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VRMMOをカネの力で無双する  作者: 鰤/牙
『アイリスブランド』編
13/118

第十二話 御曹司、ギルドを作……らず寄り道する

「ふ、ふへへへへ……」


 杜若あいり。服飾デザイン系の専修学校に通う17歳である。

 将来の夢は、アパレルデザイナーだ。

 だが、この顔色の悪さはいったいどうしたことだろう。


 ファッション関係の進路を志す乙女たちが集うとあって、この学園におけるオシャレのレベルはそうとう高い。あいりも例に漏れず、中学生の頃にファッションリーダーとして同級生を牽引した地力は、高等教育課程の二年生となった今なお衰えていない。

 ただ、今日のあいりに関しては、その精彩をまったく欠いていたと言って良いだろう。肌はややがさつき、目の下にはくま、髪のセットもイマイチである。加えて、口元にはこのように笑みを浮かべているのだからして、まるでその有様は幽鬼の如くであった。


 原因は、朝方のメールである。ひとまず事の顛末を話そう。


 杜若あいりは、ひそかに始めたVRMMO『ナローファンタジー・オンライン』において、エルフの錬金術師アルケミストアイリスという顔を持つ。手数料はかかるがグラフィックを自作できる本ゲームにおいて、現実世界のアパレルデザイナーと同様に、防具系装備アイテムのオリジナルデザインを手がけるのが、彼女のひとつの目標であった。

 だが、連日の挫折。自作したオリジナルアイテムのアクセサリーの、あんまりな不遇。心が折れかけていたとき、彼女に声をかけてくれたのが、竜人族ドラゴネットの青年ツワブキ・イチローであったのだ。

 アイリスが御曹司と呼ぶことにしたその青年は、グラフィックの手数料ならばいくらでも払うから、是非防具を作って欲しいと依頼してきた。それだけではない。今まであまり気づかれなかった、顔グラフィックの自作を指摘したり、正直あまり出来栄えの良いとは言えなかったアクセサリー類を(社交辞令もあるとは言え)購入してくれ、そのデザインの独自性を認めてくれた。


 生意気なことを口にし、周囲の大人を辟易させることもあるあいりだが、まだ17歳である。誰かに認められたいという願望はひたすらに強い。未来のアパレルデザイナーを志す、服飾デザイン系の専修学校生ならば、なおさらのことであろう。たとえ虚構の世界の話であっても、御曹司は彼女に、活躍の場を与えてくれたのだ。

 それも、戦闘やダンジョン探索だのといったものではなく、現実世界における彼女の得意分野で。まずそれが彼女にとって、途方もなく嬉しかった。


 御曹司は、彼女が造ったアクセサリーのうちのひとつを指し、これに似合うデザインで、という指示をくだしてからログアウトしてしまった。だから、言葉をかわすことができたのは、ほんの30分程度の短い時間に過ぎない。そのあと、あいり=アイリスは教えてもらった彼の私服センスも勘案しながら、うんうんと頭を悩ませた。

 偉そうなことを言っても、結局彼女が今まで友人のファッションチェックをしたり、ブランドを調べてみたり、デザインを妄想したりとしていたのは、全てレディースファッションの領域だ。メンズファッションについての下地は驚くほどに薄く、彼女は夜中であるというのに担任の教師に電話して、あれこれ聞いてしまった。


 担任も最初は驚いていたものの、彼女の鬼気迫る様子に並ならぬ熱意を感じ、懇切丁寧に教えてくれた。アルフレッド・ダンヒルだの、ジョルジオ・アルマーニだの、プラダだの。まぁ、担任の趣味が混じっていたことは否定できないが、参考にはなった。

 そこから一晩。窓の外が青みがかっているとは露知らず、仮想世界でようやく完成させた渾身のデザインを、フレンドリストに登録された唯一の男性プレイヤーに送りつけ、あいりは登校までの数時間を泥のように眠った。


 そして朝、彼女に届いた一件のメールである。


『君に頼んで良かった』


 口端の緩みが押さえられない。

 結局ぎりぎりまで寝てしまったため、その風体は酷い有様だったが、あいりは自分の仕事におおいに満足している。アカウントのメッセージボックスから転送されたそのメール、たった9文字を何度も見つめ返し、にやにやと笑うあいりは、親しい友人たちを以ってしても遠巻きに眺めるしかなかった。





