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1-4 帰路

タイトルを変えました。あと、正義大の描写を少し増やしました。

ねぇ、織彦くん」

「ん、何?」

 放課後の清掃も終わりいざ帰宅、というタイミングで中が織彦に話し掛ける。

「一緒に帰ろうよ」

「え、あ、おう」

 織彦は奇妙に思う。中学時代は同じグループに属していたから何度か一緒に帰ることがあった。高校に入ってクラスが同じになり、帰り道が同じであり一緒に帰っている。しかし、織彦から誘うことはあっても、中から改まって誘うことは、少なくとも高校に入ってからは一度もない。声を掛けずとも毎日一緒に帰っていた。

「何? どうかしたの?」

「え? あ、いや、別に何もない……よ」

「そう。ならいいけど」

 多少の違和感を感じるも、織彦はあまり気にしないようにする。そこまで不自然かといえばそうでもない。気のせいだと、違和感を意識の外へ追放する。

 織彦がふと後ろの机を見ると、絵里依の鞄がポツンと残されているのに気付いた。未だ学校に居るようだった。トイレにでも行っているのだろう。

 入学して間もない時期、友人の数も少ない。気に食わないところはあるが、そこそこ話すようになったし折角だから一緒に帰ることを提案しよう。織彦はそう考えた。

「なぁ、中。その綴も……」

「うん? 早く帰ろうよ」

「え、あ、お、おう」

 中が裾を引っ張って、帰宅を催促する。

 中は何やら急いでるようであった。それに何だかそわそわもしている。絵里依にだって一緒に帰る友人は居るかもしれない。突然誘っても迷惑かも知れないし、また今度誘えば良いか、と織彦は言われるがまま、帰宅の準備を整えた。


 織彦と中の二人は朝通った通学路を遡っていく。

「学校には馴れた?」

 中はありふれた話題をふる。

「そうだなー。そこそこかな。でもまぁ、一緒に帰る相手が中しかいないってのは問題になってくるのかもなー。中はどう?」

「馴れたけど、友達はあまり作れない気がする。だから、織彦くんには迷惑掛けるかも」

 実験のときに、代わりに注意することを頼んだ。そのことを言っているのだろう。

「中の頼みを迷惑だと思ったことなんかないよ。それに中はそのうち人気者になるよ」

 織彦は中がクラスの心臓、学級委員長としての役割を果たしていくにつれて、いつか十分な人気を得るだろう。それは好ましいことではあるが、織彦の手の届かない存在になってしまいそうで、少し怖いことでもあった。

 それはやはりきざしによるところが大きい。誰もが自らのきざしを理想通りに活用できているとはいえない。それは授業でも習ったことだし、生活してきて存分に知らされたことだ。

 織彦にわかることは、中は『心』という兆しを理想通りに活かすことができる人間だということだ。それは中学時代、この目で存分に見たことである。

 クラスの中心には中が居て、クラスメイトを動かしていた。きざしが与えた個性、能力を使ってクラスの中心で役割を果たしていた。

 中は高校では裏方に徹したいと考えたており、見えないところでクラスを支えるつもりであった。しかし、人に指示するのに向いたきざしを持っていること、中学時代の功績もあり学級委員長に選ばれてしまった。中は渋々了承もした。中が学級委員長として認められてくれば自ずと人気も出てくるだろう。今はまだ決定的なイベントが起きていないというだけだ。

 今は仲良くしているつもりだが、この関係がいつまで続くかわからない。そんな不安が頭によぎる。

「人気なんていらないのに」

 中は寂しそうに言う。

「学級委員長も絵里依ちゃんの方が相応しいと思う」

「え? それは頭がいいからって意味?」

「それもあるけど、もっと根本的に」

「そうかー? でもあの見た目じゃなぁ」

 織彦は思い浮かべる。色素が薄い髪と、背の高さ。それに加えて、少しつり目だったような気もする。威圧的な風貌だ。あれで長ランなんて着れば不良そのものだ。同時に、格好良いかもしれないとも思う。応援団長なんかに向いてるんじゃないだろうか。やはり、学級委員長向きではなさそうだ。

