第二章:Make it & Let it go - 創造と手放し
1. 荒野のリズム
聖華市の外郭、かつて高度な物流ターミナルだった場所は、今や「リ・コンストラクト」の実験場と化していた。彼らは「無駄の排除」をスローガンに、'空を覆う無機質な羽音を立てるドローン群による完全自動配給システムを再構築し、人々から試行錯誤して「選ぶ」という人間らしい行為さえも奪い返そうとしていた。
「……相変わらず、趣味の悪いリズムだな」
荷物搬入路の影で、一台の使い古されたサンプラーを叩く男がいた。
シンだ。数年の放浪を経て、その肌は陽に焼け、眼光はさらに鋭さを増している。彼の鳴らすビートは、かつての攻撃的な重低音から、環境のノイズを取り込み、調和させるような複雑な厚みを備えていた。
「誰だ!」
リ・コンストラクトの武装警備員が銃を向ける。だが、シンは動じない。
「なにかを創り出すとき、その過程で削れた魂の跡こそがHistoryだ。……あんたらの機械には、積み重ねてきた『痛み』が足りねぇんだよ」
シンがパッドを叩くと、警備員たちの通信デバイスがハウリングを起こし、彼らは耳を押さえてうずくまった。その隙に、シンは闇へと躍り出た。
2. 三人のセッション
山間のカイの作業場に、シンが姿を現したのは、アカリとの再会から数日後のことだった。
「よう、解析屋。まだそんな古臭いゼンマイと格闘してんのか」
「シンか……。お前のビートが、山の鳥たちを驚かせているぞ」
カイの声には、かつての刺々しさはない。'シンの刻む複雑なリズムと、カイの穏やかな息遣い……。二人は言葉を交わさずとも、互いの「音」を聴くだけで、その歳月がもたらした成熟と変化を理解し合っていた。
アカリが持ってきたレンズを、シンも覗き込む。
「……なるほどな。人とモノ、人とこの世の境界が溶け合って見える。レンが言ってた『New Dimension』ってのは、この景色のことだったのかもな」
アカリが地図を広げる。
「リ・コンストラクトの目的は、この『レンズ』で見える真実の姿を、再びデジタルな層で塗り潰すこと。彼らは不便さを『腐敗』と呼び、人々の『手の仕事』を奪うことで、管理社会を再起動させようとしているわ」
3. 手放す勇気
その夜、三人は囲炉裏を囲み、それぞれの「いま、ここ」を語り合った。
「生きることは、'いずれ土に還るいのちを産み落とすこと。……俺は旅の途中で、それを見た。創造と同じくらい、去りゆくものを見守る勇気が必要なんだ」
シンが焚き火の音をサンプリングしながら呟く。
「創ることだけじゃない。なにかを手放すとき(Let it go)、去りゆくものの軌跡を愛することも、めぐりの一部なんだ」
「手放す自分、か」
カイは、自分の指先を見つめた。かつての自分は、音を「解析」し、「正解」を出すことに執着していた。だが今は、不完全な蓄音機のノイズにさえ、愛おしさを感じている。
「答えは、Right now(いま、この時)。逃しちゃいけない、魂の書き取り……」
アカリのレンズが、突如として激しく発光した。
街の地下深く、かつて封印されたエネルギー循環システムが、リ・コンストラクトの手によって強引に引き出されようとしている。
「ノイズを消して、静かに整える……。行くぞ、シン。アカリ。俺たちの『暮らしの解像度』を、街全体にリ・アレンジしてやる」
カイは、数えきれないほどの傷跡を修復した蓄音機を、壊れやすい生命のように大切に抱え、山を下りる決意をした。それは世界を支配するためではなく、壊れかけた街の調律を整えるための、祈りに似た手仕事の始まりだった。