「そんなにすばらしいデザインだったのですか?」

「客観的にはそうでもないかもしれないけどね。でも、僕は気に入ったよ」


 イチローとキルシュヴァッサーの二人は、ヴォルガンドやグラスゴバラを取り巻く山岳地帯から〝デルヴェ亡魔領〟までにまたがる広大な砂漠を、砂上船によって移動していた。朝食が済み、洗濯と邸内の掃除、そして昼食が終わり、扇桜子がキルシュヴァッサーとしてログインできるようになるのは、だいたい2時すぎくらいのことだ。その間、イチローは現実世界だろうが仮想世界だろうが自由に動き回れるのだから、まことに良い身分であると言わざるを得ない。


 イチロー、ないし一朗が『客観的には』という言葉を多用するのは、自分は決してその大衆化した価値観に左右されないという、意固地なこだわりに由来する。左右されないだけであって、彼自身の意見が、その客観的なものと同じときもあるし、違うときもある。ただ、基本的にイチローはこういう場合、嘘をつかない。彼がそう言うのならば、そうなのだろう。


 彼は一刻も早くギルドを作りたかったようであるが、どのみち二人では認可は下りない。

 『集合知集積システム』の力とやらを利用して、二人で一生懸命祈ってみれば、もしかしたら人工知能がシステムに介入してくれるかもしれない。と、提案してみたところ、『ナンセンス』と一蹴された。確かにナンセンスだ。


 結局、いつでもグラスゴバラに戻れるように、ワープフェザーを複数購入して、彼らはデルヴェ亡魔領への定期船に乗ったのである。

 やがて、砂漠の上から照り付けていた太陽が暗雲に覆われはじめ、砂の海にうずもれた、巨大生物の骸が目を引き始める。仮想世界を持ってしても、はっきりとわかる禍々しさ。肌に纏わりつく瘴気。それを実感すれば、もうしばらくもせずにデルヴェ亡魔領へ到着する。


「しかし、名前の割りに相変わらず活気のあるところだね」

「まぁ、攻略最前線ですからな」


 ここデルヴェ亡魔領に設けられた数少ない安全圏、すなわち冒険者協会の仮設支部には、寝ても醒めてもVRMMOという生粋のヘビーユーザー達が、ところ狭しとひしめいている。


「いやー、しかしあのボスMOBは強かった!」

「おいこれクエストの受注できねーぞ。フラグどうなってんだ」

「誰かー! あたしと一緒にノスフェラトゥ狩りいきませんかー!」

「亡魔領開放のグランドクエストってアプデ直前だっけ?」

「おらー、ポーション売るよー! 大特価だぜー!」


 まぁこんな具合だ。

 基本的には攻略組や検証組がわいわいやっているのが、このデルヴェ亡魔領であるが、グラスゴバラから出張して、ポーション販売や武器防具の耐久値回復を有償で行おうという生産職プレイヤーも見受けられる。

 一週間限定のグランドクエスト配信を間近に控え、ヘビーユーザー達の意気込みにもにわかに熱気がこもりはじめる。この広大な亡魔領のフィールドは、検証組の手によってもいまだ全貌を明らかにされていないのだ。シーフやレンジャーを中心とした探索ギルドの先遣部隊が、今日も中心部に赴いているのだろう。


「ま、僕たちはMOB狩りに来てるだけなんだけど」

「ですなー。いつの間にやらイチロー様が私のレベル上げを手伝う形に……」


 毎日空きもせずに経験値ブーストを使用しているイチローであるからして、キルシュヴァッサーのレベル上げを手伝うたびに格差が開いていくという妙な現象が発生している。


「感慨深いものがあります。昔はあんなちっちゃかったイチロー坊ちゃまが」

「卿、ロールプレイに浸るのも結構だけど」

「わかっておりますよ。この門をくぐったら、魑魅魍魎が跋扈する亡魔領……。我々のレベルでも油断をすればあの世行きですからな」

「ナンセンス。僕は死なないから、逝くとすれば卿だけだよ」

「なんとまぁつっけんどんな……」


 キルシュヴァッサーは、装備アイテムを可視化させてステータスをチェックした。武器、防具ともに耐久値は十分。もっともデルヴェ亡魔領には、防具の耐久値を一気に低下させる《アシッドレイ》を使用するMOBもいるので、油断はできない。スキル構成は《剣技の心得》《防護の備え》などの定番を中心に、《物持ち》《頑丈防具》などのアイテム耐久値対策、《治癒強化》《忠義の誓い》などの支援系を揃える。

 イチローのステータスも見せてもらうが、まぁいつも通りだ。スキルスロットのブーストによる潤沢な構成が羨ましい。そう言えば、今晩ギルドを作るんだっけ。生産系とは言え、ギルドスキルは是非強力なものを選びたいところだがどうなるだろう。


「そういえば、アイリス殿は7時にログインされるんでしたな。今日の夕飯はどういたしましょう? 念書メッセージを作成しておいても良いですが」


 いつもの予定だと、キルシュヴァッサーは6時にログアウトしてしまうので、一緒に協会へ赴くことができない。準備を終えたイチローは、メニューウィンドウの時計を眺めたまま、少し考え込んだ。


