表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
VRMMOをカネの力で無双する  作者: 鰤/牙
『キリヒト』編
31/118

第三十話 御曹司、会議に参加する

 朝である。

 それが石蕗一朗の使用人、扇桜子のものともなれば起床は早い。フィギュアやら漫画やらDVDやらが並ぶ自室にて目を覚まし、まずはシャッとカーテンを開ける。主人の好意か東向きに割り当てられたこの部屋で、朝日を思いっきり胸に吸い込む。夏は日の出が早いから好きだ。これが真冬だったりすると、カーテンを開けても外は暗くてテンションが上がらない。

 次にパジャマを脱ぎ捨てて備え付けのシャワールームに飛び込む。水温は常に25度。頭から叩きつける冷たい水の礫が栗色の髪の毛に染みこんで、次第に彼女の頭をクリアにしていく。寝汗を綺麗に洗い流し、ドライヤー、髪梳き、歯磨き、着替え、メイク、その他もろもろアピアランス・チェック。

 すべてOKならホワイトブリムをセットして準備完了だ。押しも押されぬ無敵のメイド・扇桜子の一日が幕を開ける。


 大きく伸びをし、軽く腰回りのストレッチをしながら部屋を出る。朝食の仕込み、洗濯、一朗の私室の清掃。朝っぱらからやることは盛りだくさんだ。まずは一日のプランを立てるべく、廊下からダイニングへ向かう。

 と、


「おはよう、桜子さん」

「おはようございま……えぇぇ〜……」


 一朗がいた。

 いや、いる分には良い。ここは彼の家だ。朝早く起きる分にも良い。基本的に彼の起床時間は早い。ダイニングにいる分にも良い。普段この時間は室内プールか書斎にいるとしても、時間の使い方は彼次第である。

 だが、手に持っているのが掃除機とはどういうことか?


「ひょっとして、誕生日ロスタイム・アフターですか?」

「ナンセンス」


 一朗はかぶりを振った。振りながらも、掃除機で丁寧に床を撫でまわしている。


「単純にお手伝いしようと思って。グランドクエスト攻略に関する会議があるのは今日の10時だからね。それまでに家事を終わらせたら桜子さんもログインできるじゃないか」


 相変わらずよくわからないところで気を利かせてくれる人だ。


「でも、お給料もらってる分を手伝われちゃったら本末転倒ですよ。お掃除なんて私がやります」


 しかしこの御曹司、いつもの涼やかな顔で掃除機を動かし続ける。


「ひょっとして桜子さん、僕が掃除洗濯を完璧にこなしたら、自分の存在価値がなくなっちゃうとか、そういう心配してる?」

「むっ」


 温厚で知られる扇桜子だが、これにはカチンだ。


「一朗さまがいくら多芸多才な大天才だとしてもですよ。家事スキルでは私には敵いません」

「じゃあ競争しようか」

「ほぉーう。相変わらず一朗さまのお口は減りませんねぇー」

「もともとひとつしかないからね。負けたほうが勝ったほうの言うことをひとつ聞くということで、どうだろう」

「良いですよ。やりましょう」


 桜子がにやりと笑って同意することで、ここに勝負が成立する。


「じゃあ、僕は洗濯機を回してこようかな」

「いや、そっちは私がやりますから……」


 デリカシーの欠片もない一朗を、桜子が引き止めた。

 まぁ、その日の朝にはこのようなことがあったのだ。二人が大人げなさを思う存分発露した結果、8時過ぎくらいには一日の家事が全て片付いた。その後、いつもより少し遅めの朝食を、互いの健闘を称えながらゆっくり楽しんだという。一朗と桜子は、9時半ごろにはしっかりと余裕を持ってミライヴギア・コクーンのシートに座っていた。

