2-1 二度の体力測定
久しぶりに投稿します。
二
体力測定は二度ある。
全校生徒に課せられる一回と、自己の限界を試すために有志で行う一回。
前者は純粋な身体能力のみで測定される。後者はきざしによる魔法特性を活かして競技を行える。
一回目の体力測定では魔法陣の特性を押さえる札を体に貼って測定を行う。札は魔法陣によって生まれる魔法や、きざしによる魔法的特性を完全に無効化する。純粋な身体能力だけで競技を行うこととなる。学生の身体能力を記録し、保管することを目的としている。
二回目はその札を取り外した状態で挑める。相手の記録を貶めなければ、きざしによる魔法を使うことが許される。一般的な競技スポーツと同じルールである。
これはオフレコであり、良い記録を出しても成績に影響しない。世界記録を越えようが、通知票に「五」は書かれない。評価されるのは意欲関心態度だけだ。
テストというよりも自己との勝負、スポーツとしての意味合いの方が強い体力測定。
今日はその二度目の体力測定。体育の授業で唯一きざしの力を使うことができる一日。
織彦は校庭には居るものの、木陰に座って見学している。いや、見学という体でお喋りしている。隣には織彦の彼女が体育座りをしている。彼女は日焼けしないように学校指定のキャップを被っている。
遠くで旗が上がり、二人の生徒が走り始める。
「いやはや、みんな頑張るねー」
「運動部の人も多いからね」
運動部に入っている人の中には、一時的に筋力を増加させたり、体を軽くしたりできたりと、スポーツに有効なきざしを持っている者が多い。そういった人には自分の力の限界を試すために二回目のテストへ参加する人が多い。また、野球部やサッカー部、陸上部などの部活では、受けて結果を報告するよう顧問から指示が出ているらしい。
織彦と中は運動部に所属していないため二度目の体力測定を行う義務がない。また、スポーツに強い思い入れもない。だから、こうやってグラウンドの端の方に座って見学をしている。仮に競技を行っても、きざしなしの記録とほぼ変わらないタイムしかだせないだろう。彼らのきざしは運動能力に影響しない。良くて一回目の記録を少し越える程度だ。
織彦や中のような輩は多い。体力測定に精を出しているのはクラスの半分もいないようだった。
口を大きくあけて織彦は欠伸をした。
「とてつもなく暇だなー」
「そうだね」
授業はまだ始まって一〇分と経っていない。織彦たちのようにスポーツテストに関わりたくない人にとっては退屈な一時間となる。
織彦は、んー、と唸りながら伸びをする。
中はその動きを微笑ましく眺める。
昨日付き合い始めたばかりの二人の間には昨日ほどの緊張感はない。並んで体育を見学している姿は昨日までの二人と変わらなかった。
昨夜、織彦は織彦なりに色々と思案した。
付き合うことになりギクシャクしてしまうことを、中は望んでいるはずがない。だから、今までの関係を崩さないように付き合っていこう。少なくとも学内では変に意識をしない。徐々に恋人らしくなろう。
中の方も一度は冷静さを失ったが一晩立てば回復していた。
いつも通りの二人だ。
織彦はもう一度大きな欠伸をかいた。
「退屈だなぁ」
「うーん。そうだねぇ」
中は顎に手を当てる。
「じゃあ、授業の復習でもしよっか」
「え? 復習?」
「私が問題出すから織彦くんが答えるの」
「げ」
織彦は露骨に嫌な顔をする。
それを見た中は少し微笑み、突然問題を始める。
「それでは問題です。ばばん」
マイクでも持っているかのようにこぶしを握り、口元にもってくる。
織彦は背筋を伸ばして身構える。
「何故魔法陣を描く際、血液を使うのでしょうーか?」
「え、あー、やるのか」
織彦は突然のクイズ番組への参加を渋々承諾する。しかたなく考えを巡らせる。流石に授業中一〇〇パーセントテストに出ると言われたところを間違えるわけにはいかない。
「ピンポン」
織彦は嫌な表情を消す。自信があったためノリノリで効果音を声で表現する。ジェスチャーを交える。
「はい、織彦くん」
織彦は恐る恐る口を開く。
「ええと、血液がその人間の情報を表すこと、それが決意の表明や契約の証になるから」
「正解です」
その言葉に織彦は胸を撫で下ろす。
「よかった」
「ちなみに自分の証明さえできれば血液じゃなくてもいいんだよね」
織彦は疑問に思う。今まで、血液以外で魔法陣を描いたことがなかった。
「え、そうなの? 例えば?」
「うん? 例えば?」
予想外の言葉だったのか、中は困った表情を浮かべる。
