第7話 決戦
「……開けて、開けてくださいッ!」
閉ざされた隔壁を叩く灯馬の叫びが、広間に空虚に響く。 背後では、空間を引き裂いて現れた『深淵の死神』が、逃げ場を失った獲物をあざ笑うように巨大な鎌を振り上げていた。
だが、この光景はもう、灯馬にとって「初めて」ではない。 彼は叫び声を上げ続けながらも、自身の内側で静かに脈打つ「異質な力」の感触を冷静に確かめていた。何十回、何百回、何千回、万にも及ぶ凄絶な死闘。その果てに魂へと強制定着させた死神の理、そして理外の経験値。
灯馬はゆっくりと振り返る。その瞳から、先ほどまでの怯えが消え、鏡のような静寂が宿った。 彼は祈の前に立ち、意識の海から自身の「真実」を呼び出した。
NAME:時任 灯馬
LEVEL:9
ATK:4,500
DEF:4,200
SPD:5,000
MAG: 8,500
ABILITY:走馬灯
「……ギ、ギギッ……?」
死神の動きが止まった。 目の前にいる獲物は、つい数秒前まで震えていた羽虫だったはずだ。しかし今、目の前に立つ個体からは、落雷の直撃を思わせる凄まじい圧力が、物理的な熱となって溢れ出している。
「祈。……一秒だけ、目を閉じていて」
灯馬が短剣の柄に手をかけた。 死神が動く。回避不能、防御不能。九条の魔法さえ切り裂いた、空間ごと断ち切る絶望の一閃。
だが、灯馬の視界の中では、その鎌は止まっているも同然だった。 走馬灯が発動する。死の直前の極限加速を、彼は今、自らの意志で制御下に置いていた。
「収束――落雷」
灯馬の姿が消えた。 あまりの超高速に、光の軌跡が空間を切り裂く。 すれ違いざま。灯馬の短剣に、圧縮された魔力が青白い稲妻となって奔る。それは「斬撃」という概念を超え、死神の存在そのものを焼き切る、一点の純粋な破壊。
「ガ、ギ……ッ!?」
断末魔さえ上げる間はなかった。 死神の巨大な身体が、一瞬で内側から爆発するような閃光に包まれ、塵一つ残さず消失した。 階層膜の歪みが収まり、広間に静寂が戻る。
その直後、逃げ切ったと確信していた九条たちが、異変に気づいて隔壁を再び開けた。
「……死神の反応が消えただと? 一体何が――」
九条の言葉が、凍りついた。 扉の向こうに広がっていたのは、全滅したポーターの死体ではない。 真っ白な灰が舞う中、怯える祈を背に隠し、圧倒的な「強者」の気配を纏って立ち尽くす一人の青年の姿だった。
九条は反射的に自身のシステムを展開し、灯馬の数値を覗き見ようとした。 だが、そこに表示されたのは、九条の常識を根底から覆す異様。
NAME:時任 灯馬
LEVEL:9
「レベル、9……? さっきまで1だったはずだぞ、貴様! 何をしたッ!」
九条の驚愕。レベル7とレベル9。 数値上のパラメータ以上に、落雷を思わせる灯馬の出力は、九条のそれを遥かに凌駕していた。 九条は信じられないものを見る目で灯馬を見つめ、屈辱的なことに一歩、後ずさった。
「……九条さん。あなたの理屈なら、今の僕には『発言権』がありますよね」
灯馬の声は、低く、冷たく、そして誰よりも鋭く響いた。 それは、逃げ続けてきた臆病者が、初めて世界に対して放った反撃の狼煙だった。