 なお、勝敗の行方に関しては、読者諸兄のご想像に一任する。





 グランドクエストの攻略会議は、デルヴェ亡魔領のフィールド内で行われることになった。MOBがポップアップし、PvPが容認されるフィールドは『会議』におあつらえ向きであるとは決して言えないが、前線基地となる小さな村は多数のプレイヤーを収容できるほどのスペースがなく、加えてゲームマスターが滞留していることから、そこで会議を行うことに対して積極的にはなれなかったのだ。

 赤き斜陽の騎士団レッドサンセット・ナイツ双頭の白蛇デュアル・サーペントの合同作戦。それは、マツナガ自身の運営するまとめブログでやや大々的に報じられることとなった。単なる二大ギルドの直接協力というだけでなく、名を連ねる複数の有名プレイヤーにも注目が集まり、この日、デルヴェ亡魔領にはいつも以上に多くのプレイヤーが押し寄せた。会議の様子は、マツナガが動画キャプチャーアプリで撮影し、リアルタイムで動画サイトにおける配信を行う。興味はあるがデルヴェにたどり着く実力のない中級者層は、こぞって生放送に飛びついた。


 なるほど、大したもんだな。


 と、いうのが、会議の場に列席者の一人として呼ばれたイチローの感想である。彼の予想するマツナガの思惑を考えれば、いずれも非常に効果的な宣伝手段だ。ウェブ上において多くの発信手段を持つというのは、それだけで強いと感じる。

 ゲームマスターの一人であるラズベリーから『面白いことになってますね』という私信をもらった。運営としても、今回の流れを楽しむつもりであるらしい。これらのギルド、プレイヤーが全面協力することに関して、難易度的にどうであるのかとたずねたところ、『それだけ揃えればさすがに簡単じゃないですかね』と言っていた。『ただ、グランドボスのドロップアイテムとかもありますから、どこまで手を取り合えるかなぁ』。それはもっともだ。


 会議は、フィールド上メインストリートに、円卓のオブジェクトを設置して行われる。聖職者アコライトのクラスを持つ複数のキャラクターが《セイントバリア》を展開してMOBの進入を阻む。マツナガから直接指定された複数の有名プレイヤーが円卓につき、それ以外のたくさんのプレイヤーが、円卓の周囲を覆っていた。中にはアイリスやキルシュヴァッサーの姿もある。

 円卓には空席がひとつあった。おそらくは、キングキリヒトのものだろう。マツナガは彼もこの場に招致したがっていたし、いまだに諦めてはいないのだろうが、結局この場には姿を見せていない。円卓を囲む観衆の中にも確認はできなかった。


「みなさん、どうも。今回は召集に応じていただいてありがとうございます。ご存知だとは思いますがね、マツナガです」


 マツナガが最初に挨拶した。

 円卓についているのは、マツナガとストロガノフ、加えて赤き斜陽の騎士団の分隊長が4人。そしてイチローを除けば、見たことも無いプレイヤーが二人だ。


「とりあえず、今回のクエスト、2つの方面からの同時攻略が必要じゃないか、ということでね。皆さんを集めさせてもらいました。えぇと、一応、挨拶とか自己紹介とか、あったほうがいい?」

「俺は全員顔は知っているが、」


 ストロガノフは席についたまま腕を組んでいる。


「直接話したことはない。礼儀としても挨拶は必要だろう」

「じゃあ、それで」


 エルフの斥候スカウトマツナガは、軽薄な笑みを一回正して、小さく咳払いした。


「改めまして。俺は双頭の白蛇デュアル・サーペントのリーダー、マツナガです。種族はエルフ。クラスは斥候スカウト盗賊シーフ忍者シノビ。まぁ、探索、探知系特化でしてね。戦闘はそんなに得意じゃありません」


 そのままちらりと隣の席、ストロガノフに視線を回す。赤髪の巨漢は『ふむ』と鼻を鳴らした。


赤き斜陽の騎士団レッドサンセット・ナイツリーダー、ストロガノフ。人間の騎士ナイト、サブクラスは戦士ファイター武士サムライ。完全攻撃特化の重戦士型でな、得物は両手剣を使う」

