第6話 最果ての研鑽
「……灯馬くん?」
新宿ダンジョンゲート前。五十一回目の回帰。祈のヒールが灯馬の掌を包み、死の直前の冷たさを溶かしていく。 灯馬は、自分の震える手を見つめながら、意識の隅に浮かんだシステムログを凝視していた。
LOG:アビス・リーパーとの交戦を確認 経験値を獲得:500 EXP
現在の累積経験値:25,000 / 100
(……やっぱり、そうだ。倒しきらなくても、刃を交えるだけで経験値は入っている)
通常、レベル1の探索者が得る経験値は微々たるものだ。しかし、理外の存在である『深淵の死神』と対峙することは、それだけで人類の限界を揺るがすほどの高負荷な経験となる。 たとえ肉体が巻き戻ったとしても、膜を越えて回帰する「魂」には、その熱量が、格上の強者と戦ったという「記録」が、経験値として確実に定着していた。
(死ねば、今の経験値を持ち越して『最初』からやり直せる。これを繰り返せば……)
灯馬の瞳から、弱々しい怯えが消えた。代わりに宿ったのは、自らの命をチップとして積み上げるギャンブラーのような、危うい確信。 彼は、死神という絶望を、自分を鍛え上げるための最高効率の「経験値の塊」へと定義し直した。
そこからは、常軌を逸した「死のレベリング」だった。
五十二回目。死神の鎌を三合受け流し、死ぬ。
六十回目。鎌を躱しながら一太刀浴びせ、レベルが2へ上がる。
百回目。十秒間生存し、レベルが3へ。
NAME:時任 灯馬
LEVEL:3
ATK:120
DEF:110
SPD:130
MAG:80
ABILITY:走馬灯
回帰するたびに、灯馬の魂は肥大化し、研ぎ澄まされていく。 死の直前の極限状態で見開かれる走馬灯。その加速した思考の中で、彼は死神の魔力の流れを魂に刻み込んだ。心臓を貫かれるたびに、その痛みが「力」へと変換されていく。
五百回。一千回。三千回。 一撃で殺されていたのが、二撃、三撃と耐えられるようになり、比例して一度の戦闘で得られる経験値も加速度的に増えていった。 死を繰り返すうちに、身体の中に「雷」のような熱が溜まっていくのを灯馬は感じていた。それは、死ぬ瞬間に膜の外側から流れ込む、この世界の理を超えた膨大なエネルギーだった。
そして、一万回を超える死闘の果て。 回帰の直後、灯馬の魂が臨界点を超えた。
WARNING:魂の累積経験値が人類の限界領域に接触 膜干渉エネルギーの強制定着を開始します
「……っ、ぐ、ああああああああああッ!」
新宿ゲート前。灯馬の全身から、青白い放電が爆発した。 小石を投げる程度の出力しか持てなかった脆弱な回路が、一気に強大なエネルギーに耐えうる「鋼の神経」へと作り替えられていく。
NAME:時任 灯馬
LEVEL:9
ATK:4,500
DEF:4,200
SPD:5,000
MAG:8,500
ABILITY:走馬灯
絶叫が止まり、灯馬は静かに顔を上げた。 ギルドロビーの空気が、彼の存在一つで重く沈み込む。 先ほどまで彼を嘲笑っていた荒木は、言葉を失い、ガチガチと歯を鳴らして後ずさった。レベル9――数値上は荒木の数十倍のエネルギー量。だが、数万回の死を潜り抜けた灯馬から放たれる「密度」は、もはやその数値の差すら無意味にするほどに圧倒的だった。
「灯馬、くん……? どうしたの、その姿……」
祈が恐怖に震える声で尋ねる。 灯馬はゆっくりと自分の拳を握り、手の中に唸る「雷」の感触を確かめた。 落雷の如き力を一点に凝縮し、ミリ単位の精度で制御できるノウハウ。 今の彼なら、自分を見捨てた九条(Lv. 7)の喉笛にさえ、その手をかけることができる。
「……待たせたね、祈。もう、一秒も君を怖がらせない」
その瞳に宿るのは、臆病者の怯えではなく、愛する者のために地獄を制してきた者の静寂。 物語の開始から逃げ続けてきた青年は、自らの死を無限のステップに変え、ついに死神を屠るための唯一の「解」へと辿り着いた。




