいっせいに、妖魔ゾンビへと殺到する。
「……何故、苫小牧が前衛にいる?」
「フフ……。これが私の隠された力なのですよ……」
いつの間にか眼鏡をかなぐり捨てていたハイエルフの哲人は、いささか狂気じみた笑顔を浮かべてストロガノフに並走していた。なにやら薄ら寒いものを感じつつも、やはり考えている暇はないと押し流す。本人が前衛を張るというのならば任せよう。
まずは先陣を切る。《カブトワリ》から強制的にキャンセル系アーツである《キリカエシ》を割り込ませ、すばやい2連撃を叩き込む。疲労度の急激な蓄積を無視しての、更なる《アーツキャンセル》。硬直時間を消し飛ばして敵の攻撃に備える。
「きェェェェ―――――――――――ッ!!」
後続から次々と連続攻撃を叩き込む重戦士たちにまぎれて、苫小牧の奇声が響き渡った。美麗な金髪を振り乱し、血走った瞳で手刀、足刀の乱打を叩き込んでいく。哲人の能力上昇アーツの賜物か、あるいは単純に格闘家のスキルやアーツを鍛えているのか、ひらめくダメージエフェクト自体は他の前衛職に劣らない。
後方から放たれる魔法攻撃、射撃攻撃に合わせ、ティラミスも一撃を叩き込んだ。聖騎士専用の武器攻撃アーツ《パニッシュメント》。妖魔属性と不死属性を併せ持つこのグランドボスには、相当量のダメージが期待できる。
四本の腕が動いた。前衛職のパーティメンバーが一様に身構える。
直後、嵐のような四連撃が、彼らの頭上に降り注いだ。ティラミスがセレスティアルシールドを前面に押し出して、一歩、踏み出す。高レベルの《カバーリング》に《インヴァルネラブル》を重ね、ダメージを大幅に減衰させる。襲い掛かる衝撃とダメージエフェクト。歯を食いしばり、削り取られるHPを必死に耐える。
果たして残体力30%を残して、ティラミスの身体は前線に踏みとどまった。《インヴァルネラブル》の硬直時間は長い。苫小牧が彼女を引き連れて前線を離脱し、即座に回復魔法をかける。瞳は血走ったままだが、理性は失われていない様子だ。哲人として最低限の仕事はこなす。
いける。
ストロガノフは核心に口端を緩めた。サイクルは維持できている。あとは、バフの切れ目を明確に判断して、能力上昇アーツの使用に気をつけることと、後方からの奇襲に警戒することだ。キングキリヒトはどうか。あれだけの数を、一人で相手にできるのかどうか。
視線をめぐらせれば、まったく無駄な心配だったとわかる。
最強のソロプレイヤーとは、いったい誰が言い出した言葉なのか。
いかにこのゲームのバランス設定が甘いとは言え、MMOというジャンルにおいて、トッププレイヤー層が手こずるMOB集団を単騎で解体していくなど。カタカタと歯を震わせて突撃するスケルトンチャリオッツでさえも、哀れな積み木のオブジェに等しい。キングは《ウェポンガード》でダメージを減衰するのではなく、ダメージ判定の発生直前を狙って、《バッシュ》の一撃を叩き込んでいた。
それが、ミライヴギア・Xの保有するイメージ処理プロセッサ8TFLOPSの、最大限為しうるパフォーマンスであると、誰が気づくことか。スケルトンチャリオッツを粉々に打ち砕いた後、キングはその足で大地を蹴り、弾丸のような初速で跳躍した。立ちはだかるゾンビレギオンに、再び黒の突風が大穴を穿つ。
「すごい……」
ティラミスが声を漏らしていた。そう、確かに、凄い。
鬼神とすら呼ばれた赤髪の巨漢は、かつてのマツナガの言葉を思い出す。『ねぇストロガノフ、どんな場所でも、最強でい続けるってことはねぇ、無理だとは思わない?』『それでもあんた、一番強いプレイヤー集団でいようって思うの?』
強さは不変ではない。そんなこと、ストロガノフも知っている。このゲームの世界においてさえも、『レベルアップ』という概念が存在する以上、強さの基準は常に変動するのだ。
それでもストロガノフは、それを維持しようと努力をしてきた。腕利きのプレイヤーを掻き集め、自身もまた最強プレイヤーの一角として君臨し続けることで、戦闘・攻略における、もっとも強いプレイヤー集団を築き上げてきたのだ。
そして彼が育て上げた集団は今、かつて無いほどの強敵と相対し、勝利の糸口を見出している。
