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1-2 魔法陣演習

タイトルを変えました。

「各自、前回採った血を冷蔵庫から持ってきてねー」

 教員が生徒に指示を送る。

 演習室には一年英組の生徒と教員が居る。一限の授業中だ。

 演習室と一括りに言っても、化学演習室、物理演習室など、高校には多くの種類が存在する。

 しかし、生徒がどの学年に在籍していようが、それがごく普通の教育課程を進んできたのならば、一番に想像するのは彼らが今まさに居る魔法陣演習室だ。そこでは現在の日本社会で最も重視されている科目を学ぶ。

 教室の脇には実験機材が置かれ、前方には大きな教卓と黒板、後方には流しがある。魔法陣演習室には、筆にスズリ、白い紙、そして布製の下敷きといった書道で使うような道具が並べられている。ただ、紙が正方形であることや、短冊状に切られた薄い紙が実験装置から垂れ下がっているという光景は書道では見られない。

 医者や化学の教員が纏う白衣と色違い、黒衣に身を包んだ教員の声が響く。

「陣を描くときに血液が使われる理由は説明したよねー。絶対テストに出るから復習しておきなさいよー」

 そんな教員の声は耳に入れず、織彦は不機嫌そうに呟く。

「何でお前と同じ班なんだよ」

「それはウチの名字が『つ』から始まって君の名字が『と』から始まるからじゃないかしら? ついでに言うと、『て』で始まる人が居ないのも理由の一つよ」

 絵里依は淡々と事実を述べた。先ほどまでとは打って変わって、落ち着いた口調である。織彦はそれが気にくわない。

「そんなのはわかってんだよ」

 高校入学、最初の魔法陣演習の授業は準備段階の採血しか行われなかった。そのため班分けは行われず、実質最初の演習の授業である今日、班が発表された。出席番号順に割り振られていた。

「なんでこんな不良と同じ班にならなきゃならないんだよ」

「文句言っても仕方ないんだから早く皆の血持ってきて欲しいわ。名前間違えないよう、お願い」

 絵里依の態度は相変わらず、サバサバとしていて柳をいなすようである。

「はいはい。りょーかいしやした」

 織彦は足取り重く冷蔵庫へと向かった。

 生徒の正面、黒板付近ではがさごそと教員が机を漁っている。

 何度もあれー、おかしいなー、などと情けない声が響く。

「ちょっと紙足りなそうだから持ってくるねー。資料読んだり準備したりして待っててね。絶対実験始めちゃ駄目だゾ」

 教員は語尾を可愛らしく強調して演習室を後にした。

 最初の演習は初歩中の初歩、風集めの魔法陣の発動。座学で教わったことを人並みに理解していれば失敗など起こり得ない。基本中の基本だ。

 中学で習ったことの復習的な要素が強く、生徒の大多数は同レベルの魔法陣を扱った経験があるだろう。

「ほら持ってきたぞ」

 織彦は氏名のラベルが張られた血液パックを班の人数分、四つを実験机の上に置く。織彦はちゃんと任務が果たせたと満足な表情を浮かべている。

「はいどーぞ」

「五十音順で間違えたら不思議の域でしょ」

「あ、なに? 聞こえないんですけど」

「何でもないわ」

 下敷きの上に正方形の紙を乗せる。短冊が正方形の中心にくるように、下敷きの外側に配置された実験装置のアームを引っ張ってくれば完成だ。後は用紙に魔法陣を描き捺印を加えればそよ風が起こり、短冊を微かに揺らす。実験の成功が想像できる。

 織彦ら班のメンバーは着々と準備を進めた。班員は各々、血液を適量、自分のスズリに入れた。

「きゃっ!」

 黄色い悲鳴が教室内に響き渡る。視線が一斉に集まる。

 窓から進入した黒い点が縦横無尽に教室内を駆け巡っている。

「蜂だ」

 誰かが叫んだ。その声につられて、幾人が叫び声を挙げる。恐怖しているのも数人居るようであったが、それはほんの一部で、クラスの殆どが、そのイレギュラーなハプニングを楽しんでいた。

 風集めの実験では教室を締め切らなければいけない。ちょうど生徒が窓を閉めようとしたタイミングで蜂が入ってきてしまったようだった。窓付近の生徒が尻餅を突いている。

 教師が居ないことも相まって叫び声はエスカレートしていく。授業中としては当然不適切な光景だった。

 何の前触れもなく教室の明かりが落ちた。一瞬、それに驚いた数人が大きな声を発した。が、その声はすぐに止む。生徒の大半は部屋が暗くされた意図を汲み、声のトーンを落ち着かせた。それなりの偏差値の高校であるからなのか、入学したてて騒ぎ方がわからないのか、生徒は素直に声を潜めた。

