第三章:New Dimension - 新しい次元
1. 地下の心音
聖華市の地下、かつての下水道と通信網が複雑に交差する暗部。アカリのレンズを覗き込みながら進むカイとシンは、そこで信じがたい光景を目にしていた。
「見て……。都会のマップの下に、こんな巨大な『血管』が流れていたなんて」
アカリが指差す先、レンズの拡張現実(AR)は、錆びついた鉄管の奥底に、まるで脈動する神経系のような「青い燐光」を映し出していた。それは単なるエネルギーの奔流ではなく、都市の老廃物を栄養へと変え、再び循環させるための巨大なバイオ・リアクターの呼吸そのものだった。都市が排出する廃棄物を分解し、再びエネルギーへと還元する、自然界の循環を模した巨大な「めぐりの螺旋」だった。
「人とモノの境界が溶け合っている。この街自体が、一つの巨大な『いのち』だったんだな」
シンが壁に手を当て、反響音を確認する。その音は、一定のBPMを刻む巨大な鼓動のように響いていた。
一年前のエデン事件で破壊されたはずの管理AI『バイオス』。しかし、その根底にあったこの循環システムだけは、誰にも知られず、静かに街を支え続けていたのだ。
2. リ・コンストラクトの強行
「その『いのち』に再び首輪をかけ、効率という名の鎖で繋ぐ。それが我々の使命だ」
背後から冷徹な声が響く。『リ・コンストラクト』の技術部門を率いる男、イヌイが武装したドローン群を率いて現れた。彼の腕には、カイの解析端末をさらに高度化させたようなデバイスが装着されている。
「不便さは残酷な停滞だ。久世カイ、君が愛でるその『めぐり』の遅さが、どれほど多くの市民から機会を奪ってきたか理解しているか? 予測不能な自然循環など、計算可能な豊かさの前では無価値だ。我々の再起動こそが、この街を真の完成へと導く。」
「効率のために、循環を殺すつもりか」
カイの声が地下道に低く響く。
「殺すのではない。最適化するのだ。……システムの再起動を開始しろ!」
イヌイがデバイスを操作すると、地下の「青い光」が激しく明滅し、悲鳴のような高周波を上げ始めた。強引にエネルギーを抽出された循環システムが、拒絶反応のように激震し、地下道全体がのたうち回る巨大な獣の腹の中に変貌した。レンズ越しに見える「青」が、苦悶の色であるどす黒い紫へと変色していく。
3. 真実の正体
「ノイズを消して、静かに整えろ……!」
カイはシンに合図を送った。
シンがサンプラーを叩き、システムの暴走を打ち消す「逆相のビート」を地下道全体に響かせる。同時に、カイはアカリのレンズから送られてくる視覚データを、自分の修復した蓄音機の振動へと変換した。
「人と人、それだけの定義じゃ見えない次元がある。……今のこの街に必要なのは、支配じゃない。調和だ!」
カイの指先が、イヌイが放つ冷たいプログラムの隙間を縫い、システムの核へとアクセスする。
レンズ越しに暴かれたのは、支配を拒むことで初めて成立する「自律的なめぐり」だった。それはかつかつてレンが語っていた、誰の所有物でもない『New Dimension』。テクノロジーが生命を管理するのではなく、ただ寄り添うことで増幅される、調和の旋律だった。
「創ること、使うこと……それは手の仕事じゃない! いのちのめぐりなんだ!」
カイのリ・アレンジが、暴走する青い光を包み込み、一時的に鎮静化させる。
しかし、イヌイのシステムは止まらない。彼は最終手段として、地上にあるすべての電子機器をハックし、市民の日常そのものを「燃料」として取り込もうとしていた。
「答えはRight now。いま、この時を逃せば、この街は二度と目を醒まさないぞ!」
三人は崩れゆく地下道を駆け抜け、すべての循環が合流し、大気へと還っていく最高地点――聖なる山の頂上。そこにある古の放熱塔こそが、街のインフラをバイパスして、この『めぐりの音』を街全体に再定義できる唯一の場所だった。