だが、たった一人で魔物の軍勢をなぎ倒すキングキリヒトの姿は、そんなストロガノフのプライドすらも強く揺さぶる。ひょっとしたら、マツナガも過去こんな気持ちになったのだろうか。最強であろうとする自分の価値観を、危うくする存在。
ストロガノフはかぶりを振った。今は戦闘中だ。戦闘に集中せねばならない。
回復処置を済ませたティラミスや、他のカバーリング要員が前線に復帰し、再び妖魔ゾンビへの猛攻を開始する。意外にもダメージに貢献しているのは苫小牧であった。ゾンビレギオンにあえなく撃墜されたダメージもなんのその、口元に泡を噴きながら奇声をあげ、鞭のようにしなる両手両足を次々とたたきつける様には、いささか不気味な感情を抱くものの、秒間ダメージ効率は前線メンバーの中でも郡を抜く。
むろん、ストロガノフも単発火力において比肩し得るものはない。疲労蓄積度を無視した《キリカエシ》《アーツキャンセル》の連続使用によって、隙のない連続攻撃を叩き込む。ティラミスは、ときおり動きを止めて妖魔ゾンビの攻撃に備えなければならなかったものの、セレスティアルソードから繰り出す《パニッシュメント》は妖魔ゾンビを相手取ってもっとも相性のいい攻撃アーツと言える。
野次馬の間にも落ち着きと感嘆が広がっていた。最強のソロプレイヤー、キングキリヒトにも喝采が集まり、同時に彼が後衛を支えているならば、残された騎士団は、あの恐るべきグランドボスを討伐できるのではないか。そんな期待感が、大衆の間に伝播していく。
過去3回、グランドクエストの成功を成し遂げた赤き斜陽の騎士団である。彼らが一周年を前に、偉業を為しえる瞬間を、目撃できるのではないか。そんな実感が、大きな歓声となって広がっていく。そのときだ。
「あれ……なんだ……?」
野次馬の一人が、空を見上げてそうつぶやいた。
砂と瘴気に覆われ霞む空に、駆け抜ける光点を確認できた。おそらくはかなりの高度を飛行している。深奥部、ダンジョンの方角から、こちらに向けてまっすぐに飛んでくる。
このゲームにおいて、プレイヤーの飛行手段は限られる。魔術師が使用する《レビテーション》というアーツは、一時的にプレイヤーやオブジェクトを浮遊状態にするだけであり、それを高レベルまで上昇させて始めて取得しうる《フライト》であっても、長時間の飛行に適さない残念アーツとして知られていた。ドラゴネットやマシンナーなどのプレミアムクラスのみ取得できる《竜翼》《バーニアユニット》は、初期から飛行を行える稀有なスキルだが、そもそも飛行という行為に付随する三次元的なバランス感覚が掴めずに、空を諦めるプレイヤーも多い。
では、あの光点はプレイヤーか、MOBか。それとも別のエフェクトなのか。
一部のプレイヤーは《遠視》スキルを用い、光点の正体を確認しようとした。他の野次馬も次々に顔をあげて、足りない【知覚】ステータスをめいいっぱい凝らせる。だが、ディティール・フォーカスを以ってしても、その距離はあまりにも……
いや、距離ならば、いまこの瞬間にも、高速で縮まりつつある。
「あれは、なんだ!?」
「鳥か!?」
「飛行機か!?」
「いや……」
光点は、派手なエフェクトを纏ったままメインストリートの中央、キングキリヒトが挑むMOBの群れのど真ん中に落下した。衝撃が波紋となって周囲に広がる。あるいはそれは、物理的なダメージを伴うものであったのか、着弾地点の付近にいたスケルトンチャリオッツが、巻き上がる瓦礫や砂塵と共に粉々に砕けて散っていく。
ぶわり、と砂煙がひときわ膨れ上がった。瞬間、迸る衝撃。
ゾンビレギオンの巨体が勢いよく吹き飛ばされ、そのまま質量を纏った凶器として、妖魔ゾンビへ向かって飛んでいく。付与されたダメージ判定。重い一撃。二つのダメージエフェクトが閃き、妖魔ゾンビがもんどりうって、ゾンビレギオンは肉片を散らしながら光と砕けた。
「やぁ、僕だ」
にこやかな笑顔で、爆心地にたたずむ青年が言った。
ツワブキ・イチローである。背中に大きく広げた竜の翼は、彼が着用するジャケットやスラックスに、まったくといって良いほど似合っていなかった。人々は唖然としながらも、しかしおぼろげに理解する。空から堕ちてきて、ゾンビレギオンを吹っ飛ばしたのはこの男だ。