 中がじっと織彦を見つめる。

「どうかした?」

 そう聞くと中は唾を飲み込んで、

「いや、何でもないよ」

 何だか悲しそうに言った。

 やっぱりどこか変な感じがする。織彦はさっきと同じ違和感を抱いた。

 間もなく駅に到着しようか、というところで織彦の少し後ろを歩く中が服の裾を引っ張る。

「こっち来て」

「え? こっちって、何?」

 中が示したのは少し大きめに開いてあるビルとビルの間。少し埃っぽくて、何の管だかわからないようなものが露出したりしている。歩道からは殆ど死角になっている場所だ。

 駅に向かう動線から外れる。歩行者からは完全に死角の位置だ。

「ねぇ、織彦くん」

「なんか、放課後から変だぞ。どうしたんだ?」

「ちょっと聞いて! 織彦くん」

 中は声を少し荒げる。織彦は、こんな中の声を聞いたのは初めてだった。少し驚き、黙ってしまう。

「付き合お?」

 一瞬、織彦の思考は停止する。全く予想していなかった言葉が中の口から発せられた。

「え?」

「付き合おうよ」

「間違ってたらごめん」

 織彦は頭を掻きながら今起きたことを整理して、理解して、尋ねる。

「え、えと。それって彼氏彼女の関係になろうってこと……だよね?」

「そうだよ」

 織彦は状況を理解すればするほど、軽いパーマ掛かった中の童顔が愛おしいものに見える。淡いピンクの唇の潤いに色気を感じる。小柄な体躯も落ち着いた声も全てが魅力的に感じた。すると、少しずつ恥ずかしさすら覚え、中の目を直視できなくなる。

 こんな路地、ムードも何もあったものではない。しかし、周りの風景など関係ない。中には織彦、織彦には中以外は視野に入っていない。

「ダメかな」

「いや、ダメなわけない」

 中が遠い存在だと認識していたから、織彦が中に恋心を抱くことはなかった。しかし、中からアプローチを受けたことで、無意識に排除していた気持ちが浮かび上がるってくる。

 中が彼女になる。織彦がうん、と頷くだけで実現してしまう。今までそう意識していなかったとはいえ、手を伸ばせば届いてしまうと思うと、願ってしまいたくなる。

 付き合うってことがどういうことなのか、織彦はわかっていない。それでも、ここで断る理由はなかった。

「うん。付き合おう」

「良かった」

 中は控えめな笑みを浮かべた。織彦もつられて優しく笑った。


 路地から出ても一向に緊張が解けるようなことはなかった。織彦の心臓は今も強く脈打っている。

 それは一見冷静に見える中も同様で、火照ったように顔が薄く染まっている。

 織彦は頭を悩ます。付き合うってどういうことなのか、彼氏彼女ってなんなのか。織彦にそういった経験はないし、中にとっても織彦が初めての彼氏だった。

 数分前には他愛ないことを話していたのに、妙に意識してしまい、不思議と喋りがぎこちなくなる。

 二人の間に数十秒間、彼らにとっては数分にも感じられたかもしれないが、その少しの間沈黙が生まれた。

 織彦は馴れないことを馴れないなりに考え、その沈黙を破った。

「手、繋ごうか」

「……うん」

 少し前に立つ織彦が後ろ向きで中に手を伸ばす。

 中は静かに応じる。

 車道を跨いだところに居る歩行者が二人を指さして、微笑ましい光景だと笑っている。そんなことに、二人は一切気付かない。

 二人にとっては手を繋ぐだけでも精一杯で、充分だった。

 足並みを揃えて駅へと向かう。二人の間にはまた沈黙が生まれたが、先ほどよりももっと近い位置にいる。それは物理的な話だけではない。心理的にもずっと近いところにあった。織彦と中が出会ってから、今までで一番近い位置だ。

 織彦はこの沈黙を心地よく感じた。それは中も同様のようで、沈黙を破るようなことはしなかった。

 織彦は少し汗ばんだ手が相手に伝わってしまうのではないかと心配する。しかし、中にとってはそんなことは些細なことで、一切気にはならなかった。この幸せを噛みしめることで満足していた。告白が成功したことだけで十全な幸福を感じれた。

 織彦と中の正面。ちょうど駅から二人の男女が降りてくる。身長差は織彦と中よりも大きく、三〇センチから四〇センチはあるようだった。織彦らと違うのは背が高いほうが女であることだ。

