ナミダ
最後までよんで頂けたら幸いです。
感想等、お待ちしてますっ
「もうダメだ」
そう漏したのは西園寺 真こと、私の主人である。真さんは20歳後半で、なかなか就職が決まらず、アルバイトを転々としていたが、アルバイトをしてもなかなか思うようにいかず、精神的にも経済的にも参り、バイト先でも失敗を繰り返し、今にもクビになりそうである。
何か手伝えないか…
いつも思うだが…。現実には無理である。私は猫。ここではスノーと呼ばれている。だから、手伝うにも手伝えない。支えにさえなれない。私が出来ることはただ真さんの帰りを待つことだけである。
もし私が人間だったら…
そんな無理なことばかり考えてしまう。そしてあの日がやってきた。
その日は雨が降っていた。真さんは私を助手席へ運んだ。私の大好きなピンクの毛布と一緒に。温かい真さんの腕はいつもと違う。
そうか…私は捨てられてしまうんだ。きっと真さんは自分のコトで精一杯なのだろう。きっと私の食費でさえ負担になってさまったのだ。そう考えた。
私は負担だった。それが悲しい…。捨てられてしまうほうよりもそれが辛い。私が重荷だったんだ。そう考えているうちに、暗い路地うらに着いた。
「スノー…。」
真さんが私を呼ぶのはこれが最後になるだろう。役に立てなくてごめんね。真さんの背中は頼りなく、そして真さんは暗闇に包まれた。
何日たっただろうか。
あれから私は何も食べていない。真さんと別れた場所にまだいる。歩こうにも元気がない。
今日は星が綺麗だな。真さん大丈夫かな…私きっとこのまま死んじゃうんだ。
涙が流れた。真さんの役に立ちたい。真さんに逢いたい。恩を返したい。昔の笑顔を取り戻したい。私は考えながら、眠りについた。そして夢を見た。
金髪の女の人が話かけている。でも内容は聞こえない。耳に神経を集中させるが、おもうように動かない。何?何を話してるの?
「…じょ…ぶ?」
かすかにきこえてきた。
「…望みを叶えて」
最後に女の人は人差し指を立てて口にあて、こう言った。
「秘密厳守」
目が覚めたら人間になっていた。
私は目を疑った。
歳でいうと二十歳、ぃゃ、それより少し若い女性である。黒いワンピースに黒い瞳。黒い長い髪の毛に裸足。金色の鈴がついたブレスレットが光り、目立つ。私が黒猫だったからだろうか。それにしても酷い格好だ。今までにみたことがない。これでは町中を歩けない気もするが、折角人間になれたのだ、とりあえず、真さんの元へ行く。そう決心した。
ここは何処だろう。車できた路地裏からの帰り道がわからなぃ。ビルが何社も立ち連なり、皆の目線が私に集まる、人通りが少ないところを通るにも道がわからない。
涙が流れた。真さんにあえなければ人間になった意味がない。それに…
お腹すいた。
そういえば、何日も“食事”をしていない。とりあえず、歩けなくなるまで歩こう。
「どうしましたか?」
懐かしい声。
…真さんだった。
真さん、真さんスノーだょ。ねぇ?
声がでない。言葉が話せない。私が猫だったから…か。
「とりあえずうちにこないかい?温かいミルクをご馳走するよ。」
必死に首を縦に振る。
真さんは遠慮がちに微笑んだ。
真さんの部屋は相変わらず整理整頓されていた。
変わっていたのは雑誌が増え、付箋の数も多くなりびっちり貼られていた。
やっぱり就職は決まってないんだ…。
これからどうしょう。ココにおいてもらったら、猫のときと同じになってしまうし…いくあてなんてないし。
「隣の家が花屋なんだけど、その子が泊めてくれるって。」
真さんが話出した。こんな展開にはなるとは思っていなかった。
初対面だし。明らかに迷子だし。いや、見方を変えれば家出少女。
これも天の恵みと思って、有難く頂戴することにした。
隣の花屋の女性は真さんの幼馴染みで鈴木 晶という。猫だったときも何かと世話してくれた晶さんだ。
「ごめんな。俺はバイト行かないといけないんだ…」
と、頭を撫でる。こんなに女の扱いが上手かったのか…新な発見である。
「晶。晶いる?」
「なにぃ?眠いんだけど…」
ドアをあけてギョッとしている。
「誰?」
私を指差す。
「今日あずかってくれなぃ?」
「違くて、隠し子?」
「…馬鹿か。じゃ頼んだ」
そう言って真さんは車に乗りこみ、そのまま走っていた。
「で?何?」
「…」
「………………はぁ。やめてょ。仕事増やすの。とりあえずあがって。」
晶さんは、猫の接し方とは全く違かった。
これが猫と人間の違い。
改めて実感した。
仕事をしたいことを伝えよう。上手くいけば、働けるかもしれない。でも話が出来ない。人魚姫になった気分だ。魔女と取引をして声の代わりに人間の足を手に入れたが結局王さまとは結ばれず、泡に…泡に?!
私も泡になってしまうのか?!
…いゃいゃそんな馬鹿な話あるわけない。そもそも私にくれた人間の体は押し売りではないか。
そぅこうしているうちに晶さんは寝ていた。風邪をひくといけないので、布団をかけておいた。
そして私も寝ることにした。
朝七時
隣に晶さんはいない。外にでてみる。誰もいない。静かである。
どこに言ったのだろうか…おいていかれたのか…戻ってくるのか…
だんだん心配が増す。晶さんが戻って来たのはその一時間後であった。花市場に行ってたらしい。そのへんにあった本で真似して作ったものがそこそこ美味しくて晶さんに褒められた。そして、花屋で働く代わりに泊めてくれることを約束した。早起きは三文の得とはきっとこのことなのだろう。
そして夕方やっと真さんが帰ってきた。就職先を見付けて。真さんの就職先は塾の先生らしい。
私も花屋で働けることが決まったので少しは経済的に支えられる様になるだろう。
「名前決めなきゃな…」
ボソっと真さんが言った。
「そうね。呼び名ないと呼べないし…」
真さんも晶さんも悩んでいるから私もとりあえず悩んどこう。
私はスノーってまた呼ばれたいな。
「スノー…」
え?