「つ、ツワブキ……」
ストロガノフはかすれた声を出す。キングキリヒトは、片手で額を押さえていた。
「おっさん……。オレがせっかく空気を読んでんのにさぁ……」
「ん、何か申し訳ないことをしたかい。あぁ……したみたいだね。すまない、ストロガノフ」
地面に転げてのたうつ妖魔ゾンビと、あっけに取られる騎士団を見て、イチローは涼やかに言う。
ツワブキ・イチローは地下攻略組である。なぜここで姿を見せるのか。妖魔ゾンビの出現から、まだ1時間と経っていないのだ。むろん、地下攻略組であるといえど、間に合えば地上戦に駆けつけても良いという暗黙の了解もあったが、これはいったい。そもそも最下層からいったいどうやって間に合わせたというのか。
直後、すべての疑問など塵芥に等しいと知る。
どうやってかは知らないが、ツワブキ・イチローは地下イベントを発生させ、その足でここまで駆けつけた。それが総てである。ゴルゴンゾーラからの連絡が無いところを見るに、おそらく彼にしかできないなんらかの手段を用いて、やってきた。
「ツワブキ、おまえは……何をしにきた……?」
ストロガノフの問いを、イチローは片手で遮る。しかし身体も顔も、そちらには向いていない。彼の興味は、相対する一人のプレイヤーに向けられていた。
「別に君たちの獲物を横取りしようって言うんじゃないんだ。僕は、そんなものに興味はない」
そんなもの。
そんなものか。ストロガノフ達がプライドをかけて取り組んできた挑戦であっても、この男には『そんなもの』でしかないというのか。では、彼がここまで飛んできた目的というのは、一体なんだというのだ。
イチローの涼やかな視線は、キングキリヒトの返すそれと交錯していた。両者の興味は合致している。野次馬の間に、それまでのものとはまったく別種のざわめきが広がった。
「あの男って……あれだろ……。マツナガのブログに載ってた……」
「ていうかこの前の会議にも出てたじゃん」
「エドワードを一撃でぶっ飛ばしたっていう……」
「キングとやる気なのか?」
「まさか」
しかし、そんな喧騒にさえ、どのような意味があるというのだろうか。このとき、ツワブキ・イチローにとっては、世界の総てがまったく無意味なものになっているに違いないのだ。
目の前に立つ、たった一人の男を除いて。
「キング、君を倒そうと思っているんだけど、どうだろう」
「へぇ」
その目的を決定付けるひとことを、イチローが吐く。キングキリヒトは、その挑戦を笑って受け止めた。
「結局、どっちが強いかなんていう基準は、外部に判断を委ねるしかないんだよね。ナンセンスなことだけど」
「オレのほうが強くちゃいけないってこと?」
「いけないとまでは言わないけどさ。いけないとまでは言わないけど、そもそも僕のほうが強い」
「へぇ」
キングは笑った。これで二度目だ。
「ちょうどいいや。オレもさぁ、同じこと思ってたんだよね。あんたほど自信家じゃないつもりなんだけどさ。オレより強い奴っていうのは、ちょっとこう……信じられねーかなぁ」
「うん。じゃあ、そういうことで」
いったいどういうことだ、という外野の言い分をよそに、両者の合意が成立する。
常人には理解しがたい会話だ。そう思った瞬間、ストロガノフは、自身もそうした常人の一人に過ぎないのだと気づかされる。自分の目の前に立ち、猛威を振るうこのグランドボスなど、二人にとっては路傍の石にも過ぎぬ存在だというのか。グランドボスを倒し、クエストを制覇し、歴史に刻むことに、何の価値も見出してはいない。
価値のあることとはなんだ。
簡単だ。自分自身が強いという、その事実自体に価値がある。
ストロガノフもその本質を理解していたつもりだった。だが次元が違う。かつてマツナガが言っていた。そう、あの言葉の続きを思い出す。『ねぇストロガノフ。強さの価値基準って奴は絶対だよ』『どうあがいても優劣はつく。決定的な奴がね』『結局、誰が最強かなんて、ちょっとしたハプニングで引っくり返されるクソゲーさ』『早く抜けるに限る』。
それは事実だ。しかし、果たしてそれは本意だったのか?