「ん、ちょっと早いけど5時半くらいにログアウトして外に食べに行こうか」

「本当ですか! どこにしましょう。一朗さま希望とかあります?」

「運転するのは桜子さんだし好きなところにすればいいよ。でもクレジットカードが使えるところにしてね」


 おろすのは面倒だし、などと言うイチローの横を、怪訝な顔をしたパーティがすり抜けていく。なかなかの高級装備。きっと優秀な攻略チームなのだろう。みんな鎧の背面に共通のエンブレムを背負っているところから見て、それなりの規模を持つギルドの一員なのだろうとわかる。

 二人も亡魔領の門をくぐり、荒廃した瓦礫の街へ第一歩を踏み出した。

 デルヴェ亡魔領。かつてこのアスガルド大陸に文明が存在したことを伺わせる広大な廃墟、あるいは遺跡である。現在は醜悪な怪物が闊歩する魔都となっており、亡魔領の名の由来でもあった。道幅50メートル近い広大なメインストリートの中心に置かれた、もがき苦しむような妖魔の像が、訪れるものの不安を煽る。


 とは言え、この中央通りに出現するMOBは大した敵ではない。獲得資金や経験値もさほど多くなく、その割りに異様な頻度で沸いてくるので、プレイヤーには大層嫌われる存在であるが。高レベル集団を前にしては、この辺のMOBを横取りしたところで文句は言われない。奥地を目指すプレイヤーのために、沸いたそばから片付ける掃除屋スイーパーというボランティアまで成立する始末だった。


「今日はどこまで行こうか」


 じわじわと湧き出るグレーターゾンビの集団を散々引き付けてから《ストラッシュ》で一掃する。イチローの手つきはもはや慣れたものだった。またレベルが上がったらしく、出現したメッセージウィンドウを鬱陶しそうに片付ける。恐るべき経験値ブーストの力。


「どうしましょうな。あまり奥地まで行くとワープフェザーも使えませんし」

「適当にぶらついてみようか」

「そうですなぁ。まぁ既探索エリアは検証組がくまなく調べまわったあとでしょうし、そんな新しい発見もなさそうですが……」


 地道にレベルを上げた《バッシュ》で、キルシュヴァッサーもゾンビの群れをなぎ払う。グレーターゾンビは、立ち止まっているキャラクターに向けて集まってくる思考ルーチンを持つので、完全に入れ食い状態だ。あまりにもしょっぱい資金と経験値が、苛立ちを煽るようなファンファーレと同時にステータス画面に加算されていく。

 高レベルプレイヤー達がわき目もふらずメインストリートを直進していく中、イチローはコンフィグから専用ブラウザを起動していた。機械的に《ストラッシュ》を放つ右腕は、集まってきたゾンビ達を面白いように土へ帰していく。これが現実であれば『この醜悪なゾンビ達もかつてはこの街の住民だったのだろうか……』と、センチメンタルに浸ることもできるが、設定上どうであれ、彼らは単純な思考ルーチンと脆弱な攻撃能力をプログラミングされたMOB(=Moving object)でしかない。単なる資金と経験値に換えることに、いささかの躊躇も必要ないのである。


「じゃあ、旧製鉄区へ行ってみよう。そこに出現するリビングアーマーやイビルソードのレアドロップに、武器や防具の設計図レシピがあるんだってさ」


 設計図レシピは、武器や防具のアイテム作成に使用される専用アイテムの一種だ。強力な装備アイテムを作成できるのはもちろんだが、作成難易度を大幅に下げたり、失敗してもスキルの熟練度を上昇させる付随効果があったりして、確かに持って帰ることができれば、件のアイリス嬢には歓迎されることだろう。

 リビングアーマーもイビルソードも、それなりの経験値を持つMOBである。レベル上げが目的のキルシュヴァッサーも、目的地に異論を挟むつもりはなかったが、


「あまり期待しないほうが良いと思いますが。設計図の中身もどうせランダムでしょうし」

「どうかな、いちおう『ロイヤルブーストパック』に、12時間限定でレアドロップ取得率増加のボーナスがあるよ」

「はっはっは、世の中には物欲センサーというものがありましてな」

「ナンセンス。僕の幸運は、そんなセンサーに左右されるほどお粗末じゃない」

「世の中そう上手くはいきませんぞ」





 ところが、世の中そう上手くいくのであった。数時間後、キルシュヴァッサーは、インベントリに収めきれずに設計図レシピを手渡してくるイチローの笑顔を見ながら、なんとも釈然としないものを感じていた。

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