「真…、まだ気にしてるの?」「ああ。スノーには悪いことをした。でもこのブレスレット、スノーの首輪に似てないか?」
「そういわれれば…じゃあスノーにしよう。」
テレパシーかな。というか…私のことを少しでも気にかけていたことが嬉しい。
次の日から真さんと私は働きだした。真さんは夜働くことが多かった。だからお弁当を作り出掛ける直後、手渡した。真さんは少し照れている様子で言った。
「ありがとう。行ってきます」
花屋の仕事は花の名前を覚えることから始まった。猫だったときは綺麗だなくらいしか思っていなかったので、今まじまじと見てみると奥が深い。同じようにみえる花ばかりで全然名前が覚えられない。
包装の仕方なども教わった。覚えることが多いので大変だったがとても楽しい。こんなに楽しいことが猫のトキはあっただろうか…
朝起き、花屋の手伝いをして、お弁当をつくり、そんなサイクルが半年ぐらいたった。
晶さんが溜め息をついた。
…
「?」
「スノー…私ね真さんが好きなんだ」
晶さんの目は真っ直ぐな瞳であった。
私は驚かなかった。
いつか言われる…そんな気がしていたから。
「…ほら真って強がりで一生懸命で。そばにいてあげたいって…」
頬を朱に染めて話す晶さんが羨ましかった。
私は笑顔をつくるので精一杯だった。
晶さんは私のように捨てられることもない。捨てられた…それが引っ掛かって胸が軋む。その夜、真さんの部屋のベランダに出て真さんの帰りを待っていた。星が綺麗で見入っていた。
そしてあの夢のことを思い出した。
「望みを叶えるのょ」
私の望み…
真さんのソバにずっといること。
でも、それはきっと無理だろう。私が人間になってここにいられるのは奇跡である。これ以上は幸せを望めない。できればずっとこのまま…
…欲がでたのは人間だからだろうか…。
「…ょ…っ…す…スノー!…ねえ!」…?…晶さん?
「大丈夫?風邪でもひいたんじゃないの?ずっと呼んでるのに。」
私は手をグーにして上下におもいっきり振る。元気ですの意思表示。
ぼぉ…。と、するのは私の中のもう一人が私が話をしているように思えるからだ。
もうそろそろ帰ろうと。
私の家はここてあり、ここしかない。帰る場所はここなのだ。
「スノー大丈夫か?」
目をあけると真さんが心配そうにこっちを見ている。
そんな顔しないで真さん。私なら大丈夫だから。
それより真さんにご飯作らなきゃ。私の仕事、果たさないと…
起きようとするが体に力入らない。
「スノー、寝てていいよ。そんなに頑張らなくていいんだ。」
真さんが頭を撫でながら、優しく諭す。
「スノーはどうしてスノーって名前だか知ってる?」
首を振る。
「スノーの名前は、昔飼っていた猫の名前なんだ。」
真さんの目はすごく寂しそうだった。
「“スノードロップ”っていう花の名前からをとったんだょ。」
聞いたことない花の名前。
ずっと手を握ってくれている真さんの手にゆっくり力が入る。
「スノードロップの花言葉は希望。俺の希望の猫。スノードロップ。」
私は目をつむった。もうあけているのが辛かった。それでも、真さんの手の温もりが伝わる。
「でも、俺は酷いことをした。…俺はスノーを捨てたんだ。」
真さんは微かに震えていた。
「スノーを捨てる気はなかったんだ。ただ…ただ…毎日がずっとムシャクシャしていた。就職も決まらなくて、何処にも怒りをぶつけられなくて。…スノーさえいなければ。スノーのせいにした。俺は誰よりもすごいんだなんていう劣等感があったりして。捨ててから気付いた。スノーがどれだけ、俺の支えだったか。スノーだけはいつも見方だったということを。」
真さんは私の手をしっかり握ってくれている。
「それで、俺は捨てた場所に行こうとした。でもダメだった。怖くて行けなかった。そのとき君と出逢った。スノーが戻って来たようだった。君から俺は優しさを勇気をもらった。」
真さんの手はずっと温かい。そして真さんは少し躊躇しながら続けた。
「だから…勝手かもしれないが、もし…もし、君がよければ、ずっと一緒にいてくれないか。俺が君の支えになりたい。君がそうであったように。」
涙が出た。それは自分でもわかるほどの幸せな涙。私は真さんの手をしっかり握って、真さんを見たが涙が邪魔でよく見えない。
「もう…大丈夫。」
自然に声がでた。声を出したのはそれが最初で最後だった。
…もぅ大丈夫だからね。真さん。
「ただいま」
晶さんの声だ。
私は消えた。跡形もなく、泡がはじけるように…
残ったのは私の存在感だけ。
「あれ?真、スノーは?薬買ってきたんだけど…」
私はアノ路地裏にいた。私は猫。黒猫だけど愛に満ち溢れている幸せな猫。でも辺りが、真っ暗で今にも闇にのまれそうである。前にはいつかみた金髪の女性が立っていた。
「望みは叶ったかしら?」
望み。私の望み。
真さんの“希望の光になる”こと。
そして、黒猫の体は次第にひんやりと冷たくなっていった。