生きた死体
その少年は部屋に入ってからもずっとむっつりしていて、一切喋ろうとはしなかった。
神村律子は緊張しているのかと思い、お茶とお菓子の用意をしようと席を立とうとした。
「別に・・・」
少年が口を開く。
神村は席に座りなおし、聞く態勢を整える。
「別に僕はどこかが悪くてここに来たんじゃありません。ただ僕が変な事を言ってしまったから、親が心配してこんなところに・・・」
「変な事ってどんなことかな?」
少年は眉間にしわを寄せてあからさまに嫌な顔をする。
「別に言ったって笑ったり馬鹿にしたりはしないわよ。安心して。この前だって自分は土星人だって言う人と真剣に三時間ほど土星に帰るためにはどうしたらいいか議論したんだから」
神村の冗談めいた口調にも少年の表情は一向に柔らかくはならない。
「それは・・・僕は一度死んだって・・・」
「それは精神的に?それとも肉体的に?」
「・・・肉体的に。僕は飛び降り自殺して、一回死んでいる。体がつぶれた時の感覚も残ってるし。けど、次目が覚めたら無傷だった」
「ふーん」
少年はバンッと机を叩き、立ち上がる。
「もう言ったんだから、いいだろ。僕は帰る」
立ち去ろうとした少年の手首をすかさずつかんだ神村。
「それってゾンビって奴?」
神村の目はキラキラと輝いていた。
「うわぁ!生ゾンビ。初めて見た。写真撮って良い?一緒に写真撮ろう!」
「は?あんた頭おかしいの?」
少年の反応は正常である。
だが、神村はそんな言葉など気にはしない。
ひんしゅくかうのは馴れているのだ。
「うん。脈はある。ちょっと失礼」
そう言って、神村は少年のまぶたのしたを広げる。
「ふむふむ。異常なしか。でも・・・」
くんかくんかと神村は鼻を鳴らす。
「臭うわね」
そう言われて少年はドキリとしたように自分を臭ってみるが、特に何も匂いはしないようだ。
首を傾げた。
「一回死んでからどのくらい経つの?」
「えっと、三日ぐらい・・・かな」
「そっか、そろそろ腐敗してくる頃か」
神村は何やら納得したようにうんうんと唸る。
「は!?腐敗?」
「え?・・・だってゾンビでしょ。当然腐ってくるわよ」
さも当然の様に言う神村に対し、少年の顔はどんどん青ざめてくる。
「ど、どうしよう」
「どうしようって、ゾンビライフを存分に楽しめばいいじゃないの」
「冗談じゃねぇ」
「もしかしてゾンビが嫌なの?人間に戻りたいの?」
「嫌に決まってるだろ!」
「そうかぁ・・・せっかくのゾンビ、もったいないけどなぁ」
としぶしぶ神村は白衣のポケットの中からカプセル状の薬剤を取り出す。
「それは?」
「ゾンビから人間に戻る薬」
「そんなもの、何で?」
「さあ、何で持っているのでしょうか?」
そんな事を問われても少年には答えられない。
思う事はそんな薬嘘っぱちで、自分を馬鹿にしているんじゃないかってことぐらいだった。
「まあ、受け取らなくても良いけど。でも、タダって訳にはいかないのよ。特別料金がいるの」
「特別料金?」
ぼったくりかと少年は思う。
「そう。君の血を取らせてもらうわ。採血させてくれたら、あげても良いわ。私、ゾンビに興味があるから」
血か、と少年は思い、それならと条件を飲んだ。
それから少年の腕から血を少し抜き、神村は薬を少年に渡した。
そして、少年は部屋を出る。
「お疲れさまでした」
出迎える熊谷を無視して、少年は外へ出ようとする。
「ああ、その薬、続けて飲まないと意味がないから。今度は三週間後くらい後に血を取らせてね。ちゃんと週に一度、食後に飲むのよ」
神村は何も言わずに出ていく少年の背に言葉をかけた。
「それにしてもだめですよ。神村先生。患者に直接処方なんてしたら」
「いいじゃないですか。これであの子の命が助かるんなら。私も少しくらい罪をかぶりますよ」
「命がって。さっき渡したのって、確か栄養剤ですよね?・・・もしかして本当に?」
「さあ?そんなことどうでもいいじゃありませんか、熊谷先生」
そう言って神村は熊谷に微笑むのだった。