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第3話 第一の転換

2026年12月27日、午前9時。

新宿ダンジョン第40階層。


 周囲を漂う魔力の密度は1層の数百倍に達し、呼吸をするだけで肺が焼ける。灯馬は過重なコンテナの重みに膝を震わせ、祈の手を握って必死に『天狼』の背中を追っていた。


「もっと詰めろ、無能共。お前たちが遅れる分だけ、俺たちの魔力が削れるんだ」


 九条は苛立ちを隠さず、振り返りもせずに罵声を浴びせる。

灯馬が祈を支えながら歩調を速めたその時、異変は起きた。

突如、空間がガラスの割れるような音を立てて歪んだ。


「……っ!? なんだ、このブレーンの振動は!」


 九条が初めて顔を歪める。

大気が螺旋状に渦巻き、世界を構成するブレーンが、まるで紙を破るように無惨に引き裂かれた。裂け目の向こう側から漏れ出したのは、この世界の理を無視した漆黒の闇――『階層膜干渉レイヤー・ブレーン・インターフェレンス』。


 その闇の中から、巨大な鎌が姿を現した。


「ギ、ギギ……ギギギギ……」


 現れたのは、ボロ布のような闇を纏った骸骨の怪物。その眼窩に宿る紫色の燐光が灯馬を射抜いた瞬間、システムがかつてない警告を弾き出した。



NAME:深淵の死神アビス・リーパー

LEVEL:???

ATK:???

DEF:???

SPD:???

MAG:???

ABILITY:理外の蹂虙



「嘘だろ……。解析不能だと……!?」


 レベル12の九条が放った極大魔法が、死神の鎌の一振りで、霧のように霧散した。九条の顔から血の気が引く。彼は死神の恐ろしさを瞬時に理解した。そして同時に、隣にいる「生贄」の使い道も。


「……全機、最大加速で撤退! 隔壁まで走れ!」


 九条が叫ぶ。灯馬と祈も必死に走るが、レベル1と2の足では間に合うはずもない。

九条たちは一瞬で出口の隔壁へと辿り着いた。灯馬たちが手を伸ばしたその時、九条は冷酷にレバーを引いた。


「九条さん、待って! まだ二人が!」


 パーティのメンバーが叫ぶが、九条はせせら笑いながら、暗闇の中に取り残される灯馬を見据えた。


「運が良かったな、時任。お前のそのゴミのような命が、初めて役に立つぞ」

「く、九条さん……! 開けて、開けてください……ッ!」

「俺たちが逃げるための1分間、そこで死に物狂いで踊ってろ。お前を指名したのは、最初からこのためだったんだよ」


 重厚な隔壁が轟音を立てて閉ざされた。

静まり返った広間。退路を断たれた暗闇の中で、青白く光る鎌がゆっくりと持ち上がる。

平和主義で、喧嘩も嫌いで、死を何よりも恐れて逃げ続けてきた灯馬。そんな彼の目の前で、死神の鎌が、恐怖に震える祈の首筋へと振り下ろされようとしていた。


「灯馬くん……っ!」


 祈の声に、灯馬の思考が初めて「恐怖」を凌駕した。

喧嘩もしたことがない彼の身体が、その時だけは迷いなく、彼女を突き飛ばしていた。

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