「うっひゃー。コウ君みてくれ。すげぇ可愛らしいカップルを拝ませてもらったよ。見とけ見とけ。制服デートとか羨ましー」

「騒がないでくださいです。高校生カップルなんて何も不思議じゃないんですから。それよりも僕らの目的忘れないでくださいよ」

「誰に口利いてんだっつーの。そんなのわかってるって」

 織彦と中の雰囲気には全くそぐわない。しっとりとしたムードにけたましい騒音が介入する。織彦はまるで、不良にでも絡まれるのではないかというような不安を抱く。その不安は的中し、異様な二人が織彦と中の進路を塞いだ。

「ねぇ、ちょっと話聞いてもらっていいかな」

 女性の中でも身長の高い絵里依よりも威圧感を覚える。一八〇センチはあろうかという女性が織彦と中に声を掛ける。女は赤いホットパンツに、文字がプリントされた白いTシャツを合わせている。少し赤みを帯びた長い髪をゴムで一本に纏めている。モデルのような佇まいだ。顔のパーツもそれぞれが独立した美術品のようでとても整っていた。

 存在感が放っている。ヒールの高い靴がより一層高さを際だたせている。

 織彦は話しかけられて、中の手を離し、困ったように背の高い女の方を見た。

「なんのようですか?」

 この風体で不良だとかヤンキーの類ではないだろうと織彦は判断した。不良と言うには身なりが綺麗すぎる。織彦は想像上の不良をイメージする。

「いや、手間を取らせるつもりはないよ。大学の活動でここ付近の調査をしてるんだ。五分と掛からないからさ」

 女は頼むよー、と手を合わせる。

 背が自分よりも高い女性に手を合わされるというのはなんだか悪い気分じゃないな、と織彦は不思議な気持ちを抱く。

 織彦は中と目を合わせる。

「どうする?」

「うーん」

 中はこの話しかけてきた二人をさっと見遣る。

「大丈夫……そうかな。少しくらいなら協力してもいいと思う」

「おー彼女さんはわかってるねー」

 女は冷やかすように声を掛ける。

 聞き馴れない彼女という響きに織彦と中は頬を赤らめる。以前地元のおばちゃんにも同じ様なことを言われたことがあるが、今回は冗談ではなく、それが本当であるから尚更恥ずかしい。

 女は饒舌に話を進めようとする。

「いいねいいね。羨ましい限りだね。……まぁ、何はともあれ、話を進めよう。最近この付近で……」

「ちょっとレンさん」

 女性とは反して、女子の平均身長を大きく下回る中より少し大きい程度、男性としては相当小さい部類に入るだろう。コウ君と呼ばれた男が会話を中断させる。ジーンズにパーカーとラフな格好であり、女性と同じ年齢には到底思えなかった。専門学校に通うということは二十歳前後だろう。虹色のニット帽を目深にかぶるが、童顔は隠れそうにない。

 もしかすると、大学生なのは女性の方だけで、男性の方は高校生、いや中学生なのかもしれない。姉弟という線も考えられる。しかし、それだと呼び方に違和感があるか・・・・・・織彦は考えを巡らせる。

 男は女に指摘する。

「そうじゃねーですよ。順序順序」

「あぁ、すまんね。ついつい」

 女性はとぼけたように謝る。

「最初は自己紹介しなきゃな。どこの馬の骨ともわからんやつの話なんて聞けないもんな。うんうん」

 女は一人で納得して話を続ける。

「私は久遠寺(くおんじ)遠恋(とおこい)。『遠』距離『恋』愛って書いて『とおこい』って読むんだ」

 遠恋は胸ポケットから黒い皮のカードケースを取り出す。開き、学生証を見せる。刑事物のドラマで良く見る光景だった。

「あ、正義大ですか。凄いですね」

 国立正義大学。通称、正義大。その大仰な名前の通り、正義を学ぶための大学である。学部にもよるが、主な就職先は法律事務所や警視庁、教師や政治家になるような人もいる。理系だと国営の研究者や医者になる人も多い。国家のために働きたいと考えている人が集まる大学だ。

 現在の日本では最も水準の高い大学である。魔法陣、きざしの教育が本格的に国で定められた頃設立された。魔法陣を扱う術、きざしの理解、魔法研究においては世界でも最高峰の教育を受けることができる。

