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第4話 覚醒と最初の死

 怪物の鎌が、絶対的な死の速度で空気を切り裂いた。

避ける術も、防ぐ力も持っていない。ただ、横で震える祈の姿だけが、灯馬の網膜にスローモーションのように焼き付いていた。


(……逃げなきゃ。死んだら終わりだ)


 脳に染み付いた生存本能が、いつものように撤退を叫ぶ。だが、ここで自分一人が逃げれば、祈が死ぬ。その事実が、1層で何度も繰り返してきた逃走のステップを凍りつかせた。


「逃げろッ、祈!」


 これまでのどの戦いよりも必死な、咆哮に近い叫び。灯馬は泥臭く地面を蹴り、祈の肩を全力で突き飛ばした。いつもゴブリンから逃げるために使っていた脚力が、初めて誰かを救うための推進力に変わる。

直後、青白い燐光を纏った刃が、灯馬の視界を埋め尽くした。


――あ、死ぬ。


 鈍い衝撃が走った。痛みは、一瞬遅れてやってきた。

身体を斜めに断ち切ったのは、灼熱ではなく、内臓を凍りつかせるような絶対的な「冷たさ」だった。

視界が激しく上下に揺れ、平衡感覚が消失する。膝から床に崩れ落ちたはずの自分の体が、どこか遠い場所にある物体のようだった。


「あ……ぁ、う……」


 声が出ない。肺が空気を吸い込むことを拒否している。ただ、激しく床を叩く祈の悲鳴だけが、耳の奥でひどく不快な残響となって繰り返されていた。

急速に奪われる体温。死とは、これほどまでに暗く、寂しいものだったのか。

その時、暗転しかけた意識の端に、かつてない強烈な光を放つウィンドウが弾けた。


NAME:時任 灯馬

LEVEL:1

ATK:12

DEF:10

SPD:11

MAG:5

CONDITION:致命傷 / 心停止まで 3秒

ABILITY:走馬灯パノラマ・ビジョン……起動中


(……ああ、やっぱり最後に見えるのは、これか……)


 嘲笑の対象だった無能スキル。人生の終わりに見る、ただの記録映像。

だが、走馬灯が映し出したのは、過去の思い出ではなかった。


「個体名:時任灯馬のバイタル停止を確認」


 機械的な無機質な声が、脳内に直接響く。


「魂の情報を変換……ブレーンの干渉を利用し、座標を再構成。……アンカー(セーブポイント)を検索中……」


 視界の中に、無数の青い糸が奔流となって流れていく。その糸の一本が、わずか数分前、祈が自分の手に触れてヒールをかけてくれたあの瞬間に深く突き刺さっているのが見えた。


「……アンカー確定。神和祈の魔力痕跡に魂を固定。……回帰を開始します」


 重力が逆転し、全身が超高速で吸い上げられるような感覚。

引き裂かれた身体の激痛が、絶望が、冷たさが、ビデオテープを逆再生するように霧散していく。


「灯馬くん、今日は3回目だよ? 無理しなくていいって言っているのに……」


 柔らかな光。

鼻を突く消毒液の匂いと、冬の冷たい空気。

そして、自分の手を握る、祈の指先の温もり。


「……え?」


 灯馬は勢いよく目を見開いた。

そこは、第40階層の暗闇ではない。新宿ダンジョンゲート前の、あの喧騒の中。九条に指名され、祈からヒールを受けていた「あの瞬間」だった。


NAME:時任 灯馬

LEVEL:1

ATK:12

DEF:10

SPD:11

MAG:5

ABILITY:走馬灯パノラマ・ビジョン


 ステータスは何も変わっていない。だが、灯馬の脳裏には、先ほど肉体を分断したあの冷酷な刃の感触が、まざまざと刻み込まれていた。


「灯馬くん……? 顔色が悪いよ、やっぱり熱でもあるんじゃ……」


 心配そうに覗き込んでくる祈。

灯馬は震える手で、自分の胸を触った。傷はない。血も流れていない。

だが、彼は確信していた。

自分は今、確かに一度「殺された」のだ。

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