 しかし、それでも、

「うわっ! 来るな!」

 騒ぎは大分収まったが、蜂が飛び回れば、それに驚く生徒がどうしても大きな声で叫んでしまう。

 消灯したのは中であった。教師が不在であれば、学級委員がその場を収めようとするのは道理だ。

 中は騒ぎを鎮静化させようとしたのと同時に、教室内と外の明るさに差を付けようとした。

 蜂は明るい方へ進む習性を考慮しての行動であった。しかし、一限の講義ということもあって日の光が教室に差し込んでくる。明度差はつきにくい。蜂はなかなか窓の向こう側へと出ていこうとはしない。

「ねぇ織彦君」

 ひょこひょこと歩いてきた中は織彦の裾を引っ張る。

「何?」

「静かにするよう言って」

「うん? あぁ」

 中はこの騒ぎの中で自分の声量では注目されないと判断し、声の大きい織彦に騒ぎを静めるよう依頼した。こういったとき混乱時、中が織彦に何かを頼む、ということは中学時代も頻繁にあったことだ。それがマイナス方向に影響したことは一度もない。

 織彦は息を吸い込み、声を放つ。

「みんなー、静かにして席に着いてくれー」

 しかし、注意の声は響いても静まるのは一瞬で、完全に騒ぎが収まる気配は一切ない。やはり蜂がいなくならない限り、それに恐怖する声は止まなかった。

 中は頭を悩ませる。この場面で最善の行動は……。

 その思いに反して、蜂は一層速く、大きく動き回る。

 織彦はさらに大きな声で注目を集めようと、大きく息を吸い込む。

 しかし、織彦は、ポンと背中を叩かれて、すぐに息を吐き出してしまった。

「え、何?」

 織彦が振り向くと、そこには気に食わない顔があり、眉をひそめた。

「なんだよ、邪魔すんな」

 絵里依は織彦を手で制する。

「ウチに任せなさい」

 一枚の紙と血が注がれているスズリを持ち、それを蜂が飛び回っている付近の机の上に置いた。紙には何やら複雑な図形や文字が描かれていた。織彦は、それが魔法陣であるのだと理解はしたが、それがどんな効果を発揮するのか検討もつかなかった。

 蜂は威勢良く飛び回る。

 絵里依は蜂の動きを見据えて、スズリに親指を浸す。

 何事かと、クラスの目は絵里依へと集まる。ただならない雰囲気に、大声を挙げていた生徒は口を閉じ絵里依から距離を置く。

 蜂は大きな円を描くように飛び回る。絵里依はタイミングを合わせるように指を紙に描かれた魔法陣の中心へと押しつける。蜂がちょうど半紙の真上を飛行した瞬間、何かにぶつかったかのように蜂の動きが止まった。正確には、動き回るが見えない箱に遮られ、身動きがとれなくなっているようだった。

 蜂を掴まえたことを賞賛する拍手はすぐに止む。

 その光景を見たクラスメイトは声のトーンを落として話始める。

「あれって包囲の魔法陣だろ」

「中学で習った?」

「まさか。てかあれって高校でも習わないんじゃないの? テレビで見たことあるぜ」

「じゃあ、大学レベル? 何それすごくね?」

 ざわざわと生徒が騒ぐのを耳にしても、絵里依は表情を変えない。

 包囲は魔法陣の中心の気圧をほんの少し下げるだけの風集めの魔法陣とは大きく異なり、座標を細かく指定する必要がある。それも縦横高さの三軸が揃わなければ綺麗な箱にはなり得ず、隙間が少しでもあると、蜂を完全に包囲することはできない。

 三軸の座標指定に加え、強度を保つ壁を六面張る。透明な壁を一面貼ることが出来てやっと高校卒業レベルと言える。すなわち、この包囲の魔法陣は入学したての高校一年生が簡単に描けるような代物ではない。