恋の自己紹介に続き小柄の男も自己紹介を始めた。

「僕は(なき)(むら)(こう)(すけ)。泣く村に虹の介。よろしくです」

 虹介も遠恋同様にカードケースを開く。

 織彦は学生証を見る。遠恋と同じ大学名が記載せれている。虹介は中学生でもなければ高校生でもない、やはり大学生らしかった。

 織彦は虹介の顔をもう一度見る。目が妙に潤おっているような気がした。泣く直前のような目だ。気が弱そうな印象を受ける。

「で、まぁ本題だ。立ち話で長話は嫌だろうし、五分と掛けないと言ったからな。すぐに進めよう。そうだ。君の名前は?」

 遠恋は本題と言っておきながら、織彦に自己紹介を求める。

「ええと」

 織彦は素性がわかったからといって、それでも得体の知れない人間に名前を言ってもいいものか悩む。中の方を見る。あまり警戒しているようではなかった。

「俺は織彦で、こちらが中です」

「織彦に中ね。ふうん。良い名前じゃないか。さて、織彦君。最近この辺りの高校で不思議な――そうだな、都市伝説的な事件が起きているのは知っている?」

「都市伝説ですか?」

 織彦は中の顔色を伺う。中にも心当たりはないようだった。

「いや、知らないです」

「そうかそうか。とても小規模なんだけれどね。簡単に説明すると、私たちが確認しているだけでも二人、ある学生の性格が、それはもう豹変という具合に変化して、数時間経つとまた元の性格に戻ったんだ。一過性の二重人格のようなものかな。まだ調査不足で詳しくは説明できない」

「はぁそうですか」

 いまいち要領を掴めない。適当な相槌を打ってしまう。

「それで、だ。君たちの友人に一時的に性格が変わってしまった人とか居る? 大人しかったけど無性に元気になったり、その逆とか。高校生に起きてる怪奇現象、とでも言えばいいのかな。まぁ、ほんの少しだけどおかしなことになってるんだよね、これが。ここ一週間君たちみたいな学校帰りの高校生に聴き回ってるんだけどなかなか成果が挙がらなくてね。事件性も薄いから、認知されにくいというのもあると思うんだけど」

 遠恋は一息に話した。

 遠恋が質問を投げかける度に、織彦は中に視線を合わせる。織彦は自分がそういった情報には疎いということを理解しているからだ。それに、中の方が都市伝説だとか噂の類、クラスに出回るような情報には詳しい。

 しかし、新しく高校生になって、中もまだそういった情報を詳しくは知らなかった。正確にはそういった情報を集めようとはしているが、遠恋が言った情報以上のことは手に入れていない。クラスに回る情報を手に入れておきたいというのも、「心」に所以する性格の一部だ。心臓として中心にあろうとする。そのためには情報が必要だ。

 今度は中が口を開く。

「申し訳ないですが全く……少なくとも私たちのクラスでは見かけません」

「んー。そうか。それは残念。もし、そういうのを耳にしたら、連絡が欲しいんだ。どんな些細なことでもいい、よろしく頼むよ。連絡先教えるからさ」

 遠恋はあらかじめ用意していた紙をカードケースから取り出し、中に手渡す。

「失礼ですが……何の目的で調査をしているんですか?」

 中が恐る恐る質問をする。

「大学にも何か影響を及ぼしているとか……」

「いや、そういうわけじゃあない。簡単に言っちゃえば、大学の課題だよね」

「あぁ、なるほど」

 織彦は納得する。警察官志望の多い正義大なら地域の調査をする課題があってもおかしくない。

「でも、別に自分の成績の為だけってわけじゃない」

 遠恋は勿体付けて、気取ったように言う。まるでドラマの探偵のような言い回しだ。

「裏に悪が潜んでいるような気がしていてもたってもいられなかったんだ」

 全く中の質問への回答になっている気はしなかったが、織彦は黙ってその言葉を聞いた。雰囲気だけは格好いいような気がして水を差すのが悪いと感じた。

「ありがとうです」

 今まで黙っていた虹介が軽く会釈する。中よりも低い姿勢になった。遠恋はバイバイなどと手を振りながら、虹介は寡黙に去っていった。

 中は遠恋に貰った連絡先を財布に仕舞う。

「なんだか面白い人たちだったね」

「あぁ、うん。そうだなぁ」

 織彦は大きな台風が通り過ぎて行ったような気がした。荒らされたが、その後は静けさがやってくる。

「ま、帰ろうか」

「うん」

 織彦はもう一度、中の手を握り、帰路に戻った。


やっと話が動き始めたかなってくらいだと思います。もう飽き飽きしたぜって人も、そこそこ面白くなるんじゃないの、とか思ってくれちゃう人でもどしどし感想お願いします。

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