睨みあう二人は、そんな世間の真理などまるで気に留めていないのだ。二人は、自分自身が最強だと信じて疑わない。おそらく、周囲の野次馬だって同じ意見だろう。あれだけの実力を見せ付けられれば、この二人が、このゲームにおける最強のプレイヤーであることに疑いの余地はない。
しかし、二人はそれで満足できない。外野が決める『最強』の判定基準に、何の価値もない。『自分が強い』という、絶対の基準こそに意味がある。如何に周囲が誉めそやしたところで、目の前には比肩する男が一人。浮かび上がるのは当然、『自分と相手のどちらが強いか』という疑問だ。その疑問の存在すら、胸中に許してはおけない。とんだ増上慢ではないか。
だが、この戦いの果てに、決着はついてしまう。優劣がついてしまうのだ。決定的なものが。どちらかは最強でいられなくなる。挑まなければ、戦わなければ、二人は同時に最強でいられたのに。
ストロガノフには、それが理解できない。
理解できないと思ってしまったからこそ、遠い背中を実感してしまう。ドラゴネットの魔法剣士と、人間の戦士は、互いに得物を構えて睨みあった。二人が思い描く、当然の結末を手に入れるために。
しかし、二人が描くうちの、どちらかの結末は、しょせんは幻に過ぎないのだ。
「ああ、はじまっちゃいましたね」
崩壊したカタコンベの最下層で、マツナガがぽつりと言った。その言葉には、虚無感や苛立ち、敗北感の類は一切ない。強いていうならば、道端の石に蹴躓いて転んだときのような、決まりの悪さがにじみ出ていた。
イチローが放った《ドラゴンライズウェイブ》によるダンジョン崩壊と、引き起こされたすさまじい処理落ち。すべてを理解しているプレイヤーは、この場においてもそう多くはなかった。だが、ようやく動作が安定した頃に、ツワブキ・イチローがその場にいないことに気づくと、みんなどこかしら合点のいった表情をしていた。
「どれどれー」
あめしょーが、背後から動画を覗き込む。調査部隊が撮影している動画、その中央で、キングキリヒトとイチローがにらみ合っている。ゴルゴンゾーラは、ローブを目深にかぶりなおしながらたずねた。
「ストロガノフ達はどうしている?」
「えぇと、まだボス戦の途中だね。その脇でこんな戦い始めようってんだから、まぁ大したもんだよ」
「ふむ……」
ゴルゴンゾーラとしては、一刻も早く騎士団に加勢にいきたいといったところか。見たところ、最初に比べて戦況は安定しているようだが、強力な魔法攻撃職であるゴルゴンゾーラが加われば、彼らにとっても強力な助成となるのは間違いない。
ゴルゴンゾーラほどの高レベル魔術師となれば、《レビテーション》や《フライト》の連続使用で、イチローの空けた穴から最上階へ向かうことは可能だろう。共有インベントリにぶち込まれた回復剤の数を考えれば、疲労蓄積度など大した問題ではない。
「ゴルゴンゾーラぁ、ぼくも連れていってよう」
ネコ耳獣人が甘ったるい猫なで声を出す。ゴルゴンゾーラは一瞬びくりと肩を震わせて、『そ、それは無理だ』と小声で言った。『ハラスメント警告が出てしまう』。気にすることが意外と小さい男である。
さて、頭上の穴からロープが放り込まれてきたのは、そのときである。
穴といっても、最下層から最上階までは、直線のイメージ距離にして400メートル近くある。販売されているアイテムとしてのロープは、長さ10メートルという設定だから、これはそれを40本そのまま繋げたものになるのだろうか。見れば定期的に結び目のようなものが見られる。
「なんですかこれは」
最初にマツナガが言った。その後、ぽーん、という軽快な音が背後で聞こえる。アイリスがウィンドウを開いて、受信メッセージを閲覧していた。
「あ、これキルシュさんだわ」
アイリスブランドのギルドメンバー。銀髪の騎士のことである。
「御曹司のことだからこういう展開になるだろうって用意してたんだって。さすがに執事はわかってるわねー……」
「阿吽の呼吸って奴だネー」
「ちょっと違うと思うが……」
キルシュヴァッサー卿は、わざわざグラスゴバラでしか売っていないいくらかのオブジェクトアイテムを購入し、状況に備えていたのだという。そのうちのひとつが、この『強化型ロープ』40本であり、もうひとつがこのはるか頭上に設置されているという滑車だ。つるべのような原理で、最下層のメンバー達を引き上げようというのである。
メッセージでは『こんなこともあろうかと』という言葉がこれでもかというほどに連呼されていた。あの騎士のドヤ顔が浮かぶかのようである。
ひとまず一同は、キルシュヴァッサー卿のありがたい提案に乗じて、地上を目指すことにした。
8/9
誤字を訂正
×披露蓄積度
○疲労蓄積度
×以外にも
○意外にも
一部文章を訂正
×今は戦闘だ。
○今は戦闘中だ。