 絵里依は包囲の陣を描いた紙を手に取る。それと一緒に、蜂を閉じこめた透明の箱も動き、それに引きずられるように蜂も動く。

 絵里依は器用に窓の外に紙を置く。透明の箱に閉じこめられた蜂を窓の外に出した。そして、窓の鍵を閉める。

 見事蜂を外へ逃がすことに成功した。

 絵里依は振り向き、補足説明する。

「簡易式だからすぐ解けるわ。もって三分くらいかしら」

 絵里依は魔法陣を簡易文字で描いた。簡易文字とは英語における筆記体である。描く所要時間を大幅に短縮できる。しかし、和製魔法陣に使われる文字は、漢字や平仮名が基本であり、数字、英語はもちろん場合によってはルーン文字まで使用されることがある。文字の種類や文字同士の繋がりの組み合わせが多すぎて、今の時代でも簡易文字を描けるどころか読める人間すらも一握りである。絵里依は簡易文字を完璧に拾得しているわけではないが、包囲の魔法陣を描ける程度の簡易文字が描ける。相当高度な術式だ。

 拍手や歓声で教室が沸き上がる。クラスの連中は驚きの表情をみせる。何をしたのかわからないのが大半だが、絵里依が何やら凄いことをしたということだけは理解できた。織彦もその一人で感嘆の言葉を漏らす。

「すげぇじゃねぇか。ただの不良じゃなかったんだな」

「ウチはただのハーフよ」

 机に戻ってきて、絵里依が答える。

「関西人とイギリス人のハーフ」

 織彦はなんと反応すればいいかわからず、思案する。ハーフであることは不良であることと何も繋がりがないじゃないか。しかし、織彦は気圧されて言葉を放つことができない。

 絵里依は一人で話を続ける。

「髪は地毛、シバくは母親の口癖が写ったもの、タッパがあるのも親の遺伝。中学時代もよく勘違いされたわ」

 絵里依の溜息混じりの言葉はどこか寂しげであった。

「あぁ……いや、でもさ、すごいな」

 織彦は絵里依に気を遣い、話題を変えようとする。

「さっきのって簡易文字で書いたんだろ? 時間も掛けないであんな魔法陣よく書けるな」

 しかし、そこで織彦に一つの疑問が浮かぶ。

「なんでこの高校来たんだ? それだけの魔法陣が描ければ、もっと有名な進学校に行けただろう」

「あぁ。うん。ウチもできるだけレベルの高い授業を受けたかったのよ。でも、一番奨学金貰えたのがこの高校だったから」

「うっ……」

 織彦は地雷を踏んだような錯覚を覚えた。

「ウチんちって貧乏なのよね」

「へ、へぇ~……」

 織彦は特に仲が良いというわけでもない絵里依の家庭の事情を少し知ってしまい、ばつの悪い表情を浮かべる。

 もう一度話題を変えようと、頭を悩ます。

「にしてもすげぇよ。あんな高度な魔法陣を描けるなんて、それも簡易文字でなぁ」

「そんなに褒めて貰えるとちょっと恥ずかしい……わ」

「つっても、凄いものは凄いよ」

 織彦は掌を返すように絵里依を誉めた。単純に魔法陣の能力が高いからでもあるが、面識の少ない相手にどんな風に接すれば良いかわからない、というのが一番の理由だった。

 織彦は続けて感嘆の言葉を吐く。

「すげーよ。うん。凄い」

「もう、いいから。やめて」

「いや、すげーって。まじ」

「ホント。凄い凄い。教師の言いつけを守らないだけあるよねー」

「「え?」」

 織彦と絵里依は後ろから突然聞こえた声に反応し、後ろを振り向く。

「大学で、専門に勉強してやっと使えるようになるくらいのレベルかな。高校生で使えるのはホント一握りだろうね。日本中探しても一年生で使えるのは綴ちゃんしか居ないかもしれない。うん。立派立派」

 そこに立っていたのは紙を取りに教室を後にしたはずの教師だった。表情は柔らかいが、裏に恐ろしい何かをはらんでいるようだ。

「でもさー」

「あの、せんせ」

「あんな魔法陣失敗したらどんな事故が起きるかわからないよねー」

「先生、でも蜂が。それにミスらないですし」

「でももないから」

 教師は絵里依の反論も聞く耳持たずで、げんこつを見舞った。

 織彦はそれを横で見ていて、相当強く殴るなと思った。相手が女子でも容赦無いなぁ、と関心していたが、そんな油断してる間に、織彦の頭にも衝撃が与えられる。

「いてっ! なんで俺まで」

「なんとなく」

 それを見ていたグループのもう二人は自分は関係ないと身を潜めていた。笑いをこらえているようでもあった。クスクスと声が漏れている。


 中は静かに二人の掛け合いを見ていた。その光景を見て一つのことを危惧する。

 思い過ごしだと思いたいが、『心』の兆しがそれを許さない。

 ゴクン。中は唾を飲み込む。


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