「ええと、それは・・・・・・」
「それは?」
「うん、それは」
必要以上に勿体ぶるので、つい織彦は構える。どんな驚きのある解答を聞けるのだろうか。
中が口を開く。
「では次の問題です」
「わかんないのかよ」
ははは、と中は笑ってごまかす。
「テストに出ないことは絵里依ちゃんに訊こうよ」
中から言い出したことじゃないか、と不満を抱く。いまいち納得ができない。しかし、野暮なことを言って話の腰を折るのも嫌なため黙っておく。
中は気を取り直して次の問題を出す。
「では続いての問題です。ばばん。魔法陣で魔法を生成するシステムを簡潔に説明――」
「ピンポン」
まるで早押しクイズのように左手をボタンに見立てて右手でパンと叩いた。自信満々に口角を上げ、答える。
「この世には魔力って呼ばれるエネルギーが大気中に充満していて、そのエネルギーを目に見える形に還元する方法が魔法陣」
ふふ、と中は声を漏らす。
「ですがー。では、日本最古の魔法陣は何に使われたものでしょう」
中は無理矢理に問題を変えた。しかし、それには動じず織彦は問題を解こうとする。
「日本最古?」
今度の問題には即答できず首を傾げ頭を悩ませる。
「ちょっと待って。考えるから。……頭のここまで出かかってるんだけど」
織彦は自身のこめかみを中指と人差し指で刺激する。
「なんだったっけ。魔法史の授業で習ったような気がするんだけどさ」
「じゅう」
「え?」
織彦は中が何を言い出したのか皆目見当も付かなかった。そのまま中をじっと見ていると、また呟き始める。
「きゅう、はち、なな」
「え、ちょ、タイムタイム」
「ろく、ご・・・・・・」
中は無情にもカウントダウンを始め、織彦を焦らせる。織彦はパニックになりながらも回答を導き出す。
「わ、わかった。呪術だ」
織彦は本当に思い出したのか、それともハッタリなのか、回答する。
「魔法陣の中心に、人に見立てた藁人形に五寸釘を打ち込み、死に至る呪いをかける。でも、相手は寒気を感じてくしゃみをしただけ。結果は成功とはいえないけど、魔法陣が初めて人体に影響を及ぼした例。それが日本最古の魔法陣だ」
「おー」
中はカウントダウンを止めて、小さく拍手する。
「凄いね。織彦くん。ふふ」
中が微笑む。織彦もつられて笑う。
「はは」
「良く覚えてたね」
「まぁこれくらい余裕だよ」
織彦は自信たっぷりに胸を張る。中も感心したように頷く。
「うんうん。凄いね……間違ってるけど」
「うん? え、うそ。間違ってる?」
「残念。惜しいなぁ」
中を親指と人差し指の間に少し隙間を作り、「ちょっと」を表現する。
「それは日本で最初に使われた和製魔法陣だけど、最古の魔法陣じゃないね」
「だっけ?」
「そうだよ。でも、思ってたよりちゃんと授業聞いてるようで安心した。寝てばっかじゃなかったね」
「それは褒めてないよなー」
ふふ、と中は微笑む。やけに上機嫌だ。
「正解は雨乞いです」
「雨乞い?」
織彦は記憶を手繰るが、授業で習ったかどうか思い出せない。
「そう。作物に恵みを与えようとして、雨を司る悪魔を呼び出そうとしたルーン文字系の魔法陣」
「悪魔?」
「昔はそういうのが信じられてたって話だよ。授業でやったじゃん。その名残で魔法とか魔力には魔って文字が使われるんだよ?」
「え、そうだっけ」
西洋の魔法陣は、悪魔や神の使いとの契約の手段だと考えられていた。そのため、魔法陣は言語としてのルール、統一性を持つ必要があった。しかし、日本はその魔法陣を「魔法を現象へと還元するための装置」だと考え、できるだけ現象を本来の意味で表すことのできる言語を用いた。その際に、言語を統一する必要はない。例えば、火を起こす魔法陣を描くとき、文字の羅列である「fire」を使うよりも、火の形や意味を一文字で表した象形文字である漢字、「火」を用いることが有効だと考えられた。それが和製魔法陣の考え方だ。
コホン。中は説明させろと言わんばかりに話を続けようとする。
「その実験の規模はたったの縦横高さが一〇センチの正方形。狭い範囲ではあったけど雨を降らせることができたんだ。当然、作物には不十分すぎる量だよ。私たちでも高校できちんと勉強すればできるレベルの――」
「なぁ、それって本当に授業で習った?」
「え? 習ったよ」
織彦は首を傾げる。
「どうせ寝てたんでしょ」
中は皮肉っぽく笑った。
「じゃあ、次の問題」
「へ、まだ続くのか」
織彦は辟易したが、中は意気揚々と次の問を出題する。乾いた空に生徒の歓声が響いている。
二人は同時にグラウンドの方を見遣る。