第四章:Facing the Case - 己との対峙
1. 孤高のステップ
聖華市を見下ろす聖なる山。
麓ではリ・コンストラクトの武装ドローンが空を覆い、都市のインフラを強引に再編しようとする電子ノイズが山肌を削っている。しかし、標高を上げるにつれ、鼓膜を刺す高周波は次第に湿った土の匂いにかき消され、代わりにかつて忘れていた、地表を撫でる大気の深い呼吸が支配を強めていった。
カイは独り、急峻な斜面を登っていた。
「一人立つこと、孤高のステップ。……レン、お前はいつもこの景色を見ていたのか」
かつてレンは、この山頂から街を眺め、「いつか、音と命が螺旋のように混ざり合う場所を作る」と語っていた。今のカイにはわかる。それは場所の問題ではなく、それを見る「視点」の問題だったのだ。
背後のリュックに入れた蓄音機が、時折カタカタと鳴る。それは、街の地下で採取した「生命の心音」を宿した、世界で唯一の記録媒体だった。
2. 内なる罠
「そこまでだ、久世カイ」
山頂付近の広場。そこには、リ・コンストラクトのリーダー、イヌイが待ち構えていた。彼は大型の音響兵器を設置し、山頂から街全域へ「再起動コード」を送信しようとしていた。
「久世カイ、君の紡ぐ物語はノイズに満ちている。不確かな感情を処理しきれず、結局は孤独というエラーに陥る。……あの雨の夜の機能不全を、まだ再起動できずにいるのか?」
イヌイの放つ高周波が、カイの脳内に直接語りかけてくる。それは、過去のトラップ(罠)――「裏切りへの恐怖」と「孤独への絶望」を増幅させる精神的な攻撃だった。
カイの視界が歪む。
張り付いたシャツの冷たさ、喉を焼く沈黙の味、そして二度と届かないレンの背中が、幾重ものノイズとなって脳内を埋め尽くす。
「……自分を知ること。それが、俺のBase」
カイはスカーフをほどき、露わになった喉の傷を冷たい風に晒した。
「俺はもう、過去の正解を探しちゃいない。……お前の放つノイズは、俺を削ることはできない」
3. 魂の書き取り
カイは地面に膝をつき、抱えていた蓄音機を設置した。
シンが地上で鳴らしているはずの重低音が、地面の振動となってカイの足裏に届く。アカリがレンズで捉えている「真実の光」が、空の色をわずかに変える。
「こころを澄ます、内なるトラップ……解除完了だ」
カイは蓄音機の針を落とした。
そこから流れたのは、かつてのような激しいラップでも、緻密な解析音でもなかった。
それは、かすかな震えを孕んだ「掠れた鼻歌」が、風の不規則なゆらぎと共鳴し、デジタルでは決して再現できない複雑な「揺らぎ」を孕んだ旋律へと昇華していくような、不完全で、しかしこの上なく純粋な「生命のメロディ」だった。
「な、なんだ、この波形は……!? 私の計算に、こんな音は存在しない!」
イヌイのデバイスが、カイの放つ「生身のバイブス」を受け止めきれず、白煙を上げる。
論理でも効率でもない。ただ「いま、ここ」に生きているという、魂の書き取り。
カイの歌声が、街を包んでいた電子の霧を、螺旋を描くように晴らしていく。
「Facing the case……。俺は、俺自身と向き合うことを選ぶ」
山頂に、かつてないほど清浄な空気が流れ込んだ。
遠く街の灯りが、レンズを通さずとも、柔らかな「いのちのめぐり」として、カイの瞳に映し出された。
決戦は、終わった。
残るは、このめぐりを永遠の「螺旋」へと昇華させるための、最後の儀式だけだ。