「同じく、赤き斜陽の騎士団のガスパチョと申します。ドワーフ、戦士ファイター鍛冶師ブラックスミス騎士ナイト、武器は斧です」


 ストロガノフ、ガスパチョに続いて、騎士団のメンバーが次々に名乗りを挙げていく。


「ティラミスと言います。人間の聖職者アコライト騎士ナイト聖騎士パラディンです。やや防御偏重のステータスで、《カバーリング》と回復支援がおもな仕事になります」

「ゴルゴンゾーラ。エルフ。魔術師メイジ大魔導士ウィザード

「あー、パルミジャーノ・レッジャーノだ。見ての通りのネコ耳獣人。メインは猟兵レンジャー、サブが斥候スカウト射手アーチャー。武器はボウガンだ。ガスパチョに作ってもらった」


 こうして見ると、やはり単なる大所帯ではなく、幹部クラスのメンバーだけでもそれなりにバランスが取れているのがわかる。少数精鋭でのダンジョンアタックを行うとしても、ストロガノフを含めたこの5人はナローファンタジー・オンラインにおける最強パーティとして挙げることができるだろう。

 自己紹介の流れは、パルミジャーノの左隣に移る。こちらは、イチローも知らない顔だった。


「ハイエルフの苫小牧です。このような場に呼ばれるとは思っていなかったので、新鮮ですね。クラスは哲人フィロソフィア、あとは戯れに格闘家グラップラーを取得しております」


 男か女かもわからない、薄縁の眼鏡をかけたハイエルフがそう微笑む。観衆の間にざわめきが広がった。『あれが、あの……』『サービス以来一度もログアウトしたことがないって言うぜ……』『マジかよ……』。現実的に考えて一度もログアウトしないというのはありえないはずだが、流言飛語というのはどこにでも沸くらしい。

 苫小牧と名乗るハイエルフは、普段は〝死の山脈〟の奥地にずっとこもりっぱなしであるという。確かにあそこも高レベルMOBが跋扈する最前線だが、グランドクエストの舞台が亡魔領であるとアナウンスがあったこともあり、今ではだいぶ過疎化している。そんなところに一人で何をしているというのか。まぁ、楽しみ方は人それぞれなんだろうけれど。高レベルのソロプレイヤーというのは変人が多い。


 苫小牧の隣には、ネコ耳を生やした獣人が座っていた。女性キャラクターだ。


「あめしょーだにゃん」


 これは痛々しい。周囲の視線が突き刺さる。苫小牧が、穏やかな笑顔のまま彼女に話しかける。


「あめしょー、ここは普通に話しましょう」

「えー、しょうがないにゃぁ……。いいよ」


 あめしょーと名乗った獣人の女性は、こほんと小さく咳払いした。


「えっとねー。獣人の盗賊シーフだよー。友達多いよー。珍しいアイテムとかいっぱい持ってるよー」


 ここでまた観衆の間にざわめきが広がった。『あれが、あの……』『フレンドの数は200を超えるって言うぜ……』『マジかよ……』。ちなみにこのゲームではフレンドの登録数上限は999となっている。


「じゃあ、次はツワブキさんだ」

「ん、」


 マツナガが促し、イチローも片手をあげて応じる。


「僕がツワブキ・イチロー。ドラゴネットの魔法剣士マギフェンサーだ。グラスゴバラでアイリスブランドというギルドを作っている。この衣装も当然ながらアイリスブランド製でね。格好いいだろう? デザイナーは、ほら、ちょうど観衆のあのあたりにいる……」

「御曹司ィィィ――――――ッ!!」

「今大声を挙げたエルフの錬金術師アルケミストだ。個人的には良いセンスをしていると思うよ。オリジナルデザインの防具を作ってほしい人は、是非声をかけてほしい」


 観衆の中で、がくりとアイリスがくずおれるのが見えた。キルシュヴァッサーがそれをしっかりと支えている。観衆の中に、やはりざわめきが広がっていった。

 気にもかけないイチローの袖を、右隣のあめしょーがくいくいと引っ張る。


「ねーねー、マツナガからのメッセージにあった、『学校通いながらスキルカンスト』したのって、きみ?」

「いや、僕はマギメタルドラゴンをソロで倒したほう。スキルカンストしている彼は、たぶん来ないんじゃないかな」


 イチローが、円卓の空席にちらりと視線を向ける。スキルレベルの上限は、多くの場合やはり999と設定されている。イチローが所有するスキルが《竜鱗》215、《竜爪》196、《剣技の心得》170と考えると、スキルを上限まで上げる労力とは如何ばかりであろうか。キングキリヒトから直接スキルカンストの話を聞かされたわけではないが、彼なら実際にやっていそうだとも思う。


「さてと、まぁ一人はいらっしゃっていませんが、こんなもんですかね」


 一通りの自己紹介が済んだところで、マツナガが言った。


「有名プレイヤーの方ばかり集めさせてもらいましたよ。なかなかセンセーショナルでしょう? なんといってもVRMMOですからね。シナリオを用意するのは運営だが、演じて作るのは俺たちなわけだ。こういうのも必要ですよ」

「そういうのは良い。マツナガ」


 軽口を叩くマツナガを、ストロガノフが押し留めた。


「具体的な話をしよう。俺とガスパチョはリアルの事情があるから遅くとも11時には抜けなければならん」

「あぁ、ストロガノフんとこはそういう仕事だったね。じゃあ話しましょう。と言っても、事情は皆さんに送ったメッセージの通りだ。俺のブログでも解説してるからね。まぁみんな知ってるんじゃないかな」


 マツナガ率いる双頭の白蛇デュアル・サーペントは、昨日、グランドクエストの舞台である地下ダンジョン〝亡却のカタコンベ〟最下層へと到達した。調査で得られた情報と、そこから立てられる推論。

 シナリオや設定の詳細を省き、簡単に解説をするならば、『クエストは二段構えになっているのではないか』という予測である。

 過去6回行われたグランドクエストにおいては、いずれもダンジョンの深奥部においてグランドボスが待ち構えており、それを討伐することでクエストはクリアされた。双頭の白蛇と赤き斜陽の騎士団は、かねてより情報共有においては密接な関係を築いており、マツナガ達が得たダンジョンの基本情報、ボスモンスターの基本性能などを元に、ストロガノフ達は攻略作戦を実行してきた。今回も、そのようになる予定であったという。


「だが今回はそうもいかない。おそらくボスモンスターか、それに匹敵する障害は二つ存在しますね。ひとつはダンジョン最下層、ひとつはメインストリート。おそらく、クエストの目的である『瘴気の異常発生の解決』は、メインストリートに出現するグランドボスを倒すことで解決されるから、こっちが本当のボスだ」


 とは言え、最下層に出現する障害をクリアしなければグランドボスの出現イベントは発生しないだろう、というのがマツナガの見解である。

 さて、ここで問題がひとつ発生する。

 ダンジョン最下層の障害を取り除き、イベントを発生させるまでを手順A、地上部に出現したグランドボスを倒すまでを手順Bとしよう。当然、手順Aをクリアしない限り、手順Bにはたどり着けない。ただし、グランドクエストに参加する大半のプレイヤーの目的は、手順Bであるのだ。すでに〝亡却のカタコンベ〟のダンジョン調査によって、手順Aをクリアするにもそうとう熟練したプレイヤーが必要であることがわかっている。今まで通りの流れで現実的なプランを考えるならば、赤き斜陽の騎士団レッドサンセット・ナイツがそれを担うべきである。

 だが、彼らはそれをやすやすと承諾しまい。手順Aに参加したプレイヤーは、イベントの発生距離を考えてかなり遅れたスタートダッシュを得ることになる。最悪の場合、手順Bには参加できない可能性もある。騎士団は戦闘・攻略を目的としたギルドだ。グランドボスを倒し、アスガルド大陸の歴史に名を刻んでこその本懐である。


 そこで、マツナガの提案だ。ダンジョンアタックに長けた双頭の白蛇デュアル・サーペントとの混成チームで最下層を目指し、騎士団の主戦力は大半を地上部に割く。本来の目的であるグランドボスの攻略は、騎士団の手で行うことができる。

 当然、手順Aにおいてもボスモンスターに匹敵する障害は発生することを考えれば、最下層の攻略チームにも戦力は必要だ。適度な戦力分配が必要になるし、そのために、ここに二大ギルド外の有名プレイヤーが招聘された。


「作戦の結論はすでに出ているようなものだ。ここで行うべきは、如何に戦力を分割するか。そうだな?」

「まぁ、そうだね」


 ストロガノフの鋭い眼光を受けつつ、マツナガは飄々と頷く。


「でもねぇストロガノフ、あんた達だけが中心だと思っちゃいけないよ。なんせ一周年記念を目前に控えたグランドクエスト、運営の力がこもっているのも見て取れる。ここに顔をそろえるようなトッププレイヤー層なら、誰だって自分の手でグランドボスをぶっ倒したいと思うもんさ」


 ギルド外から召集された三人のトッププレイヤー。すなわち、イチロー、あめしょー、苫小牧の三人に視線が集まる。

 実力的にもそうとうなものであると考えられる三人だが、個人として勇名を馳せるだけにやはり奇人である。マツナガの言葉がどれほど正鵠を射ているかは定かではないが、すくなくとも三人はその心理を、やすやすと表面化させたりしない。イチローは涼やかな顔つきだし、あめしょーはニコニコと笑っており、苫小牧は穏やかな微笑だ。


「だが、イベントの発生には魔法職が必要だという話だったな」

「ああ、言ったね」

「ならば、哲人フィロソフィア魔法剣士マギフェンサーは最下層へ向けるべきだし、盗賊シーフもダンジョンアタックに最適なクラスだ。彼らを地下に向けるべきではないのか? 中でもツワブキはソロでも最下層へ到達したと聞くぞ」


 最後の一節が、観衆の間に雫と落ちて波紋を広げる。右隣であめしょーが『えー、すごーい』と言っていたので、さも当然のように『うん、僕は凄いんだよね』と返しておいた。


「図体の割りに、言うことがせせこましいなぁストロガノフ」

「この図体はアバターだ。現実の俺はもっと小柄さ」

「まぁ俺だってピザデブだけどさ。そこはまず騎士団のリーダーとしてあんたが誠意を見せた編成をしたって良いじゃないか。ゴルゴンゾーラとパルミジャーノ。そいつらだって立派な魔法職と探索職だろう」


 二人ともチーズの名前だね、とあめしょーが言う。確かにそうだ。

 観衆の中にいるアイリスやキルシュヴァッサー、それに、少しでも赤き斜陽の騎士団レッドサンセット・ナイツに関わったものならば、正論に見えるマツナガの言葉の裏に、駆け引きじみたものを感じ取れるだろう。ゴルゴンゾーラとパルミジャーノは確かに優秀な魔法職、探索職で、支援能力か解析能力も豊富だ。最下層に連れて行って役立つことには間違いない。

 だが、赤き斜陽の騎士団の基本戦術において、彼らは無くてはならない存在だ。ガスパチョとティラミスを中心とした前衛メンバーが敵の進行と攻撃を抑えている間、この二人を中心とした魔法職、射撃武器部隊が十字砲火で敵を焼き尽くす。MOB戦、ボス戦においても基本骨子に変化はない。


 この二人を地下へと派遣せよというのは、グランドボス攻略における騎士団の基本編成を崩せと言っているも同義なのだ。ストロガノフには、これが容易に飲みがたい提案である。


 二人の視線が交錯して火花を散らした。マツナガは、地上戦を行う騎士団の戦力を削ぎたがっている。その言い訳として、トッププレイヤーを三人も招聘したのだ。ここにキングキリヒトがいれば、グランドボス攻略において騎士団が全員顔をそろえる理由は更に薄くなっていただろう。彼一人で騎士団ひとつ分のはたらきはしかねない。

 もちろん、騎士団としては、他のトッププレイヤーと共同戦線を貼って、ボス攻略の手柄を奪われてはたまらない。だが、『協力してクエストを攻略する』という建前で集まっている以上、そんな言い分が通るわけもないのだ。


 このまま平行線を辿るかと思われたにらみ合い。均衡はしかし、あっさりと破られた。


 破ったのは御曹司ツワブキ・イチローである。


「では、僕が地下に行こう」


 その発言は、当然、衝撃となって円卓、そして観客の間に伝播した。


「僕はボス攻略の栄誉なんてものに興味はないよ。まぁ、最下層に興味があるかっていうとそんなこともないけど。でも、この中では、僕が一番強い。そうだろう?」


 トッププレイヤーが雁首をそろえる場で、平然と言ってのける台詞ではない。対抗心を刺激されたプレイヤー達が、一様に彼を睨みつける。だが、しょせんは暖簾に腕押しだ。彼の表情は柳の如しである。

 そして、彼のいうことを否定できないのも事実だ。決して、自分達がイチローに劣ると考えているわけではない。だが、ここは認めておかなければ、イチローの次なる発言の前提が成立しないのだ。あめしょーだけがキャッキャと笑う中で、一堂はぐぬぬと黙り込む。


「だからこそ、君たちは僕を地上から遠ざけたいんじゃないかな。マツナガ、そしてストロガノフも。違うかい」

「おっしゃる通りですよ、ツワブキさん」


 薄ら笑いを浮かべて、マツナガが首肯した。ストロガノフは黙り込んだきりだが、否定はしていない。


「まさかあんたがイのイチにそんなことを言ってくれるなんてね。ああ、そうだ。俺も当然、最下層組に入りますよ。双頭の白蛇は全員だね。ストロガノフは頭が固そうだから、苫小牧さんとあめしょーさんから聞きましょうか。あんた達はどうしたいんです?」

「しょうがないにゃあ」


 先にあめしょーがそう言った。


「地下でいいよ。このあめしょーが、パルミジャーノの代わりに行ってあげよう」

「そりゃどうも」


 同じネコ耳獣人同士、通じるものがあったわけでもないだろうが、謎の合意が成立する。

 この会話で、騎士団における射手〝流星〟パルミジャーノの地上残留は決定したようなものだ。ともなると、一堂の視線はストロガノフ、そして〝魔人〟ゴルゴンゾーラに注がれた。マツナガが軽薄な笑みで、赤髪の騎士に迫る。


「で、まだ意地を張るかいストロガノフ。トッププレイヤーが三人のうち、二人も譲歩してくれたんだ。おたくのトップ魔術師メイジくらい、寄越してくれたって良いんじゃないかねぇ」

「…………」


 ストロガノフは腕を組み、しばらく黙り込んだ後、二人分の席を挟んだ場所にいる第三分隊長に視線を向けた。


「すまん、ゴルゴン」

「構わん」


 全身を濃紺のローブに覆ったエルフの男は、それだけ答える。

 かくして、名だたるトッププレイヤー達の、グランドクエスト攻略にまつわるチーム別けが決定した。

 地上攻略組、人間の騎士ストロガノフ、ドワーフの戦士ガスパチョ、人間の聖職者ティラミス、獣人の猟兵パルミジャーノ、ハイエルフの哲人苫小牧。

 地下攻略組、エルフの斥候マツナガ、ドラゴネットの魔法剣士ツワブキ・イチロー、エルフの魔術師ゴルゴンゾーラ、獣人の盗賊あめしょー。


 ここに、それぞれのギルドメンバーや有志のプレイヤーが加わることになる。攻略作戦への参加プレイヤー募集は、この後マツナガとティラミスが中心となって行う。作戦の本決行は明日として、その会議は解散となった。

8/1

 誤字を訂正

×紙漉き

○髪梳き


×パルミジャーノノ

○パルミジャーノ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